亜種特異点 神性狩猟区域 フォート・ジョルディ   作:仲美虚

4 / 11
第三節『生贄』

薄暗い空間。そこがどこであるのかはわからない。――そこを根城にしている黒いコートの男にしか。

 

男は床に座り込み、壁にもたれかかり、独り呟く。

 

 

「何故……何故彼女が……」

 

 

見間違いか? そんな可能性が一瞬頭を過るが、そんなはずはないと頭を振る。であれば、あれは一体何だったのか。

 

 

「……サーヴァント……? いや、有り得ない。それなら俺の顔を見て何かしらの反応を示すはず。それに、彼女は――」

 

 

やがて、一つの可能性に思い至った男は顔を上げた。

 

 

「そんな、まさか……いや、だとしたら、俺の顔を見ても何の反応も無かった理由も説明がつく。……冗談ではない。それではまるであの時と――」

 

 

あの時と同じ。そう言いかけて、男は怒りをぶつけるように壁を殴りつける。男の表情は、怒りから決心に変わった。

 

 

「……知られてはならない。あの子には絶対に……。――残り二騎。もうすぐ目的は達成される。知られてしまう前に終わらせる……!」

 

 

北欧のロキ。ギリシャのアイテール。エジプトのアトゥム。バルトのデークラ。そして極東、日本の素戔嗚尊。男は既に五騎の神霊を葬り、聖杯にくべていた。残り二騎の神霊をくべることで、男の目的は完遂する。

 

 

「あと少し……あと少しなんだ……。だから――待っていてください、セーラ」

 

 

男がその手の指輪を愛おしげに撫でる。その表情、その声色には、憎しみとはかけ離れた優しさが籠っていた。

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

立香たち一行はオスカーワイルド一階の酒場でテーブルを囲み、議論を交わしていた。議題は外の現状――『明けない夜』についてである。

 

 

『うーん……昨日までの活動時間及び睡眠時間、立香くんのバイタルから考えても、今そっちの時間は午前九時のはずなんだよねえ……。うん。君たちは間違いなく、昨晩は夜十時半に床に就き、およそ午前八時半には全員起床しているよ』

 

 

ダ・ヴィンチが調査の結果を告げる。セーラがいつからこの特異点にいたのか。その話を聞いてから空の観測を続けていたが、どれだけ時間が経過しても空に浮かぶ赤い月が傾くことはなく、夜で固定されていたようだ。

 

 

『つまるところ、聖杯か何かの影響でその空間はずっと夜のままになっているってわけだ。まあ、赤い月なんて怪しさ全開だしね。正直そんな気はしていたよ』

 

 

そんなわけで、ある程度の現状は把握できたが、解決策があるわけでもない。とはいえ、この現象によって今の所悪影響が出ているわけでもなく、暫くは様子見ということで話は纏まった。

 

議題は今後の活動方針についての話に切り替わる。

 

 

「あの黒コートの男……仮に《西部のアヴェンジャー》としようか。彼が神霊を殺して何をするつもりなのかはわからない。でも、このまま放っておいたら危ない気がするんだ」

 

 

立香の意見に皆が同調する。相手の目的がわからない今、これ以上好きに動かれるのは危険でしかない。神霊を殺してただただ私怨を晴らしているだけとは思えない。何か目的がある。それがもし、世界の存亡にかかわるような事であれば……。

 

 

「……これ以上は後手に回れない。これから街を探索して、またあの『光』が発生してもすぐに駆けつけられるようにしよう」

 

 

大事になる前に動かなくてはならない。立香やサーヴァントたちが立ち上がる。その際、立香がセーラにまた留守番をするように言うが、言い切る前に拒否された。

 

 

「でも、外は危険だし……」

 

「それでも、わたしは自分のことを知りたいの。気にしてないつもりだったんだけどね。でも、やっぱり……。――あの男……あいつは多分わたしを知ってる。だから、わたしが自分で問いたださなくちゃいけないの。そういうわけだから。お願い」

 

 

セーラが真剣な眼差しで訴える。どうしたものかと暫く悩んだ立香であったが、やがて、観念したとばかりに溜息を吐いた。

 

 

「……わかったよ。昨日みたいなことになっても困るしね。……その代わり、絶対に俺たちのそばを離れないこと。いいね?」

 

「わかってるって。それじゃ、よろしくね」

 

 

 

 

 

 

それから数十分、外の探索を続けていると、昨日に引き続きまた新たに例の光が発生した。今度は手遅れになる前に駆け付ける。そう意気込んで一行は光の発生源に向かっていた。が……。

 

 

「ああもう、なんだってこんな時に……!」

 

 

苛立ちを隠せない様子のエレナ。他の面々も、この状況には焦っていた。

 

もう少しで到着。すぐ近くで戦闘音も聞こえだしたところだというに、ワーウルフの群れに囲まれてしまったのだ。

 

 

「くそっ! あっち行け犬っころ!!」

 

 

セーラが二丁拳銃を構え、ワーウルフに鉛弾を撃ち込む。多少ひるむものの、この数ではまるで意味を成していない。

 

このままではまた間に合わなくなってしまう。とはいえ、これだけの数の敵を無視して西部のアヴェンジャーと接触するべきではない。そう考えた立香の発案により、ここは二手に分かれることとなった。

 

元より、西部のアヴェンジャーとメルトリリス、ジャックとの相性は良くない。接近戦に優れた二騎にこの場を任せ、立香、セーラ、巌窟王、ビリー、エレナの五人は光の発生源へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「よかった。間に合った」

 

「間一髪ではあったがな。感謝しろ、マスター」

 

 

巌窟王が腕に抱えていた神霊――ケツァル・コアトルをそっと降ろす。

 

立香たちが駆け付けた時、西部のアヴェンジャーの拳銃によってケツァル・コアトルが撃ち抜かれる寸前だった。しかし、巌窟王が《虎よ、煌々と燃え盛れ(アンフェル・シャトー・ディフ)》を発動したことで瞬間移動を可能とし、ケツァル・コアトルを救出してみせた。

 

 

「ありがとう。誰かは知らないけど助かりました……」

 

「そうか、ウルクの時とは別の……いや、無事でよかった」

 

 

自分たちの記憶が無い事に若干の寂しさを覚える立香。しかし、今はそんな感傷に浸っている暇はない。西部のアヴェンジャーの方に向き直り、力強く言い放った。

 

 

「答えろアヴェンジャー! 何が目的だ!!」

 

 

西部のアヴェンジャーが銃を降ろし、一息つく。そして、仕方ないと言わんばかりの様子で語り始めた。

 

 

「……まあ、知られたところでやる事が変わるわけでもない。良いだろう、ちょっとした気まぐれだ。教えてやる。――俺の目的は、俺自身を含む全てのサーヴァントを座から抹消することだ」

 

「――何……だって……!?」

 

 

サーヴァントの抹消。そう言ったか? アガルタでの出来事。不夜城のキャスターに続き、この男までもが『そのような事』を言うのか? 彼の発言は、立香の琴線に大きく触れた。しかしここで冷静さを失う立香ではない。どうにか怒りを抑え、極めて冷静に問いただす。

 

 

「……何故、それがこんな事をする理由になる。素戔嗚尊や、メルトリリスもそうだ。何故神性の高いサーヴァントばかりを狙う」

 

「そうだな……理由は二つある。一つは復讐。もう一つは、神霊をくべる事で、聖杯の力を増幅させることだ」

 

「何……?」

 

 

いまいち要領を得ない立香。しかし、ダ・ヴィンチはおおよそ理解できたようで、立香への解説のため、西部のアヴェンジャーに確認をとるように推理を披露する。

 

 

『成程。つまりキミは何らかの理由で神全般を恨んでいると。そして自分が座から退去したい何らかの理由もある。この二つの要素を手っ取り早く満たす聖杯への願いが、全てのサーヴァントの抹消というわけだ。それでキミは憂さ晴らしも兼ねて、強い力を持つ神霊を呼び出しては殺し、聖杯にくべ、その大規模な願いを叶えるための生贄としているわけだ。違うかい?』

 

「ほう、姿は見えんが、大した洞察力だ」

 

『当然だ。私は天才だからね。――ついでにもう一つ、私の推理を披露してあげよう。普通ならそんなやり方では効率が悪い。なのにキミは敢えてそうしている。……このフォート・ジョルディの街そのもの……キミの固有結界だろ?』

 

「それって……!?」

 

「……そこまでお見通しとはな」

 

 

驚愕する立香に対し、表情一つ変えることなく呟く西部のアヴェンジャー。

ダ・ヴィンチの推理によると、固有結界を発動することで大気のマナ濃度を上げ、それを聖杯に少しずつ供給する。神霊をくべ、それにより溜まった魔力で再び神霊を召喚し、余剰分の魔力の一部を使って固有結界を維持する。それによって自身と聖杯、そして固有結界とで魔力を循環させ、少しずつ、けれども確実に聖杯に魔力を溜め込んでいるらしい。

 

 

「それだけではない。この固有結界は俺自身に最高ランクの知名度補正と同等の魔力補正をかける力もある。それによって魔力の循環効率はさらに向上。必要な神霊七騎の内五騎は葬った。残り二騎の神霊をくべれば俺の目的は達成される。そこの神霊と、この場にいないようだが、お前のサーヴァント――メルトリリスと呼んでいたな? そいつでも十分だろう」

 

「……あまり時間は残されていないってわけだ」

 

 

普段飄々としているビリーの表情にも、わかりやすく緊張が生まれる。

 

話は終わりだと銃を構えなおそうとする西部のアヴェンジャー。そこに、セーラが待ったをかけた。

 

 

「……さっきの話、正直、わたしにはよくわからなかった。でも、あんたが皆を消そうとしていることはわかった。メルトリリスさんやブラヴァツキーさん。巌窟王さんやビリーさん、ジャックちゃん……それに、カルデアってところにはダ・ヴィンチさんや、もっとたくさんのサーヴァントたち……リツカの仲間がいるって聞いた。その皆を消すだなんて、許すことはできない。――その上で聞かせてもらうわ。あんた、なんでこんな事するの?」

 

「……これ以上教える義理は無いな。気まぐれはここまでだ」

 

「そう……」

 

 

瞬間、セーラが銃を構え、西部のアヴェンジャーに向けて発砲する。しかし、西部のアヴェンジャーは体を少し動かすだけでそれを回避する。

 

舌打ちをするセーラ。西部のアヴェンジャーは懐かしむように呟いた。

 

 

「……懐かしいな。いつだったか、キミに銃を向けられたのは」

 

「やっぱりあんた、わたしのこと知ってるの……?」

 

「それも言えないな。……俺としたことが、少ししゃべりすぎたようだ。今日はこの辺りにしておいてやる」

 

 

西部のアヴェンジャーが前回と同じように姿を消す。

またも眼前の敵を取り逃がしてしまいった悔しさ。自分の記憶について聞き出せなかった悔しさから、クソ、と同時に呟く立香とセーラ。丁度その時、マシュから通信が入った。

 

 

『先輩。先程、メルトリリスさんとジャックさんがワーウルフの群れとの戦闘を終了させました。今そちらに向かっています』

 

「……ああ、わかった。合流次第、ケツァルコアトルさんを保護してオスカー・ワイルドに戻ろう」

 

『ああ、あのアヴェンジャーも聖杯の魔力を無駄にはしたくないだろうから、今日の所は本当にこれ以上動かないだろう。しかし、明日からは向こうから出向いてくるだろうね』

 

「明日以降が本番ってわけね……」

 

エレナがそう呟いた辺りで、メルトリリスとジャックの姿が見えてくる。このままオスカーワイルドに戻ろうとしたその時、マシュがセーラを呼び止めた。

 

 

『あの、セーラさん。少し気になった事があるのですが……』

 

「ん、何?」

 

『セーラさん……本当にサーヴァントではないんですよね……?』

 

「いや、記憶喪失のわたしに聞かれても困るんだけど……。とりあえず、わたしからサーヴァントの反応は無かったんでしょ?」

 

『え、ええ。それもそうですね。失礼しました』

 

「いいけど……なんで今になってそんな事聞くの?」

 

『ああ、いえ。……少し気になった事がありまして。ええ、何でもないです。忘れてください』

 

 

そう? と返し、待っていてくれた立香たちに謝りながら再び歩き出すセーラ。マシュも一旦通信を切り、立香の意味消失の阻止とバイタルチェックの作業に戻りながら、考え込んでいた。

 

 

(あのワーウルフ……固有結界内の存在ということは、魔力で強化されていたか、もしくは魔力の塊のような存在のはず。わずかとはいえ、神秘の籠っていない武器でダメージを与えられるものなのでしょうか? ……それに、セーラさんのお名前――)

 

 

どこかで聞いたことがあるような――。そんなふとした疑問は、目の前の作業によって頭の隅に追いやられてしまった。

 

 




まともな戦闘描写が無いまま話が進んでいきますが、戦闘描写はクライマックスでガッツリやる予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。