「これは一体……」
立香が目の前の景色に驚愕する。自分たちは確かに2004年のアメリカ西部にレイシフトしたはずだ。近代の西部であれば、多少かつての開拓時代の名残が残る地域であろうと、建築物に使用している素材や造りそのもの、道路の整備状態で近代化されたものだとわかる。しかし目の前に映るそれはあまりにも……。
「ダ・ヴィンチちゃん! これは――」
『ああ、間違いなく二〇〇四年のアメリカにレイシフトしているよ。しかしこれでは……』
「うーん……まるで僕の生きていた時代のまんまだね」
ビリーが近くの建物の柵に手を触れて呟く。直後、ブリーフィング中から黙りこくっていた巌窟王が声を発した。
「匂うな……血に塗れた恩讐の匂いだ。ククク、どうやら此度の敵はこの俺に匹敵する復讐鬼と見たぞ、マスター」
『巌窟王さんがそこまで言う程とは……。先輩、気を付けて行動してください。こうマナが濃くてはいつもに比べ敵影反応をキャッチしにくいので、警戒を怠らないよう――言ったそばからすぐ近くにエネミーです! 戦闘準備を!』
「……ああ、もう見えてるよ。ていうか囲まれてる」
いつの間にか、立香たちは大量のゾンビに囲まれていた。サーヴァントたちが立香を護るように、臨戦態勢に入る。
「ゾンビとはいえ、まだ右も左もわからない時にこう大量に攻め込まれると大変だ……! 一旦離脱して体制を立て直そう。ジャック!」
「まかせて、おかあさん! ――此よりは地獄。わたしたちは炎、雨、力――殺戮をここに。《
ジャックが宝具を発動し、目にも止まらぬ速さでゾンビの群れを切り裂き、包囲網に穴を開ける。
ジャックの宝具は時間帯が夜である事。霧が出ている事。対象が女性である事。これら3つの条件を満たすたびにその威力が強化される。幸い今は夜であるため、突破口を開くには十分な力を発揮することができた。
「今だみんな! 脱出するぞ!」
ジャックの作った包囲網の穴を全力で駆ける。幸い相手はゾンビ。動きが鈍いため、簡単に撒くことができた。
「よし、もう追って来ないかな。とりあえずあの建物で作戦会議だ」
立香が指さしたのは『Oscar-Wilde』と書かれた看板。中に入ってみると、テーブルが並んでおり、カウンターの奥の棚には酒のボトルやグラスが陳列されていた。どうやら酒場らしい。
「誰もいないわね……」
「そりゃあそうよ。どの建物も灯りが消えていたし、そもそもあんなゾンビの集団がいるような街に人が住んでいてたまるもんですか。……ああ、さっきのゾンビ、ここの人たちかもね」
エレナの呟きに、メルトリリスが冷たく返す。優しい言い方をしたとは言えないが、可能性としては十分あり得る話だ。
「とりあえず家捜しでもしようよ。これから拠点になるかもしれない場所だし、作戦会議はその後でもいいんじゃない?」
ビリーのその言葉に皆が頷き、一時解散する。無闇に灯りを外に漏らすと危険であるため主要な照明こそつけてはいないが、どういう訳か電気も水道も通っており、保冷庫から幾らかのまだ食べられそうな食料も確保できた。そして……
「おかあさん! だれかいるよ?」
「何だって!? 今行く!」
ジャックの声がした、二階の個室へと全員が集まる。そこには壁を背に二丁拳銃を構える、金髪のカウガール風の少女がいた。
「あんたたちは何!? 敵? 味方?」
「お、落ち着いて! 怪しい者じゃないよ!」
銃を向け怒鳴り散らす少女に立香が驚き、両手を挙げる。それから十数秒、立香及びサーヴァントたちに動きが無いのを確認し、ひとまずは信用してくれたらしい少女が銃を降ろす。
「ごめん。驚いちゃってつい……。ほら、外は怪物だらけだし。とりあえず人間みたいでよかった」
「ははは……信用してくれたみたいでよかったよ。俺たちは――」
立香がこの地で起こっている事、カルデアの存在、自分たちの目的について教える。説明中、少女は半信半疑な様子であったが、通信で話に割って入った、空中に小さく投影されたダ・ヴィンチやマシュの姿を見て、立香の話を信じたようだ。
「はー、特異点ねえ……。目が覚めたらこんなとこにいるし、自分の名前以外何も思い出せないし、未来から来たって言う人たちには会うし、どうしてこう突拍子もないことばっかり続くのよ」
「え、それって……」
「ん? ああ……そう。記憶喪失、ってやつなのかな。わたし。どうしてこんなところにいるのか、自分が何なのか思い出せないのよね」
気の毒そうな立香に対し、少女は何でもなさそうな表情で応える。言葉に困る立香。そこに、助け船のつもりではないだろうが、ダ・ヴィンチが少女に問いかけた。
『……キミ、目が覚めたらここにいたと言ったね。一体いつからここに?』
「うーん……多分、昨日」
多分とはどういうことか。ダ・ヴィンチの問いかけに難しそうな顔で少女が答える。
「……最初に目が覚めた時は夜で、道のど真ん中に突っ立ってて、それから怪物を何とか撒いてここに逃げ込んで、暫く警戒して起きてたんだけど、結局疲れて寝ちゃったのよ。で、目が覚めたらまだ夜で……。ここに飛び込んだ時は時計なんて見てなかったから、どれだけ時間が経ったかなんてわからないし……」
『ふむ……幾らか仮説は立てられるが、その話についてはもう少し検証が必要みたいだね。そのあたりの解析も進めておくよ』
ダ・ヴィンチの言葉に少女が礼を返し、しばし静寂が流れる。そこに、立香が思い出したかのように、立ち上がって言った。
「そうだ! 俺たちの自己紹介がまだだったね」
確かに、立香たちは身分や目的を明かしただけで、個々の紹介をしていない。話の途中で入ってきたダ・ヴィンチとマシュはその際自己紹介を済ませているが、その場にいる面子はタイミングを逃してすっかり忘れてしまっていた。
「俺は藤丸立香。記憶を失って不安かもしれないけど、俺たちが絶対君を守る。頼れる仲間たちもいるしね」
立香が後ろに控えていたサーヴァントたちにアイコンタクトを送り、自己紹介を促す。
「はぁ……。メルトリリスよ」
「わたしたちはジャック・ザ・リッパー! よろしくね、お姉さん」
「……アヴェンジャー。そう呼べ」
「エレナ・ブラヴァツキーよ。よろしく、お嬢ちゃん」
次々とサーヴァントたちが自己紹介を済ませる。最後にビリーが首元の赤いマフラーを直し、立ち上がってカウボーイハットを取った。
「僕はビリー・ザ・キッド。ま、仲良くしよう――ッ!」
瞬間、少女とビリーが銃を向け合っていた。抜いたのは少女の方が先であったが、構えるのは僅かにビリーの方が早かった。
「……へえ、レマットなんか使う割に早いじゃん」
ビリーが余裕の笑みを浮かべる。
突然の事態に固まっていた立香が割って入ろうとしたそのタイミングで、少女がはっとした表情で銃を降ろした。
「――ご、ごめんなさい! わたし一体何を……」
「ははは、気にしなくていいよ。一瞬とはいえ、久々に滾らせてもらったしね。……もしかしたらキミ、僕と縁のある人なのかもね。まあ、僕はキミのこと知らないけど」
笑い飛ばしながら、ビリーはくるくると銃を回し、ホルスターに納める。そして、少女に向き直り、やや顔を近づけて言った。
「で、キミの名前は? さっき名前は覚えてるって言ってたよね」
「あ、う、うん……。わたしの名前ね、うん――」
「――わたしは、セーラ。セーラ・V・ウィンタース」
マシュのセリフを入れるタイミングがなかなか見つからなくてマシュが空気に……全キャラにまんべんなく出番を作ってあげたいですね。