セアを連れてオランに戻ったのは、もう宵もかなり過ぎたころだった。
「な、何者だ!?」
ラーダ神殿の奥の院に直接飛んだため、その場に居た神官達が騒がしい。
確かに夜に虚空から突然、フードを深くかぶったマント姿のあやしい人物が二人現れたら、騒がしくなるのはあたり前だ。
奥の院は礼拝場である神殿の本殿より、更に奥にある神像を祭った所のことで、儀式場はここだ。
私も何度か来たことがあるから、テレポートして来れたのだ。
「火急の用があり、テレポートで来たまでですわ」
これはロールプレイ、ロールプレイと心の中で自分に言い聞かせて、慇懃にあえてそう言った後に、知った顔がないか神官達を軽く見回してみたが、あいにくと居ないようだ。
宵闇を照らすように篝火がステンドグラスの窓の外には焚かれ、儀式場を照らすようにロウソクの燭台が灯されている。流石、知識の神ラーダ神殿と少し思ったのは、古代語魔法の心得がある神官もいるのか《ライト》の魔法がかけられた灯りも混じっていた。
棺がいくつか置かれているところを見ると、ラーダ神殿には蘇生儀式がすでに何件か舞い込んでいたらしい。
なるほど、この内の一件と書類手続きを間違われて、リプレイではグイズノーは八千ガメルで生き返れたのか。そのせいで蘇生できなかった人がいたはずだから、こちらでは生き返ることができれば良いのだけれど。
「私は
黒歴史を言う恥ずかしさと戦いながら、その言葉と共に私達はフードを下ろして、素顔を彼等に見せた。
……パーティと黒歴史のネームバリューのおかげか、それともセアの見目のおかげか、その後はスムーズに神殿長室まで案内された。
セアは戦乙女と呼ばれていただけあって、当時の装備一式を全て身に着けるとまるでヴァルキリープロファイルのレナス……もとい勇気の精霊のバルキリーのような姿になる。流石に今は髪を切ってしまったし、マジックアイテムでもある青い鎧や額当てと羽飾りなどの、目立ちすぎる物々しいものは付けてこなかったけど、それでも上質な法衣を着て来たので、十分に高位神官の貫禄があった。
彼女はレベル10の神官戦士だから、能力だけで見れば最高司祭と言えなくはない。でも、今の小さな神殿にいるセアは神官の位で言うと高司祭だ。
ちなみに、マイリーは高司祭の後が大司祭で、最高司祭という位が無いらしい。だから、マイリーの大神殿と言えばマイリーを国教に定めているオーファンにあるのだけど、そこの神殿長である『剣の姫』ジェニですら大司祭という位にあるのだ。
一応、ベルダインにもマイリーの大神殿を作るという話が一部で出ているらしい(セア談)ので、それができたらセアも大司祭になるんだろうか? 年齢的に考えたら、最年少の大司祭(最高司祭)になるけれど。
「それで、一体どういったわけで来たのかね」
執務机に座るトルセドラ様に挨拶もそこそこに、今回の行動について質問された。
ラーダ大神殿の神殿長である最高司祭のトルセドラ様は、『旧きを伝える』という二つ名の持ち主。
その名前通り、古代伝承に関しては最高の知識を持つ御方だ。たとえ、賢者の塔の大魔術師のマナ・ライや、大賢者のクロードロットであろうと、その分野では敵わないのだ。
偏見も余り持たない方のようで、取り替え子であるユーチャリスが更なる知識を求めてラーダ神を信仰した際も、他の神官達のように排斥はせず、神官として認めて聖印を下さったのもトルセドラ様だった。
だから、ここのユーチャリスは彼のことをとても尊敬していて、様付けがデフォルトだ。おかげで、私も気がついたら様付けで呼んでいる……影響されるとか、どうもキャラクターのユーチャリスとの同調率が上がっている気がしてならない。
それにしても、そんな裏事情がこっちのユーチャリスにはあったのか。
単純にプリースト技能を取ってラーダを信仰したのは、《トランスファー・メンタルパワー》と《インスピレーション》と《
ウィーク・ポイントは、目標の弱点を看破してクリティカル値を-1する効果がある魔法だ。
この魔法には、本当によくお世話になったものである。魔法の武器のプラス数値によってクリティカル値がマイナスされるという選択ルールが有り、元々クリティカル値が低いシーフ技能持ちのリュミエラとクラウスのクリティカル値がこれも合わさってとんでもないことになっていたからだ。
後々、武器の形状によってクリティカル値が変わる敵が割と出てきた(斬撃ではクリティカル値が上がるとか、打撃しか通さないとか……)ので、マスターを悩まさせていたのは間違いない。
「実はお願いしたいことがありまして……」
そして、私とセアはここに来た目的をトルセドラ様に説明した。
その結果、ラーダ神殿でセアが儀式をするのはマイリー神殿の都合が悪いのではないだろうかという、トルセドラ様の意見により、急遽、使いの者がマイリー神殿に走ることになった。
おかげで、儀式準備に大わらわになったのはマイリー神殿で、蘇生の申請書類の処理のやり直しをする羽目になったのはラーダ神殿だ。
まあ、これでラーダ神殿の書類ミスが未然に防がれたことになるなら良いことだけど、こんな時間に何やらせるんだと、絶対どっちの神殿にも恨まれたと思う。
流石にこうなるとは私もセアも思っていなかったので、あとで彼女と相談して、お詫びの菓子折りと心ばかりの寄付金を両神殿に持っていこうと心に決めた。
そういえば、神殿を移動する際に気がついたんだけど、オランからベルダインにテレポートした時は雨は降っていなかったのに、向こうにいる間に雨が降ったのか、あちこちに軽い水たまりができていた。
見上げれば雨の名残の灰色の雲の合間から、黒から濃紺へと変わるグラデーションの夜空の色が見える。
そろそろ夏になるとは言え、ここの所、霧がよく発生したり雨が多くなった気がする。オランは乾燥地だから、余り雨はふらないはずなのに……何か嫌な感じがしないでもない。
「それでは、これよりアーチボルト・アーウィン・ウィムジー氏の蘇生儀式を始めます」
マイリーの奥の院にある儀式場で、セアが取り仕切る蘇生儀式が始まった。
準備に手間取り、開始した時刻は夜半過ぎ。
それでも、突貫で準備してくれたマイリー神殿の方々には頭が上がらない。
「まさか、マイリーの戦乙女様が蘇生儀式をして下さるとは……」
私の横で儀式の準備の手伝いをしていたグイズノーが、感激した表情で、セアを見つめている。
もちろん、私はフェイスチェンジ・イヤリングで、リュミエラの顔にかえた上で、神官服を借りてこの場に何食わぬ顔でいるんだけど。
リュミエラは切れ長の青い目の凛とした感じの美人顔なので、美少女顔のユーチャリスとは対極的だ。
「たまたま、セア様がこちらに戻ってきていたそうで運が良かったですね。セア様の親しい御友人から、是非にと頼まれたので、急遽儀式をなさることになったそうですよ」
グイズノーの隣りで見学していたマイリー神官が、小声で彼に話しかけた。
「ということは……まさか、ユーチャさんでしょうか……それなら、彼女には感謝しなくてはなりませんね。ラーダ神殿の予定では、蘇生は明日以降だと聞かされておりましたので……」
儀式場にはアーチーの亡骸が置かれている。
棺から出して酷い火傷を《キュアー・ウーンズ》で癒やしてあるので、白い布を全裸の身体にかけて、ただ寝ているようにしか見えない。
入り口の方を何気なく見やると、アーチーの両親と思しき、彼によく似た良い身なりをした年配の男女が、祈るように手を組み、こちらを見ていた。
ラーダ神殿からこちらに回ってきたのだろう。本当に申し訳ない。
やがて、ざわつきも収まると、朗々としたセアのマイリー神への祈りの声が儀式場に響く。
セアの魔力がいくつだったのかはよく覚えていないけど、平均値として考えると12だろうか。
蘇生魔法である《リザレクション》の目標値は20で、死体がある場合は確か14になる。死んで1日も経っていないので目標値はそのままだ。
つまり、自動的失敗の1ゾロ以外は生き返れる。
成功しますように……と私も思わず神に祈る。
――――そして、私は人が生き返るという、奇跡を実際に目にした。
翌日……というか、正確には朝になってというか。
マイリー神殿の一室でセアと共に休ませてもらったんだけど、彼女は蘇生したアーチーが気になるので多少動けるようになるまでの数日はこちらにいることにしたらしい。
確かに蘇生した者は一週間まともに動けないので、優しいセアとしては気にかかるのだろう。
おかげで私は事の次第を書いた手紙をレオンのもとへ置いてくるために、朝からベルダインとオランを往復する羽目になった。
まあ、元々セアを送り届けるつもりもあったから良いんだけどね?
本気で遠い場所の相手と話せる《マインド・スピーチ》の魔法を習得したいと考えてしまったので、あとでエリオルトに聞いてみようと思う。
それよりも……持ってた魔晶石を使い切ってしまったのが、ちょっとつらい。
割と大きな石だったのに……って、あれ? そういえば、魔晶石この世界じゃ、いくらなんだろう?
旧ルールの金額なのか、完全版の金額なのか。あとできちんと確認しといたほうが良さそう。
魔晶石は精神力の貯められた水晶みたいな石だ。魔法を使う際に消費する精神力をこの石から引き出すことができ、貯められた精神力を使い切ると砕け散ってしまう。
今の技術では作ることはできなくて、古代王国の遺跡から良く出ることからカストゥールの貨幣だったんじゃないかって言われてるけれど、古代人のエリオルトは見たことが無いらしい。彼の時代の頃は、貨幣のような物は無くて、金銀ミスリルと言った貴金属や宝石を取引には用いてたみたい。
だから、多分これも魔力の塔のように後の時代に造られたモノなんだろうと私は思っている。
「成功して良かったねえ。でも、動けないんだよね?」
「ああ、今もこうしているのがやっとでな」
白いシーツが眩しいベッドが並ぶ一角で、寝台に横になったままのアーチーが見舞いに来たレジィナと話をしている。
ここは、マイリー神殿内の本殿にある施療院の一室だ。
本来、マイリー神殿の施療院は、神殿の抱える神官戦士の怪我や病気を治療するためのもので、部外者とも言えるアーチーが居るべきじゃないんだけれど、ここで蘇生されたから他に移動するわけにも行かなかったからだ。
「それにしても、マイリー神殿で蘇生されたって聞いてびっくりしたわ」
「全くだ。ラーダ神殿はスケジュールが既にいっぱいで、明日以降の蘇生になるって聞いてたんだがな」
「そうだにゅう。グイズノーもそう言ってたし」
フィリスとスイフリー、パラサがそう言って、寝台の横に立っているグイズノーを見た。
「わたくしもそう聞いていたのですが……どうも、ユーチャさんが、戦乙女様に頼んでくれたようで」
昨日の深夜の顛末をグイズノーは仲間に語って聞かせているようだ。
寝ていたアーチーも初耳だったらしく、表情を見る見るうちに変えていた。
「だから、急に居なくなったのかあ」
「どうやったら、そんな友人が……ユーチャリスの交友関係はどうなってるんだ……?」
パラサが納得している横で、スイフリーが唖然としたように思わず呟く。
「それで、その頼んだらしいユーチャはどこに居るのよ?」
問い詰めようと思っていた相手が居ないことで、フィリスはイライラしているらしい。
「そう言えばどうしたんでしょうね。結局、昨日も見ませんでしたし……」
グイズノーも困惑してこちらの方に視線を彷徨わせた。
そう、私のいる施療院の入口付近に。
うん、実はそばにいるんだよ?
だから、皆の様子を見て話を聞いてるんだけどね。
とはいえ、顔も違う神官姿だけど……
セアが来るのを待っているんだけど、中々来ない。
神殿長と話があるので、先にこちらに行っていてほしいと言われたので、ここに居るんだけど非常に手持ち無沙汰だ。
「……ふむ。逆にユーチャリスが居ないなら、あの時のことを聞きやすいか」
「どうしたの、はとこ?」
「いや、あの時私達は気絶していただろう? 気がついたのは治療されて、全てが終わってからだ」
スイフリーが何か思いついたのか、私が居ないうちにあの時のことを聞こうとしているらしい。
「一体あの時、私達が気絶した後に何があったんだ? マルキは無傷で気絶していたと聞いた時は、てっきりシェイドをユーチャリスが使ったのかと思ったんだが……違うんだろう?」
スイフリーの視線はフィリスとレジィナを見ている。
確かに、最後まで見ていたのは彼女達だ。
「ええ、そうね。ユーチャが使ったのは古代語魔法だったわ」
その視線に返すように、フィリスはそう言った。