亜種特異点 神性狩猟区域 フォート・ジョルディ   作:仲美虚

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第二節『神殺しの聖者』

「大丈夫か、メルトリリス!」

 

「しっかりして!」

 

 

酒場の二階の個室。左腕から血を流し、ぐったりとしているメルトリリスに立香とセーラが息を切らしながら呼びかける。傷そのものは深くない。ましてや腕など身体全体からすれば末端組織。それにしては受けているダメージが大きい。

 

 

「はぁ……はぁ……っく、大丈夫よ。それにしても、掠っただけなのにこんなに体力を持っていかれるなんて……」

 

 

「クソッ! 一体どうして……」

 

 

時間は数刻前に遡る――――

 

 

 

 

 

 

自己紹介を済ませた立香たち一行とセーラは今後について話し合っていた。

 

 

「ところでセーラ、ここに来てから変わったものは見ていないかな」

 

「うーん、変わったものも何も、この場所自体が変わった場所だし……あ、そういえば、あなたたちが来る少し前に、遠くの方で何か光ってたかも。こう、雷みたいにピカーって」

 

「光?」

 

 

大きな音はしなかったけどね。セーラがそう返す。

間違いなくこの特異点の発生に関わるものだろうと立香が考えたその時だった。締め切った窓の隙間から眩い光が入ってきたのだ。

 

 

「――ッ! なんだ一体!?」

 

 

声を上げる立香。はっとしたセーラが窓を開け、あまりの眩しさに目を伏せる。そして窓を閉め、確信めいた表情で立香たちの方に向き直った。

 

 

「これよ、さっき話してた光! さっきの時よりずっと近い!」

 

『本当ですか!? ――行ってみましょう、先輩。何か重要な手がかりがあるかもしれません』

 

 

ああ。と、マシュからの通信に頷く立香。早速とばかりに立ち上がった立香をマシュが静止した。

 

 

『その前に……このマナ濃度の中でも比較的はっきりと観測できる霊基反応が確認されました。先程の光が発生した直後です。先輩、くれぐれも気を付けてください』

 

「そんなに強力なサーヴァントが……?」

 

『ええ、これ程力のあるサーヴァントであれば、きっと知名度も高い存在でしょうし、反応も強いですから、もしかしたら霊基パターンからクラスや真名を特定できるかも知れません。そのあたりの解析も現在進めています』

 

「そうか……わかった、そっちはよろしく。気を付けて行ってくるよ。あ、セーラはここに残って。それから……巌窟王、セーラの事頼めるかな?」

 

 

巌窟王が立香の言葉にぴくりと眉を動かす。そして一呼吸置き、葉巻に火を入れ、若干不服そうではあるが承諾した。

 

 

「……成程、確かに俺のスキル及び宝具は、単騎でこの娘のお守りをするにはこの中で最も適しているだろう。ああ、悪くない采配だ。従うとしよう」

 

「あはは……ごめんね? 悪いけど頼むよ。――それじゃ、行くよみんな」

 

 

立香の呼びかけに応え、サーヴァントたちが立ち上がる。一行はセーラと巌窟王に見送られ、酒場を出た。

 

 

「――マシュ、ダ・ヴィンチちゃん。方向はこっちで合ってる?」

 

『ああ、合っているよ。そのまま真っすぐだ』

 

『しかし、先程も言いましたが気を付けてください。今向かっている光の発生源と思しき場所と、確認された強い霊基の存在する場所がほぼ一致しています。タイミングからして、あの光によって現界したサーヴァントと考えるのが妥当でしょう。このまま進めばエンカウントは必至――ッ! これは……!』

 

 

駆け足で光の発生源に向かいながら通信で会話していると、急にマシュの声色が変わった。

 

 

『対象のクラスと真名、特定しました! クラス、セイバー。真名は――《素戔嗚尊(スサノオノミコト)》です!!』

 

「スサノオ――って、日本神話の!?」

 

 

素戔嗚尊。言わずと知れた日本神話における神の名であり、三貴子(みはしらのうずのみこ)の一柱である。本来ならばそのような神霊がサーヴァントとして現界する事などありえない。マシュや立香だけでなく、サーヴァントも驚きを隠せずにいた。どういうことなのかと困惑する立香たちに、ダ・ヴィンチが補足説明をする。

 

 

『うーん、でもこれは相当神格を抑えられてるねぇ。サーヴァントとして現界させるために無理矢理その枠に押し込められている。つまり……』

 

「……聖杯の力で強制的に召喚されている……?」

 

『何にせよ、真相を突き止める必要があります。急ぎましょう、先輩』

 

 

ああ。と言いかけたところで、少し離れたところで爆発が起きる。立香たちが向かっている方向だ。

恐らく、素戔嗚尊が何者かと戦闘を行っているのだろう。より一層、立香たちの足が速くなる。ダ・ヴィンチの指示で向かった先は教会の裏。さほど時間はかからなかった。

 

 

「これは……」

 

 

そこで立香たちが最初に見たものは、腹部に大穴を開け、今まさに消滅しゆく素戔嗚尊だった。

 

 

「ウソでしょ……いくら神格を落とされているからって、上位の神霊がこんな短時間で……!?」

 

 

信じられないものを見たかのように、メルトリリスが呟く。いや、実際信じ難い光景なのだろう。神霊、それも素戔嗚尊のような軍神というのはこと戦闘においては相当な力を持っており、そう簡単に並のサーヴァント相手に負けるような存在ではない。その身に女神の力を組み込んでおり、神というものがどれ程のものなのかをよく理解しているメルトリリスにとってはなおさらと言える。

 

結局、立香たちは何もできないまま素戔嗚尊が座に還るのを見届けることしかできなかった。

 

しかし、まだ気は抜けない。素戔嗚尊を斃したと思われるサーヴァントがまだ近くにいるとマシュから通信が入った。全神経を集中させ、周囲を警戒する。

 

 

「――伏せろ!!」

 

「おわっ!?」

 

 

突如としてビリーが(サンダラー)を抜きながら立香を張り倒し、立香の立っていた場所の後ろ――教会の壁の影に向けて発砲する。

しかし銃弾は何かを打ち抜くでもなく、壁を抉るのみ。直後、教会の屋根の上に黒い影が降り立った。

 

それは、黒い短髪に眼鏡。背は高く痩身。ボロボロの黒い牧師服の上から、これまたボロボロの黒いコートを羽織った青年だった。その目つきは鋭く、荒み、恩讐に満ちた眼光が立香たちを射貫いていた。

 

間もなくして、意外にもすぐに攻撃を仕掛けることもなく、その異様な雰囲気を放つ男が口を開き始めた。

 

 

「……サーヴァントが揃いも揃って……しかもマスター付きか。それに――ふん、この霊基は……ああ……久しいな。ブラヴァッキーに……ああ。ああ。ああ……! 見紛うものか。その気配、その目、そして何よりその赤いマフラー……そこのブラヴァッキー同様違う存在、違う姿でもわかるぞ。ビリー・ザ・キッド……!」

 

「へえ、どうやら僕の事知ってるみたいだね」

 

「口ぶりからして――というより、私自身の記憶からして別の私たちの事を言っているみたいだけどね。イフの存在ってやつかしら? それにしてもあなた、よっぽど恨み買ってるのね」

 

 

黒コートの男の放つ殺気に対し、軽い口調で話すビリーとエレナ。尤も、軽いのは口調だけで緊張は抜けていないが。

 

やがて黒コートの男のわかりやすい殺気も徐々に弱くなり、落ち着いた口調で話し始めた。

 

 

「……確かに、ビリー・ザ・キッドには恨み――いや、憎しみとでも言うべきか。そういった類の感情はある。だがそれは恨みとは別。……相変わらず憎いが、今更お門違いの恨みなど持つものか。今の俺が真に恨んでいるのは――」

 

 

自然な動作。何気なしにポケットに手を入れるような。そんな動きでコートの内側に手を伸ばし、握ったのは銃。瞬間、男が手袋の上から嵌めている指輪が光る。

 

 

(――レマット……?)

 

 

ビリーが男の銃を見たその時、妙な違和感が頭を過った。しかしそれが隙を生み、ビリーが銃を抜くのを遅らせた。あまりに速い。その一瞬で男は引き金を引いた。

銃口の向く先はメルトリリスの心臓。サーヴァントの霊核を成す場所。サーヴァント特有の動体視力と反射神経を以て、すんでのところで回避行動を取るも、左腕を掠ってしまった。

 

 

「――っぁああっ!!」

 

 

「メルトリリス!!」

 

 

悲鳴を上げるメルトリリスに駆け寄る立香。彼女の傷口からは血が流れ、煙が上がっていた。それを見て黒コートの男が珍しいものでも見たように、けれどもつまらなさそうに呟く。

 

 

「……本来ならアレでも腕が千切れかかる程度にはダメージが入るはずだが……成程、真性の神ではないか。不純物の混ざった神か、それとも神ならざる身に神を宿したか……まあ、何でもいい。今度こそ死ね」

 

 

もう一丁の(ピースメーカー)を抜き、片方の銃で立香を。もう片方の銃で再びメルトリリスを狙う。今度こそ死ね。その言葉を実行するため、ゆっくりと狙いを定める。

 

通常ならば隙にしかならない緩慢な動作。しかし、近距離専門であるアサシンのジャックでは間合いが足りない。銃を使う相手ではキャスターであるエレナの援護も間に合わない。対等な撃ち合いなら負け無しのビリーでさえも、マスターや仲間が実質人質に取られている上、相手の力量が把握しきれていないこの状況では下手に動けない。

 

万事休すか。誰もがそう思った時だった。

 

 

「俺を呼んだな!!」

 

 

その声と同時に、男の二丁拳銃が咆哮を上げる。しかしその弾丸は、黒い炎に焼き尽くされた。

 

黒い炎の中から現れた声の主は巌窟王だった。そのマントの内側にはセーラもいる。――サーヴァントの高速移動に付き合わされたせいか、顔が青いが。

 

 

「巌窟王……! どうしてここに――ていうかなんでセーラまで!?」

 

 

「なあに。おまえの愛しい後輩から応援を頼まれただけの事。とはいえ、この状況で娘を独りにするわけにもいくまい。であるから、仕方なく連れてきた。それより……」

 

 

巌窟王が黒コートの男を一瞥する。その口元には笑みが浮かんでいる。

 

 

「……そうか。俺と貴様は根本こそ違えど、どこまでも似ているな。その在り方、その出自……いや、貴様はどちら(・・・)なのだろうな……? ――それはそうと、貴様……随分とこの娘にご執心のようだな?」

 

「ッ!!」

 

 

びくん。と、黒コートの男が反応し、セーラもまた、え? と声を漏らす。見れば、男が放っていた殺気は完全に消え失せ、銃を握る腕は力無く垂れ下がっていた。銃も、曲がった指に辛うじてかかっているものの、少し気を抜けば落ちそうな程だ。

 

見透かすような巌窟王の視線に嫌気がさしたのか、男は舌打ちをし、その身を翻して姿を消した。

 

 

「ま、待て!!」

 

 

立香が声を上げるが、消えてしまってから待てと言っても遅いというもの。情報が少ない今、黒コートの男を探して話を聞き出したいところではあるが、未だ苦しんでいるメルトリリスの治療が優先。一行は再び酒場に戻る事となった。

 

 

(それにしても、あの銃……あのガンベルト……まさか……)

 

 

ビリーの頭には、一つの疑問が染みついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

――ここで話は冒頭に戻る。

 

 

「どうやらあの男の口ぶりからして、神性の高いサーヴァントに対して高い威力を発揮する攻撃のようね。……それにしたってこんなの最早呪いの域よ」

 

 

エレナがメルトリリスの傷口を観察し、その様子を説明する。曰く、傷口の痛み以上に、そこから全身に回った神殺しの力がメルトリリスを苦しめているらしく、非物理的な治療スキル・宝具でもない限り即座な回復は難しいらしい。尤も、放っておけばゆっくりと時間をかけて回復するのだが、その間彼女は苦しみ続けることになる。

 

 

「ごめんね、おかあさん。わたしたちのスキルも役に立たないみたい……」

 

「気にすることないよジャック。今回はちょっと相性が悪かった。それだけの話さ。それに、最初に敵に囲まれた時もそうだし、ジャックの情報抹消スキルのおかげで、道中で敵に遭遇しても追いかけられてここを嗅ぎつけられることがないんだ。ジャックはとても役に立っているよ。ありがとう」

 

「ほんと……? えへへ。褒められちゃった。嬉しいな」

 

 

満面の笑みを浮かべるジャックに笑顔で返す立香。雰囲気こそ和やかではあるが、切迫した事態は変わらない。どうしたものかと頭を悩ませていた時、ダ・ヴィンチから通信が入った。

 

 

『彼女を治療する方法はある。令呪を一画消費する事だ。そうすれば彼女は一時的に万全の状態になり、後は自力で回復できる。それと――』

 

「そうか、その手があった! ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん!」

 

 

ここで令呪を一画消費するのは痛いが、背に腹は代えられない。ダ・ヴィンチが何か言いかけているが、早速とばかりに立香は令呪を一画消費し、メルトリリスに魔力を供給する。すると、みるみるうちに彼女の顔色が良くなり、傷口も塞がっていった。

 

その様子を見て、セーラが感嘆の声を漏らす。

 

 

「へー、すごいのね。こんなことまでできちゃうなんて、魔法みたい」

 

「そんなすごいものじゃないよ。俺も詳しくは知らないけど、魔術と魔法は違うらしい」

 

 

そういうものなんだ。と、セーラが呟く。ともあれ、これで治療は完了。しかし、モニター越しのダ・ヴィンチの表情は引きつっていた。

 

 

「ん? どうしたの、ダ・ヴィンチちゃん。そういえばさっき何か言いかけてなかった?」

 

『ああ、いや……確かに、治療の手段として令呪の消費は挙げたよ? うん。でもね、令呪を使わなくとも、巌窟王くんの宝具を使用するっていう方法もあったんだが……』

 

「……え?」

 

 

立香が硬直する。そして、ぎぎぎ、と音が立ちそうなほどぎこちない動きで首を回し、巌窟王の方に顔を向け、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……ねえ、そんな宝具持ってるなんて知らなかったんだけど」

 

「言っていなかったか? というかマスター。おまえも俺のマスターだというのなら、サーヴァントのステータスくらいは把握しておけ」

 

「うん、それは尤もだ。悪かったよ。けど……なんで今メルトリリスの治療をしようって時に教えてくれなかったの?」

 

「聞かれなかったからな」

 

 

顔色一つ変えずに答える巌窟王の態度に、立香が大きく溜息を吐く。この特異点の修復が終わったらサーヴァントたちの事について勉強しなおそう。そう誓った立香であった。

 

そんな立香を後目に、ビリーが世間話でも始めるかのように巌窟王に声をかけた。

 

 

「そうそう。巌窟王さぁ、あの黒いコートの男を見て、なんか知った風な口をきいてたけど……何か知ってるの?」

 

「さあな。俺にはあれが何者なのかなどわからんよ。ただ、予想通りと言うべきか……奴のクラスはアヴェンジャーだ。そうだな? キリエライト」

 

 

『あ、え、ええ。――はい、確かにその通りです』

 

 

シリアスな空気に切り替わり、場が静寂に包まれる。そんな中、セーラは「じゃあ巌窟王さんのこと、アヴェンジャーさんって呼べないね」などと言っていた。

 

 

「ま、そんなこったろうとは思ったけどさ。……でさ、まだ何か気付いた事あるでしょ」

 

「……流石ガンマン。目敏いな。――とはいえ、勘と憶測によるものでしかないがな。……あれの霊基の成り立ちに近いものを感じた。それだけだ」

 

 

どういうことだ? と、立香が説明を求めようとするが、実際に声に出す前に、巌窟王がその表情から心情を読み取り、説明を続けた。

 

 

「要するに、『物語に関わる出自』かもしれんということだ。登場人物か、そのモデルか、はたまた作家本人かはわからんがな。まあ、頭の片隅にでも入れておけばいい」

 

『わかりました。その点も考慮してあのサーヴァントの調査を行います。……それにしても、彼の目的は一体……』

 

「仮にあいつが黒幕だとして……かつてのフォート・ジョルディで牧師サマが銃持って神殺しねえ。もう何て言ったらいいかわかんないね」

 

 

ビリーが壁に身体を預け、腕を組んで視線を天井に向けながら呟く。その何気ない呟きに、通信の向こうのダ・ヴィンチが反応した。

 

 

『……ビリー君。今キミ、フォート・ジョルディって言ったかい?』

 

「ん? ああ、言ったよ。――ああ、この街の名前ね。さっきあちこち歩き回って思い出したんだ。そういえば生前行ったことあるなって。そうそう。この酒場、オスカー・ワイルドも来たことあったっけ。道理で見覚えのある看板だと思ったよ」

 

『……そうか。ありがとう。うん、非常に参考になったよ。これは今後調査を進める上で重要なファクターになるだろう。――さて、先の戦闘もあってみんな疲れただろう。今日はゆっくり休んで、情報整理や行動を起こすのはまた明日にしたまえ』

 

 

ダ・ヴィンチの合図で今日の所はここまでということになり、全員それぞれに割り当てられた個室に入り、睡眠をとる。サーヴァントに睡眠は必要無いが、娯楽としては有効であり、マスターである立香が自分だけが休むと気にする性質であるため、サーヴァントたちも各々形だけの睡眠に入る。

 

 

 

 

 

 

――そして次の朝。

 

 

 

 

「……いや、夜なんですけど」

 

 

 

 

立香の寝言――というわけではない。

 

 

空には相変わらずの赤い月。フォート・ジョルディは夜の闇に覆われたままだった……。




唐突にオリジナルサーヴァントが登場したと思ったら、名前だけでセリフもなく即退場です。

登場人物が多いのでキャラの立ち回りとか色々大変です。地の文とかわかりやすく、それらしくなっているでしょうか……?

※10/22 メルトリリスの治療パートの本文を一部修正

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