Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第7話

 クナントンに教えられたマルキの自宅は、大通りからはずれた細い通りにあった。

 学院が用意した寮であり、同じ間取りが並ぶ独り者向けの長屋である。

 狭い家だが、個室の寮を与えられるというのは魔術師として認められた証でもあった。

 

 アーチーが代表してドアを叩き、反応を確かめた後にドアノブも回してみるが、鍵がかかっている。

 

「うむ。やはり、留守のようだ」

 

「学院に所属している限り、居場所は把握されていますし……普通に考えて、いないはずですよね」

 

 アーチーの台詞にユーチャリスが、当たり前だと頷く。

 

 意外かもしれないが、ユーチャリスは魔術師ギルドに所属してはいない。

 まず、両親が魔術師だったことで魔術師になるために学院に入る必要がなかった。その上、魔術師ギルドに所属することによるメリットよりも、どう考えても所在を把握された上に束縛され面倒なことが多いというデメリットが勝った。

 そして、何よりも取り替え子であるという素性のせいだ。一般的に取り替え子であると知られれば忌み嫌われる。

 だからこそ、今回パーティを組んだ冒険者達にも彼女は出自は明かしていない。

 

 かといって、全く学院と接点がないのかと言われれば否である。

 

 かつて仲間のリュミエラが、盗賊ギルドの他に学院にも所属するという滅多に居ない変わり者であった。

 本人曰く「盗賊とはいえ人様の懐を当てにするわけではなく、遺跡発掘と斥候のための技術として学んだものだから問題はない」と豪語していた。

 その上、ユーチャリスの経営する古書店の本当に数少ない御得意様は賢者や魔術師ばかりで、中には学院に所属している者がいる。過去に店を閉めていた間もそのお得意様関係から魔術師ギルド内の派閥争いに絡む事件に巻き込まれた。おかげで高導師や導師の一部、そして監査委員にも面識があるのだ。

 

「ここにちょうどいいのがいる」

 

 スイフリーが、目の前にいるパラサを指さした。

 

「は……?」

 

「鍵開けは得意なんだろう?」

 

「いや。待てよ、兄弟!」

 

「兄弟? そんな近い親戚ではないだろう。せいぜいイトコかハトコだ」

 

「じゃ、ハトコよ。勝手に人の家を開けるのは"違法行為"じゃないか」

 

 パラサは共に逃げていったマルキを追いかけていた際、法を遵守することを口にしていたスイフリーが言うセリフではないと驚きの表情で見上げる。

 

「構わない。我々は捜査を委託されているのだ。やってしまえ」

 

 根拠は無いが無駄に力強い言葉にパラサは渋々了承して、シーフツールから鍵開け用の針金を取り出した。

 簡単な鍵だったのか、少し鍵穴を弄るだけで開いてしまう。

 

 部屋の中には誰もいない。窓はあるのだが空気の入れ替えをした様子もなくカビくさい。

 床には紙くずが散乱して、足の踏み場がないというのはこのことだろう。数少ない家具もゴミに埋もれていた。

 

 レジィナは顔をしかめて部屋自体に入ることを躊躇し、フィリスとユーチャリスは完全に拒否してその隣りで口元を袖で覆って眉をひそめる。

 アーチーやスイフリー達は、中に入りその紙くずやゴミをひっくり返しているが、役に立ちそうなものは見当たらなかった。

 

「三年前の日付のメモがあってもなんの役に立ちませんしねえ……」

 

 グイズノーが何気なく拾った紙くずには三年前の日付の何かの魔法式のようなメモが書かれている。

 

「だから、言ったじゃないですか。その消えた屋敷があやしいって」

 

 部屋の外から、ユーチャリスが中に声をかけた。

 

「そうは言っても、一度はここに来ないと手がかりは無いと納得できなかったのだから、問題はないだろう」

 

 スイフリーが肩をすくめる。

 確かに徒労としか言えないことではあるが、ここにいないと確認できたのだから一応の利にはなったのだ。

 中にいた4人は諦めて女性陣が待つ外へと部屋から出てくると、また元通り扉に鍵をかけた。

 

「そういえばさ。あの消えた屋敷の家主のパイロンってなにか聞き覚えがあると思ったんだけど……大通りにお店構えてるパイロン商会じゃないの?」

 

 フィリスが思い出したようにアーチーに話を振る。

 

「パイロン商会? ああ、そんな名前の店があったな。値段が安くて品が豊富らしいが、うちは先代から世話になっている店があるから行ったことはないが……」

 

 顎に手をやり、通りに並ぶ店を思い出しながらアーチーはさらに続ける。

 

「裏で故買屋でもやっているのかもしれんな。だから、マルキはクナントンに詰問された際にパイロンの屋敷に逃げ込んだのだろう」

 

「ふむ。商人というなら、高利貸しや好事家という可能性もある。それにどちらの場合でもマルキの取引相手であることは考えられるか」

 

 アーチーの推測にスイフリーが補足して、店に行くか屋敷へ行くか相談を始めた。

 

「ここで相談してても仕方ないですし、さっきの酒場に戻って情報の検討しません?」

 

 さすがにいくら人目が少ない路地とはいえ、立ち話状態もどうかと思ったユーチャリスはそう提案してみた。

 だが、話に夢中になっている冒険者達の耳に入らないようである。

 やがて、女性陣が蚊帳の外だった相談の結果は、パイロン邸に向かうことに決まったらしい。

 

「とりあえず、パイロンの屋敷に行ってみよう」

 

 アーチーのその一言で、冒険者達は屋敷へと向かうことになった。

 これに少し焦ったのはユーチャリスだった。

 

「どうしよう……」

 

 思わず呟いた彼女のざっくりとした記憶(もちろん、うろ覚えの部分が多いのであまり宛にできる記憶ではないのだが)によれば、古代王国の扉亭に戻ってから情報検討をして、それによってシティ・アドベンチャーが苦手なパーティと知り合いになり、誘拐されたパイロンの娘を救出することでパイロンに紹介してもらうという一連の行動が破綻し始めているのである。

 

 しかし、面倒なことが嫌いな彼女はここで流れに任せることにした。

 

 介入したからといって、どうにか出来るわけでもない。

 それならば成り行きに任せるしか無いというのが彼女の結論だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街並みが整い、ハザード川に港が設えられているオランだけに、土地の価値の差は激しい。

 王城エイトサークルから離れるにつれて基本価値は下がるのである。

 そのため、王城にほど近い位置には各神殿や魔術師ギルド、代々続く大貴族が屋敷を並べ、そこから少し離れた位置に学者貴族や富豪などの屋敷が立ち並ぶ。

 実はアーチーの実家もこの学者貴族の並びにあるのだが、これは余談の話だ。

 

 ともかく、その高級住宅地の一角にパイロンの屋敷はあった。

 

「で。どうするの?」

 

 レジィナが門前で屋敷を見上げて呟いた。

 

「はぁ……立派な屋敷と門構えね。随分と儲けてるんでしょうね……」

 

 続けてフィリスが感嘆して、閉じられた門から中を覗き込む。

 簡素な門ではあるが造りはしっかりとしており、素人目に見ても先程のマルキの家の鍵よりも複雑そうである。

 

「……さすがに昼間から、入るのは無理か。屋敷に忍び込むなら夜か?」

 

 そんな中、なかなかに物騒なことを言うのは、エルフであるスイフリーだった。

 

「いや、だから待てハトコ。それどう考えても違法だし、担当するのはオレだよね?!」

 

「当たり前だろう。なんのためのグラスランナーだ」

 

「ハトコのグラスランナーに対する認識がおかしい。というか、誰か止めてくれ」

 

 パラサが思わずツッコミを入れ、更には助け舟を求めるが誰もスイフリーを止めない。

 

「手先が器用な技能持ちがパラサさんしか居ないんですし、仕方ないんじゃ?」

 

 クスクスと笑いながら、ユーチャリスが言外に諦めろとパラサに伝える。

 

「く……っ! エルフの良識枠だと思ってたユーチャにまでそう言われるなんて遺憾の極みにゅう」

 

「おい、お前こそエルフをなんだと思っているんだ」

 

 呆れたようにスイフリーがつぶやいたその時だった。

 

「――――お前たちか! パイロンの娘をどこにやったんだ!!」

 

 背後から突然声をかけられ、振り向くと小柄な少年と陰気な青年が、冒険者たちを睨みつけていた。

 

「はぁ?」

 

 あまりの物言いにアーチーがあきれた声で返し、全員がほうけたようにその二人を見る。

 

 少年は軽そうな革鎧を身につけ、短剣を腰につけている所を見るとパラサの御同業だろう。

 陰気な表情を浮かべた青年は杖を手にし、ローブを身につけている。杖を手にしているということは、魔術師のようだ。

 

「意味不明。娘って……どういうことにゅ?」

 

 パラサがわけも分からず騒ぐ二人に、思わず問い返した。

 

「とぼけるつもり? 犯人は現場に再度現れるって言うからね。ずっと張ってたんだよ」

 

 低く落ち着いた声で魔術師の青年が言う。

 先程の声は少し高めの声であったから、少年のものだったらしい。

 

「とぼけてる? いや、何を尋ねたいのかこちらが聞きたいくらいなのだが」

 

 アーチーが困惑した表情で、彼等に返答した。

 

「嘘をつけ! さっき、屋敷に忍び込む云々って話してただろう」

 

 少年はアーチーを無視してスイフリーにまくし立てる。

 

「ちょっと待て。それは言葉の綾というものだ」

 

 言った言わないの問答を繰り返しつつ、結果的にスイフリーのペースに持って行かれ、次第に丸め込まれつつある少年と、内心面白がりつつ傍目は仲裁しようとするグイズノーとパラサ。

 一方、魔術師の方と冷静に話をしているアーチーとレジィナ、それを見守るフィリスという仲間達を無言で見ながら、ユーチャリスは別のことを考えていた。

 

 どうやらシティ・アドベンチャーが苦手なパーティのなかで、得意な方のシーフと魔術師の方と知り合うことになったのか、と。

 

 だが、ユーチャリスは勘違いをしている。というよりもうろ覚えの知識ゆえというべきか。

 本来なら、このシティ・アドベンチャーが苦手なパーティのメンバーの盗賊は背が高い青年であり、この少年ではない。

 些細な差ではあるのだが、ユーチャリスがそのことに気がつくことはなかった。

 

「……これなら、酒場で彼等と知り合わなくても接点はできるか。上手く世界って回るのね」

 

 そんな風にユーチャリスが感心している内にそれぞれの話が終わったらしい。

 

 二人の話を統合してみれば、パイロンの一人娘であるコリーンがいなくなり、彼等のパーティが捜索を依頼されたのだという。二人はあちこち手掛かりを探して歩き回っていたそうである。

 犯人は現場に戻るという、先輩盗賊の教えのような一言を思い出して屋敷前に来た所で、不審な冒険者達を発見したという事であった。

 

「……そういえば、マルキの年齢っていくつくらいだっけ?」

 

 ふと何か思いついたのか、レジィナが振り返るように誰とはなく質問した。

 

「えーと……アーチーより若いか同じくらいでは?」

 

 直接相手を見ていたグイズノーがその質問に答え、その台詞にアーチーは若干不機嫌になった。

 アーチー自身は、マルキよりは若いと思っていただけに、そんな言葉を聞かされては機嫌も悪くなるというものである。

 

「そう。もしかして、コリーンさんはマルキと……? えと、そのいなくなった娘さんて歳はおいくつなの?」

 

 今度は青年の魔術師の方に向かって、レジィナは質問した。

 

「12歳だ」

 

「え……。それじゃ無理か」

 

 コリーンとマルキが実は恋人同士ではないかとレジィナは考えたのだが、歳の差がありすぎたためその考えを彼女は捨てたらしい。

 

「たった20年しか違わないぞ?」

 

 エルフであるスイフリーは逆に歳の差を感じなかったようである。

 

「えと、確かにエルフにとって20年は"わずか"かもしれませんけど、人間にとって20年は親子ほども離れていますよ。普通は恋愛対象になんてなりません」

 

 苦笑しながら、ユーチャリスが訂正する。

 

「そういえば、そうか……失礼」

 

「ふふ、人間を勉強していて、かなり詳しいのに……変な所で疎いんですね」

 

 素直に間違いを認めたスイフリーに対して、ユーチャリスはつい思ったことを口にしてしまった。

 彼女からしてみれば追い打ちを掛けるつもりも、嫌味のつもりでもなかったのだが、笑いながらであったことと、その口調がまるで馬鹿にしているかのようであったたため、スイフリーはユーチャリスを睨んだ。

 そして、それについて何か言おうとして口を開きかけたところで、背後から邪魔するかのようにアーチーがコチラになにか見せてきた。

 

「今、絵姿を見せてもらったんだが、パイロンの娘は本当に子供らしい子供だな」

 

 それは魔術師の青年から渡されたコリーンの絵姿だった。

 

「わあ、かわいい。けど、本当に普通の子供だね。見た目が大人っぽいならともかく……やっぱり、子供相手なんて小児性愛者でもないと」

 

「ちょっと、やめてよ」

 

 思わずレジィナが呟いた言葉にフィリスは背筋が寒くなった。

 性癖は人それぞれだが、小児性愛者はフィリスからすれば関わりたくない最悪の部類だったようだ。

 

「あはは、ごめんなさい。でもロリコンって意外に多いんだよ、フィリスお姉さん? 劇団いた時もお客さんに私や色っぽい歌姫のおねーさんより、座長の幼い娘がいいって人多かったしね」

 

 それは『イエス、ロリータ! ノー、タッチ!』というヤツではないのか。さすがに紳士と小児性愛者を一緒にするのはいかがなものか……と、言葉にはしなかったものの、聞いていたユーチャリスとグイズノーの思考が一致した瞬間だった。


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