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わりとありがちな名前だけど、この名前、実はリーダーの二つ名だった。
そのリーダー、レオンハルト略してレオンは亡国の没落貴族出身で騎士道精神に無駄にあふれ、性格も熱血系脳筋。そのせいでメンバーは彼に引きずられる形で依頼を受けるということが多かった。
パーティ名が彼の二つ名になってしまったのもそこが原因だったりする。
メンバーは、リーダーであるレオンハルト。
至高神ファリスの神官戦士であるジークこと、ジークフリート。
戦神マイリーに仕える戦神官のセア。
ハーフエルフの精霊使いクラウス。
元斥候傭兵の魔法盗賊リュミエラ。
そして完全に後衛職な魔術師の私。
男3、女3そして職バランスの良いパーティだったが、奔放だが純粋なリュミエラに惚れた堅物のジークと皮肉屋なクラウスがギクシャクし始めたところに、レオンを付き従うべき英雄と決めたセアが彼と愛し合うようになり……結果として、勇気ある心は解散した。
戦神マイリーに仕える信徒は、生涯に一人と決めた英雄に付き従い共に戦うことが教義として定められているらしい。それは異性でも同性でもいいし、種族の垣根すら超えたものだという。
セアのように自分の英雄をみつける信徒は少ない。死ぬまで英雄を探し続ける者もいれば、自分が英雄になろうとする者、諦めて探さない者だっている。それでも敬虔な信徒は死後、マイリー神が統治するという喜びの野へと誘われるのだとか。
そんなセアはレオンと共に大陸西部へ。
リュミエラとジーク、それからクラウスはオランから船に乗りロードス島へ。
それぞれ新たな冒険の地に向かったのだ。
もちろん、何も言われずにユーチャリスは置いて行かれたわけではない。
大陸西部に行くセアとロードス島に向かうクラウス、それぞれから一緒に行こうと強く誘われた。
けれど、折角再開した店を閉めることはできないと断り、ただ一人残ったのだ。
……正確には、彼等の邪魔をしたくないとユーチャリス自身が思ったのが大きかったようだけど。
自分の知らないユーチャリスの記憶に、感情が流されて思わず胸が詰まる。
そして、昨日は大陸西部へ行ったレオンとセアの結婚式だったようだ。
レオンの生国の王族の血を引く王が治める西部の小国に彼が仕官し、セアに子供もできたので、けじめとして式を挙げたらしい。
ユーチャリスはオランから遠く離れたその国まで、はるばる祝いに行き、二次会・三次会と飲んで騒いだ後に(テレポートで)帰宅。
さらに自宅でも祝い酒なのか日課の晩酌なのか、かなり飲んだ後に就寝そして二日酔い――という事実。
「なんで、ほぼ同じ行動取ってるの……お前は私か!」
ああ、今の私はユーチャリスだったな――などと、ひとりボケツッコミを入れてしまうが、心のなかは穏やかではない。
今、私があげた設定は"無かったもの"なのだ。
パーティが解散したとか、リュミエラに惚れたジークとクラウスが三人でロードス島に向かうとか、レオンとセアが結婚するとか、ユーチャリスの行動が昨日の私そっくりであるとか……。
だって、リュミエラはあの漫画家の彼がプレイヤーだし、ジークのプレイヤーは海外にいる。
クラウスのプレイヤーは音信不通であり、セアのプレイヤーは結婚して子供が出来てからはセッション不参加で。
レオンのプレイヤーに至ってはキャンペーン終了の数カ月後に交通事故で亡くなっているのだ。
だから、新しい設定なんて自分達では作れない。キャラクターシートにだって、そんなことは書かれていなかった。
仮にマスターがNPC化するために作った脳内設定だとしたら、その設定を知らない私が何故夢でそれを見るのだろうか。
何よりも”ユーチャリス”のこの記憶のせいで、溢れている涙はどう説明したら良いのか。
ここはもしかして、夢ではなく異世界?
私は何らかの原因でこちらに来て、本来のユーチャリスに憑依なり、成り代わるなりしてしまったのだろうか。
そんな答えがじわじわと湧いてくる。
でも、そんな事は認めたくない。
若い時ならともかくアラフォーにもなって、現実と夢の区別がつかないとかどうなんだ。
目が覚めたら、この悪夢の原因と思われるあの箱は処分しよう。
そう心に誓って、私は空気を読まずに鳴っている自分の腹を満たすために財布を持って外へ出た。
王都オランは東部地方への商売の中継地として、また貿易の本拠地としても重要な”要”の都市だけに人が多い。
日も暮れかけているため、外を歩く人は皆早足だ。通りにある露店も、夕暮れに合わせて店仕舞いをはじめたものもある。
日の出とともに動き、日の入りとともに寝る。そんな生活が私には垣間見える気がした。
もちろん、夜が稼ぎどきという生活があるのも、昼夜など関係ない冒険者をしていた身として知っている。
その稼ぎどきの商売の一つが酒場だったり、盗賊だったりするわけで。
「全く、油断も隙もあったもんじゃない」
人混みに紛れて、私の財布を盗ろうとしたボロボロのフード姿のスリの腕を非力ながらに掴み上げた。
掴み上げた拍子にフードが外れ、スリが少年であることがわかった。
しかし、少年はフードが外れたことよりも財布を盗りそこね、尚且つ私に腕を掴まれたことに驚愕したのか、慌てて私の手を強く払って路地の方へと走り去る。
「あっ! 逃げられた……」
まあ、まだ小さい子だったし、わざわざ捕まえなくてもいいか。
捕まえた後のことを考えると面倒だし。
今思えば、せめて護身術程度の体術くらいリュミエラから習っておけば良かったかもしれない。
無駄にキャラクターレベルが高いから、スリを察知して未然に防げても、白兵戦能力が無いので取り押さえることができないのだ。
こういう時、シーフ技能かファイター技能をなんで取らなかったのかとちょっと思うけど、勇気ある心はサブ技能を含めるとファイターが3人、シーフが2人。それなら、私一人くらい白兵戦能力が無くてもいいだろうと思ったのが取らなかったのが理由だ。別に、マスターからこれ以上脳筋パーティにしないでくれとか、敵に自分のドッペルゲンガーとか出た時に不利だろうと思ったからとか、何よりも自身が習得するのが面倒だったからとかそんな理由ではないはず……たぶん。
とりあえず、今のは忘れることにして露店で美味しそうな香りを漂わせていた焼き鳥? のような串焼きを2本とトルティーヤのような薄焼きのパンに肉や野菜を挟んだ物を購入した。
串焼きを頬張りながら通りの人々を見つめる。
忙しそうに歩いて行く人、声を上げて品物を売り切ろうとしている商人、冒険者らしい使い込まれた鎧と剣を身に着けている人、修道服を着た人……もちろん、人間だけじゃない。ドワーフや私と同じエルフのヒトたちも見かける。まさにファンタジー世界。
「……夢なのかな。それとも現実なのかな」
思わず、言葉が漏れた。
私にはどちらかわからない。
ただ、言えるのは私の思考が『ユーチャリスのプレイヤー』から、『ユーチャリス本人』になりつつあるということだ。
元々の私のソード・ワールドの知識もあるけれど、ユーチャリスだから知っている知識や記憶をそのまま受け入れている私がいる。
幸いなことは、ユーチャリスになったとしても私の行動指針には変わりはなくて。
適当を愛し面倒を嫌がり、潤っていた時代を思い出しながら、ダラダラするのが好きな干物女であるのは確かなのだけど。
「明日、目が覚めてもここにいたら……認めるしかないか」
これが夢なら、それでいい。夢なら、面白い夢が見れたと思う。
しかし、現実なのだとしたら、私はどうしたらいいのだろう?
そんなとりとめもないことを考えながら、2本目の串焼きを食べ終えた時だった。
少し離れた所で、先ほど捕まえ損ねたフード姿の少年らしき人影が露店を見ている客に近寄っていくのが見えた。
面倒だなと思うが、見つけてしまったものは仕方ない。
目線を少年に向け、小声で古代語魔法の《パラライズ》を唱えながら、こっそりと指で小さな魔法陣を宙へ描く。
そして、発動を待機させたまま、何食わぬ顔で客の方に近づいた。
《パラライズ》は、対象に対して集中している限り麻痺の効果が続く魔法だ。
本当は、街中で魔法を使うのは色々とマズイのだけど、まあ大目に見てもらおう。
客の方は杖を手にしているから、おそらくソーサラー。長い黒髪の若い女性だ。すこしつり目で、キツイ感じがする美人。ただ、装備自体に使い込まれた感じがしないことから、まだ魔術師として一人前になっていない学院の生徒か新米冒険者のどちらかだろう。
ん? 学院って何って?
学院は、私の家の窓から見えた高い塔がソレだ。『賢者の学院』という。
学者や魔術師の卵が学ぶ場所であり、知識と魔法を求める場所であり、魔術師ギルドでもある。
あれ……なんか、この客の人どっかで見たことある気がする。
どこで? ユーチャリスの知り合い?
まあ、いいか。
横合いから彼女の腰の袋に伸びてきた少年の腕をしっかり掴むと同時に《パラライズ》を発動させる。
腕を掴まれた少年は、走ってきた勢いでそのまま転んだ。私も巻き込まれて倒れたけれど、魔法効果を乱されるほどじゃない。
「!?」
少年は声も出せないことに驚き、動けないことに焦っているみたい。
動けないのは当たり前だ。麻痺しているのだし、高レベルで高魔力のキャラが使用した《パラライズ》なんだから。
倒れた勢いで外れた自分のフードを、急いで戻し、埃を払って立ち上がる。
「え? ええ??」
突然背後で起きた騒動に魔術師の女性は混乱しているみたい。
周囲の人々も遠巻きにこちらを見ているようだし。
「あー、ええと。貴女の財布狙われてたの」
そう言ってフードから覗く口元で彼女に笑いかけてから、麻痺している少年の側に膝をつく。
「盗賊ギルドには所属しているの?」
努めて低く周囲には聞こえないような小さな声で少年に言葉をかけた。
その言葉に少年は無言のまま泣きそうな顔で私を見ている。
盗賊ギルドは、言うまでもなく犯罪者組織のことだ。
その目的は金目的であり、そのためには暴力や詐欺、脅迫と手段は選ばない。そして、縄張り意識も高く、構成員でないモノの縄張り内での犯罪行為には制裁行為もある。
ギルドの規模は都市の規模にも左右され、人口が少ない村などでは存在自体がないが、王都であり大都市であるオランでのギルド勢力は計り知れない。
あるものは構成員となり上納金を納め、あるものはみかじめ料として上納金を支払い盗賊から自身の財産を守るため。冒険者のように裏をよく知る者や、目端の利く裏に通じる商人であればこの盗賊ギルドと穏便に共生することを考えるのだ。
泣きそうってことは、ギルドには所属していないのね。
ってことは、
偽善にしかならない行動だけど、小さな子が見せしめにされるのは気持ち的に嫌だ。
「……これに懲りたらこんなことはしないようにね。盗賊ギルドに捕まるともっと恐いのよ?」
ガメル銀貨を数枚とまだ手を付けていなかったトルティーヤもどきの包みを少年に押し付けて麻痺をとく。
渡された品物と私の顔を見比べた後、彼はそれを持って人混みの中に走って行った。
私のその一連の行動は割とよくある光景なのか、何事もなかったかのように周囲は喧騒の中に戻っていく。
「えーと、ありがとう? って言ったほうがいいのかしら、これ」
自体を把握しきれていないのか、それとも勝手に逃がしたことを不愉快に思っているのか。
どちらとも読みきれないが、とりあえず言葉通り受け取っておく。
「自己満足の行動だから、感謝されるいわれはないですよ。むしろ、勝手に逃しちゃったから申し訳ないし」
「ううん。不注意だった私が悪いし、被害もないから問題ないよ」
「それなら良かったです。夕方以降はああいうの増えるから、気をつけて下さいね」
それだけ言って、彼女に背を向けて、私が歩き出すと後ろから彼女の声が聞こえた。
「ねえ、貴女名前はなんていうの? 私、フィリスっていうんだけど!」
意外と大きな声で、ふりかえざるを得ない。
「ユーチャリスです」
「へえ、花の名前かあ……"エルフ"らしいわね。またね、ユーチャ」
クスッと笑って、フィリスは私に手を振った。
フードが外れた瞬間を見ていたのか。そんなに長い時間じゃなかったんだけど、目敏いな。
ユーチャリスという名前は、アマゾンユリもしくはエウカリスとも言われる白い花から付けられている。だから、こっちでも花の名前として通じるとは思わなかった。
花言葉は気品、清らかな心、純愛だったか。
仲間内には、キャライラストは花言葉通りでも、中身はだいぶ違うよねと言われたのはいい思い出である。ええ、どうせ中の人のせいで残念ですよ。
ちなみに、この花は花言葉のせいかウェディングブーケによく使われる花で、花1ついくらという非常にお高い花だったりする。
そう1本ではないのだ。花1ついくらなのである。
彼岸花科の花らしく1本の茎に花は複数咲く。ブーケ用の花はそれが分解されて1つづつ、ガーゼに包まれて納品されるくらい高価なのだ。
そういえば、マスターのブーケはユーチャリスだった。
わざわざ揃えてくれたのかもしれない。
そんな私の名を、花の名前と称した彼女の名前はフィリス……らしい。
フィリスという名前はよくあるものだが、それがソード・ワールドの魔術師の女性の名前となったら浮かぶのはひとつ。
ソード・ワールドのリプレイ第三部『バブリー・アドベンチャラー』通称バブリーズの知識系壊滅ソーサラーの彼女のことだ。
「……まさか、ね?」
去っていく彼女の後ろ姿をこっそりと振り返り見ながら、私は思わず呟いた。
たしかにソード・ワールドだから、彼女が出てきてもおかしくはない。
ただ、どうして彼女なのか。メインが同じソーサラーだから? 夢にしても理不尽である。
どうせなら、エルフつながりで白粉エルフの方と知り合いになりたかった。
「ま、いっか。さっきのトルティーヤもどき買って帰ろっと」
朝から何も食べていなかったせいか、串焼き2本だけでは物足りなかった。
いそいそと、食べそこねたトルティーヤもどき――確認してみたら本当の名前はトルタだった――を同じ露店で購入して私は家へと帰宅した。
深夜。
私は、なかなか寝付けずにベッドの中でゴロゴロとしていた。
風呂もトイレも面食らうことなく、いつもここで生活しているかのように使用することができた。
洗濯はまだしていないので、なんとも言えないけれど、裏口の外に洗濯用の水場があるのでそこで洗えば良いみたい。確か、洗濯用のマジックアイテムもあったはずだから、余り心配はしていない。
たっぷりの湯を使って、アパートの狭いユニットバスとは比べ物にならない、まるで旅館の貸切風呂のように大きな大理石の風呂で今日一日の疲れをとることができたのは格別だったのだが……
明日、私はどちらで目を覚ますのだろう?
いつもの自分の部屋?
それともここ?
繰り返される自問自答は答えが見つからないまま、やがて私の意識は眠りの中に落ちた。