「その魔法ってユーチャ曰く、遺失魔法だから知らなくても仕方ないみたいなこと言ってたけど……でも、詠唱まで上位古代語だったのよ」
「それは珍しいな。古代語魔法というものは、今では共通語に簡略化された詠唱を使うものじゃないのか?」
イライラしたまま説明を続けるフィリスに対して、賢者の学院に在籍しているため多少の古代語魔法の知識もあるアーチーが不思議そうに呟いた。
「師事してた師匠が変わってたのか、それとも何か別の理由があるのかわからないけど、昔のいわゆる"魔導師"でもあるまいし、あんな面倒くさい発音の上位古代語を詠唱呪文にするなんて……普通ありえないわよ」
不信感の塊と言わんばかりの表情でフィリスは続ける。
ごめんね、フィリス……その面倒くさいって感覚がないんだよ、私。普通に喋ってるのと大差ないんだと言ったら、彼女はどんな顔をするんだろうか。
それにしても、フィリスってこんなキャラだったっけ?
知識系壊滅ソーサラーのイメージが大きいのに、すっごい知的に感じるのは気のせいだろうか。
入口付近まで聞こえてくるセリフに、思わず心の中でツッコミを入れながら、私は彼女達の方を見ていることを気取られないように、セアがいるはずの神殿の奥の方に視線を移す。
キャラクターの知識によれば、魔導師と魔術師は似て非なるものらしい。
時々、魔導師と名乗る魔術師もいるけれど、基本的に魔導師というのは魔術師に比べて魔法の威力が高いものとされている。そして、魔導師は旧態依然とした魔術理論を絶対として、詠唱は上位古代語にこだわる。だから、今の冒険者達の古代語魔法の使い手達は魔導師ではなく魔術師で 魔導師と呼べるのは古代人の生き残りのエリオルトか、大賢者のマナ・ライくらいだろう。
「変わり者……そう言えば、戦乙女様の仲間の妖精魔女は変わり者のエルフでしたよね。エルフなのに古代語魔法の使い手で、精霊魔法よりも得意だと」
グイズノーが変わり者から連想したのか、妖精魔女……私の話題を振る。
自分のこととは言え、変わり者と連呼されるのはちょっと微妙な気持ちになる。
「もしかして、ユーチャお姉さんって妖精魔女のお弟子さんか、お子さん――あ、お子さんはおかしいのか。妖精魔女は子持ちじゃないはずだし……とは破局してるから――えと……まあ、弟子か親類縁者なんじゃないの?」
「確かにそう考えると、戦乙女と友人というのも納得行くな」
レジィナが出した意見に、アーチーが納得してるけど、ちょっと待って。
え、いや。あれ? 名前の部分はよく聞こえなかったけど、なんでその話知って……っていうか、これ有名人補正??
弟子か子供って……いや、うん、取り替え子だし、本来なら私の年齢的に子供いても確かにおかしくないですけど?
というか、妖精魔女は何歳だと思われてるのさ。
「弟子か子供って……むしろ、妖精魔女本人なんじゃないの。見た目とか、歌に謳われてる妖精魔女そのものでしょう?」
納得行かないのか、フィリスは一人ふてくされてる。
歌には興味ない感じだったのに、実は歌詞も知ってたのねフィリス。
異名以外の名前と顔を彼等に知られてなかったのが良かったのか悪かったのか……アレだよね、バブリーズの短編集の小説内であった劇の役者達みたいに噂が独り歩きして、本来の姿とちょっとずつかけ離れていくっていう。
「だが、あのボーッとしているユーチャリスが、切れ者で有名な妖精魔女とか……流石にそれはありえんだろう」
「まあ、関係者なのは間違い無さそうですが……アレを見てしまったあとでは」
関係者っていうか、本人ですが。
アーチーとグイズノーはともかく、フィリスは気がついたっぽい? けど、いまいち決め手がない上、あの滑って子供の眠りの雲で眠るというドジを見ているから、話に聞くデキる女的な妖精魔女像とかけ離れてしまうみたい。
てか、話の妖精魔女も実像ととてもかけ離れてるんだけど大丈夫なの……ちょっと……?
本人のあずかり知らぬところで名声だけが独り歩きしてる気がする。
「……ところで、ずっと聞きたかったんだが、その妖精魔女というのは、どういう人物なんだ? 戦乙女のことは、ここに来るまでに神官達が話していたからわかったんだが……」
ずっと黙っていたスイフリーが、申し訳なさそうにフィリス達に声をかけた。
「ハトコ……! 妖精魔女を知らないって……まさか、
「おや、意外ですね。妖精魔女はエルフなので、てっきり知っているかと。歌にもなっているのに」
「まあ、人間社会の勉強に出てまだそれほど時間が経っているわけではなくてな……同じ冒険者パーティでも”
パラサとグイズノーが心底驚いたという表情でスイフリーを見上げ、決まり悪そうにスイフリーは頬を指で掻きながら、そう答える。
あれ? スイフリー、うちのパーティのこと知らなかったのか。
ちょっと意外。どこでも名前パスだったから、不思議な感じ。
ちなみにこの"見つける者たち"とは、バレン導師が所属していた冒険者パーティだ。
過去形なのは、そのパーティはバレン導師以外、全滅したから。
ごく最近のことだけど、砂漠にある遺跡に潜った際にかなり悪質な罠にかかり、離れた場所にいたため罠にかからなかったバレン導師だけがテレポートで難を逃れたらしい。
だから、バレン導師が命からがら帰ってきたことだけは、賢者の学院にいるお得意様達から聞いていた。
しかし、プレイヤー知識では、この見つける者たちにいた精霊使いが魔精霊アトンを目覚めさせたと私は知っている。折角、強固な封印が施されていたのに、その封印を解除したということも。
もちろん、キャラクターであるユーチャリスはこのことは知らない。
本来ならこの世界を破滅させる魔精霊アトンを封印するためのアーティファクトを探すのがソード・ワールドでのプレイヤーの目的の一つでも有り、有力な冒険者は引退した冒険者といえど、魔術師ギルドからクエストとして依頼されるものだけど、まだギルド内で対応が会議でもされているのか、音沙汰はない。会議で対応が遅くなるって、本当に変なところは日本のようだ。
とはいえ……もしかしたら、この依頼はロードスに渡った三人が実は受けてるのかもしれないけれど。冒険を続けることを選択したのは彼等だけだったし。
ところで。
ゲームをプレイしているときにこの設定を活かすゲームマスターは一体何人いたんだろうか。
ぶっちゃけ、ほぼいなかったんじゃないのかと私は思っている。
設定魔だったうちのマスターでさえ、プレイを始めるときに、このアトンについてのFAQをサラッと雑談で流して終わったし、私でさえ雑談聞きながら『そんな設定あったね』レベルだった。
だって、当時の雑誌にも追加情報すらなく、公式のリプレイですら殆ど触れられず……だいぶ経ってから、設定を回収するためなのか、例のフォーセリアが終わる原因の小説が出たと考えてるくらいだ。
「あー、見つける者たちは有名だったしなー。名声すごかったけど……罠にかかって、バレン導師残して全滅。なおかつ、復活できないとか、なかなかエグい最期だにゅう」
「うちらも遺跡に行くことになったら、入るときには気をつけようねー」
パラサがげんなりした表情でつぶやき、レジィナが苦笑しながらそれに続けた。
そうねえ。
次は、確かライトニングの指輪を取り戻すためにコスい商人の護衛をするんじゃなかったかな。
その過程で、堕ちた都市レックスの遺跡に潜る事になったような。うろおぼえすぎて、その辺の記憶がとても曖昧。確か遺跡とゴブリンは確実なんだけど。
あとで、よく思い出して時系列でもまとめたほうがいいかしら……
……あ。遺跡で思い出した。
混沌魔術!! 『変幻する精霊』!!
あれ、諸悪の根源みたいなものだし。丁度いいし、話の種としてエリオルトに押し付けよう。
アーチーの実家から、あの本回収するとして……妖精魔女として、あのご両親と会って交渉するしか無いか。家宝らしいけど。
まあ、危険な魔法が書かれているので封印しますとでも言えばいいかしら。
セアにも協力してもらえば早そう。
それにしても。
その後も相変わらず、ワイワイと話しているバブリーズ(仮)の面々の声を右から左に聞き流しながら、私は考える。
自分が操った魔法や、セアの行った蘇生の奇跡。
消毒薬? のようなアルコールっぽい匂いが漂う、神殿のこの部屋。
リプレイとは少し違うフィリスの知的な面や、スイフリーの知識の偏り。
そして決定的な差異がグイズノーではなく、アーチーが死んだこと。
現実になったことで、私のリプレイで知る知識は結局は参考程度にしかならない。
ならばそれを生かして、立ち回る柔軟性が必要だ。
とはいえ……
一番の問題は、彼等に私が妖精魔女であると名乗るべきなのかということ。
別に隠しているわけではないから、名乗ってもいいのだけれど……
凄まじい勘違いの妖精魔女像が出来上がってるようだから、恥ずかしくて言いづらい。その上、そんなイメージだから名乗っても信じてもらえない気がする。
これ、割と問題よね。
本当どうしたらいいんだろう。
お久しぶりです。短くて申し訳ありません。
(次章に行く前に文章整理する際に増やすとは思います)
投稿しようしようと思ってるうちに、気がついたら年単位過ぎておりました。
エタ気味ではありますが、未完で終わらせるつもりはないので、続きは気長にお待ち頂ければと思います。