Below that sky. あの空の下へ   作:月湖

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第1章 干物魔術師の事情
第1話


 突然だが、テーブルトークRPG(TRPG)という卓上ゲームが、日本において世に知られるきっかけになったのは、ロードス島戦記という小説とソード・ワールドRPGというルールが大きいと私は思っている。

 

 この小説とルールについて語る前に、舞台となった世界についても語らねばなるまい。

 舞台となる世界である《フォーセリア》は神々や妖精、精霊達が存在する剣と魔法の冒険ファンタジーな世界で、シェアードワールドとして、様々な作者さんの小説やTRPGの舞台として使われた。

 

 先に述べたロードス島戦記は、このフォーセリア世界の一つの島の出来事で、昨今のエルフイメージの源になったハイエルフのディードリットといえば、ビジュアルと名前だけは知ってる人も多いはずだ。

 そのロードス島の起源はダンジョンズ&ドラゴンズ(D&D)やトンネルズ&トロールズ(T&T)などの海外のTRPG(あれ、D&Dだけだったかな? よく覚えてない)にハウスルールと独自の世界観を足したリプレイから始まっている。

 その後、世界観がかたまって、独自ルールに変わって最終的には小説やアニメなんかで知られるモノになったそうだ。

 

 まあ、これはざっと三十年ちょっと前の話だし、さすがに雑誌連載当初のリプレイなんて読んだことがない。

 それに、私はロードス島戦記はアニメ派だったため、原作小説は詳しく読んだことがないのだ。

 だから、詳しい友人に聞いた話なので間違っているのかもしれないが。

 

 そして、満を持して出た国産初? のTRPGであるソード・ワールドでアレクラスト大陸とその周辺諸島やケイオスランド、クリスタニアシリーズでクリスタニア大陸と王道的な中世ヨーロッパ風ファンタジー世界としては、国内最大級のシェアード・ワールドとしてフォーセリアは発展していった。

 

 そう、ソード・ワールドRPGの発表からバージョンが2.0に上がって舞台世界が変わるまで、実に二十年以上もフォーセリア世界は展開されていた。

 

 だから、フォーセリア関連の書籍だけでも凄まじい数で、小説に漫画、アニメ、各ルールブックにサプリメントと呼ばれる追加ルールにシナリオ集、ワールドガイド、ビジュアルブックとほんと幅広い。

 どれだけ発展していたか分かる話である。

 ソード・ワールド単体でも、何度も家庭用ゲーム化もした上に、小説の一部は設定を少しいじられて、ロードス島戦記のようにアニメ化もしたらしい。

 

 つまり、フォーセリアと言う世界とロードス島戦記、そしてソード・ワールドは、それだけTRPGと言うものを世に広めてくれた素晴らしいものだったのだ。

 

 そういえば、このフォーセリアをパロディしたファイブリアを舞台にしたコクーンワールドとかティルトワールドなんていうシリーズもあったっけ。

 あのシリーズの作者さんの書いたルナル・サーガのシリーズもすごく好きだったなあ。

 七つの月のしろしめす大地……って書き出しだった覚えがある。世界観がちょっと変わってて良かったし、主人公の双子とか登場人物達に華があったし。

 そのせいでTRPGで同人誌まで買ったのってソード・ワールドとガープス・ルナルくらいだったなあ。

 カルシファードの辺りからあまり読まなくなったし、今は発行元も変わってユエル? とか言うのになってるらしいけど、そっちはさっぱりわからないや。

 

 あの小説も元は海外産の汎用TRPGのGURPSを元にしたやつで、ルールブックやリプレイが文庫本で出版されてたんだよね。GURPSは自由度がとても高くて、ルナルだけじゃなく色んなルールサプリメントが出てた。

 その中でも妖怪になって同じ妖怪が起こす事件を解決する日本産のサプリメントの妖魔夜行は面白かったなあ。

 たしか私は刀の付喪神を作ったんだよねえ。だいたい遠距離頭脳労働選ぶ私にしては、珍しい近接脳筋。

 "刀の付喪神"の妖怪とか……某乱舞のアレみたいなイケメンにしなかった(だって性別不明だし)けど、随分と時代先取りしてたな私。

 今はこれ、百鬼夜翔って言うシリーズになっているらしい。舞台の都市が変わったのは知ってるんだけど。

 

 GURPSは当時の文庫本ルールだけじゃ物足りなくなって、未翻訳の魔法やスキルなんかが使いたくてわざわざ原本を取り寄せて、大学の第二言語で英語取ってた連中が中心になって翻訳したりしてさ。後になって完訳版が出版されて、あの苦労は何だったんだって皆でがっくりしたのもいい思い出。

 

 今はルールは第4版にバージョンアップしてるんだっけ?

 

 

 

 …………ハッ

 

 フォーセリアのこと考えていたのに、なんで関係性皆無な別世界の話やGURPSが出てくるの。

 

 考え始めるとあっちこっち思考が飛ぶのは、良くない癖だよね。

 これ、理系には少なくて文系や女性に多いのが特徴らしいけど。

 連想ゲームのように思考と会話が切り替わるから、話していて疲れるって聞いたっけ。

 

 あ……また、変な方向に思考が飛びそうに……修正修正。

 

 フォーセリアだよ、フォーセリア。

 

「――――チャ。ちょっと、ユーチャったら!」

 

 艶やかな長い黒髪をうなじの辺りでまとめた、背が高めで目つきがちょっとキツい女性が長い杖を片手に、空いているもう片方の手で私の右腕を引っ張った。

 

「あ……フィリスさん。ごめんなさい、ちょっと考え事してました」

 

「貴女ねえ……。もう、皆先に行っちゃったじゃない。追いかけないと」

 

 魔術師であるはずの彼女だが、その怪力は素晴らしい物で非力な私は彼女に引っ張られて道を進む羽目になった。

 筋力差が単純計算でも9倍も貴女の方が強いんだから、もう少しいたわりを持ってほしい。とはいっても、ここでステータス差を言ったところで相手に通じるわけがないけれど。

 

 そう、彼女はフォーセリアを舞台にしたソード・ワールド第三部リプレイの良い意味でも悪い意味でも有名だった”バブリーズ”の脳筋魔術師であるフィリスで。

 

 そんな私は、なんか気が付いたら、昔使っていた中二病なマイキャラになっていた、ただのアラフォー干物女で……

 

 ほんと。

 なんでこんなことになってるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

【Below that sky. あの空の下へ】 第1章 干物魔術師の事情

 

 

 

 

 

 

 

 四月の大安吉日。

 独身を共に謳歌していた友人が結婚した。

 

 お相手は三歳年下のイケメンだが、共通の趣味を通じて知り合ったと式の馴れ初め紹介では言われていたが、さすがに十年以上続く某MMORPGだとは、正直に言えなかったんだろうな……と、ちょっと笑ってしまったのは秘密だ。

 初婚なのに、純白のウェディングドレスも白無垢も着ず、お色直しすら無いという地味な人前式のレストラン挙式ではあったが、それはそれで彼女らしかった。

 

 『絶対、結婚しない』と私と話していた彼女だったが、結局は結婚したのだ。

 私の場合は"しない"のではなく"できない"なので、彼女とはそこから違うが、人生どう転ぶかわからない。

 さすがに三十代半ばをとうの昔に過ぎ去り、自他ともに認めるアラフォーともなれば、余程の事情がなければ、結婚して片付いているのが当たり前。むしろ、アラフォーになってからでも結婚できた彼女は、随分と運がいいだろう。

 一応、言わせて貰うがこんな私だって、二十代の頃は普通に恋人はいたし、その中には結婚の約束を交わしていた相手だっていた。

 しかし、色々と紆余曲折の後に、現在の私は潤っていた過去を思いつつ、立派なおひとりさまの干物女の道を歩んでいる。

 

 女房と畳は新しい方がいい、女と茄子は若いが良いなどということわざがある通り、アラフォーはすでにBBAつまり"おばさん"であり、恋愛対象外なのである。

 女には残念なことだけど賞味期限が有るのだ。子供を安全に健康に産める時期はその期限内にしかない。

 

 その考えは女性蔑視だろうって? そんなつもりはないよ。

 一定の年齢を過ぎると"心身共に健康"な子供を望むのは難しくなるんだよね。医学の進歩でその期限は昔よりは長くなってはいるけれど、その期間を賞味期限と私は言ってるだけだ。

 まあ、私みたいに若いうちに子供は望めないって、医者からお墨付き貰ってしまうと賞味期限すら無いけどさ?

 

 

『自分の子が欲しかったんだ……仕方ないだろ』

 

 頭をよぎった言葉がざっくりと心のどこかを抉っていくが、頭を振って散らす。

 ……過去のことは過去のことだ。

 

 

 その賞味期限……言い換えれば、子供の有無を無視できるほど美人だったり、なにか有能であったりするなら対象になるかもしれないが、私のように見た目も能力も普通オブ普通で、決して給料が良いわけでも資産を持っているわけでもない、そのくせ意識高い系やフェミ女子を激怒させそうなこんな女性の賞味期限と結婚観を淡々と思考するなど、自分でも理解できるほど性格が悪くて、様々な事を面倒くさがり、適当に済ませてしまうならまず無理だ。まあ、良くて親の介護とか看取ってもらうためだけに結婚したがるようなのしか、相手にいないだろうしね。

 

 ……この考え自体がすでに何かをこじらせている気がするが、そんなことはないと思いたい。

 

 そんな私の手元にあるのは、その友人が帰り際に渡してきたA4より一回りほど大きい、黒い箱。

 メイクを落とし、シャワーも浴びてスッキリした私は、ビール缶とつまみのスルメを片手にその箱と対面していた。

 二次会・三次会でも呑んだんじゃなかったのかって? それはそれ、これはこれである。

 

 もちろん引き出物はカタログから選ぶタイプのものだったからそれとは別のものだ。

 かなり重く大きなもので、着慣れないパーティドレス姿で持って帰ってくるのは結構疲れた。

 

 振ってみると、カチャカチャと何かがぶつかり合う音がする。

 思い切って箱を開ける。

 

「おわ、懐かしい……!」

 

 そこには、色とりどりの大量のスケルトン六面ダイスが入ったケースと古びた文庫本が数冊。その下には上製本の大きな本。それから、色あせたA4サイズのムック本。

 ソードワールドRPGというTRPG……卓上ゲームのルールブックの旧版と完全版と、ワールド・ガイドたち。

 

 この古いルール達が私達にとってのTRPG、ソード・ワールドRPGだった。

 使うダイスは6面ダイス2個、つまり2D6。サイコロ2個でできるから手軽だ。

 大量にダイスが必要で俗に"ドンブリダイス"とか、"ボックスの蓋でダイスを振らざるを得ない”とか言われるTRPGもあったから、この大量なダイスはそのドンブリダイスをやった時の名残だろう。

 

 ソード・ワールドの舞台は『フォーセリア』と言う世界だ。

 フォーセリアはシェアードワールドで、様々な作者さんの小説やTRPGの舞台として使われた由緒正しい剣と魔法のファンタジー世界。

 そして、ソード・ワールドはそんなフォーセリアが舞台のTRPGの中でも日本で一番普及し、プレイされたTRPGと言っても過言じゃない。

 なにせ二十年も展開し続け、関連書籍だけでも凄まじい数だった。

 でも今では、これらの殆どは絶版になっていて、手に入れるには古本屋を回るかネットオークションで手に入れる他はない。

 まあ、一部リプレイは改装版が発行されてるし、電子書籍って手もある。でも、電子書籍版のルールブックは書籍ページをそのまま画像としたせいで文章検索できなくて、使い勝手が悪すぎなんだけどね。

 

 絶版になっている理由?

 

 とある関連小説の最終巻でフォーセリアの世界の話が終わったことが宣言されたらしい。らしいというのは、私がその巻を読んでないせいだ。

 そして舞台となる世界がフォーセリアから違う世界へ移って、バージョンが2.0に上がり、ルールが変わった。バージョンが変わったそちらは、一切手を付けていないので世界観もルールも説明もできないけれど。

 まあ、新しい世界を展開するためには、古い世界はいらないから、絶版になるのも当たり前だった。

 

 今はTRPGと言えばクトゥルフの呼び声……CoCのリプレイが動画サイト等で人気だし、他にはオーバーロードっていう人気小説のネタ元が元祖TRPGとも言えるD&Dらしいから、ソッチのほうが有名なんだろうけど。

 

 懐かしい本の下には黒のバインダーファイルと、これまた絶版になっている緑の枠のマスタースクリーンが入っていた。マスタースクリーンというのは、ゲームマスターやキーパーがプレイヤーとの間に立てる衝立のようなアレのことである。

 

 結婚した彼女……マスターは、TRPGを遊び始めた当初からずっとゲームマスターをしていた。

 大変なのだから、持ち回りでゲームマスターをやろうといっても、笑って断られたくらいシナリオを作ることが好きだった。

 もっとも、ゲームマスターだけしかやらないのでは、ゲーム経験が足りなくなると、別のゲームルールやキャンペーンシナリオではない、短いセッションでは持ち回りを認めさせたけど。

 そんなマスターは、シナリオが佳境に入ると周囲への注意力が散漫になるのか、コーヒーやお茶などの飲み物をよくテーブルにこぼしていたが、このマスタースクリーンだけは絶対に濡らさないように他の物を差し置いて持ち上げ、死守していたのを思い出す。

 

 ソード・ワールドのマスタースクリーンは実は2種類あって、旧ルールのものは青色の枠。そのまま、ずばりマスタースクリーンとして書店でも販売されていた。そして、後年に完全版対応で発行されたものはゲームマスター・アクセサリーとしてCD-ROM付で売られていて濃い緑色の枠だった。

 よく覚えているなって? どっちも私は自分用にアルバイト代で購入して持っていたから覚えているのだ。

 流石にこの箱にはCD-ROMや青色の枠の物までは入っていなかったが、このマスタースクリーンをとても丁寧に保存していたのだろう。微かに擦り傷があちこちにあるものの、目立った汚れや痛みは殆ど無い。

 

 高校生になったばかりの頃にすでに、雑誌連載で大人気だったソード・ワールド第三部"バブリーズ"のリプレイにハマってTRPGを知り、時間さえあえば遊んだ。

 高校、大学、そして社会人になってからも。

 暇を見つけては気の知れた仲間同士集まって、セッションしたものだ。

 だが、歳を経るにつれて一緒に卓を囲むメンバーは減り、いつしか遊ぶことはなくなった。

 

 時間の流れというものは残酷ではあるが、仕方ないことだ。

 

 アレほどハマっていたものだが、私は社会人になってからPCゲームを初め、その流れでMMORPGにハマり、ついでにマスターもこの道に引きずり込んだ。

 逆にTRPGの各種ルールブックやマスタースクリーン等、重い本の類は引っ越しが重なったこともあって全て処分してしまった。

 他のメンバーも結婚して子供ができたり、仕事の都合で海外や遠くの土地に引っ越していった人、そして全く音信不通になった人、事故で亡くなってしまった人だっている。

 

 今日の式にも、マスターは私以外にも連絡が取れるメンバーを呼んでいたようなのだが、それぞれの事情で来なかった。

 

 マスタースクリーンに紛れて真新しい風景画の……よくみたら、これ例のMMORPGの風景じゃん……ポストカードがあるのでひっくり返してみれば『いらなければ処分して下さい』と言葉少なく書かれていた。

 結婚した後はどうせTRPGは出来ない。だから……ということなのだろう。

 

「本当は私なんかよりも、もっと大切にしてくれるだろう相手に渡したかったんだろうにね……」

 

 式に参加できたのが私しかいなかったから、私に渡した。そんな彼女の心中を思うと、少しやるせない。

 

「あ。……これ、私のキャラじゃん」

 

 マスタースクリーンも退けた箱の底。そこには数枚のクリアファイルがあった。

 そのクリアファイルに丁寧に保存されていたシートの一番上に、とてもとても長かったキャンペーンシナリオで使った自分のキャラクターシートがあった。

 

 キャラクターシート自体は公式のものではなく、とある同人サークルさんがコミケで頒布していたB4サイズのかなり大きなものだ。

 非公式のシートだが使いやすさは段違いで、二つ折りにして使っても戦闘に必要な情報が集約されて使用可能というなかなか素晴らしい一品だった。

 

「……ここ十年以上、紙のシートなんて触ってなかったな。MMORPG専門になっちゃってたし……」

 

 このシートは何代目のだろう。確か初代のはマスターがコーヒーをこぼしてダメにして、二代目は精神力と生命力の消費部分に消しゴムをかけすぎて擦り切れて、三代目は誰かのお茶(あれ、やっぱりマスターが原因?)でだめになった気がするから……四代目か五代目?

 

 最終的には、余りにもレベルが高くなりすぎてしまった上、世界を滅ぼせそうな人々(正確には()ではない)との繋がりができてしまったため、そのキャンペーンに参加していたキャラクターはNPCにしようか? と参加者全員で話し合って決め、マスターに渡したのだ。

 

 もうそのキャラクターについては記憶が割と曖昧になっているけれど、若気の至りか厨二病設定全開だったはずと苦笑しつつ、それを眺めた。

 

 シートの中央のイメージイラストの部分には、極細ボールペンとマーカー塗りとは思えないほど繊細なタッチで描かれた銀の長い髪と緑の瞳、そして耳が少し長く尖った美少女がそこに微笑んでいる。

 

 このイラストは、今では漫画家になった仲間が描いてくれたものだ。

 まだ洗練されていない頃の手描きイラストだから、ファンにとってはプレミアものになるんだろうか。

 地元の田舎から東京に住まいを移した彼とはもう何年も連絡を取っていない。マスターの結婚式にも祝電だけで来ていなかったし、忙しいんだろうなあ。

 

 種族は取り替え子のエルフで年齢が38歳。

 え……よりによって、種族が取り替え子のエルフ?

 

 ソード・ワールドでは、人間の他にもプレイヤーキャラクターとして選べる種族が何種類かある。

 一般的なファンタジーに付き物のエルフやハーフエルフ、ドワーフ。それから、グラスランナーと呼ばれる人間の背丈の半分くらいの小人族。そして、取り替え子……チェンジリング。

 

 チェンジリングというのは、人間の両親の元に超低確率で生まれる違う種族のことを指し、表記は取り替え子の○○と表記して、能力値は○○に表記された種族のものになる。○○の部分はソード・ワールドにおいてはエルフかハーフエルフ限定。たぶん、隔世遺伝で生まれるから、混血のしやすさが他の種族と段違いに高いからなんだと思う。

 そして、実際のヨーロッパの民話のチェンジリング(妖精が人間の子供をさらった後に置いていく妖精の子供)が元になっているために、世間からは忌み嫌われるという設定を持っている。

 そんな超低確率な上に忌み嫌われるという設定から、使用するにはゲームマスターの許可がいるので普通のセッションやコンベンション等では使用はほぼ不可だ。

 

 エルフは、耳が長く尖っていて長身痩躯で長命な美形という、世間に流布するイメージそのままの種族だ。まあ、そのイメージも元を正せば、ロードス島の某ハイエルフだったから仕方ないけど。

 人間よりも器用で俊敏、そして魔法関連の能力値が高い。もちろん、生命力や筋力のようにかなり低い物もあるけれど。

 そんなエルフの外見成長速度は人間と変わらない。でも、フォーセリアの人間の成人年齢が十五歳に対して、彼等の成人年齢は百歳だ。

 その理由は寿命が千年もあり、死期が訪れると急激に老化するけれど、それまではずっと全盛期とも言える十代後半から二十代前後の若い姿のままなせいだ。だから、エルフの中で育つと精神の成長も遅く、外見こそ成人していても中身は子供のままということらしい。

 ちなみにフォーセリア世界のエルフの王族とも言えるハイエルフともなれば寿命はほぼ無い。まあ、ソード・ワールドではプレイヤーキャラとして選べないんだけどね。

 

 でもって……チェンジリングの話に戻るけど、取り替え子のエルフの場合、人間に育てられるので精神の成長は人間と変わらない。だから、成人年齢も人間と同じ扱いだ。

 

 つまり、このキャラクターの精神は年齢通り、アラフォーなのである。

 ひっそりと親近感が湧くけれど、何故普通のエルフを選ばなかったのか当時の私。

 能力値はチェンジリングでも普通のエルフでも変わらないはずだよね? と思いながら、ステータスを確認する。

 

 え。器用値14って低くない? 人間の平均値じゃない。

 でも、同じダイス目が影響する敏捷性は19……って、ああ。その下の知力が24だから、こっちの出目が良かったのね。

 筋力が2、生命力11はエルフだし、まあ、こんなもんだよね。

 ……あれっ、精神力も24? 精神力、エルフだと素のダイス目じゃ24にならなかったよね。少し低い22とかその辺りが限界だったはず……ああ、ダイス目はやっぱりそうだ。ってことは、精神抵抗ボーナスがキリが良くなるように、精神力だけ経験点で成長させたのか。精神力上げる前に生命力上げとけよ私……後1あげとけば生命抵抗ボーナスも上がったじゃん。そっちのが重要だろうに。

 

 無駄に尖った能力値に変な笑いが浮かんだ。

 

 そうそう、この偏ったダイス目の時点で自分の変な才能に気がつくべきだっだったんだよねー。

 ここぞ! と言うときによく出る出目は、自動的成功か自動的失敗。1ゾロ6ゾロ率が、とんでもなかったのだ。

 ダチョ○倶楽部ではないが「やるなよ。絶対にやるなよ!」っていうときに限って、これは確実に発動する。そのせいで仲間や重要NPCを殺してしまったこともあれば、自分が死んだり死にかけたりすることさえ多々あった。

 ちなみに、これがガープスの時はクリティカルとファンブルがよく出るというとんだゲームマスター泣かせでもあった。

 ……誓って言うがダイスに細工なんてしていないし、仲間に借りたダイスで振ってもそんな感じなので、博打率が高すぎて、マスターに『アンタを基準にするとシナリオがヤバイ』と泣かれたことがあったくらい。

 「ダイスの神様に弄ばれる者」なんて、仲間内から呼ばれていたし……ふと思い出した黒歴史に、更に遠い目になった。

 

 持ってる技能は、ソーサラー9、セージ9、バード3、プリースト6、シャーマン4。

 ソード・ワールドにおいて技能のレベル限界は10レベルだ。

 一応、ソード・ワールド版のロードス島ワールドガイド? だったかなそのサプリメントに特殊ルールとして、超英雄レベルとか英雄ポイントなんてものも存在はしているけれど、基本的にその特殊ルールはGMの認可がいるしNPC用だと思う。だから、プレイヤーにはあまり関係ない。

 

 ソーサラーとセージが同じ9レベルで一番高いのは、これがメイン技能だったからわかる。

 バードは多分、初期の頃に話せる言語を増やすためについでに取ったのだと思う。

 共通語と出身である東方語だけじゃなく、西方語、エルフ語、ドワーフ語と全部会話だけでなく読解までできるようになってる。モンスター用の言語はその後にセージ技能で取ったのかな。結構珍しいモンスター言語もとってる……。

 その上、更にプリーストとシャーマンまで持ってたのか……経験値を魔法に割り振り過ぎだ私。

 

 古代語魔法を使うソーサラーは一番経験値がかかる。

 例えば、ソーサラー3レベル分の経験値を他のクラスに注ぎ込んだとすると、プリーストなら大体5レベルくらい、シャーマンなら4レベル分くらいだろうか。あくまで換算だし、低レベルのうちは大して変わらないんだけど。

 ファイターやシーフとプリーストの必要経験値が同じで、シャーマンはもう少し経験値がいるって感じで考えて貰えると大体感じがつかめるだろうか。

 つまり、それだけソーサラーの必要経験値はとんでもないということ。

 そして、キャラクターのレベルは一番高い技能のレベルと同じだから、経験値ばっかり食う技能を何種類も持つなんて経験値の無駄に近い。

 

 種族や技能は参加者同士で相談して決めたから、百歩譲ってチェンジリングのソーサラーでも良いけど、なんでプリーストとシャーマンまで持ってるんだろう。

 確か、神官戦士二人と……精霊使いの彼がいたのに。

 思わず、ファイルのシートをめくっていけば、程なく仲間のキャラクターシートが見つかった。

 

 名前を見るだけで、すぐに各キャラクターそれぞれの設定を思い出せる。

 ……忘れていると思っていたけど、青春時代の思い出なだけに覚えていたみたい。

 精霊使いの彼は、ハーフエルフだ。私とは逆にエルフ育ちで、種族の所にもエルフ育ちと記入している。

 ソード・ワールドでは、エルフは神を信仰しない。だから、エルフに育てられたハーフエルフもこの決まりに縛られる。

 

 ここまで思い出して、天啓のように納得した。

 ああ、そっか。神聖語魔法を取りたいから、だから私はチェンジリングにしたのか。

 チェンジリングは精神性が人間のそれだから、神も信仰する。つまり、プリースト技能を取得するために、当時の私はチェンジリングを選んだらしい。

 許可を出したのはマスターだし、今更だけど、なんというルールの隙を突いたキャラメイクだ。 

 ほんとに厨二病患ってたな、私……と、少し放心気味になりながら、他のシートを眺める。思い入れも大きくて、懐かしさが募る。

 丁度、缶ビールも空になり、少し飲みすぎた気はするものの、フワフワとした酩酊感が心地いい。

 

 折角だから、次の引っ越しまでこのまま持ち続けていようかな。

 私はそう思いながら箱の中身を丁寧に戻して、それをベッドの側にある本棚の上に置き、いつものように眠りについた。

 

 

 

 

 ――――そう、この時まで私はいつもの自分の部屋に居たはずだった。


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