彼はスマホ依存症《重症》 作:スマホ次郎
目を開いたとき、一番に視界に入ってきたのは生い茂る木の葉。そして差し込む木漏れ日に、その先の覗く空。
起き上がり辺りを見回すところ、建物は見あたらず広大な自然のみが広がっていた。
澄んだ青空に、ゆるやかに流れていく雲。切り立った山々と、果てなき草原。
一見田舎の風景だけど、このときの僕の目にはどこか神秘的に映り、そこが異世界なんだと直感した。
何もないド田舎というよりは、手付かずの自然と言った方がぴったりだ。
「本当に、異世界に来ちゃったんだな……」
僕はポケットからスマホを取り出す。電源を入れれば無事液晶にホーム画面が映し出された。
「お、電波も来てるし充電も満タン。これなら問題なさそうだ!」
3ちゃんにTvvitter、検索機能、アプリ、インターネットを使用する機能は無事作動する。いつものようにスマホを操作していると、一つ問題に直面する。
ただ一つ、地図機能が使えない。
圏外? そっかGPSを関知する大元は元いた世界にしかないんだよな……。
多少の苛立ちを覚えたそのとき、スマホから着信音が鳴った。
着信名『神様』。
登録した覚えがない相手だ。切っちゃおうかと思ったけど、神様を自称する老人なら心当たりはあったし不都合もあったので通話を押した。
「もしもし」
『おお、繋がった繋がった。無事着いたようじゃな』
「はい一応」
『うむ。スマホも問題ないかの? 君の望みどおりになっていると思うのじゃが』
「それなんですけど、地図機能が使えないんです。これってスマホの機能ですよね? スマホの機能に欠落があるんじゃ望みが叶ったとは言えないと思うんですけど」
『……そう責めるでない。よしわかった。地図やその他機能、儂が少しいじっておこう。今後も異常があったら連絡するがよい。儂の番号は登録しておいたからの。……本当に、君には悪いことをしたとは思っとるんじゃよ』
言い終えた数秒後、地図が無事機動しこの一体らしき画像が表示された。
「ありがとうございます! 今のところそれ以外は大丈夫です」
『うむ。ではまた、何かあったら連絡を寄越すがよい』
初対面こそボケた爺だったけど、思ったより話せる人みたいだ。スマホに迅雷を落としたことはちゃんと悪かったと思ってるみたいだし……少し印象が変わったなあ。
地図で確認すれば、近くに町があることがわかったのでとりあえずそこへ向かうことにした。
決して近くはない距離だったけど、スマホがあれば道中の暇つぶしには困らない。ブックマークしたサイトやスレのチェックをしていれば時間はあっという間だ。
道中馬車が後ろから迫ってくるということがあったが、そこは僕の秘技『ながらスマホ』。スマホとの付き合いの長い僕ならスマホを弄りながらでもある程度周囲を察知できる。
画面を見つめたままでも、なんとなく避けることができる。
ついでに僕の『歩きスマホ』は普通に歩くよりも断然速い。
気づけば目の前には洋風の町があった。いつの間にか目的地にたどり着いていたようだ。
町に着いたのはいいものの、特に目的がなかった。いきなり異世界に連れてこられても、目標なんてないしなぁ。
「──約束が違うわ!」
適当にぶらぶら歩いていると、路地から女の人の声が聞こえた。
覗いて見れば、ガラの悪い男二人、少女が二人。
「代金は金貨一枚だったはずよ!」
「見ろ、ここに傷があるだろ? だから銀貨なのさ」
男が少女に謎の突起物を見せつけ、そして銀貨を床に投げた。
「たったの一枚!? そんな小さな傷、キズモノのうちに入らないわよ!」
「お姉ちゃん……」
気の強そうな子が声を上げ、妹らしき気の弱そうな子が心配する。
どうやら何かの商談のようだ。
上手くいっていないようで、察するに女の子が売ったものに男たちがけちをつけているところだろう。
「もういい、お金はいらない。その角を返して貰うわ」
「おっと、そうはいかねえ!」
「もうこれはこっちのもんだ!」
少し言い争ったあとに、男たちはなんとナイフを取り出した。
女の子たちが僅かにたじろぐ。男たちはまだあくまで脅しのようで、襲いかかる素振りはない。
状況的に男側が悪いと見た。手のスマホを見る。文明の利器、スマホがあればなんだってできるはずだ。
確信した僕はできるだけ足音を殺し、男に近づいた。
「あの~すいません」
「うおっ!? なんだ、お前急に……」
「今取り込んでんだ後に……」
「二人とも、ちょっと
慌てる男たちに促したのは、スマホの背面。その上端にある丸いレンズ。
──そして僕は、カメラのシャッターを押した。
「ぐああああああ!! 目があああああああ!!!」
「テメェ何を……」
「これは返して貰うよ!」
男たちが目を押さえた隙を見て突起物(角?)を奪い取る。
「さあそこの二人、逃げよう!」
「えっ、えっ!?」
「早く!」
逃げるように言うも、二人は状況が飲み込めていないようで動かない。
目がまだ見えていないであろう男がナイフを振りかぶる。
「テメェ! いきなり現れて何勝手なこと──」
考えが甘かった。少し後悔を覚えたそのとき。
「はぁっ」
気の強そうな女の子が男にカウンターを決め、拳一発で殴り倒してしまった。
「商品を持ってないならこっちのもんよ。いっとくけど先にやったのはそっちだから正当防衛だからね!」
「お姉ちゃん……」
勝ち誇った少女に苦笑い。僕が心配するまでもなかったみたいだ。
「はい。角だっけ? なんか余計なことしちゃったみたいだね」
「ううん。そんあことないわ。あなたのおかげで角も無事だし、ありがとう」
「あ、ありがとうございます」
女の子たちは姉妹で、それぞれエルゼ、リンゼと名乗った。
強気な方が姉、エルゼ。弱気な方が妹、リンゼ。僕も名乗り互いに自己紹介を済ませた。
「さっきの光ってなんですか?」
お礼もしたい、ということで場所を変える道すがら、リンゼが話題を出した。
「ああ、あれは……」
説明しようとして止まる。この世界はスマホがない世界だから……何て説明すればいいんだろう。
「そうだ、魔法だよ。光魔法。まあ、町中だから威力を抑えて目くらましにしたんだけど」
「へえ、冬夜さんは光魔法の適正があるんですね! 私は火と水があるんですけど、光はないんで尊敬します!」
火と水が使えるんだ。そう言えば神様が僕にも魔法が使えるって言ってたけど、実際なんの属性が使えるんだろう。
「ねえ、その魔法なんだけどさ、その適正? って確かめられるのかな? 僕最近光魔法が使えるってわかったばかりでさ」
嘘は言っていない。今さっき使えることにしたから。
「そうだったの。ならリンゼに教えて貰うといいわ。この子、私と違って頭がいいから」
「助かるよ」
「私でよければ……」
町の休憩スペースに腰を落ち着けると、リンゼが魔法の属性と適正について説明をした。
「で、その適正を調べるのが……はい、この魔石です!」
リンゼが取り出したのは七色の石。なんか似たようなのをどこか見たことがあるぞ……そうだ、Zクリスタルだ。
「この魔石は魔力を増幅、蓄積、放出できるんです。たとえば……」
リンゼが石に魔力を込めるなり、石から水が吹き出した。
次にエルゼが魔力を込めるのだが、何も起こらない。
「こうやって、適正があれば魔法が発動するんです」
「へえ。覚えてるタイプのわざがないとZ技が使えないみたいな感じだね」
「適正は人それぞれなので、私は水が使えてもお姉ちゃんは使えません。ですが代わりにお姉ちゃんは身体強化の魔法が使えて私には使えないんです」
水属性の魔石を渡され、試しに魔力を込めてみる。
「水見式みたいだ」
内心わくわくしていた僕だったが、残念ながら反応はなかった。リンゼに違う色の石を渡され、魔力を込めてみるものの反応はない。光属性以外の六色が反応を示さなかった。
がっかりだ。がっかりだ。大事なことだから二回。
「冬夜さんは……光属性しかないみたいですね。念のため光属性の魔石も試してみますか?」
「いやいいや。残念だなぁ、リンゼみたいに複数の属性があったらよかったのに」
話を逸らす。光属性の石もしかすれば反応しないのかもしれないし。
「さて、冬夜にお礼をするって話だったけど、どうしようかしら」
「冬夜さん、何か困ってることとかないですか?」
「困ってることなんて……ああそうだ、実はさ、僕旅を始めたばっかりでこのへんのことよくわかってないんだよね。町のこととか、そもそもここでの生活の仕方も決まってなくってさ」
「あ、そうなんですね。あんな状況で助けてくれたので、私はてっきり、冬夜さんは熟練の冒険者なのかと」
「いやいやないない。この服装見てよ。地元の生活着のままだよ。
でさ、情けないことにお金もろくになくってさ、何か仕事を探したいんだけど……」
そう考えると困ってることはたくさんあった。普段着のまま異世界に放り出された僕はポケットのイヤホンと財布、そしてこのスマホくらいしか持ちあわせていない。
神様は何を悪いと思って僕をこんなところに放り出したんだろう。
「それならちょうどいいわ! 私たちそのうちギルドに行こうと思ってたの。これから一緒に行きましょう。ギルドに登録すれば仕事も探しやすいわ」
「私たちもまだ登録してないんです。登録しなくても別に仕事は探せないこともないんですが、さっきみたいな悪い相手にも会ってしまうんで……。ギルドの紹介なら信用できますし、落ち着いたら行こうと思ってたところなんです」
「じゃあお礼っていうことでさ、案内して欲しいな」
こうして、三人でギルドへ向かった。
普段三人称で書いているので、一人称には不慣れです。