Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第4話

 翌朝、目が覚めるとそこは昨日私が目覚めたユーチャリスの部屋だった。

 違いがあるとすれば、乱雑に散らかっていた部屋はブラウニーによって綺麗に掃除されているくらいか。

 

「はあ……」

 

 思わずため息をつく。

 うん、残念なことに、これはどうやら現実っぽい。

 

 とはいえ、どうしよう?

 

 現実……じゃなくて日本には、両親や弟達がいる。

 両親には花嫁姿を見せることも孫も抱かせてあげることもできないという親不孝者だった私と違い、弟二人はさっさと結婚して、それぞれが男女の子供を授かっている。

 だから、私は別にこちらで暮らしてもいいのだが……さすがに家族に何かあった時のことを考えるとこのままずっとここにいるという訳にはいかない。

 

 ぼんやりと今後のことを考えながら、机の上に置かれた本を手にした。

 B5サイズのノート程の大きさで、使い込まれた色合いと手触りの革張りの本。

 ユーチャリスの記憶によれば、この本はユーチャリスの古代語魔法の魔導書だ。冒険に出ていた間、ずっと共に旅をして片時も手放さなかったもの。

 

 古代語魔法は『古代』とつくだけあって、現在では失われている魔法、つまり遺失魔法がある設定だ。

 そういう魔法はゲームマスターの裁量によって、遺跡から魔導書や何らかの形でプレイヤーに渡されて、自分の魔導書に呪文を写すことで使用できるようになっていた。

 

 ただ、普通の魔法やバードが使える呪歌にも、後になってサプリメントである各種ワールドガイドや小説で追加されることもあって、それらは遺失魔法と同じ扱いでゲームマスターの裁量に任されていたっけ。

 

 そういえば。当時販売されていたとは言え、ワールドガイドは本屋で注文しないとちょっと手に入れづらいことや小説にまで手が出せないということで、持っていないメンバーも居た。(私は自前で持っていたけど)

 だから、マスターがそれら追加された呪歌や魔法を含めた全ての魔法表をワープロ(PCじゃないんだよ、ワープロ機能のみのアレ)で作って配ってくれたんだよね。

 セッションの報酬で渡された魔法にはチェックつけて管理したりして、アレがこの魔導書みたいなものだったのかな。

 ただ、あの表って無駄にマスターの力作でNPC用の魔法まで載せてたから、竜語魔法や暗黒魔法まで載ってたような……まあいいか。

 懐かしい気持ちに少し浸りながら、書棚ではなく机の上に置いてくれたことをブラウニーに感謝して本を開く。

 

 中には思った通り、ルールブックに載っていた魔法だけではなく、ロードス島ワールドガイドやソードワールドノベルのアドベンチャーとかで追加された魔法も、一部ではあるが写してあった。

 

 一部……一部ってわかるのか、私。

 あー、うん。今思うとあの頃の私は記憶力の殆どをTRPG関連に割いてた気がする。

 だって、ほとんど全部の魔法の名称と効果を覚えてるから判別できるんだよね、これ。

 

 ……あー、そっか。

 ここが現実ならば魔法を使って帰ればいいんじゃない?

 確か、古代語魔法に世界を移動ができる魔法があったはず。

 

 パラパラと書を捲り、何も書かれていないページを開く。

 

 10レベルの遺失魔法である《ディメンジョンゲート》

 異なる場所や次元(世界)へ向かう門を開くことができるようになる魔法だ。

 もちろん、今はレベルが足りないし、覚えてなどいないから、この書には書いてなどいない。

 

 ただ、幸いにも魔法を教えてくれる"アテ"はある。

 問題は、そのアテがとんでもない相手であり、簡単に魔法を教えてくれるとは思えないけれど。

 なにせ、ユーチャリス達をNPC化する原因ともなった"世界を滅ぼせそうな人々"の一人なのだ。

 

 少し迷ったものの、覚悟を決めた私は自室のベッドに腰掛けたまま、左手の中指の指輪に向かって話しだした。

 この指輪はテレパスリングと言うマジックアイテムだ。下位古代語のコマンドワード「言の葉を彼方へ」で、対のリングの持ち主のところへ会話を届けることができる。

 ロードス島のワールドガイドの追加呪文の《マインドスピーチ》を指輪にこめたようなものだ。

 本来の《マインドスピーチ》は自分が良く知る相手と遠く離れた状態で会話することができるようになる魔法だけれど、このテレパスリングはマジックアイテムなので、使用は対のリングを持つ相手に限定される分、精神力の消費もないのだ。早い話がファンタジーな通話オンリーな携帯電話なのだ。

 

 なお、私は本来の《マインドスピーチ》を魔導書に写していないようなので使えないらしい。

 ……残念。

 

 

 

 

 

「断る」

 

 朝の挨拶もそこそこに『ディメンジョンゲート』の呪文を教えて欲しいと連絡した私に、彼は下位古代語でそう言い切った。

 まあ、予想通りである。

 

「大体なんだ。久々に連絡が来たと思えば呪文を教えてほしいだと? 頻繁に連絡をしろと、この私がわざわざテレパスリングを与えたというのに」

 

 ネチネチと不機嫌な低い声で言われ、精神的な何かがガリッと削られた気がする。

 

「でも、一般常識とか今の世のことは、もう大体教え終わってるじゃない? だから、特に連絡することもないかなって」

 

 元々、彼が常識に疎いから私がそれを教えるために預かったのだ。

 その辺のレクチャーが終わっているなら、必要はないと思うのだが。

 

「それに、連絡ないのが不満ならそっちから連絡よこせばよかったのに」

 

「何故、私からわざわざ連絡せねばならない? 私が待っているのだから、貴様が寄越すのが通りというもの。対価はすでに与えているのだからな」

 

 寂しいなら寂しいって素直に言えよ!

 男のツンデレって誰得だよ!

 いや、ツンデレなのこれ? 単にわがままなだけか。口調も姿も声も全く違うが唯我独尊・自分本位という辺りに、型月の金ピカ傍若無人の英雄王が頭に浮かぶ。

 

 彼の名前はエリオルトレーベン・アズモウル。名前が長いのでアズモウルと呼ぼうとしたら、エリオルトと呼べと本人に訂正された。

 彼が"世界を滅ぼせそうな人々"の一人と言う理由は、彼が今はもう滅びたカストゥール王国の魔術師だということだ。

 

 彼との出会いは、ファラリスの暗黒教団を潰すために彼らが占拠していた氷結の遺跡に潜った時だった。

 教団幹部を倒し、遺跡だからまだ見つけていないものがあるかも? と探した結果出てきたのは隠し通路。そして、遺跡の最奥にあったのは、氷漬けにされた絶世の美女……ではなく氷の柱に入った緑のローブ姿の男だった。

 

 もちろん、男性陣のブーイングはすごかった。そこは、美女か美少女が氷漬けにされているものだろうと。

 それに対するマスターも「そんな"ありがち"なものを私が用意すると思うの?」と、これまた酷かったことを覚えている。

 

 装置を起動させて氷を溶いた後に話を聞くと、魔力の塔が立つ以前の魔術師のようで、額には増幅用の水晶は埋め込まれていなかった。魔術装置が誤作動して、千年近く眠り続けていたらしい。

 ちなみに、この誤作動の件はその後のセッションで彼と対立する一門の暗殺者による故意であったことが判明している。

 

 今の彼は、オラン王国の辺境にある小さな村のはずれの幽霊屋敷と呼ばれる館に住んでいる。

 館の召使いたちは、全員が氷結の遺跡から引き上げた人形のように美しいフレッシュゴーレムで基本無表情。それがまた幽霊屋敷と呼ばれる所以でもあったりする。

 元々この屋敷は、王都に住むとある貴族の別荘だったらしい。でも何十年も誰も住んでおらず、まさにお化け屋敷という様相の館を私達のパーティが買って、エリオルトに譲ったものだった。

 それもこれも、私と仲間たちが苦心して説得し、今の世の中を細々と暮らさせるためだった。

 彼や彼の持ち物は間違いなく研究素材扱いされるだろうし、本人の性格から色々と騒動になるだろうと学院にさえ連絡もしなかった。

 そんな彼だが、一応、その村とは良好な関係を築いているらしい。村を妖魔や野盗から守ってくれる、偏屈な魔術師として。

 

 しかし、今思えば知らせておいたほうが良かったんじゃなかろうか。

 知らせていないことで別の面で面倒なことになった気がする。

 

 何が面倒なのかって?

 

 彼の家名のアズモウルに注目してほしい。

 エリオルトは死亡扱いされていたので直系ではないけれど、彼は"あの"ベルーガと同じ一族なのだ。

 精霊都市フーリオンをつくり、ファーラムの剣に精霊を滅するルーンを刻んだ「リハルトベルーガ・アズモウル」と。

 もちろん、これはプレイヤー知識として私は知っているのであって、ユーチャリスとしては知らない。

 だから、もし知っていれば賢者の学院に知らせないなんてことはなかった。魔精霊アトンの件で多少なりとも役に立つはずなのだ。

 

 それにしても、この設定をマスターは良く作ったものだと思う。

 当時雑誌にちょっと載っただけのカストゥール時代の短編を読み、そこからこのエリオルトという男の設定を作り上げたのだ。

 

「わかった、これからは気をつける。だから『ディメンジョンゲート』教えて欲しいんだけど」

 

「ふむ。どこか仲間と行きたい場所でもあるのか? 貴様の技量ならテレポートを使えばすむことだろうに」

 

「……そっか。知らせてなかったのね、ごめんなさい。もうパーティは解散したの。だから、仲間はもういない」

 

 パーティが解散したことを告げると、それを知らなかったのかエリオルトは息を呑んで黙り込んだ。

 

 なるほど、随分長い間連絡を怠っていたようだ。こんなことも知らせていないなんて、相手が相手とはいえ、一応保護者兼友人として失礼ではないだろうか。

 たぶんユーチャリスは、面倒だから後回しにしていて、連絡忘れたんだろうなあ。

 同じ思考回路持ちとして、少しため息が出た。

 

「それにテレポートじゃ行けないし……ねえ、どうしたら教えてもらえる?」

 

 返事がないことに私が焦れ始めると、彼の声がまた聞こえる。

 

「――――何か事情があるということは分かった。しかし、転移は無理でも門ならいける場所というと、後は異なる次元だが、そんな場所の記憶が貴様にはあるのか? 場所のイメージを完璧にせねば発動しない魔法だぞ」

 

「それについては大丈夫。どうしても行きたい場所だし、イメージもはっきりしてるから」

 

 私は、帰るのだ。

 このままここにいる訳にはいかない。

 

「ふむ…………では、教えてやってもいいが、交換条件としてなにか面白いモノを持ってこい。それと、どこに行くつもりなのかも言え」

 

 面白いものを持ってこいと言われても、心当たりなど無い。

 その上、目的地を教えるとか彼の性格から考えてついてくる可能性があるではないか。

 面倒なことこの上ない。

 

「モノと一言でいってもたくさんあるだろう? 人や書物など形あるモノだけでなく、形のないモノ。つまり話でもいい。私が面白いと思うモノを用意しろということだ。満足行ったなら、教えてやってもいいぞ? それに貴様が目指す場所にも興味があるしな」

 

「いやいや、ちょっと待って。どう考えてもそれ私に不利よね? それに話って、私は吟遊詩人じゃなくて魔術師だよ?! そんな面白い話なんてできないし」

 

 私は随分と慌てていた上にマヌケな声を出したのだろう。

 エリオルトは、低く喉奥で笑い声を抑えながら言葉を続けた。

 

「貴様は魔術師の前に冒険者とかいうやからだろう? 話の種はどこにでも転がっているではないか」

 

「ええっ、私引退したのに!?」

 

「どのみち、今の貴様の魔術の技量では門を開くことはできん。魔術の研鑽を積まねばな。引退したというのなら、冒険者に戻るいい機会ではないか。では、楽しみにしているぞ」

 

「ちょっと! エリオルト!?」

 

 返事はない。効果時間が過ぎたのかと、もう一度コマンドワードで起動させてみるが、全く反応しない。

 アレ? もしかして、こっちは会話拒否できなくても、向こうは拒否できると言う仕様?

 なにそれひどい。

 

 透かし彫りの施された美しい指輪を見つめたまま、私はベッドでうちひしがれた。

 

「……おのれ、エリオルト。どっかの金ピカみたいなムチャぶりしやがって……覚えてろよ」

 

 とはいえ、ずっと落ち込んでいるわけにも行かない。

 

 急いで夜着として着ていたワンピースを脱いで、クローゼットを漁る。

 確か、冒険者をしていた時に着ていた旅装がこの中にあるはず。

 

 折角再開した店だが、しばらく休業だ。どうせ客なんてこないからいいとしても。

 頭を切り替えて私は冒険者の店に向かう準備をする。

 

 よくあるファンタジー物だと、冒険者に仕事を斡旋する冒険者ギルドなんてのが出てくるけど、フォーセリアにそんなものはない。

 

 冒険者の店と言われる酒場で依頼を探すのがセオリーで、店によっては店主が依頼内容をある程度選別しておいてくれるけど、完全に責任を持つわけじゃない。

 だから、依頼や仕事の内容は冒険者自身が見る目を持たなければいけない。

 場合によっては犯罪に加担して犯罪者になってしまったり、一攫千金のつもりが大損したりと冒険者は割と厳しい稼業なのだ。

 

 オランには30以上も酒場がある。しかも、人口の増加とともにまだまだ増えているらしい。

 そのうち冒険者の店としても有名なのが「古代王国の扉」亭と「麗しの我が家」亭と言う宿屋も兼ねた店だ。

 昔、SFCでソード・ワールドのゲームが出たときにも、この二つの店はシリーズを通して出ていたくらいだから、オランの代表的な冒険者の店と言っていいと思う。

 

 この二軒の違いは一言で言えば客層。

 大きさも立地もだいたい同じくらいだけど、扉亭は基本的に人間。我が家亭は逆にエルフやドワーフといった妖精族が多い。

 そのために、依頼がその客層にあった内容になっている。

 

 え、ハーフエルフやグラスランナーはどっちにいるんだって?

 

 答えはどっちの店にもいるとしか言えない。

 ハーフエルフは人間育ちなら扉亭で、エルフ育ちなら我が家亭にいることが多い。

 そしてグラスランナーに至っては、物怖じしない好奇心の塊だから気が向いた方にいるのだ。

 

 まあ、私がいたパーティは、どっちにも出入りしていたから何にでも例外はあるんだけどさ。

 

 とりあえず、家から近い店にまずは行ってみようと思う。

 顔見知りの店主から何か仕事を斡旋してもらえるかもしれない。


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