亜種特異点 神性狩猟区域 フォート・ジョルディ   作:仲美虚

5 / 11
第四節『復讐鬼の名』

――夢を見ていた。

 

 

自分の夢なのに、どこか客観的な感じ。いや、夢というのは大抵こういうものだっただろうか。

 

西部の街を駆け巡り、二丁拳銃で怪物たちを次々と倒していく。その姿は紛れもなく『わたし』自身。

 

決まって、その後ろには『わたし』の陰に隠れるように、何もせず震えながら立っている男がいた。……たまに役に立たないうんちくを言ったりするくらい。

 

怪物を斃しきって、私は振り返りながらその男――相棒に声をかける。

 

 

「――終わったよ、■■■■」

 

 

その男の顔と、『わたし』自身の声に靄がかかる。

 

 

――『わたし』の夢は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

ケツァル・コアトルを保護した翌日の朝。立香は酒場のテーブルで僅かばかりの朝食を摂っていた。

 

現在食べる事のできる食糧が酒場の保冷庫にあったもののみという現状、一度に摂る食事の量は決して多くない。いずれ食糧を切らした時の事を考えると、焦りが出てしまう。自身の健康状態や精神衛生を考慮すると、あまり悠長に行動していられない。

その上、サーヴァントたちには断食を強いている。いくら食事の必要がない身体とはいえ、食事は娯楽として機能する。故に、カルデアではサーヴァントたちも日常的に食事は摂っている。

そんな彼らを後目に、自分とセーラだけが食事を摂るというのは、心苦しいものがあった。しかも今回は幼い子供の姿であるジャックまで同行している。余計に罪悪感を覚えるというものだ。

 

 

「……早くこの特異点を修正してカルデアに戻らないとな」

 

 

立香の呟きの直後、階段の方から足跡が聞こえる。振り返ると、寝ぼけ眼のセーラがあくびをしながら階段から降りて来ていた。

 

 

「おはようセーラ。随分眠そうだね」

 

「おはようリツカ……なんか変な夢見ちゃったみたいで。……どんな夢だったかあんまり覚えてないけど」

 

「そっか……。あまり気にしない方がいいと思うよ。それより座ったら? 丁度今巌窟王がコーヒーを淹れてくれているんだ」

 

 

セーラの食事も持ってくるよ。そう言いながら丁度食べ終わった皿を持ってカウンターに引っ込む立香。入れ替わりに、巌窟王が無言で二人分のコーヒーをテーブルに置いた。

 

 

(気にするなとは言ったけど、あの夢……きっとわたしの記憶に関係あるよね)

 

 

熱いコーヒーをちびちびと啜りながら、昨晩の夢について考えるセーラ。結局、立香が食事を運んでくるまでの間、ぼうっとその事について考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

セーラの食事が終わった後、改めてケツァル・コアトルの自己紹介を行うこととなり、全員が酒場の一つのテーブルを囲んでいた。

 

 

「改めまして、私は女神ケツァル・コアトル。昨日は助けていただき、ありがとうございました。感謝します」

 

「いえいえ、そんな。昨日も話しましたが、ケツァル・コアトルさんを守る事が俺たちの目的にも繋がるので……」

 

 

昨晩の内に、現在何が起こっているのか。何故ケツァル・コアトルが狙われているのか。基本的なことは立香の口から伝えられている。その上でケツァル・コアトルを保護という形で仲間に引き入れることは、既に本人の同意を得ていた。

 

 

「守られるばかりの立場になるというのは歯がゆい気持ちもありますが……今はそんな事言っていられません。――さて、堅苦しいのはおしまい。これからよろしくお願いしマース!」

 

「ああ、短い間になるだろうけど、よろしく」

 

 

立香とケツァル・コアトルが握手を交わす。立香との悪手が終わればセーラ。セーラの次にビリー、巌窟王、ジャック、メルトリリス、エレナと、順番に全員と握手を交わしていく。

 

挨拶も済ませたところで、オンになっていた通信越しにダ・ヴィンチが声をかけた。

 

 

『さて、そろそろ作戦会議に移ろうか。……昨日も触れたが、あのアヴェンジャーは恐らく魔力の無駄遣いを避けるため、わざわざ新たな神霊を召喚するといった事はしないだろう。きっと向こうから仕掛けてくるはずだ。だから拠点であるこのオスカー・ワイルドを早々に離れて、敵を迎え撃つのが得策だろうね』

 

 

ダ・ヴィンチの言葉に立香が頷く。次の戦闘であのアヴェンジャーとの決着を付けられるとも限らない。であれば、『食』と『住』の揃っているこのオスカー・ワイルドに被害を出さないためにも、戦闘に適した場所に移動するべきだ。

 

加えて、立香たちはアヴェンジャーの居場所が分からない。結局のところ、外に出て襲撃を待つ以外にアヴェンジャーと接触する術がないのだ。悪い言い方をすれば、ケツァル・コアトルやメルトリリスを囮に使う事になるが、どちらにせよ彼女たちを置いてアヴェンジャーを探しに行くのは危険すぎるため、そうせざるを得ない。

 

取れる手段が限られている以上、悩む前に迅速な行動をするべき。そう考え、立ち上がる立香。同時に、ある事に気付いた。

 

 

「……そういえばマシュは? 今日はまだ声を聞いてないけど」

 

 

いつもならば最低限朝の挨拶くらいは耳にするマシュの声を未だ聞いていない。その事をふと疑問に思った立香がダ・ヴィンチに問いかける。

 

 

『ああ、あの子なら何か探し物があるとかで、今朝から席を外しているよ。仕事の方は私と職員たちで手分けしてやっているからご心配なく』

 

「ああ、そうなんだ……。大変だね。マシュも、ダ・ヴィンチちゃんも」

 

 

若干の寂しさを感じながら、何でもない風に返す立香。ダ・ヴィンチのニヤニヤとした表情に知らんぷりしながら、軽く伸びをし、呼吸を整え、気持ちを切り替える。

 

これが最後の戦いになるかもしれない。立香をはじめとして、サーヴァントたちもまた気を引き締め、オスカー・ワイルドの外へ出た。

 

 

その時だった。

 

 

「――ッ!」

 

 

息を呑むような、声にならない声。ただの息遣いとも取れるそれは、ケツァル・コアトルのものだった。そのケツァル・コアトルが立香に向けてタックルを仕掛けてきた。

 

背中を打ち付けられ、肺から思いっきり空気を吐き出し、地面に仰向けに倒れる立香。その上に覆いかぶさるケツァル・コアトルの胸には大穴が開き、鮮血と煙が溢れ出ていた。

 

目を見開く立香の顔を、ケツァル・コアトルの口から漏れた血液が濡らす。それでようやく状況を理解した立香が、言葉を発した。

 

 

「ケツァル・コアトルさん……? どうして――」

 

「……ごめん、なさい……。せっかく、助けてもらった……のに……無駄にしちゃって……。ふふ、本当、に……短い……間……だった、わ……ね……」

 

 

それだけを言い残し、ケツァル・コアトルの身体から力が抜け、倒れる。その身が立香に触れる前に、サーヴァントとしてのケツァル・コアトルは消滅し、座に還った。

 

ケツァル・コアトルが消えた事で、立香の視界が広がる。まず目に入ったのは、突然の出来事に立ち尽くすセーラ。そして、オスカー・ワイルドの隣の建物の屋根を見つめるサーヴァントたち。そこにはあの男――西部のアヴェンジャーの姿があった。

 

サーヴァントたちは先のやり取りの間にアヴェンジャーの姿を察知し、既に戦闘態勢に入っていた。一発触発の空気の中、立香がゆっくりと立ち上がる。

 

立香の心はあのアヴェンジャーを許せない気持ちでいっぱいだった。しかし、その気持ちをどうにか落ち着かせる。常に冷静でなくては勝てる戦いも勝てない。勝てなければ、ケツァル・コアトルの無念を晴らすこともできない。今するべきことを立香はわかっていた。これまでの戦いの中で、自らが経験し、学び、数多の『先人(えいゆう)』から教わってきた事だ。

 

 

「……どうして、ここがわかった……?」

 

「……生憎、ストーキングと情報収集のスキルを持っていてな。そちらのサーヴァントの能力の影響か、少し手間取ったが」

 

 

してやったりと嘲笑うでもなく、興味など無いように淡々と答えるアヴェンジャー。その手がゆっくりとガンベルトに伸びる。

 

 

「……これで、全てが終わりだ。漸く……ああ、やっと……」

 

 

同時に、高速戦闘に秀でたビリーと巌窟王も動き出そうとする。あと数秒も経たない内に戦闘が始まろうとする、まさにその瞬間だった。

 

 

『やめてください!!』

 

 

その空気を壊したのは、通信越しのマシュの叫び声だった。モニターの向こうでは、マシュの隣でダ・ヴィンチが耳を抑えている。

 

それによりほんの一瞬、両者ともに動きを止めるが、アヴェンジャーの両目は再びメルトリリスを見据え、その手が動き出そうとする。しかし――

 

 

『そんなに神が恨めしいですか! 《クラウス・スタージェス(・・・・・・・・・・・)》さん!!』

 

「!!」

 

 

――アヴェンジャーの動きが、完全に停止した。




いつもより遅れ気味の投稿です。
話を綺麗に区切る為、お待たせした割に本分が短くなってしまいました。

次回以降クライマックスへ突入していきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。