どうしても上手くいかない。
これまでの実戦の経験、ゲームの知識と経験から何とか誤魔化してきたが、さすがにそろそろ限界だ。
今使っている28型ガットはランク4。そして今僕とソーマが当たることになっている特務は危険度5から6。
危険度5まではまだなんとか出来た。たまに一撃で体力をごっそり持っていかれて落ちることはあっても、ほとんど稀な程度だった。
それが最近では、危険度6でほとんどが同時討伐のミッションばかりだ。当然、乱戦になりやすいなんてものじゃない。大した音じゃなくてもすぐに気付かれる。クアドリガやコンゴウといった、聴覚の優れたアラガミは当然として、シユウやグボロ、ヴァジュラやボルグ・カムランあたりもすぐに寄ってくる。
そうすると、シールドのあるソーマはともかく、ブラストオンリーの僕はアラガミの移動やその場での身動ぎでも体力が減る。地味に痛い。
じゃあ武器を強化すればいい。そういう結論になる訳だが、28型ガットを強化するには堕鳥砲、堕猿面、堕龍角が必要になる。
そして特務では、
初めは偶然かと思っていたが、クアドリガ堕天やマータとは既に戦っている。やはり意図的に避けられていると見るのが自然だろう。
ただひとつ分からないのは、何故それらだけ避けられているのか、だ。当然なんらかの理由があるのだろうが…。そのせいでこちらは深刻に悩む事になっている。文句のひとつも言いたくなるものだ。
そんな風に考え事をしていたからか、エレベーターから出てきた人と軽く肩がぶつかった。
「っ…と、すまない」
「…あん?」
顔を上げて見てみると、カレルとシュンだった。今の感じからして、シュンにぶつかってしまったようだ。
カレルは僕よりも背が高い。逆にシュンは僕よりも小さいので、シュンを見ると自然、少し下を見る形になる。
「おいおいエリック、まさかぶつかってきてそれだけじゃないよな?」
シュンが胡乱げな顔をして少しこちらを見上げて言う。この二人は僕とは合わないから、あまり長々と対応したくない。なんていうか、自分勝手なところがあるのだ。
だからこういったことを言うし、平気でする。シュンに至ってはノルンのデータベースにすら協調性に難がある、と書かれていた。だから嫌いなんだ…。
特に言うこともなかった上に、今僕はあまり機嫌がいい訳じゃない。だから黙って眉をひそめていたが、シュンはそんな対応が気に入らなかったのか、吐き捨てるように言った。
「はっ、だんまりかよ」
「そういやエリックよぉ。最近忙しいみたいじゃねえか。なあ?
けどおかしいなー、お前最近全っ然討伐数増えてなかったよな?なにしに行ってんだ?ピクニックか?」
隣に居たカレルが、ここぞと調子に乗って喋り始めた。人の討伐数を眺めている暇があれば、ミッションに行けば良いだろうに。そう思う。
「ははっ、ピクニックか!そりゃいいな!
あれだろ?怖ーい大型犬に追いかけられて、助けてーって情けない声をあげながら惨めに逃げ回ってんだ!」
「はははっ、そうそう!無様な姿を晒してよお!」
ギャハハハ、なんて品のない笑い声をあげながら話している二人。もうこれ以上付き合うのはごめんだ。
「…用件はそれだけかい」
そう言うと、馬鹿みたいに笑っていた二人がこちらを見た。水を差されたと言いたげな表情だが、不愉快なのはこっちだ。さすがに我慢の限界だ。
すると、突然カレルがニヤリと笑ってこちらを見た。何だ。
「おっと、もう少しくらいいいじゃねえか。なあ?お兄ちゃん?」
カレルがそう言うと、シュンがカレルに聞き返した。
「お兄ちゃん?」
「ああ。なあエリック?お前さん、かわいいかわいい妹が居るんだろ?」
ニヤニヤと。悪意をむき出しにした嘲りの表情でカレルが言う。するとシュンは何か思いついた、とでも言いたげな表情をした。
「エリックの妹か。そりゃ、さぞかしかわいそうになぁ…。
なんてったって、こんな情けない兄貴がいるんだからよ!」
「いやいや、わかんねえぜ?もしかしたら、妹さんはそれ以上かもしれねえからな」
「あー!さすがカレル、あったまいいな!
エリック以上に惨めに泣き叫ぶのか!お兄ちゃーん、ってなぁ!ハハハハハハッ!」
視界が赤く染まる。
気付いた時にはシュンの胸ぐらを掴み上げて、持ち上げていた。
「がっ…!」
「…僕のことはどれだけ言われても構わない。
だけど。それ以上、妹のことを悪く言うのは止めて貰おうか…!」
シュンの足は既に地面についておらず、僕の右手を引き剥がそうと躍起になっている。
今の僕の手を、そう簡単に剥がせると思うなよ…!
「離せよ…っ!」
シュンがジタバタしている。その憎々しげにこちらをみるシュンの顔を、僕は睨み付けた。
すると、さすがに慌てたのか、カレルがこちらをなだめるようにゆっくりと寄ってきた。
「あー、すまんエリック。悪かったよ。
とりあえず、シュンを離してやってくれ」
カレルの表情はヘラヘラっとしたもので、実に彼の言葉の薄っぺらさが伝わってくる。
「君は黙っていてくれないか」
カレルの方を一瞥するが、すぐにシュンに視線を戻した。まだ僕は、彼から妹のことを悪く言わないと言われていない。
「くっ…そが…」
心底不快そうにこちらを見るシュンだが、彼の顔を見るたびにこちらは腹の底から怒りがわいてくる。
以前の時にタツミに言われているし、頭では抑えろと、抑えないといけないとわかっているが、それでもやはり手に力がこもる。
「…悪かった!もう言わねえよ!だからさっさと下ろせってんだ!」
ドン、と突き飛ばすように手を離す。ドスッ、という音と共に、シュンが倒れるようにして座りこんだ。
「ってぇ…」
「さっきから騒がしいけど、一体何してるの?」
涼やかな声が後ろから聞こえて僅かに驚いた。後ろを振り向くと、サクヤさんが不思議そうな顔をして立っていた。
「あー、なんつーか…」
右後ろからカレルの焦ったような、気まずい感じの声がした。
とはいえ、ここで何があったか正直に言ってしまうと僕が後でタツミの説教と反省文を書かされることは目に見えて明らか。
仕方ないので、助け船を出すことにした。
「ああ、最近僕が切羽詰まっていてね。
あまり余裕がないのはダメだぞ、と言われていたところだったんだ。
あまりに騒がしかったのなら謝るよ」
そういうと、サクヤさんは怪訝そうにしながらも、一応の納得はしてくれたような表情をした。
「そ、そうそう!
じゃ、そう言うことで。俺らはもう行くから!」
そう言って、シュンはそそくさとカレルと共に自分たちの部屋に戻っていってしまった。
さて、僕も逃げるか。
「それでは、僕もこれで」
「あ、ちょっと!」
サクヤさんの声に背を向けて、さっさとエレベーターに乗り込んだ。
まったく…。という声が聞こえた気がしたが、気のせいということにした。