Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第9話

 学院を引き揚げ、冒険者達は盗品リストとマルキの同輩の証言リストを手に、次に向かう場所について話を始めた。

 相変わらず、道端で話始める彼等にユーチャリスは軽く溜息をついた。

 せめて酒場で話をすればいいのにと彼女は思うが、まあ、今後落ち着いて話すべき話題の時には強く移動するように言えばいいか……そう考えることにした。

 

「……パイロンの家にマルキの名前で『娘を預かった』と言伝して、その後のパイロンやあの魔術師達の反応を見るのはどうだろう」

 

「ハトコ……それは、うちらが不利な気がするにゅ」

 

「その意見は却下だ。いらない混乱しか巻き起こさないぞ」

 

 スイフリーの意見には、パラサとアーチーが即座に却下した。

 

「最初の事件があったあの辺調べない? あそこで見かけたって話だし、入り浸ってる賭博場もその辺りにあるんじゃないかな」

 

 レジィナが推測した意見を述べると、アーチーが逆に質問してきた。

 

「しかし、オランに賭博場なんてあるのか?」

 

 何分、坊っちゃん育ちで賢者の学院の学生、そして実家は学者貴族というアーチボルト様だ。そんな風紀の悪い場所になど行ったこともないのだろう。

 

「あら、ありますよ、合法的なのと非合法のものがいくつか。えーと、そうですね……たぶん、マルキは合法的な所に行ってるんじゃないかしら」

 

 アーチーの疑問に答えながら、ユーチャリスは賭博場の場所をいくつか思い浮かべる。

 

「レジィナさんの推測通り、一番大きな賭博場が最初の事件があったあの辺にありますね。そこに行ってみます?」

 

 これは、キャラクターであるユーチャリスの記憶だ。

 勇気ある心の仲間だったクラウスが、よく彼女を誘ってその賭博場へと行っていたらしい。しかし、彼は他の仲間達は絶対に誘わなかった。レオンとセアは脳筋単純思考故にハマってしまうと問題がある。堅物のジークではギャンブルの悪性について説教をされそうであり、リュミエラは金銭をかけるギャンブルは嫌いだ。そうなると、ユーチャリスくらいしか仲間内では誘えなかったのだろう。

 クラウスはシーフ技能持ちではあるもののイカサマはせず、純粋にゲームとして賭け事を楽しんでいたようで、ユーチャリスの記憶にも真剣に……楽しそうにゲームをする彼の姿が深く残っていた。

 

「あれ? ユーチャお姉さん、私にまで『さん』付けなんていらないのに。呼び捨てでいいよー」

 

 レジィナが今気がついたとユーチャリスに呼び捨てで呼んで欲しいと伝えてきた。

 彼女からすれば、折角パーティーを組んだと言うのに、何かユーチャリスとの間に壁があるように感じていた所だったので、その壁を少しでも減らすために渡りに船だと思ったのである。

 

「えっ……えと、これはある意味癖のようなものなので。慣れたら、その内ってことで許して下さい」

 

 しかし、アラフォーのユーチャリスからすれば、柔軟性のあった若かった頃ならともかく、面と向かって敬称無しの呼び捨てで呼ぶというのは中々に敷居が高い。ある程度歳を取ってしまうと染み付いた言葉づかいは、中々辞められないのだ。もちろん例外もあるが、慣れるまで待って欲しいというのも無理からぬ事だった。

 

「それにしても……ユーチャってば、よくそんな場所知ってるわね」

 

 『私もオランに長く住んでるけど知らなかったわよ?』とフィリスがその後にボソリと続けると、ユーチャリスは苦笑した。

 

「そういうのに詳しい昔の仲間とよく行ったことがあって。覚えていただけですよ」

 

「とりあえず、案内してくれないか。そこで話を聞いてみよう」

 

 アーチーの言葉にユーチャリスが了承し、先頭を歩き始めると冒険者達は後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その賭博場は人の行き交う大通りから少し離れた一見、酒場のような入り口の建物の地下にあった。

 公式に認められている賭博場でさえこのような造りなのだから、非合法の賭博場がいかなるモノかうかがいしれると言うものである。

 

 地下に降りていけば、ろうそくやランプの光だけでなく、古代語魔法のライトが込められたマジックアイテムの光が周囲を照らしている。

 その光の下、スタッフらしい露出の多い服を着た女性が各テーブルを周り、警備なのか黒服に身を包んだ男達がちらほらと立っている。

 カードやダイスなどの地味な賭博が主のようで、昼間だというのに各テーブルはそれなりに盛り上がっていた。

 

 グイズノーの視線が女性たちの姿に釘付けになり、アーチーも若干挙動不審である。

 一方妖精族のスイフリーとパラサは一応視界に女性たちをおさめたものの、そちらにはあまり興味がなく、むしろ周囲の様子に興味があるようだ。

 女性陣はと言うと、妖精族の二人と同じように周囲を物珍しそうに見ている。

 

 ユーチャリスはそんな中、一人の黒服を呼び止めた。

 呼び止めた男は、ここを任されている支配人であり、彼女にとって面識のある人物であった。

 突然呼び止められた男は不機嫌そうに応対していたが、ユーチャリスがフードを少しずらして、眼鏡を取った顔と耳を見せると顔色と態度を変えた。そして、彼女は眼鏡とフードを戻すと話を始める。

 

 少しして、ユーチャリスはアーチーを呼び、パラサが予め描いておいたマルキの似顔絵を見せた。

 

「……ああ、知ってるよ。うちのお得意さまのマルキだね」

 

 似顔絵を返却し、ユーチャリスを気にしながら支配人の男はそう言った。

 

「彼のことで何か知ってることはないか?」

 

「彼には金を貸していまして」

 

 重ねるようにアーチーとスイフリーが尋ねる。

 もちろん、スイフリーの台詞は、怪しまれないように彼が機転をきかせたものだ。

 

「うーん……ああ、そうだ。ちょっと待っててくれ」

 

 支配人は場内のテーブルの一つにいた背の小さな男を連れて来ると、マルキのことならこいつに聞けばいいと言って奥に引っ込んでしまった。

 

「……何か用?」

 

 残された男は何か後暗いことがあるのか、不安気な様子で上目遣いで冒険者達に対峙した。

 

「マルキに金を貸していて。返ってこなくて捜しているんです」

 

「ふーん、そりゃ災難だね。まあ、マルキはここ以外の賭場は知らないはずだし、他で捜しても見つからなかったんだろ?」

 

 借金取りの設定のままのスイフリーの台詞に男はあからさまにホッとしているようだった。

 

「ま、俺みたいにモノを貰っとけば良かったのにな」

 

 そう言いながら、右手にはめていた指輪を見せた。

 

「この前、あいつが大負けしたときに肩代わりして、こいつを代わりに貰ったんだ」

 

 やや自慢気に合い言葉で魔法の光の矢が飛ぶと説明され、この指輪が盗まれたコモン・ルーンの一つ、『エネルギー・ボルト』であることがわかった。

 

「でも、戦うことなんてないし持て余してるんだよ。これ」

 

 その言葉にギラリとスイフリーは、目の色を変えた。

 

「ほう。でしたら……私、それを高く買ってくれる人物に心当たりがありますので、取引交渉を任せて貰えませんか?」

 

「ふーん? 俺も知らない故買屋か好事家かな。まあ、どっちでもいいか。希望額は3000ガメルだけど、いけるのか?」

 

「もちろん、それ以上でまとめてみせましょう。越えた分は折半ということでどうでしょうか」

 

「ああ、それならいいぜ。俺は大体いつもここにいるから、話がまとまったら連絡くれよ」

 

 スイフリーの言葉に男は機嫌良く答えた。

 すでにユーチャリスがクナントンから買取の許可は貰っているのでその点については問題はない。

 

「マルキが他に、こんな品物を渡していた相手とかいますかね?」

 

「いないんじゃないか? それ貰ったのが縁で故買屋のパイロンを紹介してやったしね。それからはずっとパイロンとだけ取引してたみたいだし」

 

 その後、スイフリーがパイロンについて質問すると、故買屋という必要悪な稼業をしているけれどその界隈でも稀な信用のおける人物だと男は言った。

 

 そうして、賭博場にて情報収集を終えた冒険者たちは店の外で一斉にため息をついた。

 

「何というか……」

 

「単純……ですね」

 

 スイフリーとグイズノーが頭痛をこらえるように言葉を吐き出した。

 

「だからぁー。あたしが、最初からお金のためだって言ったじゃん」

 

「確かに、フィリス姉さんは最初にそう言ってましたね」

 

 フィリスが勝ち誇ったように言い、レジィナが苦笑しながらそれに同意する。

 

「……本当に単純なことだったな。落ちこぼれて自堕落になって、遊ぶ金欲しさでの犯行で。追われたから、つい知り合いの故買屋に逃げ込んだ……というところか」

 

「それ以外に形容の仕様がないにゅう」

 

「本当ですねえ……」

 

 そして、アーチーがため息混じりにマルキの件をまとめ、パラサとユーチャリスもあきれたように同意した。もちろん、ユーチャリスはリプレイの内容からこうなることはわかっていたので、あくまでも演技ではあるが。

 

「そうなるとコリーンちゃんの件は? 無関係っぽいのはわかったけど」

 

「それはさっぱりわからんな。とりあえず、古代王国の扉亭に戻って、例のあいつらの話を聞くことにするか」

 

 レジィナが困ったように言えば、アーチーはそう答えて古代王国の扉亭に戻る事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチーと魔術師の青年が並んで走っている。

 その後を背が高い大男の戦士と幸運の神チャ・ザの司祭、そしておそらく精霊使いらしい男が続く。彼等は、例の魔術師の青年と盗賊の少年の所属するパーティのメンバーである。

 

「約束は忘れないでくれたまえ」

 

「ああ、無事助け出せたらパイロン氏に紹介しよう」

 

 あの後、酒場に戻った彼等は、魔術師の青年とそのパーティに遭遇することになった。

 何やら色めきたって慌ただしい彼等にアーチーが話しかけてみれば、パイロンの娘の居場所がわかったのだと聞かされ、交渉の結果、コリーン救出を助け出す手伝いをすることを条件にパイロンへ紹介してもらう約束を取り付けたのだ。

 そして、盗賊の少年が見張るその場所へと現在急いでいる。

 

「それにしてもパイロンって故買屋やってるくらいだし、盗賊ギルドの保護受けてそうなのに相手は相当のバカだにゅう」

 

 パラサが腰に履いた短剣の具合を確かめながら、呆れたように呟いた。

 こんな大都市の商人で、なおかつ故買屋であるというのであれば、パイロンは間違いなく盗賊ギルドの保護を受けていると考えられる。

 

「それも……ハッ、はぁ……わからないってことは、モグ、リですかねえ」

 

 グイズノーも息を切らせながら、手にした小型のバックラーを構え直して走っている。

 

「おおおう……? ぐ、グイズノー、無理に返事しなくていいにゅう。その状態で走るのに慣れてないんだろうし、舌噛んだら大変だにゅ」

 

 独り言に律儀に返事を返してくれたグイズノーが走ることに慣れていないことに、常に旅暮らしであったパラサは足運びですぐに気がついた。

 

 メタボリックな小太りの見た目と裏腹にグイズノーの脚は速い。しかし、司祭として神殿に仕えていた彼は、防具を揃えた状態で全力で走ると言うことをしたことがないために、無駄に息を切らせている。決して体型のせいではないのだが、どうしてもそういう印象になってしまうのは仕方ない。

 

「……あ。そう言えばオレ、ここの盗賊ギルドに顔出してなかったにゅ」

 

「それ、ミイラ、取りが……っ ミイラっになり、ますよ、パラサ」

 

「そやね。盗賊ギルドに後で顔出ししないと……って、グイズノー、ホント無理すんな!?」

 

 苦しそうなグイズノーに対してパラサはそう返した後に、上納金はいくら持っていけば良かったっけ? と自身の寂しい財布の中身を思い出して、軽くため息をつく。

 レジィナとフィリスも彼等を追いかけるように走っており、最後尾はスイフリーとユーチャリスだった。

 

「あの、先に行かれて大丈夫ですよ?」

 

 なんとなく、脚の速さをこちらにあわせていると感じたユーチャリスは不思議そうにスイフリーに話しかけた。

 

「何だ、私がいると邪魔なのか?」

 

 しかし、バッサリと不機嫌そうにそんな一言を言われ、ユーチャリスは困惑する。

 ユーチャリスの脚は決して遅いわけではない。むしろ、本来の速さで走れば早いほうだろう。

 ただ、面倒なことが嫌いな彼女は、一人で色々と思案しつつ行動することができるので、わざと少し離れているのだ。

 それが何故か、気がつくとスイフリーがそばにいる。観察するような視線も込みである。

 何か不審な行動でも取っていただろうかと思い返してみれば、学院の交渉が原因……としか考えられなかった。実際、今朝の学院訪問時には離れた場所にいたのに、賭博場ではすぐ近くにいたのだから。

 

「流石にあの交渉はアレだったのかな……? あれでも加減したんだけど……」

 

 冒険者ならば当たり前の交渉をしたはずだが、言い過ぎただろうかと彼女は思わず小声で呟いた。

 

 ユーチャリスはスイフリーのプレイヤーであるロードス島戦記で有名なあの作者を『ゲームプレイヤー』として尊敬している。本業であるはずの『作家』としてではないのは、フォーセリアが終わる原因となった小説も、かの作者が書いたと知ったからで、それがなければ尊敬する作家の一人としても上げていただろう。

 

 そもそもユーチャリスもよく言われていた『マンチキン(和製)』と言う言葉は、彼のためにあるような言葉だろうとも思っていたくらいであり、彼女自身のプレイスタイルはスイフリーを参考にしたものだ。

 とはいえ、そのプレイスタイルはルールの隙をつくようなモノであったためにゲームルール自体もそのために改修され、完全版が出る運びになった元凶でもあるのだが、元々ゲームデザインから彼のプレイヤーは参加し、作者の一人として文庫版では名前を連ねている。つまり、ルールの隙をつけるほどゲームルールを把握し、愛している結果だったと彼女は考えていた。

 

 だからこそ、こちらのスイフリーに対してユーチャリスはできるだけ関わることを少なくしたかった。

 尊敬するプレイヤーのキャラ、そして好きなキャラクターでもあるがゆえに、自分が関わることで変わってしまうのは嫌だったのだ。

 仲間としておかしくない程度の関わりは持ちつつ、個人的なつきあいは少なく……というのが彼女の理想だった。

 

 一方のスイフリーだが何も学院の件のみが原因で、このような行動を取ったわけではなかった。

 

 スイフリーのユーチャリスへの印象は余り良いものではなかった。

 彼女の外見こそ、同じエルフから見ても一瞬眼が奪われたほど美しいものだったが、顔合わせ時の行動はドジで空気が読めない。その上、ふと見るたびに離れた所で少々ぼんやりしていることが多く、言動に少し棘がある。

 もちろん、こういう者を好む者もいるのだろうが、スイフリーは合理的に見て切り捨てるタイプであるから当然だろう。

 

 実際、ドジで空気が読めないのはともかく、ぼんやりしているのはユーチャリスがリプレイを思い出そうと考え込んでいるせいであり、言葉に棘があるというのもスイフリーの完全なる誤解である。

 

 とにかく、そのように悪印象を持っていたわけなのだが、人間世界を勉強するという大義名分を持つスイフリーからすると、同じ同胞でありながら人間に妙に詳しいユーチャリスは、その印象を差し置いても行動の参考として見るには丁度良い人物だったのである。

 その観察結果、彼女の印象は少し改善された。学院での機転と交渉は素直に賞賛すべきものだし、賭博場で見せた行動は気になるが、追求すべきものでもない。

 

 結果として今回、脚の早さを合わせたのは、そんな印象の上方修正により、ぼーっとしていることが多いユーチャリスでは、放っておくと迷子になるのではと、同族のよしみでスイフリーが気を使ったためだった。

 

 そんなことなど、ユーチャリスにわかるわけもなく。

 

 なんだか、面倒なことになったかも……と彼女は憂鬱になっていた。

 そして、そんな思考を終わらせたのは、常闇通りの奥のスラムにある古い家の前で盗賊の少年が手を振っているのが見えたことであった。


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