亜種特異点 神性狩猟区域 フォート・ジョルディ   作:仲美虚

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悩める牧師様【後編】

セーラとクラウスの強化に必要な素材である世界樹の種を回収するため、立香たちはバビロニアの黒い杉の森へレイシフトしていた。

 

同行したサーヴァントは三騎。――二騎とも取れるが――セーラとクラウス。そしてゲオルギウスだ。

 

周囲の木々と地面を注視しながら探索を進める一行。途中、見るからに落ち着かない様子のクラウスが立香に耳打ちをした。

 

 

「あ、あの、マスター。この編成は一体――」

 

「一体も何も、クラウスたちの強化に必要な素材を集めに来たんだから、本人たちに同行してもらうのが筋でしょ。とはいえ、まだサーヴァントとしての実戦経験は浅いから、タンクスキルを持っているゲオル先生にも来てもらったってわけ」

 

「し、しかし……」

 

 

もっともらしい理屈に言葉を詰まらせるクラウス。この場に他のサーヴァントが居ればまだよかったが、レイシフトで転移できる質量には上限がある。そのため、今回のような素材の回収が目的の場合、人数は少ない方が良いとされている。加えて、編成について合理的な理由を説明できる立香に対し、クラウスは私情による我儘しか言うことができない。これ以上の抗議は無駄と考え、クラウスは黙り込んでしまった。

 

うなだれるクラウスに、事情を知っているのか同情の視線を送るセーラ。やがて、レイシフト直後から会話に参加していなかったゲオルギウスがしびれを切らし、クラウスに話しかけた。

 

 

「クラウス殿、単刀直入に申し上げます。以前より私を避けているようですが、せめて理由だけでもお聞かせ願えませんか。もし私に至らぬ点があるようでしたら――」

 

「と、とんでもない!! 聖ジョージ様に落ち度などありません! これは僕の問題で、ええと……今は話せませんが、止むに止まれぬ事情があるのです。誓って貴方を疎ましく思っての事ではありません。どうか、信じてはいただけませんか……?」

 

 

真剣な眼差しでゲオルギウスに語るクラウス。交差する視線。しばしの静寂の後に、ゲオルギウスは小さく息を吐き出し、表情を緩めた。

 

 

「……ええ、信じます。貴方を疑うことはありませんよ。誰にでも隠したい事はあるもの。無理に、とは言いません。ですが、もし話しても良いと思われたなら、その時が来たら、話していただけますか?」

 

「あ、ありがとうございます! ええ、いつか、僕の中で決心がついたその時に、必ず」

 

 

根本的な解決には至らなかったものの、ひとまずこれで二人の関係は修復できた。あとはそもそもの原因と、マシュがクラウスを避ける理由をゆっくりと探っていこう。そう立香が思っていたその時だった。

 

突如茂みから飛び出す複数の黒い影。神代の魔獣、ウリディンムだ。サーヴァントであれば問題なくいなせる敵であり、その数は五体と決して多くはないが、こちらも戦力が多いとは言えない状況。気を抜かず、即座に戦闘態勢に入る。

 

 

「流石神様の時代ってだけあって、出てくる獣も変わってるわね」

 

 

動揺しつつも、余裕の表情を崩さないよう努めるセーラ。その手には既に二丁拳銃が握られており、眼前の敵に狙いを定めている。ゲオルギウスもまた宝具である力屠る祝福の剣(アスカロン)を構え、マスターである立香を庇うように立ちふさがっている。

 

 

――一方、クラウスは立香の後ろに隠れていた。

 

 

「……あの、クラウスさん。戦っていただけませんか」

 

 

クラウスに冷たい視線を向け、棒読みで話す立香。しかし、クラウスはそこを動こうとしない。

 

 

「いや、僕戦闘能力皆無ですし。もし僕がやられてしまってはセーラも道連れですから、このポジションが最善かと」

 

 

一応理には適っているので、立香は諦めて前を向き、再び敵に注意を向ける。

 

現在の戦況はウリディンム五体に対して、二騎のサーヴァント。今はどちらも大きな動きはせず、牽制しあっている。正直なところ、戦闘が始まれば、機敏な動きをするウリディンムに対しこの戦力差で立香とクラウスを護りながら戦闘を行うのは厳しい。ましてや、戦闘が長引けば音につられて仲間がやってくるかもしれないし、遠吠えでもして呼び寄せるかもしれない。それで現れるのがウリディンムのような比較的小型のエネミーならまだしも、ウガルのような大型のものとなれば最悪だ。

 

宝具による短期決戦が望ましい。とはいえ、強力な魔獣の多い古代メソポタミアの地で、易々と令呪は使えない。そう考えた立香はセーラとクラウスにある指示を出す。

 

 

「セーラ! クラウス! スキルの《自己回復(魔力)》を使って、宝具で一気に片を付けよう!」

 

 

 

 

「「え゛」」

 

 

セーラとクラウスの声と表情がシンクロする。唐突に触れられたくない事を掘り返されたような、且つ、何故この状況でそのようなことを言うのかと非難するような顔。

一瞬の沈黙の後、セーラが顔を赤らめながら、大声でまくし立てた。

 

 

「ななななな何言ってんのよ!! そ、そんなこと、できるわけないでしょ!! あ、頭沸いてんじゃないの?!!」

 

「落ち着いてください、セーラ! ……いやあ、僕も流石にマスターや、ましてや聖ジョージ様の前ではちょっと……」

 

「何その反応」

 

 

目の前の状況に困惑しつつ、自らの発言にどことなくデジャヴを感じる立香。そんなコントをやっている内に、戦況が動き出してしまった。

 

 

「マスター! 敵が襲い掛かってきました! 指示を!」

 

「え、やばっ!」

 

 

ゲオルギウスの声で我に返る立香。見れば、ゲオルギウスがスキルを使い、一人で全てのウリディンムを相手取っていた。

 

 

「ちょ、流石にまずいから! 頼むよ二人とも!」

 

「い、厭よ!! バカ!! 変態!! うんこ!!」

 

「なんで!? ――あーもう、わかったよ!! 令呪使うから早く敵をなんとかしてくれ!!」

 

 

結局、なんとか敵を倒して無事帰還できたはいいものの、令呪を二画も消費して手に入ったものは世界樹の種一個だけという散々な結果に終わってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「つ、疲れた……」

 

「申し訳ありませんマスター。僕たちの我儘のせいでこんなことに……」

 

 

心身ともにボロボロになってカルデアの廊下を歩く立香、クラウス、セーラの三人。回収した素材をダ・ヴィンチに預け、それぞれの部屋に戻る途中だ。

 

 

「いや、過ぎたことだしもういいよ。……それにしても、どうしてあんな……」

 

「そ、それには深いわけがあるというか、ちょっと言いにくい事というか……ううう……とにかく今は聞かないで……」

 

「そ、そう……」

 

 

またも顔を赤らめるセーラに困惑する立香。そうして話しながら歩いていると、セーラとクラウスの共同の部屋の前に到着した。

 

 

「それではマスター、僕たちはこれで。ゆっくり体を休めてくださいね」

 

「ああ。二人も結構魔力を消費したみたいだし、今のうちに休んでおいてね」

 

「うん、おやすみリツカ」

 

 

部屋の自動ドアが閉まる。立香も自分の部屋に戻るかと、軽く伸びをしたその時だった。

 

 

「……あれ? あそこに落ちてるのって……」

 

 

先程通った道に、金色に光る何か。立香はそれに見覚えがあった。

フォート・ジョルディの事件で現れた時。召喚されたばかりの時。クラウスが首から下げていた十字架だ。カルデアで過ごすようになってからは首に掛けず、ポケットに仕舞っており、めっきり見かけなくなったものだ。

 

聖職者にとって十字架は大切なもの。立香はそれを拾い、今さっき持ち主であるクラウスを見送ったドアの前に立ち、パネルをタッチする。施錠はされていなかったらしく、すぐにドアは開いた。

 

 

「クラウス、これ廊下に落ちて、たん……だけ……ど……?」

 

 

立香は目の前の光景を疑った。

 

 

クラウスが床に四つん這いになって尻を曝け出し、その尻を何故かサラシと褌姿のセーラが平手で叩いていたのだ。

 

 

「そりゃあっ!! せいやあっ!! ――え?」

 

「あひいいいいいい!! もっとおおおおおお!! ――え?」

 

 

静まり返る空気。交差する三人の視線。そして立香は十字架を握りしめる手の感触の違和感に気付いた。

 

 

(こ、この十字架……磔にされているキリストの彫刻……勃って(・・・)やがる……!?)

 

 

遠目でしか見た事がなかったため、今の今まで気が付かなかったその造形の異常性。そして目の前で繰り広げられる理解の範疇を超えたプレイ。立香の頭はどうにかなってしまいそうだったが、辛うじて、先んじてこの静寂を打ち破ることができた。

 

静かに部屋に入り、室内の入り口近くにあったフラワースタンドに十字架を置き、部屋を出る。そして――

 

 

「――し、しつれいしましたー……」

 

 

そっとドアを閉じ、走り出す立香。一瞬の後、後ろから立香に対するクラウスの弁解の声と、クラウスに対するセーラの怒号が聞こえたが、構わず走り去った。

 

ひとしきり走って距離を稼いだ立香。レイシフト後の疲労のたまった身体で全力疾走をしたため、身体に大きな負荷がかかった。膝に手をつき、肩で息をする。

 

 

「な、何だったんだあれは……」

 

「知ってしまいましたか、先輩……」

 

 

突如前方から聞こえた声に顔を上げる立香。声の主はマシュだった。その手には、何やら一冊の本が抱えられている。

 

 

「マシュ……あれは一体……」

 

 

事情を知っているらしいマシュに説明を求める立香。マシュは無言でその手に持つ本を差し出した。

 

 

「これは……?」

 

「ANGEL BULLETの日本語訳版です。先程、先輩がレイシフトしている間にダ・ヴィンチちゃんに頼んでおきました」

 

「これを読めって……?」

 

 

無言で頷き、顔を赤らめて走り去るマシュ。再び廊下に立香一人が取り残された。

 

 

「……今日はよくマシュやセーラの赤面を見るなあ」

 

 

誰もいない廊下で呟きながら、立香は自室へと戻った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――自室のベッドに腰かけ、ANGEL BULLETを読み進める立香。その口からは、純粋な、思ったままの感想が洩れた。

 

 

「……時代が時代とはいえ、なんでこれ映画化できたんだ」

 

 

そこには、立香の感じた数々の疑問を全て解決する内容が書かれていた。

 

 

まず一つ解ったことは、クラウスがキリスト教の中でも異端とされる宗派の数少ない生き残りであり、そのせいで迫害を受けてきたということ。

クラウスの信仰する宗派では神の啓示を受け、秘術を使うためにある条件を満たさなくてはならないとされており、その条件が――

 

 

「――勃起が条件って……」

 

 

クラウスの扱える秘術とは『指輪に魔力を込める』こと。これはスキルの《自己回復(魔力)》に反映されている。つまり、このスキルを使用するためにはクラウスの陰茎を勃起させる必要があるということになる。であれば、先の戦闘でのセーラとクラウスの反応も頷けるというもの。

 

 

「そりゃあ、聖人の人たちには言い出せないよなあ……」

 

 

それだけではない。クラウスは少々――いや、かなり困った問題を抱えている。

 

 

 

 

――彼はEDなのだ。

 

 

 

 

そんな彼を勃起させる方法はただ一つ。クラウスが一目惚れをし、新たな性癖に目覚めさせた対象であるセーラに罵ってもらうことだ。

 

要するに、彼はセーラとSMプレイをしなければ秘術を行使できない。そしてその秘術はサーヴァントとして現界したことで《自己回復(魔力)》に置き換わり、生成した魔力は指輪を経由して自身の魔力へ変換することも可能となっている。立香が部屋で見たのは戦闘で傷ついた身体を癒すための回復行為だったのだ。

 

 

「それにしたってプレイが特殊すぎじゃないかな……マシュのあの反応もわかる気がする」

 

 

作中では、全裸で身体を縛られて床に転がされたクラウスを放置してセーラが食事を摂るプレイや、白鯨の着ぐるみを着たクラウスをフック船長のコスプレをしたセーラが銛で突き刺すプレイや、果ては、クラウス本人を無視してクラウスの性器を相手にセーラが世間話をするというプレイもあった。常人では考えもしないようなプレイの数々に、立香は軽く目眩を起こしてしまいそうになった。

 

 

「……これ、あのアヴェンジャーの実体験なんだよなあ」

 

 

かつて戦った相手とのギャップと、オーバーヒート寸前の頭のせいでおかしなテンションになり、立香が小さく笑いを洩らす。

 

少し休もう。そう呟き、開いているページにしおりを挟もうとする。その時、背後から何かが立香の頬を撫でた。

 

 

「――き、清姫……いつからそこに……?」

 

「ふふふ、ますたあがお部屋に戻られてからずうっと、です。それより……」

 

 

清姫が開いたままの本を取り上げ、そのページを凝視する。嫌な予感に青ざめる立香。暫くして清姫は丁寧にも立香の代わりに本にしおりを挟み、閉じて、それをベッドの上に置いた。

 

 

「……ますたあったら、このようなぷれいがしたいだなんて……。わたくし、少し恥ずかしいですが……ますたあが望むのであれば……」

 

 

のぼせたような表情で立香に詰め寄る清姫。今すぐにでも逃げ出したい立香であったが、恐怖のあまり身体が動かない。

 

 

「ち、違っ、誤解――」

 

「そんな、遠慮なさらず……さあ、さあ」

 

「ホント違うんだって! や、やめっ――うわあああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

途絶え行く意識の中、立香は決心した。クラウスたちのことは本人が言い出すまで秘密にしておいてあげよう。そして、自分もクラウスたちも、互いに戸締りには気を付けよう。と……。




後編です。エンバレ未プレイの方向けにセーラとクラウスの設定紹介を兼ねたお話でした。下品な単語が多いのはご容赦を。……これってR指定タグ付けた方がいいですかね……?

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