ミッションからアナグラに帰ってくると、アナグラの中がお通夜状態になっていた。ど、どういうことだってばよ。
出撃ゲートからロビーに入ると、カノンちゃんとゲンさんがソファーに座っていた。
「あ…ジーナさん。それに、エリックさん…」
悲しい表情で顔をあげたカノンちゃんがこちらに気付いた。…もしかして、リンドウか。
「ただいま、カノン。…何があったか、教えてもらえるかしら」
「ジーナさん…。リンドウさんが…っ!」
ジーナがカノンちゃんに話を聞きに向かったが、カノンちゃんはこらえきれなくなったのか、ジーナの胸に抱きついて泣き出してしまった。やれやれ。…はっ。これがやれやれ系主人公…!?
なんて冗談はさておき。
あたりを見回すと、相変わらずフードを被ったソーマが腕を組んで立っていた。ソーマに聞くとしよう。
「やあソーマ」
「あ″?
…なんだ、てめえか。何の用だ」
睨まれてしまった。ひぇっ。ソーマさんマジこええっす。思わず三下みたいになってしもた。
「何の用もなにも…。一体、何があったんだい、これは」
知ってるけど。
一応今回の出来事のあらましを聞いた。
「…リンドウの奴が自分を置いて帰投しろ、だとよ。そう言った本人は生き埋めになったまま帰ってこず、だ。
あのバカ、自分の言ったことすら守れねえのか…クソ」
「…リンドウの姿がないのはそういう理由か。死んだ、って訳ではないんだね?」
「俺たちが戻る前まではな」
「…そうか。ありがとう」
そう言って、ジーナさんと共にヒバリちゃんにミッション達成の報告をしにソーマに背を向けた時、後ろから声をかけられた。
「…テメエは、死ぬんじゃねえぞ」
心なしか、いつもより覇気のない弱々しい声。しかし。
「ふっ。愚問だね。この僕を誰だと思っているんだい?」
そう、この僕は自意識過剰で自信家なエリック上田。エリック・デア=フォーゲルヴァイデだ!
ヒバリちゃんの元へ向かう途中でジーナさんと合流。ジーナもカノンちゃんから聞いた話は僕と大差なかった。むしろ、当事者の一人であるソーマから聞いた分だけ僕の方が詳しく知っていた部分もあった。
「…あのリンドウさんが、ね」
「ああ。僕たちも他人事じゃない。
…とはいえ、あのリンドウがそう簡単にくたばるとは思えない。あいつが帰ってくるまで、いつも通りのことをするだけさ」
「…ええ、そうね」
ジーナとはそこで別れ、カウンターの近くにいたリッカに声をかける。彼女もまた、暗い顔をしていた。
「あ、エリック…。おかえり…」
「リンドウの話は聞いた。まだ帰ってきてないんだって?」
「うん…。一応、捜索隊も出るらしいんだけど…」
リッカはそこで一度口ごもった。何やら言いにくいことのようだ。
「…捜索隊は、あくまでも『神機の回収』を主な任務にしてるみたいなんだ。だから…」
そう言って、リッカは悲しげに俯いた。
…そうだ、だんだんと思い出してきた。
これはたしか支部長が企んだリンドウ暗殺計画であり、支部長としてはリンドウが生きていられると困るわけだ。そしてその手段はアリサちゃんに刷り込みを行うことであり、実行犯はオオグルマ。
…なんだかだんだん腹が立ってきたぞ?
オオグルマのやつ、絶対アリサちゃんにいかがわしいことしてるだろ。エロ同人みたいに。エロ同人みたいに!
そうと決まれば早速調査だ。
しばらくアリサちゃんは面会謝絶のはず。そうすると、オオグルマもそちらにかかりきりになるから…。
しばらくオオグルマの生活リズムを監視、そしてなんらかの手段でオオグルマの部屋に侵入。
怪しい証拠を見つけ出し、ツバキ女史にこっそり報告してやる。
ただ、支部長にバレるとまずい。彼が今回の黒幕である以上、ツバキ女史には知らせてもいいが支部長には言わないように口止めしておく必要がある、か…。
そんなわけで、ここから何日かオオグルマを尾行する。
尾行1日目。
彼の部屋は、サカキ博士の部屋の一つ下の階のようだ。
サカキ博士に人型アラガミの捜索を…。と言われたが、リンドウが帰ってこなくなってすぐに言ってくるとかあんたは鬼か。
…いや、博士は博士なりになんとかしようとしているのか?
まあいい。
とりあえず、病室には午後1時~午後4時までいるようだ。そのあと一時間は別の部屋に資料を持って移動。だいたい午後6時くらいには一度病室に戻る。そしてその後しばらくしたら自室に戻った。
尾行2日目。
午前中は支部長と話をして、その後自室に籠る。そして午後1時からはまた病室に…。という流れのようだ。
一つ分かったこととしては、彼は資料を自室にある程度持って帰る。
…今は面会謝絶ゆえに病室に入ることが出来ないとはいえ、病室は基本的にいつでも解放されている。そのことから考えると、恐らく重要な書類はオオグルマの自室にあるはずだ。そうすると、彼の部屋に侵入する必要がありそうだ。
尾行3日目。
今日は午後1時にオオグルマが病室に入ったことを確認した後、オオグルマの部屋に向かった。
オオグルマの部屋のある階には、オオグルマの部屋以外には物置部屋がある程度だった。…人目につかないのは好都合だが、オオグルマが戻ってくる時に鉢合わせしないようにする必要がありそうだ。
オオグルマの部屋はカードキーで開くタイプの扉だった。…オオグルマのカードキーを奪う、か?
いや、自室から出る時にも周囲を警戒しているオオグルマのことだ。カードキーは、肌身離さず持ち歩いているだろう。
…たしかこの扉はオートロックタイプ。中に入りさえすればどうとでもなるんだが…。
部屋に戻った。ベッドにダイブしながら考える。
中に入りさえすれば、証拠をカメラに撮って部屋を出れば問題ない。エレベーターに乗りさえできれば勝利だ。
問題は、いかにしてオオグルマの部屋に入るか、だが…。
オオグルマは部屋を出て、一度辺りを見回してからエレベーターに向かう。その階にはオオグルマの部屋と物置しかないから少しシュールだが、侵入を目論むこちらからすると少々厄介だ。
しかし、周りが物置であれば周囲の警戒もおざなりなはず…。明日、少し早めに物置に入り、鍵穴からオオグルマが出てくるところを見てみよう。
尾行4日目。
そろそろ仕事しろとツバキ女史から呼び出しを食らった。呼び出しの時刻は午後1時。
しかしオオグルマが出てくるのを見てから向かうことになるので、ツバキ女史には悪いが遅れることにしよう。
すまない、本当にすまない。
物置に無事侵入し、こっそりとオオグルマの様子を伺う。
…やはり、オオグルマ自身、あまり周囲を警戒する意味を感じていないのだろう。軽くキョロキョロと見回したらすぐさまさっさとエレベーターに向かって歩きだした。オオグルマがエレベーターに向かってから、スライド式のドアが締まりきるまでにわずかに時間がある。
…天井に張り付いて、さっと入ればいける、か?
ゴムを靴の底に張り付けて、天井に細工をする必要はありそうだが…。
なんにせよ、急いでツバキ女史の元へ向かうことにしよう。
尾行5日目。
と言っても今日はもはや尾行はしていない。昨日さんざんツバキ女史に絞られ、今日は朝から出撃しているからだ。ジーナにすら心配をかける始末であったらしく、出撃前に
『…大丈夫?』
と聞かれてしまった。あやや、反省。
しかし天井に張り付くとかどうしろと…。
ミッションから帰投して気付いた。アラガミ糸だ。
アラガミ糸は強靭で、かつしなやかな性質をもつ。これを使って天井と壁の間に斜めに張れば、そこを足場にできそうだ。
天井側の糸を切り、壁にくっついた糸を引っ張れば、証拠の回収も簡単。
よし。あとは午後6時過ぎに、仕込みをしておくことにしよう。
侵入当日。
ドーモ皆さん。ニンジャ、エリックです。
アイサツは実際大事。古事記にもそう書いてある。
現在は午後0時56分。もうすぐオオグルマが…。
来ました!プシュー、という音と共に、眼下にはオオグルマの黄色い頭の布が見えます。いつも通りキョロキョロしてすぐさまエレベーターの方向へ!
さあ!
グラサン=ニンジャ、エリック上田のエントリーだ!
オタッシャジュウテン!スライディングゥゥゥゥ!
背後で扉が締まる。オオグルマに気づかれた気配はない。オオグルマ…。ハイクを詠め。
なんてアホなことを考えながら部屋を見渡す。
スチールの教師用のような机の上に、書類が煩雑に散らばっている。それ以外にはいくつもの白衣のかかった衣料用のラック。室内物干し的な。
あとは大きめのベッドと冷蔵庫。…いざという時、隠れるならベッドの下か?エロ本とかないよな。…ないよな?
なかった。よし。
さて、机の引き出しの一つには鍵穴が。…どう考えても、これ、くせえな。とりあえず上下にがちゃがちゃ揺する。だいたいこれでいけるはず…。
よし。開いた。
…。中には数枚の書類。
リンドウの顔の写真がいくつかと、英文のレポート。
他にはプリティヴィ・マータの写真と英文のレポート、ディアウス・ピターの写真と英文のレポート。
…リンドウの写真のある書類には日付が載っている。その隣に、意味の分からないアルファベット。
○月x日、TL。
○月y日、TL。
○月z日、TL。
…
△月β日、TL。
△月γ日、TD。
…。最後の日付は6日前。リンドウが未帰還となった日付と一致する。
決定的とはいえないが、明らかにおかしい書類だ。とりあえず全て写真に撮っておく。
他にもめぼしいものがないか探してみたが、机の上の書類は純粋にアリサの経過観察の記録ばかりだった。
ロシア時代の記録もあったことから、引き継がれた書類も含まれているのだろう。
…ちょっと気になる。
しかし時刻を見ると既に午後5時を回っていた。急ぎ部屋をでる。天井を見てもアラガミ糸はない。…完璧だ。
このままツバキ女史にオオグルマのことを警告しておきたいところだが、今日はやめておこう。
自室のターミナルに今回の写真を保存し、データにロックをかけておきたい。
伝えるとすれば、明日か。
エリックがオオグルマの部屋に侵入した翌日。
『やめて…!私のことなんてほうっておいて!』
『救護班!クッションを!』
『ああ…!ゴメンナサイ…!
ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ…!』
『パパ…!ママ…!
私…。違う、違うの…!私のせいじゃない…!』
『薬がきれるとこれほどか…。
アリサ、私だ。わかるか』
『やめて…。もういや…!私に関わらないで…!』
先日、大森タツミ、ブレンダン・バーデル、台場カノンが私の元へリンドウの捜索隊に同行させてほしいと直訴してきた。
正規の部隊が既に出ている以上、神機使いの同行は認められない。だから、すげなく却下した。
…本当は。リンドウの捜索に同行したい。いや、別に捜索隊が無くてもいい。ただ、バカな弟を探しに出たかった。
しかし、今の自分は既に神機使いでもなければ、正規の捜索部隊でもない。
「リンドウ…!」
あの時は辛くて、悔しくて、悲しくて。思わず壁に手を打ち付けてしまったけれど。
返ってきたのは手のひらの痛みと、変わらぬ胸の苦しみだけだった。
「リンドウ…」
エレベーターの中で、アリサのことを話したことがつい先日のはずなのに。まるで、遠い日の出来事のようで。
返事が返ってくることはないと分かっているのに、つい口から弟の名が出てしまうのは。
きっと、私が弱いからなのだろうーーー。
「ツバキ女史」
エレベーターの前の休憩所でソファに力なく座っていた私に、頭上から声がした。
こんな呼び方をするのはアナグラの中でも一人だけだ。
エリック。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。
トイレをよく詰まらせ、清掃員の皆さんの話題になる男。リンドウが戻らなくなってからはめっきり出撃が減った神機使い。
…リンドウが戻らなくなってから、他の神機使いたちは出撃を増やしている者が多いなか、こいつはあろうことか全くと言ってもいい程出撃しなくなった。何を考えているのか…。
なんにせよ、しっかりとした姿で応対しなければ。私は背筋を伸ばして相対した。
「何か用か、不良少年」
そう私が言うと、彼はばつが悪そうに頭をかいた。…普段の態度からは考えられない対応だ。珍しい。
「出撃しなかったことは申し訳ない。ただ、一つだけツバキ女史の耳に入れておきたいことがあります」
そう言って、彼はこちらを見た。
…真摯な目。
「…言ってみろ」
そう言うと、彼は困ったような顔をした。
「出来れば、場所を変えたいのですが」
「…何故だ?」
人には聞かれたくない類いの話だろうか。
私は少し警戒した。リンドウが戻らなくなってからというもの、こやつの行動には不可解な点が多い。捜索隊や、支部長についてもそうだが…。
何やら、キナ臭いものを感じる。
ややあって、彼は口を開いた。
「…リンドウのことに関わる話だからです」
結局、セキュリティのことを鑑みて私の部屋で話をすることにした。リンドウ以外の男を自分の部屋に入れるのは、実はこれが初めてだ。
「それで?わざわざ私にリンドウの話を振ったんだ。重要なことなんだろうな」
これで重要なことでなければ、貴様には防衛ミッションを一ヶ月連続でやらせてやる。
そう思いながら睨み付けると、彼は真剣な目でこちらを見つめていた。
「…重要な、話です。
ツバキ女史。まず、これは既に確認された『事実』であるということを、理解してください。
…アリサのメンタルカウンセラー、オオグルマは、リンドウの未帰還となるアリサの行動に、何らかの形で関わっている疑いがあります」
「何…?」
オオグルマ先生が?
いや、だがオオグルマ先生はリンドウが戻ってこなかったことにたいそう驚いていた。そして私を気遣ってくれもした。
…馬鹿な話だ。
「…それで?それが事実であるという証拠はあるんだろうな」
「ええ。とは言っても、持ち歩く訳にもいきません。僕の部屋のターミナルに、データとして残してあります」
…ふん。どうだか。
正直、今のエリックの言動は不可解だ。
それを私に言ってどうする。支部長もリンドウの捜索隊の手配がやけに迅速だった。何か知っていることは間違いない。そして、それを隠している。
実はエリックが裏で支部長と繋がっていて、オオグルマ先生が用済みになったからこのようなことを私に言ってきているのではないか?そんな考えが頭をよぎる。
「…それが事実であったとして、だ。
お前は、私に何をさせたい?」
正直に言うとは思っていない。だが、目の前のこの男は嘘を言っていないことは確かだ。
信じるつもりはさらさらないが、目的を探ることは有効だろう。
「…別にツバキ女史が僕を信じなくても構いません。ただ、神薙ユウくんを信じて下さい」
…なんだ、そんなことか。
「貴様に言われなくとも、彼のことは信じている」
貴様と違ってな。
「話はそれだけか?」
「…ええ。それと、もう一つ。
とてもじゃないが、今の貴女はあまりに苦しそうに見える。僕が言えた義理じゃないが、リンドウを信じて今は休むんだ」
…出撃しなくなった貴様が言えた義理ではないな。
「では、失礼します」
そう言って、私の部屋を去るそいつの姿は、憎らしいほど颯爽としたものだった。