「……おい。そろそろ、そっちもなんでここで話していたのか教えてくれよ。こっちのことは説明したんだからフェアじゃないだろ」
不貞腐れたように少年が言い、腕組をしてこちらを見る。
「我々は娘のことは知らん。ただ、別の事件でパイロンと関わる事になりそうなのだよ」
絵姿を青年に返却しながら、アーチーは続ける。
「情報を出しあうという約束だからな。本来なら言いたくはなかったのだが……」
そして、マルキについて二人に説明した。
賢者の学院から品物を盗み、横流ししていることを。
「おそらくパイロンの所に故買屋繋がりで逃げ込んだのではないかと思う」
最後にそう話をしめた。
「ところで話は変わりますが、その娘さんがいなくなったのは、どのような状況だったのか教えて頂けませんか?」
グイズノーが何か思いついたのか、そんな質問をした。
「二日ほど前の昼間にふといなくなったらしい」
魔術師の青年の話によれば、パイロンは一人娘のコリーンを溺愛しており、文字通り箱入り娘として屋敷から一歩も出さないように育てていた。
そんな状況であるから、使用人も屋敷の出入りは厳しく見ていたのだが、外出した形跡も外から進入された様子もないにもかかわらずコリーンはいなくなった。
「使用人達に聞いてみたが、その日外出したのは、コリーンの遊び相手を兼ねている住み込みの下働きの女の子だけらしい。だが、その女の子も自分は外出なんてしていないと言うんだ」
「んー。それって変装したんじゃ」
レジィナが思いついた意見を言うと、盗賊の少年が鼻で笑う。
「12歳の女の子が? 親が盗賊なら、習わぬ何とやらかもしれないけど普通無理だろ」
「では、見目が似ているとか」
スイフリーが、質問すれば青年が一枚の絵姿を取り出して彼に渡した。
「ちなみに、それがその下働きの女の子の絵姿。さっきのコリーンがこっち。似てないだろ?」
パイロンの娘の絵姿を手に、比べるように言う。
確かに似ても似つかない。コリーンは華奢な子供らしい子供だが、その下働きの少女はすでに働いているせいか、大人っぽく年相応には見えない。同い年であると知らなければ少女の方が遙かに年上に見えた。
「ならば、犯人はグラスランナーだ!」
「えっ! 唐突になにを言い出すん!?」
突然スイフリーが言いだした言葉に、パラサが動揺して叫ぶ。
「子供に化けて屋敷に忍び込み、コリーンを変装させて外に出したのだろう」
「自信満々なところ申し訳ないがハトコよ。それは根本的に間違いがある。まず、盗賊技能で他人を変装させることはできないし、もし仮にできたとしてもそのグラスランナーは屋敷に残ってることになるにゅう」
「ああ、そうか。どうも推理に矛盾があったようだ」
勝手に推理を披露し、それが的外れだったことをパラサに指摘され、スイフリーは黙り込んだ。
「パイロンて、あこぎな商売してるの? それで恨まれたりとか」
代わって、ずっと黙っていたフィリスが口を出した。
「いや、あのおっさん、表の商売も故買屋としても、同じ感覚でやってるから悪い噂もないんだ」
困ったように鼻の頭をかいて少年はそう答える。
こちらの界隈にしては珍しく、薄利多売で買取値も相場よりも高めで買ってくれるという。
そんな相手に恨みを持つような人間など限定されるし、探しているものの見つかりそうにないという。
「思いついたことがあるのだが」
「なんだスイフリー。また的外れな推理じゃないだろうな」
アーチーが若干冷ややかな目でスイフリーを見ながら言葉を促す。
「コリーンはマルキが持ち出したコモン・ルーンを手に入れた。おそらく、それを使用して外に遊びに行き、なんらかの犯罪に巻き込まれた」
「なるほど。合言葉は共通語だから、知る機会さえあれば子供でも使用できるか」
「とすると……ディスガイズのコモン・ルーン? 盗まれたコモン・ルーンのなかにあったのかしら」
スイフリーの推理にアーチーが納得し、フィリスが自分の古代語魔法の知識から使われた魔法を推測した。
ディスガイズは幻影で術者を他者に見せかける古代語魔法である。
「後もう一つ考えられるのは、そのコモン・ルーンをマルキが個人的に渡しているかもしれないことだな」
「個人的に? 贈り物としてですか?」
更に続いたスイフリーの言葉に、グイズノーが質問すると彼は頷く。
「その場合に考えられることは……」
「誘拐目的で近づいたってコトかにゅ?」
スイフリーの言葉尻を取り、パラサが言う。
セリフを取られてしまいスイフリーは少し不機嫌そうに眉を潜める。
「……そうだな。あとは、マルキが……」
「その話題は、やめて欲しいんだけど?」
また言葉尻を遮るように今度はフィリスが睨みつけながら言った。
「ま、まあ……そういった理由を考えられるというわけだな」
コホンと咳払いして、スイフリーは目線をそらす。
ここまでの話の流れは大筋はユーチャリスの知っているものと変わらない。
そのため、遠い親戚漫才や冒険者達の様子を間近で見れたことに満足し、傍観者になるつもりである彼女は基本的に話に積極的に参加しなかった。ただし、それは大筋であって、細かい部分にやはり差が現れているのだが、彼女はこの時点では全く気がついていなかったのであるが。
「うーん……じゃあ、そのマルキってヤツの人相教えてくれよ。その方が役に立つし」
少年がそう言って、手を差し出したのをアーチーが首を振って断る。
「それよりも、パイロンに我々を紹介してくれないか? そうすればすぐにでもこちらは解決するはずなんだが」
「申し訳ないが、それは無理だ」
今度は魔術師の青年が盗賊の少年に変わって断った。
「たしかに、そのマルキという男が誘拐犯の可能性があるかもしれないが、現時点ではそこはわからない。違うかもしれないだろう? その場合、困るのはコチラだ」
裏の仕事の関係者であることは間違いないマルキについて、パイロン自身に聞くことは信用問題にもなるのだ。
「じゃ、お互いに調査をもう少し進めてから、また情報を交換するってことでどうかにゅう?」
「異論はない。私達の仲間が古代王国の扉亭という酒場に待機しているから、何かあればそっちに連絡してくれ」
「え。手分けして探しているわけじゃないの?」
パラサの言葉に青年が頷くと、その言葉に引っかかったレジィナが思わずつぶやいた。
「……あいつらこういうことには、全く役に立たないんだよ。腕っ節は強いし、遺跡じゃ頼りになるんだけど……シティ・アドベンチャー苦手とか、マジ使えない」
少年は、何処か遠い目をしてそのつぶやきに答えたのだった。
翌朝、賢者の学院の前で待ち合わせした冒険者達はクナントンに面会を求めた。
盗まれたコモン・ルーンの種類を聞くためとマルキの動機を探るためである。
応接室に通された冒険者達は、ソファーに座ってただ待つ者、立ったまま扉を見つめる者、周囲の調度品に目を奪われる者……とそれぞれが思い思いの姿でクナントンを待っていた。
昨日と対して姿が変わらない冒険者達とは別に、ユーチャリスは昨日とは違う黒に近い紫色のクロークのフードを深くかぶり、その表情もわからない。これは知人が多い学院内で無駄な騒ぎを起こしたくなかったため、昨日よりも隠蔽性の高い装備を選んできたためだ。
やがて、部屋に漂う沈黙に耐えられなくなったアーチーが口を開いた。
「マルキは学院に席を置き、住まいは学院の寮。ということは、正規の学生だろう? 生活するには金には困らないはずだが……」
アーチーは学院に所属する生徒ではあるが、現在はモラトリアムというのか、自主休学している。そのため、同輩の懐事情についてはよく知っていた。
賢者の学院の学生の年齢は下は一桁年齢から、上は六十過ぎの老人までと幅広い。
そして、賢者や導師について直に学べる正規の学生と講義のみ聞くことができる聴講生という立場の二種類がある。
そのうちの聴講生は学問を志す者であれば誰でもなれるが、正規の学生になるには三つの道しかない。
一つは多額の入学金を納入し、高い授業料を払い続けること。これは貴族や商家の子弟が選ぶ道であり、アーチーもこの道で入学していた。
二つ目は賢者や導師以上の立場の者に素質を見いだされて入学金と授業料を免除される特待生になること。これは、実家が優秀な魔術師や学者の者、私塾出身者に多く、気楽な学生生活とは無縁で常に実績を上げ続ける義務が求められる。
三つ目は聴講生が入学試験を受け、合格すること。これは年間たった5人程しか突破できない非常に狭き門だが、入学金や授業料は準特待生として免除、あるいは便宜を図ってもらえる。
一つ目の手段以外で正規の学生になった者は専用の寮が与えられ、生活は保障される。また、そういった学生の中には、余暇時間を利用して一応実績としても数えられるために冒険者や、写本などの代筆屋をやって小金を貯めている者もいるくらいだ。
マルキは寮にいることから、特待生か準特待生であることは間違いなく、その上、数十名程度しかいない魔術師として認められ個室の寮が与えられる程。その生活水準は一般市民より勝るとも劣らないはずである。
「……家には金目のモノはなかったにゅう」
「ええ、ありませんでしたね。いかにも……な、だらしない独身男性の部屋でしたし」
パラサとグイズノーがそう言って相槌を打つと、扉がノックされた。
扉に近い場所に立っていたスイフリーが了承の返事をすると、扉が開き、目の下に酷い隈を作ったクナントンと、同様に酷い顔色をした彼の助手が羊皮紙のスクロールを手に現れた。
「待たせてしまって申し訳なかった。これが盗品リストになる」
クナントンは持っていたスクロールを広げて、説明を始める。
それによれば、アンロック、エネルギー・ボルト、カメレオン、スリープ・クラウド、ディスガイズ、クリエイト・イメージ、ライトニングの7つが盗まれていることがわかった。
「ライトニング? こんなものまでコモン・ルーンにしていたの?」
記されていたものに電光の攻撃魔法があったことにフィリスが驚いて思わず口にした。
「難易度の高い魔法のコモン・ルーン化実験の副産物だ。使用者の消耗も激しいので、素養のない人間には使えんとは思うが、危険であることは間違いない」
そう言ってクナントンは溜息をついて、助手からスクロールを受け取り、そちらを広げた。
「それから、マルキの同輩に彼について聴取した結果がこれだ。半年ほど前から、彼は才能に限界を感じていたようだ」
その他にも金遣いが荒くなっていたことや賭博場に行っていたこと、講義も休みがちで出席する事が少なくなっていたことなどが書かれている。
「このマルキが行っていた賭博場はどこかわかりませんか?」
一文を指さして、スイフリーがクナントンに聞く。
「残念ながらそこまではわからんよ。聞いた同輩達は皆まじめな学生でね。知識を捨ててそちらに走る意義がわからないという者ばかりだから」
お手上げだと肩をすくめ、クナントンは目を伏せた。
クナントンに対して、まだ質問を続けている冒険者達を視野の片隅に入れながら、ユーチャリスは今後の展開に思いを馳せる。
そして、この後の為にもここでしなければならないことを思い出し、スッと手を上げた。
「……あの、一つよろしいでしょうか」
壁際にいたユーチャリスが手を上げたことで、話をしている者達の注目を集めた。
「うん。なにかね?」
「そのコモン・ルーンですが、学院に敬意を示して無償で返していただける相手ならいいのですが、そうでなく有償、つまりお金がかかる場合はどうしたらよいのでしょうか? 相手によっては、かなりの金額を提示されると思うのですが」
「む……確かにそれは考えていなかったな。だが、盗品であるし……」
「ええ、確かに元は盗品ですが、盗品だから一律に返せというのもいかがなものでしょう。もしかすると相手は盗品と知らずに対価を払っているかもしれないではありませんか。そんな相手の立場を考えるとタダでと言うのは、心が痛みますし印象も悪くなります。あ、所持している相手とはそちらが交渉するというのでしたら、これは関係ないことですね。差し出がましいことを言い、申し訳ありません」
ユーチャリスの知識にある日本の法律には”善意の第三者”というモノがある。これは、第三者が盗品と知らず、対価を支払いその盗品を手に入れた場合、その盗品の所有権は第三者にあるというものだ。
しかし、このフォーセリア世界では、どの国にもそんな法律は無い。そのため、盗品は元の持ち主に返却されるのが通例である。
だが、ユーチャリスが言っている内容は感情的・道義的に考えればもっともなことなのだ。
そんな事情がクナントンの精神を削る。徹夜明けという状況を差し引いてもクナントンの顔色は悪い。いや、更に顔色が悪くなっていると言うべきか。
交渉を学院で行う場合、その相手先に交渉に行かねばならないのは間違いなくクナントン本人だ。
監査委員としても、ただでさえ忙しいのに更にそのような雑事に煩わしい思いはしたくない。
しかも、盗品の返還要求という、場合によっては相手の不興しかもたらさない交渉ごとである。できれば冒険者にやってもらった方が後腐れはない。
この質問は、そこまで読んだ上でのことだろうとクナントンは考えた。
汚れ仕事とも言えるこの交渉をこなすことで、学院に貸しを作るつもりなのか、それとも金額のピンハネ前提で値段を交渉してくるのか。
どちらにしても、まさかここで妖精魔女の一端を見るとは思わなかったと、クナントンはため息をひとつついて心の中で愚痴った。
「そうだな……そのことについては、学院内でもう一度会議が必要だが、一つあたり出せたとしてもおそらく一万ガメルが限界だ。物によってはそこまでは出せない」
「わかりました。レベ――――いえ、元となった魔法の危険度で値段を判断すればよろしいでしょうか」
「ああ。……あまり言いたくはないのだが、できるだけ支払いは少なくなるように交渉は頼む。学院の財政的にも厳しいのだ。場合によっては、君達への報酬も削らねばならん」
「ええ、それはわかっていますわ。お任せ下さいませ」
ユーチャリスはフードの中でニヤリと笑った。
彼女のうろ覚えな記憶によればコモン・ルーンは一個は賭博場で、他はパイロンの娘を助けたことで、格安で引き取れるはずだった。
ただ、おそらく一番買取限界額が高い『ライトニング』は、すでに売却されており、リプレイでは次のセッションの布石になるため、今回は手に入れることはできなかったはずだ。だから、その点は注意しないといけないこともユーチャリスは頭に止めておく。
しかし、そういう事情ならば今回の現金報酬を増やすことができるし、買取の交渉金額によっては学院に対する貸しとすることも可能……そう考えたからだ。
後々、この交渉を見ていた仲間達から、ユーチャリスの黒フード姿(正確には、黒に近い紫なのだが)も相まって、まるで物語の悪役のようであったと聞かされることになったが、そんなことは些細なことであった。