彼はスマホ依存症《重症》 作:スマホ次郎
スマートフォン。略してスマホ。粋に略せばスマフォ。
それは人類の生み出した文明の利器。叡智の結晶。
通話に文通、写真撮影、音楽や動画の視聴からゲームまで、手のひらサイズのそれ一台で様々なことができる。
現代社会においてスマホは必要不可欠であり必需品。全世界共通のハイパーマルチデバイス、それがスマホ。
日本のスマホ普及率はおよそ5割、世帯で見れば7割という半数以上の数値を出しており、それがスマホ依存症という社会現象まで起こしているのだからすさまじいものだ。
視力の低下や歩きスマホによる被害も多々あるが、それでも批判されないのはリスクよりも利便性の方が高いからだ。
昨今では身近に親しまれているスマホだが、その成り立ちと言えば全身である携帯電話、いやもっと遡って第二次世界大戦にアメリカ軍に用いられた携帯型双方向無線機『Waikie Talkie』だろうか。
日本で言えば1970年に日本万国博覧会の電気通信館で展示されたワイヤレスフォン。しかしこれまた500kgを越える質量を持つので携帯するには些か難しいだろう。
であればやはり、1985年に発売された『ショルダーホン』こそが携帯電話の起源だろうか。それは名前のとおり、肩に掛けて持ち運ぶ電話で重さも約3kg。だいたい150g程度の現在のスマートフォンと比べてしまうと20倍と遙かに重く感じるが、これでも家の外で電話が出来るというのは革新的だ。
そして1987年には手で持てるハンディタイプのものになり900gほど。1990年にはテレビのリモコンほどの今でも工場等で使われているものによく似た形状となり、1997年で今のメール機能であるショートメールが実装、1999年で液晶がカラーになる。
2000年に馴染み深いカメラ機能が取り付けられたものが販売され。2002年には携帯電話で撮った画像がメールに添付できるようになる。2004年におサイフケータイ、2006年でこれまた馴染みの『Suika』とテレビ視聴『ワンセグ』が追加された。
そしてその裏で、スマートフォンは開発されていた。
1993年にアメリカでPDAこと携帯情報端末が発売された。この段階ではまだモノクロ液晶をタッチペンで操作するタイプであり、現在の形にはまだ及ばない。
そこからはさらに形が迷走していくので少々割愛して2008年。日本ではソフトバンクモバイルより『iPhone』が発売され、2009年にドコモがAndroid搭載のスマートフォンを販売。
この段階ではもう現代のスマホとそう大差ない外見だろう。カラー液晶で指圧感知、機能とまだ造形に余分はあるがイメージしうるスマートフォンに許容されるだろう。
ちなみに小中学校に携帯の所持が禁止されたのはこの頃のことだ。
そして次々にPDAの機能を追加し、無駄なボタンを削減しスリムになり現在に至る。
ここまで携帯電話とスマートフォンを同列に語ってきたが、しかし2つは系譜は違えずとも実態は別物と言っていいだろう。
そもそもスマートフォンは無線通信機としての携帯電話と、超小型パソコンとしてのPDAを1つにしたものと言える。
だからもっと根本的な部分、OSの話からしなければいけないのだが割愛だ。
強引にまとめればそう、携帯電話はあくまで『電話』に過ぎず、スマートフォンはどちらかと言えばパソコンの派生に近いのだ。通話機能付き小型廉価パソコン、と言ったところか。
まあ、実際のところ携帯電話とスマートフォンに明確な定義はないとする場合もあるのでこれがまた非常に曖昧であるため、その線引きは受け取り手に委ねられ各々の判断に任せられることとなる。
「──と言うわけで、お前さんは死んでしまった」
掻い摘まみつつも長々と列挙してきた次第だが、これもすべてスマホで調べれば簡単に出てくる情報だ。
情報化社会とは全くよく言ったもので、そのとおり、『情報』に特化した携帯端末であるところのスマートフォンの利便さが伝わることだろう。
現代人が手放さなくなっていくのは必然であるのも頷ける。
そうして生まれる言葉が『スマホ依存症』。文字通りスマホに依存した人を揶揄するものだが、これも仕方のないこと、避けられぬ定めであり、人類は後に総じてそう呼ばれることとなるだろう。
「ちょっとした手違いで、迅雷を下界に落としてしまった。本当に申し訳ない」
ここでふと、顔を上げると目の前に老人がいることに気がつく。
少しの間、誰かの話声が聞こえていたがどうやらこの人のものだったらしい。何のことかわからないが、こちらに頭を下げている。
「まさか落ちた先に人がいるとは」
「はぁ」
空返事をすると今見ていたページを消し、何気なく『死 迅雷』で検索。するとそこに表示されたのは、検索に失敗した表記と圏外の表示だけだった。
圏外……どういうことだろう?
周りを見渡せば、そこには広大な雲海が広がっていた。遙か上空、飛行機にでも乗らなければ見られないような景色だった。そしてその中で異色なのが、僕が座っているここが畳であり、ちゃぶ台を挟んで老人と二人きりということだった。
とっさにスマホのGPSをオンにするが、圏外なのだから繋がらない。
「えっと……もちづき……」
「? ……とうや。望月冬夜ですけど」
「そうそう、望月冬夜君」
どうやら名前を知っていたみたいだけど、一体なんなんだろう。スマホの圏外といい、この状況といい、わからないことが多すぎる。
「しかし君は落ち着いてるのう。死んだと言われたら、もっとこう……慌てたりするもんだと思っていたが、さっきからスマホ見てばっかだし……」
「は……?」
今この老人はなんて言ったんだろう。死んだ? 確かにそう言ったような。そう言えばさっき迅雷に当たって死んだって言ってたっけ。それも、手違いで、まさか落ちた先人がいるとはとかなんとか……。
「しかしのう、いくらなんでも人が話しているときにスマホは関心せんの」
そこでようやく僕は自分の置かれた状況を理解した。
こみ上げた感情に合わせ、息を吸い込む。
「……ふ」
「ふ?」
「ふざけないでください!!」
「えぇ……」
ちゃぶ台を力任せ叩きつけると立ち上がり、そして老人の胸ぐらを掴む。
「ふざけないでください! 手違い? 迅雷を落とした? まさか人がいるとは思わなかった!? そんな理由で死んで納得できますか普通! 第一、それってもう僕の人生終わりってことですか!? どうしてくれるんですか、このスマホだって、もう圏外のまま使えないって言うんですか!?」
「お、お、落ち着きなさい。儂も悪いと思っとる。だからすぐに生き返らせよう」
「は? あ、はぁ。えっと……はい。ならいいんですけど」
そうならそうと早く言ってくれればいいのに。脅かさないで欲しい。
僕は老人から手を離すと胸をなで下ろした。
「ただのぉ、元いた世界に生き返らせる訳にはいかんのじゃよ」
「はい?」
「そういうルールでな。別の世界で蘇って貰いたい」
「は?」
僕にはこの老人の言っている意味がわからなかった。
昔、じいちゃんが人の過ちを許せる人間になれって言ってたけど、これは許しちゃいけないことだと思う。
「その世界ってどんな世界なんです……? 日本と何か違うんですか? スマホは使えないんですか?」
「すまんのぉ、君の転成先は科学の発展していない世界なんじゃ。科学に変わって魔法。魔法の使える世界じゃ。そのスマホは……残念ながら、造られていないじゃろうな」
僕にはこの爺が何をほざいているのか理解できなかった。
「人を手違いで殺しておいてその言い草ですか!?」
「お、おおっと、ま、待ちなさい。わかっとる、悪いのは儂じゃ。だから、何か罪滅ぼしをさせてくれんかの? 君の望みを聞きたい」
「罪滅ぼし? 望み?」
ならこの爺が死んで償うのはどうだろうか。
しかし言い留まる。それは本当に僕の望みだろうか?
いいや、違う。僕の望みと言えば──
「じゃあ、その世界でもスマホを使えるようにしてください。それが僕の、唯一の望みです」
「えぇ……」
「できないんですか?」
文明の利器を手放すなんて僕には耐えられない。今にもスマホを使用不可能にしたこの爺に対しての怒りが止まないんだ。そんな僕がスマホを完全に手放すことになったら……とても生きては行けないだろう。
「い、いや、できるとも。しかし見るだけ読むだけ、君からの直接干渉はできん。通話やメール、書き込み関係は……」
「は? できないんですか? 僕、あなたの手違いで死んでるんですよね……?」
「わ、わかった。わかったから、もうなんでもするがよい……」
「充電については? 科学が発展してない世界ですが──充電できないなんてことはありませんよね?」
「それは君の、魔力で充電できるようにしよう。それでよいな?」
「わかりました。ということは僕にも魔力があるんですね? そしていずれ魔法が使えると」
「そうじゃ」
「じゃあそれに加えて……」
「まだあるのか」
「そんな世界じゃ壊れたときに直せる人も業者もないですよね? だからこれ、壊れないようにしてください」
そして僕という『スマホ依存症』患者の──第二の人生が、始まる。
ああ分かったよ! 書いてやるよ! どうせ誰も書かねえんだ! 書きゃいいんだろ!
途中にどんな地獄が待っていようとスマホを……スマホ太郎を俺が書いてやるよ!