Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第2章 賢者の事情
第6話


 その集団は、周囲から少し浮いていた。

 7人という大所帯、そして冒険者として見ても。

 

「私はアーチボルト・アーウィン・ウィムジーだ。歳は今年で32になる」

 

 円卓を囲む集団の中の一人の男が真っ先に口を開いた。

 剣を腰にはいてはいるが、冒険者にしては優男で身につけている服は高級感があり、所作に育ちの良さがうかがえる。

 

「長い名前やん。面倒だし、これから呼ぶときはアーチーってことで」

 

 ほぼ向かい側の席に座っていたグラスランナーが行儀悪くもテーブルによじ登り、並べられたばかりの皿の上の肉料理を一切れ取りながら彼に言った。

 

「ア・ア・チ・ボ・ル・トだ!! 全くこれだからグラスランナーは……」

 

「えー。アーチーはアーチーだから」

 

 ペロリと掴みあげた肉を頬張り、飲み込み口元を拭うと自己紹介を始める。

 

「えーと、オレはパラサ。歳は……あれ、42? 違う43? だったかな。見ての通りの根っからの根無し草。鍵開けとか手先の技術なら任せてくれにゅ」

 

 グラスランナーらしい大雑把な挨拶をすると、もぞもぞと自分の席に戻った。

 

「わたくし、グイズノーと申します。知識の神ラーダ様の神官をしております」

 

 そのパラサの右隣に座るのは小太りの男で修道服を着ており、星光を象った聖印を首から下げている。

 口調や所作も礼儀正しく丁寧ではあるのだが、隠しきれない胡散臭さがにじみ出ていた。

 

「えっと、私はレジィナ。歳は18だよ。元は旅芸人の一座にいて、護衛も兼ねた歌唄いしてました」

 

 グイズノーの対面に座ったショートカットで小麦色に肌がよく焼けた娘がエールの入ったジョッキを片手にニコニコと可愛らしい笑みを浮かべて挨拶する。

 

「おお。では歌がお得意なのですね。わたくしも多少心得があります」

 

「あ、そうなんだ。好きな歌は?」

 

「古いものもいいですが、最近のものですとブレイブハート・サーガが好きですね」

 

「うんうん、私もそれは好きー。サーガって英雄の歌だから、あんまり好きじゃなかったんだけど、最近聞いた中にいくつか気に入ってるのがあって。戦乙女の祈りとか、月に誓う半妖精、妖精魔女の苦悩とか……」

 

 グイズノーが相づちを打って最近の流行歌を口にし、レジィナが歌のタイトルを口にすると、同じ卓を囲んでいた銀縁の眼鏡をかけたエルフの少女が盛大にむせて、グラスを倒した。

 

「やだ、大丈夫? どうしたの、いきなりむせるなんて」

 

 少女の隣に座るややきつい目つきの黒髪の女性がむせた少女を心配そうに見た。

 

「ケホ、ゴホ……あ、うん。ごめんなさい、そっちにかかりませんでした?」

 

「平気だけど」

 

「そう。良かった。……ちょっとワインを間違った果実水で割っちゃったみたいで飲みづらくてむせただけですから、お気になさらず」

 

 そう言いながら、慌てて拭く物を持ってきてくれた店員に礼を言い、少女はこぼしてしまったワインを拭く。幸いなことにテーブルの上の被害は少なく、殆どが床に溢れていたが。

 犠牲になりそうだった彼女のクロークは、水を弾く素材なのかワインで濡れた様子もなく、ビロードのような光沢を放っている。

 

「……ふん、音楽家か」

 

 そんな喧騒を視野の片隅に置きながら、うろんげにレジィナとグイズノーを見てアーチーは、ぼそりとつぶやいた。

 

「何? 音楽嫌いなの?」

 

 黒髪の女性がアーチーのつぶやきを拾い質問する。

 

「騒がしいだけで何が面白いのか、私にはわからないね」

 

 肩をすくめてアーチーはそう言うと、手にしていたワインをあおった。

 

「……まあ、人の好みは色々よね」

 

 黒髪の女性も自分で聞いた質問ではあるが、無難な所を落とし所にしたらしい。

 

「あ、あたしまだ自己紹介してなかったわね。フィリスよ。やりたくないけど魔術師をしているわ」

 

 彼女は、テーブルに立てかけた己の杖を指さして名乗る。

 

 パラサの左隣のエルフの青年は、それまで黙って円卓の彼等を観察していた。

 フィリスの知り合いらしいエルフの少女が、珍しく人間社会にいる数少ない同胞であるため彼女の出方も見ていたのだろう。

 しかし、少女の方は注文した飲み物とつまみ代わりの料理が届いた後も、自己紹介をそれぞれがはじめた後も、酒場が珍しいのか周囲をきょろきょろと見回していた。そして今も自分で起こした不始末の処理に忙しい。

 その様子に青年は軽くため息をついて口を開いた。

 

「私はスイフリーという。見ての通り、人間社会の勉強に来ている」

 

 彼は少女の方に視線を向けているのだが、いかんせん本人は気がついていない。それどころか、拭き終わった後も店員を呼び止めて何やら話をしている有様だ。

 

 少女からしてみれば、変に悪目立ちして面倒なことになりたくないという思考から、つい知り合いがいないか周囲を警戒し、まさかという人物達から懐かしいパーティ名と二つ名が出たことで驚いてしまい、倒したグラスで大惨事。拭く物として布巾を持ってきてくれた店員に感謝しているだけで、当人にとっては不幸としか言えない。また、彼女自身は既に円卓に付いている冒険者のことは知識として知っているために、自己紹介を聞く必要がないので軽く聞き流していたのである。

 

「ちょっと、ユーチャ。貴女まだ自己紹介してないでしょ?」

 

 空気の読めていない少女の振る舞いに、フィリスが呆れ混じりに肩をつつく。

 

「え……? ファッ!?」

 

 少女は卓の方を振り返り、座る全員がこちらを見ていることを確認して青ざめて立ち上がった。

 

「え、えーと。ユーチャリスです。魔術師をしています」

 

「ほほう。あの白い花の名前ですね。清楚な貴女にピッタリの名前です」

 

 グイズノーの歯が浮くような言葉にユーチャリスは苦笑しながら座る。

 

「魔術師? ハーフエルフなのか?」

 

 訝しげにスイフリーが、ユーチャリスを見る。

 とがった長い耳と華奢な姿は間違いなくエルフなのだろうが、魔術師であるのは解せない。

 

「いえ、エルフです……まあ、古代語魔法のほうが得意なんですよ」

 

 少し言葉を選んだように話すと、ユーチャリスは視線を逸らした。

 

「とりあえず、これでパーティを組むということでよろしいですか?」

 

 にこやかにグイズノーが会話をまとめる方向に持っていくが、一人不機嫌に卓を見つめている者がいる。アーチーだ。

 

「気に入らないメンツもいるがな」

 

「あら、あたし役に立つわよぅ?」

 

 フィリスがアーチーにしなだれかかるが、それをアーチーはかわす。

 

「貴女じゃない。グラスランナーが一人と音楽家が二人いるだろう。ま、いいけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

【Below that sky. あの空の下へ】 第2章 賢者の事情

 

 

 

 

 

 

 

「……あの目立つ容姿を間違えることはないと思うのだが」

 

 カウンター席でその冒険者達の様子を見ていた男は、額に手をやり考えこむ。

 

 混乱していたあの時は気が付かなかったが、自分の記憶が確かならば、あの冒険者の中にいるエルフの少女は『勇気ある心』の"妖精魔女"だ。眼鏡をかけているため、多少印象が変わっているものの、間違えるはずがない。

 

 『勇気ある心』とは数年前までこのオランを拠点として活躍していたパーティである。

 だが、理由はわからないが冒険者を引退して、パーティは解散。それぞれオランから旅立っていったと聞いていた。

 

 リーダーであるレオンハルトの二つ名が付けられたこのパーティは所属者が美男美女揃いであったことから、一部ではとても人気が高かった。彼等を慕う吟遊詩人たちにそれぞれの歌が作られるほどである。

 その中でも"妖精魔女"は銀糸に勝る美しい髪、白磁の肌、碧玉のような瞳で華奢でありながら黄金比のプロポーションという飛び抜けて麗しい容姿のエルフの魔術師として知られていた。

 普通のエルフは精霊と共にあり、古代語魔法を学びそれを使用することは殆ど無い。だが、彼女はその古代語魔法を鮮やかに操り、魔力の高さならバレン導師をも凌ぐとも言われる。

 そのため、畏怖と畏敬をあわせて"妖精魔女"と呼ばれるようになったのだ。

 

「……性格がどうも違うような」

 

 "妖精魔女"は、あまり知られていないが、その見た目が霞むほど強欲で高慢、そして狡猾であったのだが……先程から見ている限り、どうにもその片鱗はない。

 狡猾というよりも愚直といった印象を受ける。よく似た別人か。しかし、"妖精魔女"ではないと判断するには彼女の容姿は目立ちすぎだ。

 

「まあ、話してみないことにはわからんか」

 

 男はグラスを手にカウンター席から立ち上がり、冒険者たちが囲む円卓へと近づいていった。

 

「……話はまとまったかね?」

 

「ええ。どうぞお座り下さい」

 

 グイズノーが席をずらし、周囲もそれに習って彼が座れるように位置を開けた。

 男は手近な卓の椅子を手にし、移動させてその位置に座る。

 

「それでは、まずは私の自己紹介をしよう。私は賢者の学院で監査委員をやっているクナントンだ」

 

「監査委員?」

 

 スイフリーが不思議そうに口にした。

 

「監査委員というのは、学院のメンバーの監視役のことだ。無認可で危険な魔法や学問の研究をしていないかとか、街中での魔法行使とか……まあ、学院のイメージダウンに繋がることをさせないためのものというべきか」

 

 アーチーが、補足説明をした。

 彼は、グラスランナーは嫌いだが、エルフはそうでもないようである。

 

「なるほど。そう言う意味での監査委員か」

 

「街中での魔法って一言に言っても、色々あると思うんだけどなあ……」

 

 納得したスイフリーとは別にユーチャリスが思わず小声でつぶやいた。

 彼女の脳裏にあるのは先日の行動だ。少なくとも、正義の為に使ったものであるし、一概に扱われるのは不服というものである。

 

「学院の教えを知っているならわかっているはずだが、あのような魔法の使い方はマナ・ライ師はきつく戒めておられる。そして、もう一つ戒めておられるのがコモン・ルーンの扱いだ」

 

 そこまで説明した彼は、手にしたグラスの中身を口に含み、喉を潤わせた。

 

 説明を続けた彼の言葉をまとめるとコモン・ルーンとは、古代語魔法と同等の魔法を共通語で発動させるようにしたマジックアイテムであり、賢者の学院長であるマナ・ライが発明したモノだという。

 理論的にはどんな魔法もコモン・ルーンにできるが、たとえば鍵開けのできる『アンロック』や『エネルギーボルト』といった法律的・人道的に問題があるものは市場に流通しないように自主規制していたのである。しかし、流通させないことと研究をしないことは別の話である。そのため、導師クラスが付与魔術研究の一環として作ることがあり、厳重に保管していたのだが、彼を魔法で襲った男――マルキという名前らしい――が、人目を盗みアイテムを入れ替えて多数のコモン・ルーンを持ち出していたことが発覚した。

 そのため調査担当になったクナントンが、たまたま見かけたマルキを呼び止めたところ、魔法で攻撃されるという事態になったというわけである。

 

「そういう不道徳な行為はいかんな」

 

「何を持ち出したかは、わかっているのですか?」

 

 アーチーがマルキの行為を非難し、グイズノーが被害状況を問う。

 

「今調査中だが『アンロック』の指輪を持ち出しているのは確実だ。何しろ数が多くてな……」

 

 クナントンは困り果てた様子で、ため息をついた。

 

「私は知識を求め蓄えることが専門で、魔法の方は門外漢なのだ。もちろん、剣だって使えん。マルキがあのような行動を取るとなるとどうにもならん」

 

「それで、オレたちに頼みたいってこと?」

 

 追加の酒を注文しながら、パラサはクナントンを見上げた。

 

「そう。全員で3000ガメルということでどうだろうか」

 

「一人当たり400ガメル強ってところですか」

 

 スイフリーが単純計算の金額を思わず口にする。

 

「割り切れないから余りますね。そこで体格によって差を付けるとか」

 

「あら、いいわね」

 

「仕事の出来とか、無駄なコトをしたら減点とか?」

 

 グイズノーがそう言うと、フィリスとレジィナが笑いながら同意して、スイフリーの表情が苦い顔になった。

 

「わかった。そんなことを言うなら私の知っている情報は教えないぞ」

 

「……まったく。くだらない冗談はそのくらいにしとくにゅ。どのみち、その持ってる情報だって一緒にいたオレがしゃべったら、おしまいやん」

 

 呆れたようにつぶやいたパラサの言葉に四人は固まる。

 まさか、一番不真面目そうなグラスランナーに止められるとは思わなかったのだろう。

 

「割り切れないなら割り切れる金額にすればいいんですよ」

 

 そんな最中、笑顔を浮かべたユーチャリスが話に加わった。

 

「まあ、確かに7人いるが……」

 

 クナントンの顔がひきつった。

 このエルフの少女が危惧している妖精魔女であるとするならば、いったいいくらの報酬額を提示してくるのかと思ったのである。

 

「ということで、3500ガメルでいかがですか」

 

 一人当たりに直せば500ガメル。

 警戒するあまり、べらぼうな金額を予想していたクナントンは拍子抜けした。

 ユーチャリスが提案した金額は、駆け出しの冒険者達に払う金額としては少々高めではあるが、熟練の冒険者には満足いかない金額であり、想定よりも遙かに安い。

 

「そんな金額でいいのか?」

 

「はい? 高かったでしょうか。一人500ガメルなら、丁度いいと思ったものですから」

 

 何かおかしいでしょうか? とユーチャリスは言葉を続けて、困ったように首を傾げた。

 

「いや……そうだな。割り切れる金額がいいのは確かだ。その金額で依頼させてもらおう」

 

 やはり、先入観のみで行動するのは良くないとクナントンは心の中で自嘲した。

 このエルフの少女は、自分の知る妖精魔女ではないのだろう。提案された金額自体も許容範囲であるし、仲間たちが冗談混じりで金額に不満を乗せなければその金額自体提案すらしなかったかもしれない。

 

 だが、クナントンも周囲も考えなかったことだが、ユーチャリス自身はプレイヤーとしていつもしている報酬交渉をしたまでだ。もっと金額を値上げしても良かったのだが、今後の展開を知るユーチャリスからすれば、この辺りで妥協しておいた方がその後の交渉も楽になると考えたのである。

 

「マルキが何でそんなコトをしたのか、調べはついているのか?」

 

「え。普通にお金のためなんじゃないの?」

 

 アーチーの質問にクナントンが答える前に、フィリスが思ったことを口にする。

 

「脅されているとか、色々と理由は考えられるな」

 

 スイフリーが、フィリスの金銭目的という発言を否定するように推測を述べた。

 

「捕まえてから調べてもいいのだが、ついでに調べて貰えるのなら幸いだな」

 

 クナントンがそう言うと同時に、パラサが追加注文した蜂蜜酒の瓶と料理がテーブルに運ばれ、一旦会話は切れる。

 そして、軽い食事を取りながら、冒険者達はクナントンからマルキ自身の話を聞くことになった。

 彼の話によれば、マルキは学院内に親しい友人はなく、盗まれたコモン・ルーンはマルキ自身が所属していた研究チームの導師の作成した物であり、その導師とも師匠と弟子以上の付き合いもなかったという。

 

「あとは……そうだな。電光を呼び出す程度の技量は持っていたらしいが、それも人伝で聞いたので確かかどうかはわからない」

 

「電光……やだ、負けたわ。かなり使える相手じゃない」

 

 少し顔色を悪くして、フィリスは言った。

 

「単独行動は控えて、固まって行動したほうが安全か」

 

 スイフリーがそれに続ける。

 

 フィリスと同じ魔術師であるユーチャリスは涼しい顔である。レベル差は歴然であり、自分の方が高レベルであるのだから当たり前だ。

 しかし、注意していなければ聞こえないほど小さな声でユーチャリスは思わずつぶやく。

 

「レベルを言わないってことは、ここ、もしかしてレベルって概念がないの……?」

 

 そういえば、エリオルトもレベルと言わずに『技量』と言っていた気がしたと、思い起こして。


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