Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第11話

 カウンター・マジックは魔法への抵抗力を上げ、プロテクションはダメージを減少させる効果がある魔法だ。どちらも初級魔法であり、学院でもコモン・ルーンとして販売もしている。魔術師である青年は間違いなく使えるだろう。

 

「すまない、自分の力ではどちらかを四人に掛けるのが精一杯だ」

 

「ということはソーサラーレベルは1、精神力は人間の平均値って所かしら……」

 

「え?」

 

 思わずユーチャリスが呟いたセリフに、よく聞こえなかったのか青年が聞き返した。

 

「いえ、何でもありませんわ? それなら、そちらの神官さんに精神力をトランスファーをしてもらっても無理ですか?」

 

 フードの内側で曖昧な微笑みを浮かべて、彼女が言葉をごまかすとチャザの神官と魔術師の青年は思わず顔を見合わせる。

 

「いや、そこまでして貰わなくてもいいだろう?」

 

 ユーチャリスの余りに図々しい頼みにアーチーが呆れたように咎めた。

 それに対して、ユーチャリスは表情の分からないフードの内側からアーチーを見つめ、その瞳をやや細める。

 

「相手は電光も呼び出せる魔術師です。できる準備は全て行うべきです。もちろん、私やフィリスさんが掛ければいいことですが、消耗せずに行けるのであればそれに越したことはありません」

 

 一端そう言葉を区切り、また魔術師を見た。

 

「だめ……でしょうか?」

 

「うーん。それでも、二種を四人に掛けるのがやっとかな。気絶する覚悟なら、後一人にもかけられるけど……」

 

 自分の能力の限界を考えながら、青年は困ったように答えた。

 それならば、残りは自分でかければいいか……とユーチャリスは内心で思った。

 彼等はNPCだが、ここはリプレイやゲームではない現実なのである。今の条件でさえ、無理を言っているのは承知の上だ。

 

 それに現実になったことでTRPG内のルールと変わったことがあった。

 魔法の効果時間が瞬間以外の効果時間が大体五倍から十倍程度にまで延びていたのだ。

 もちろん、全ての魔法を確かめたわけではないので確認は取れていないし、効果時間だけではなく、効果自体も変わっているモノもあるのかもしれない。

 だが、恐らくこれが現実とゲームとの差だろうとユーチャリスは考えていた。

 

「では……後衛の私とフィリスさん、スイフリーさん『以外』の四人に先ほど言った二種の魔法をかけて頂けませんか?」

 

「あ、ああ。わかったよ」

 

 魔術師の青年は、まずカウンター・マジックをアーチー、パラサ、グイズノー、レジィナにまとめてかけると神官からトランスファー・メンタルパワーを受ける。

 

 それを見ながら、ユーチャリスは手で空中へと魔法陣を描きながら、小さいがよく響く声で詠唱し、カウンター・マジックを使用した。

 その魔法陣で編み出された淡い魔法の光は、スイフリーとフィリス、そしてユーチャリスにかかる。

 続いて、彼女はプロテクションの魔法も同じように使用した。

 

 フィリスはユーチャリスの魔法行使の繊細さに思わず目を見張った。

 『初級魔法ほど技量がよく分かる魔法もない』と常々、師である父によく言われていたが、なるほどこの事かと彼女は思った。

 精度の違い、練度の差とも言うべきか。少なくとも、フィリス自身がかける場合との差は歴然だ。もしかすると導師である彼女の父よりも無駄が省かれ、洗練されているかもしれない。

 

「フィリスさん? あの……どうかしました?」

 

 無意識に余程強く睨みつけていたのか、ユーチャリスが困ったようにフィリスに声をかけてきた。

 

「……ッ! なんでもないわ、ユーチャ」

 

 フィリスは親の跡をついで魔術師になるよりも、他の職になりたいと子供の頃から思っていた。

 頭を使うことは苦手で身体を動かすほうが好きだったからだ。実際、身体能力には彼女は恵まれていたから、戯れで手にした弓の扱いにもすぐに慣れたほどである。

 しかし、決して古代語魔法を扱うことが嫌いだったわけではない。魔法を扱うことは好きだった。だからこそ、嫌々……納得はしていないものの魔術師としての今があるのだ。

 

 だが、その同じ魔術師であるというのに、ユーチャリスの技量と自分は天と地ほども違う。

 TRPGのルールから見ればユーチャリスのソーサラーのレベルは9、フィリスはレベル1だ。差が出るのは当たり前なのだが、そんなことを知らないフィリスがわかるわけがない。

 

 ぼんやりしてドジなユーチャリスだが、魔法は一級。眼前に示された隔絶した差――――その事にフィリスは密かに嫉妬したのだ。

 

「なんて……なんて、素晴らしいんだ! 貴女の魔法行使の陣は繊細で美しい……こんな御業を見たのは初めてだ」

 

「えっ!?」

 

 そんな微妙な空気を破壊するように、魔法をかけ終えた魔術師の青年が感無量といった表情で、ユーチャリスの両手を取った。消耗しているためか若干青い顔色だが、そんなことを感じさせない勢いである。

 

「ああ、こんな……こんな、たおやかな手であの陣を、あんなに美しい陣を。きっと、そのフードの下の素顔も噂に聞く妖精魔女のように美しいのだろう」

 

「ひっ……!」

 

 ユーチャリスは自分の手の甲を撫で回しながら、うっとりして早口気味に語る魔術師の青年の対応に困った。

 褒められるのは嬉しいが、時と場合による。流石に、この行動は気持ち悪い。おまけに、例えに出されたのが自分である。

 あまりの態度の変化に、どこにスイッチがあったのかと首をかしげざるを得ない。これは、稀によくある魔術バカと言う類であろうかと、表情を引きつらせながら彼女は考えた。

 

「確か、ユーチャさんだったか? よければ、是非、今度二人きりで魔法と陣について語り……」

 

「いい加減、時と場所を考えろ! この魔術バカっ!!」

 

 盗賊の少年の助走をつけた渾身のツッコミを頭に食らい、魔術師の青年はようやくその行動を止めた。

 少年の行動に気を取り直した仲間の神官が、ユーチャリスから青年をひき剥がしたのである。

 

 そっと、ユーチャリスが周囲を見れば、レジィナとフィリスはユーチャリス同様に青年の行動にドン引きしており、残りの他の者達は元より、あれほど怒り狂っていたパイロンですら呆気にとられている。

 

「コイツ、俺達の中でも常識人なのに……ったく。ほら、行って」

 

 それを見ながら少年は手をひらひらとさせて促した。

 

「災難だったわね、ユーチャ」

 

「びっくりしました……」

 

 ドン引きしたせいか、元の調子に戻れたフィリスは、ユーチャリスの肩を叩いて労うように声をかける。

 

「ま、気にしないでいきましょ? ああ、ユーチャは精神力キツイだろうし、眠りの雲は私がかけるわね」

 

 たとえ、魔法の腕が負けていても、自分ができることをする――それがフィリスの矜持だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金属鎧すらつけているメンバーがいるのだから、階段を音を立てずに上がるなど到底無理な話である。

 おまけに、階段の途中でパラサが段差を踏み外し、踊り場へ転げ落ちたのも痛かった。

 

「せめて、サイレンスを階段の辺りにかけるべきだったかしら」

 

 転げ落ちたパラサがきまり悪そうに頭を掻きながら先頭に小走りに移動するのを見ながら、ユーチャリスは思わずつぶやいた。

 確かにサイレンスは範囲内の音を消す効果がある。しかし、この魔法は3レベルの精霊魔法であり、使用できるとしたらユーチャリス以外にいない。

 ただ、階下の音が二階にわずかながら聞こえることを考えれば、アレだけパイロンの怒声が響いた後だ。

 これは間違いなくマルキの部屋にもあの音が聞こえていたのではないだろうか。

 

「……いまさらか」

 

 しかも、先程の騒ぎである。十分な時間を与えてしまったとしか思えない。

 考えが甘かったかとまた溜息をついて、廊下を進む。

 この廊下も、またユーチャリスが眉をひそめる原因となっていた。

 

 廊下自体はそれほど広いものではなく、左手側には各部屋の扉が並び、右手側は庭を見渡せる王都でも珍しい板ガラスのはまった窓が並ぶ。そして、突き当りの部屋の扉は閉まっている。

 つまり、扉の中からライトニングを打たれると廊下にいる者は避けることができないのだ。

 仮に扉を破壊するつもりでライトニングを打ってきた場合、器物破壊ルールの適用といった面倒な処理が出る。それらの処理はゲームマスターに一任されるし、通常面倒なので待ち構えるのみで扉を開いてから戦闘というのが多い。

 しかし、現実ならそんな処理はないしNPCではないのだから躊躇なく撃ってくるのではないだろうか。

 考え過ぎかもしれないとユーチャリスが思ううちに扉の前につくと、パラサがドアノブに手をかけた。その後ろにフィリスとスイフリーが立つ。開けた直後に魔法をかけるためだろう。

 

「あの! やっぱり、ちょっと待って下さい! 私が開け……」

 

 慌てて、ユーチャリスが止めようとして前に出ようとするのと、扉が爆音と光とともに破壊されるのは同時だった。

 パラサとその背後にいたスイフリーとフィリスは、破壊された扉の破片と電光に弾かれた。そして、その電光は威力を消さずに更に後ろにいたアーチーやグイズノーまで巻き込み彼らを貫く。

 レジィナとユーチャリスには距離が足らなかったのか届かなかったものの、一瞬で死屍累々である。

 

 ドアの大きな破片ごと壁に叩きつけられた上に電光のダメージを受けたパラサとスイフリーは頭から血を流して気を失ってしまい戦闘不能だ。

 かろうじて、フィリスは直撃したものの魔法抵抗には成功したのか、室内を睨み立っていた。だが、破片が当たっていたのか、口元から血が流れている。

 アーチーとグイズノーは電光が貫いたせいで、服が電熱により焦げ煙を上げている。

 

 室内には、右手をこちらに向けたマルキが青い顔でこちらを見ていた。

 

 ユーチャリスは、顔色悪く唇を噛んだ。

 自分の行動如何によっては、未然に防げた事態を引き起こしてしまったからだ。完全に自分の怠慢だ。

 

 自分が先に立ち、ルーン・シールドを展開して開けるべきだったのではないかと、まず考えた。

 だが、ルーン・シールドで"()()へのライトニング"は防げても、その"()()()()への余波"、つまり扉破壊までは防げない。

 それを防ぐなら空間に影響する、アンチ・マジックという魔法を使うべきである。この魔法は起点を中心とした半径10メートルの完全な魔法無効化空間を作る。

 そのため、範囲外からの魔法を無効化し、内部にいる者も魔法を発動することはできない。唯一使えるのは、解除するための魔法であるパーフェクト・キャンセレーションというディスペルマジックの強化版とも言える魔法だけだが、それもアンチ・マジックの効果を上回らなければ発動できないというシロモノだ。

 

 この思い当たった魔法に、ユーチャリスは自己嫌悪に陥った。

 

 確かに、これを"使()()()()"最善の効果を発揮していた……そう、残念なことに彼女は習得していない。というよりも、このアンチ・マジック(対抗魔法のパーフェクト・キャンセレーションもそうだが)は取得レベルは10。そして、この魔法はロードス島ワールドガイドで追加された遺失魔法であり、知識として知っているのはプレイヤーの記憶のおかげだ。

 エリオルトならこの魔法もおそらく使えるだろうが……レベルが足りない自分が覚えているはずがない。

 

 なぜ、自分は最初から前に出なかったのだろうか。

 抵抗力はもとより、レベルと装備により魔法防御力は随一で、少なくともこの程度の電撃等、自動的失敗でも起こさない限り殆どダメージは通らないというのに。

 

 面倒だったから?

 これから先の展開をうろ覚えだったから?

 騒がれるのが嫌でレベルを隠していたから?

 

 それとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が嫌だったから?

 

 自問自答しながら、ユーチャリスは焦る自分を落ち着かせるために軽く目を閉じる。

 

 単純な話だ。自分が傷つくのが怖かったのだ。

 だから、範囲外にいたし、自分から行動しようと思えなかったのだ。

 

 ここに生きていたユーチャリスの記憶には自動的成功や、自動的失敗などという不可思議現象はない。

 自分がプレイヤーとして1ゾロ、6ゾロを起こした際の行動結果は気合や慢心、焦り、偶然などによるものとして記憶している。

 

 現実と夢の区別がついていないのは自分なのか?

 利口のふりをした馬鹿なのは自分か……。

 

 ユーチャリスは目を開き前を見据えた。

 

 彼女が思考していた時間は本当にわずかの時間だったようで、周囲の者に動きはない。

 破壊されている扉の奥のマルキも逃げ腰気味にこちらに手を向けたまま。

 レジィナはユーチャリス同様、無傷。フィリスはダメージは受けているが、さほど影響はない。

 スイフリーとパラサは、壁にぶつかった体勢まま身動きもしない。

 服が焦げているアーチーとグイズノーだが、どちらもかなりのダメージを負って崩れるように倒れている。魔法ダメージがクリティカルしたのだろうか?

 

 センス・オーラでは見るだけでは生死判定まではできないし、精霊は金気を嫌う。

 だから、男性陣は気絶しているだけだと思いたいが、放っておくと最悪な結果になりそうだ。

 

 そんな仲間達の間を通り、ユーチャリスは前へと進む。

 

「――フィリスさん、下がって」

 

 そうして、フィリスを庇うように彼女の前に立った。


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