Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第10話

「パイロンの所に向こうから接触してきたんだ。それで、そいつらを追いかけてここを突き止めたんだ」

 

 少年が、事のあらましを伝える。

 

 家の外をうろうろしていたコリーンを売り飛ばすつもりで声をかけた所、商人の娘とわかり一味は、身代金目的に変えたようで連絡が来たのだという。

 

「ま、箱入り娘だったから、外で遊んでみたかったんじゃね? たぶんだけどさ」

 

「なるほどな。やはり、家の外に出るのに例のコモン・ルーンを使ったんだろう」

 

 少年の説明に頷きつつ、アーチーが言う。

 

「自分達は正面から踏み込むよ。眠りの雲(スリープ・クラウド)で一網打尽にするつもりだ」

 

 魔術師の青年がそう言って杖を構え直した。

 眠りの雲は、速効性の睡眠効果のあるガスを発生させる古代語魔法である。

 

「では、私達は"もしも"に備えて裏に詰めておきます」

 

 スイフリーの言葉に冒険者達は裏口に回ることになった。

 

 

 

 

 

 スラム街は表通りの石畳の道とは違い、土と砂利のむき出しで歩きにくい道である。

 しかも、その路地裏はと言うと日差しが届かないせいか、数日前の雨のぬかるみが乾燥しておらず、泥と石で足元が悪い。

 

 そんな路地裏に面した裏口につくと、すぐに扉が荒々しく開かれた。

 どうやら侵入者に気が付き、慌てて走り出てきたらしい。

 

「くそっ、コッチにも居たのか!」

 

 少女を囲むように身なりの悪い男達が五人、冒険者達に気がつき身構えた。

 

「大丈夫! あたしが助けてあげるね」

 

 少女は以前見た絵姿そっくりで、おそらくコリーンのようだが、男達を押し退けるようにして前に出ると、右手にはめていた指輪をかざす。

 

「《眠りの雲》!!」

 

 指輪が光ると、冒険者達を囲むようにガスが発生した。

 魔術師が使用した魔法であれば、まだ効果はあったであろうが、これは魔術師でもないただの少女が使用したコモン・ルーンである。

 冒険者であればかかるはずもない魔法で、誰にも効果は現れない……はずだった。

 

「わっ! あ…………っ!?」

 

 魔法がかかる直前、ユーチャリスは自分が誘拐犯達に魔法をかける可能性を考えて、冒険者達との位置調整をするために移動していた。

 彼女の魔力の高さから、仲間を巻き込むと間違いなく惨事になるからである。

 

 しかし、おりしも足元はぬかるんで滑りやすく転びやすい状況だった。

 

 運が悪いというのか、それとも悪運が強い故にというのか……このような状況の場合、ユーチャリスの運は大抵悪い方へと転ぶ。

 それはプレイヤーとしての彼女が危惧していたダイス目の極端さが、発揮された瞬間だった。

 

「お、おいっ!?」

 

 ぬかるみに足を取られ、転びそうになった瞬間に発生したガスをもろに吸い込み、そのまま倒れ込みそうになったエルフの魔術師を傍にいたスイフリーはとっさに支えた。転びそうになるのは若干予想はしていたものの、まさかの出来事である。

 

 そう、誰であろう一番魔法に対して抵抗力があるはずのユーチャリスが――――もちろん、そんなことは本人以外にわかる者はいないのだが――――魔術師でもない子供がかけた魔法にかかってしまったのである。

 

 ユーチャリスが眠り込んだせいで二人が動けなくなったことから、隙ができたと判断した彼等は、そこから走り抜けようとした。

 しかし、パラサとアーチーがそれをカバーするように前に立つ。

 結果、逃げ場を失った男達はコリーンの首筋に短剣を突きつけた。

 

「ちょっと、何すんのよ!」

 

「うるせえ、黙って大人しくしろ!」

 

 乱暴に黙らせようとする男達と騒ぐコリーンにフィリスが苦笑しながら、杖を構える。

 

「あたしが本物のスリープ・クラウドを魅せてあげるわ」

 

 詠唱と共に複雑な身振りで魔法陣を空中に描くと、ガスが彼等を包んだ。

 

 驚いた表情のコリーンが魔法への抵抗に成功したのと対照的に、短剣を突きつけた男は眠りに落ちる。その背後にいた男二人は抵抗に成功したものの、残りの二人は眠り込み、支えるものもなかったために、ぬかるんだ地面に倒れこんだ。

 

「うぅ……絶対、捕まらないんだからっ! 《変装》っ」

 

 どうにもならなくなり、困ったコリーンは眠り込んだ男を払うようにして、今度は左手の指輪をかざす。

 指輪が光り、コリーンの姿が変わるが、精神力を使い果たした彼女は気絶してしまった。

 

「とりあえず、お前等は武器を捨てて降伏しろ」

 

 アーチーが剣を突きつけ、降伏を促すと戦意を喪失していた男達は身につけていた武器を投げ捨てる。

 パラサはその男達の間を縫って、気絶したコリーンの側に近寄り、指輪の数を確認してから両手の指輪を外した。

 

「おい……ユーチャリス、いい加減に起きろ!」

 

 周囲の喧騒が一段落した所でスイフリーは、ユーチャリスの肩を揺らし、頬を軽く叩いて起こす。

 

「…………う……っ」

 

 うめく声を上げて目覚めたユーチャリスが、ハッとして起きた。

 至近距離で、呆れ果てた表情を浮かべたスイフリーが彼女を覗き込んでいた。片膝を地面についた状態で、彼女を抱えていたのである。

 意識のない彼女がいくら小柄で華奢とはいえ、一人で抱えるのは辛いはずなのだが、ぬかるんだ地面に捨て置かなかったのは、温情であろうか。

 慌てたユーチャリスは、抱えてくれていたスイフリーの手をやんわりと払い、立ち上がって周囲を見回す。

 

 フィリスは右手に持った杖を肩に乗せてこちらを心配そうに見ており、その隣にはレジィナがいる。

 扉の前には倒れた男が三人。少し離れて、アーチーに剣を突きつけられた男が二人、手を挙げて降伏している。

 その側にはパラサと、気絶したコリーンを介抱するグイズノー。

 

 ユーチャリスは、自分が寝ている間に誘拐事件は解決したことを悟った。

 

「……すみません、まさか素人の魔法にかかってしまうなんて……」

 

 どうにか、それだけ言葉にすると彼女は恥ずかしさで赤くなりながら顔を伏せた。抱えてくれていたスイフリーにも礼と共に謝らないといけないはずだが、羞恥心からそのことを思いつく暇すらない。

 もちろん、折角良くなっていたスイフリーのユーチャリスへの印象が、また悪くなったことにも気がついていない。

 

「まあ……被害が小さくて良かったじゃないですか?」

 

 グイズノーは周囲を見回しながら苦笑してつぶやくと、神聖魔法であるトランスファー・メンタルパワーをコリーンにかけた。

 この魔法は、魔法を使う源とも言える精神力を他者に分け与える魔法で、精神力を使い果たして気絶した対象にかけることで気付けの役割を果たす魔法でもある。

 その魔法により意識を取り戻したコリーンは、堰を切ったように泣き出し、グイズノーはそれをなだめることを余儀なくされた。

 

「おーい! ――――助かった。突入に気づかれて、逃げられたんだ」

 

 盗賊の少年が真っ先に走り寄ってくる。

 その背後から正面から突入したパーティの面々もこちらに向かってきた。

 

「何にせよ、犯人に逃げられなくて何よりだ」

 

 武器を納めて肩をすくめたアーチーがそう言えば、彼等は頷きながら犯人の男達を縛り上げていく。

 その間になんとかコリーンをなだめたグイズノーが、指輪は父の部屋から二つだけ持ち出したこと、他人には渡していないことを聞き出すことができたようだ。

 

 それにしても……と、周囲をもう一度見回したユーチャリスは考える。

 

 これで後はコリーンをパイロンの下へ送り届ければ誘拐事件は解決し、後はそのツテでパイロンへマルキの所在を確認するだけだが、恐らくマルキとの戦いを避けることはできないだろう。

 

 細かいところまで覚えていない、うろ覚えの記憶を彼女は少し恨んだ。特に後半になればなるほどストーリーやキャラクターを覚えていない。

 忘れずに残っているのは前半の……しかも、印象深い部分に集中されているし、後半にある事件で避けたいものがあったはずだがそれがなんだったか思い出せない。

 確か、モケケピロピロ……違う、ワイトだったか、アンデッドが関連するものだったことは覚えている。

 そういえばスイフリーとの組み合わせで将来が楽しみだったファリス神官のクレアはどの辺りで出てくるんだったっけ?

 

 ……とさらに随分と先の事まで思いを馳せ、ユーチャリスの思考はあちらこちらへと飛び、端から見れば相変わらずぼんやりしているようにしか見えなかった。

 

「全く……」

 

 そんな様子にスイフリーはため息をついた。

 

「ユーチャリス、そろそろパイロンの屋敷に行くそうだが?」

 

「え? あ……はい」

 

 なんとも気が抜けた返事を、ユーチャリスはスイフリーに返す。

 

「ちょっと、ユーチャ。本当にぼんやりしてないで、しっかりしなさいな。まだ眠りの雲の効果抜けてないの?」

 

 さすがに見ていられなくなったのか、フィリスが柳眉をひそめた顔でユーチャリスに注意してきた。

 

「い、いえ! 大丈夫ですし、違いますよ!?」

 

 慌てて赤くなって否定してくるユーチャリスを見て『初めて会った時のあのスリを取り押さえた鋭い彼女は幻だったのだろうか』と思いながら、フィリスは仲間たちとパイロンの屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コリーンをパイロン屋敷へ連れてきたところ、待ちかまえていたパイロン本人が階段をかけ降りるようにして玄関に現れ、コリーンを抱きしめた。

 

「おお……! コリーン、無事でよかった……」

 

「うわーん、怖かったよぉ」

 

 人は良さそうだが髪が薄く恰幅が良いパイロンと、娘コリーンの"感動"の対面である。

 パイロンの今は亡き愛妻の残した忘れ形見がコリーンであることを、側に控えた壮年の家令が涙ながらに語り、ありがちなお涙頂戴な茶番を見せられ、そのまま玄関ホールに隣接した大きな応接室に他の冒険者ともども通された。

 そして、改めて魔術師達に紹介されたアーチーやスイフリーがパイロンと交渉を始める。

 

 そんな中、相変わらずユーチャリスは、それらに気も止めず他のことを考えていた。

 

 対マルキ戦は準備を完璧にして挑めば、問題はないはずだがそう簡単に行かないことが目に見えている。

 何故なら、リプレイでは『屋敷の二階にいる』と簡単に記述されていたが、この屋敷の二階というのがネックなのだ。

 

 面識がある貴族や商人の屋敷と似たような間取りのはずと考えると、この屋敷のおおまかな間取りは推測できた。もちろん、何代も続くような名家と呼ばれるような貴族や、敷地面積の広い地方の豪商、そしてエリオルトの屋敷の場合は、二階建てなどではなく一階建ての広い豪邸なため、その間取りはまた別であったが。

 

 階段は玄関ホールにある。もう一カ所階段があるとは思えないので、恐らく階段はあそこにあるだけだろう。一階には応接室の他に厨房や風呂といった水周りとダイニングルーム、それから住み込みの使用人達の部屋などがあるはずで、肝心の二階には主人の書斎や寝室、家族などの部屋、客室があるのがセオリーだ。

蔵書の種類や量によっては保存のためと床にかかる負担から、一階や地下に書斎を作る者もいるがパイロンは商人であるし、二階に書斎があるのは確定のはずだ。 

 

 そして、ネックとなる面倒な理由はここにあった。

 

 客室の数や位置、そしてどの客室にマルキがいるのかということである。

 階段から近い部屋ならいいが、遠い部屋ならば隠密行動は難しくなるし、場所によってはマルキはそのまま外に逃げることができるだろう。

 

 現実になるとなんとも問題が増えるものである。

 そう思考をまとめて、ユーチャリスは何度目かわからないため息を小さくついた。そして意識をパイロンと冒険者達へと向ける。

 

 どうやら、マルキは逃がし賃をとって逃がすという方向で話はまとまりつつあるらしく、コモン・ルーンの買い取りにまで話が進んでいた。

 ユーチャリスの予想通り一つは売れてしまったようだが、コモン・ルーンを取り戻せるのであれば賢者の学院への言い訳も叶う。

 やがて、スイフリーが現在あるコモン・ルーンの引き取りを申し出るとパイロンは快く承諾し、家令に伝え書斎から小さな宝石箱を運ばせてきた。

 

 これはマルキとの戦いは避けられそうだとユーチャリスが少し安心した時だった。

 

「おや? 指輪が足りない……」

 

 パイロンが鍵をあけた箱を覗き込み、怪訝そうにつぶやいた。

 

「ああ、それなら――――」

 

 スイフリーがこれまでの経緯を推測も含めて説明を始める。

 

 雲行きが怪しくなったのはそれからだ。

 説明を聞いているパイロンの顔色が段々青くなったかと思うと、怒りからか赤くなり、ついには怒鳴り声を上げた。

 

「マルキを捕まえてくれ!」

 

 その声が余りにも大きく、側に控えていた家令は思わず目を見開き、冒険者達も驚きで動きが止まった。

 

「そもそも、あいつがこれを持ち込まなければ良かったのだ!」

 

 怒り心頭といった有様でパイロンは身振り荒く吠え、宝石箱を放り投げたせいで箱の中身は床に散らばる。

 

「あちゃー……」

 

「こうなりましたか……」

 

「……仕方ない、捕まえに行くか……」

 

 パラサとグイズノーが頭を抱える中、アーチーは苦い表情で渋々立ち上がった。

 レジィナとフィリスもパイロンが投げた宝石箱の中身を家令とともにかき集め始める。

 

 呆然と硬直したままなのは、エルフ二人である。スイフリーは自分の迂闊な説明のせいでパイロンが怒り始めたようなもので、選択肢を間違えたことに言葉もでない。ユーチャリスは、うろ覚えの記憶の弊害ときちんと話を聞いていなかった自分の行動に後悔していたためである。

 彼女が思考の海に入り込まずに会話に参加するか、せめてこの肝心の部分を覚えていればこの戦いは起こさずにすんだはずなのだ。

 

「何も投げなくてもいいでしょう。物に罪はないわよ」

 

 あわよくば、拾ったものを自分の物に……的な物欲はあるものの、実際にはできないフィリスは拾い上げたネックレスや、ブローチ等を家令に渡しながら呟く。

 

「まあ、それだけ怒ってるってことだよね」

 

 レジィナも苦笑しながら足下の指輪を拾い、手にした指輪を光に透かすようにしげしげと見つめた。

 

「それにしても、結局コモン・ルーンは何が残ってるんだろう? 私にはさっぱりわからない」

 

「ああ、それなら――――こちらとこちらが旦那様がマルキからお買い上げになられたものです」

 

 レジィナの言葉に、家令は赤い小さな石のはめられた指輪を二つ差し出した。

 フィリスがその指輪を受け取り、刻まれた文字を凝視する。

 

「うーん……これはたぶん、カメレオンと……クリエイト・イメージ……? かしら。自信はないけど」

 

「てことは、売れたのは……」

 

「「ライトニング!?」」

 

 顔を見合わせて異口同音でレジィナとフィリスが叫ぶと、扉に手をかけていたアーチーが慌ててきびすを返し、パイロンに詰め寄った。

 

「売却先を教えて下さい!」

 

「うるさい、まずはマルキだ! マルキを捕まえたら、いくらでも教えてやる。殺してもかまわん!」

 

 怒りのために、やや支離滅裂気味のパイロンは声高にそう叫ぶ。

 

「……で、どこにいるんです? 肝心のマルキは?」

 

 先程のレジィナとフィリスの叫びで、スイフリーよりやや早く立ち直ったユーチャリスがパイロンに聞けば、二階の客室だという。

 家令がそれに補足するように階段を上がって、右の廊下奥の突き当たりの部屋であると答えた。

 

「仕方ない。ドアを開けさせて、眠らせれば何とかなるだろう」

 

 ようやく気を取り直したスイフリーがそう提案し、冒険者達は二階へと行こうとするとユーチャリスがそれを止める。

 

「待って下さい。そのまま向かうのは得策ではありません」

 

「ん? 何かあるのか?」

 

 アーチーが扉を開けたまま、困惑した表情でユーチャリスを見る。

 それに彼女は答えず、同じ部屋にいたパイロンに紹介してくれたパーティの魔術師に近づいた。

 

「マルキを捕まえるのを手伝ってくれとはいいません。そのかわり、私達に《カウンター・マジック》と《プロテクション》を掛けていただけませんか?」


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