「あー!!何でこんなところに球磨川君がいるの?」
『こんなところとは酷いじゃないか。確かに築五十年位はありそうだけど趣のある良い旅館じゃないか。それなのによりによって「こんなところ」だとっ。あんまりだ。失礼にも程がある。謝れ。ここを気に入って利用している人と、ここの経営者に謝るんだ』
「ご…ごめんなさい……」
『良いとも。僕は心の広いできた男だからね。許してあげるよ』
「ありがとう……って球磨川君は関係ないよね」
『ひ、ひどい』『僕はなのはちゃんのことを友人だと思ってたのに。関係ないなんて』
「ち、違うよ。そうじゃなくてここのお店の人じゃないってことを――」
『おいおい』『僕もここのお客さんなんだぜ。なのはちゃんでもそれくらいはわかるだろ』
「ちょ今の本当!?」
『おや』『アリサちゃんにすずかちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だね』『そしてアリサちゃん。君の疑問に答えるのならばYESだね』
「そ、そんな……。うぅ……嘘でしょ…」
「あっ球磨川君も『こんなところ』って言ったの」
『嫌だなぁ、僕がアリサちゃんに嘘つく筈ないじゃん』
「何か良い言葉っぽいの!!全然そんなことないのに」
「こんにちは球磨川君。球磨川君はひとり?」
球磨川は、努めて明るい声を出そうとしたが悲嘆の色を隠しきれずに最早隠そうともしないアリサと、先程からツッコミしかしていないなのはを、無視してすずかの疑問に答える。
『いや違うよ。ここには彼女と一緒に来たのさ。安心院さんといってねぇ。僕より少し年上の美人だよ』
安心院なじみは「3兆4021億9382万2311年と287日生きている」という宇宙より長生きな人外だ。
「「「…………」」」
『いや向こうが僕にベタ惚れでね。本当に困ったもんさ。ここにも一緒に行きたいと駄々をこねられてね。昔から夢の中でも死んでいる時でも、離してくれなかったからね。モテる男はつらいなー』
ちなみに毎晩球磨川禊の夢に出てくるのは、好きな時に、好きな場所にいられる「
「あれ本当なのかな?」
なのは達は球磨川の戯語を無視して、小声で話し合う。
「本当のわけ無いじゃない」
「うん、私もそう思う。球磨川君と話す人さえ少ないのに、球磨川君と付き合うような自殺志願者は多分ツチノコより珍しいよ」
「そうよ。多分頭の中だけに存在するのよ」
『ちょっと君達、僕相手だったら何言ってもいいってわけじゃないんだぜ』
「それで球磨川君はひとりなの?」
『ちょっと待ってくれるかな、すずかちゃん』『何で僕の話を流すのかな。ここには彼女と――』
「うん。それはわかったよ。じゃあ球磨川君は何をしに来たの?」
『だからここには婚前旅行に――』
「そっか。じゃあ球磨川君卓球しない?」
天使のような笑顔でそう話を切る。
球磨川の戯語にいつまでも付き合ってられる程、すずかは優しくはないのだ。
実際、「話させない」は戯言使いには効果的だ。
「ちょっとすずか。こいつを誘うの?」
「うん、三人だと一人余っちゃうし。駄目かな?」
「……わかったわよ」
アリサは親友の言葉に渋々、嫌々ながら承認する。
『卓球か』『僕の腕前見せてやるぜ』
「ラケット以外を持ったり、口を開いたりしたら球磨川君の反則負けだからね」
『あれ?』『すずかちゃんって僕のこと嫌い?』
「別にそんなことないよ。ただルールをしっかり決めないと球磨川君ズルすると思って」
『一方的に規制するのはルールじゃなくて縛りとかハンデって言うんだぜ』
「じゃあ球磨川君は男の子だからハンデね」
『いいよ』『やってやる』『いつだって僕は自分より強い奴と戦ってきたんだ』
「球磨川君、なのはちゃんは気付いてないけどさぁ。それってかっこいい台詞じゃなくて、同年代の女の子より卓球で弱いって白状してるだけだからね」
『じゃあチーム分けは、僕とすずかちゃん対なのはちゃんとアリサちゃんね』
「しかもここまで言って、私と組むの!?」
『何を驚いているんだい。チーム分けは戦力差をできるだけ作らないようにするのが一般的だよ』
足手まとい二人を含んだ卓球勝負は、球磨川禊と高町なのはの関与しないところで勝敗を決した。
そして薄く笑う少年が『また勝てなかった』と言ったとか言わなかったとか。
高町なのはの父親である高町士郎は友達と卓球をしてくると言い残して別れた娘を探していた。
そうして自らの娘を見つけた時、我が目を疑った。
正確には愛娘の隣に位置し、ヘラヘラと笑いながら話をしている少年を見た時だ。
最初士郎はその少年を人間だとわからなかった。
それ程までにその少年は弱く見えたのだ。
ボディーガードとして裏世界にも精通していた士郎でも初めて見る程のマイナス。
「なっ」
「あっ、お父さん」
娘がこちらに駆け寄って来るが、それに反応できない。
目線が縫い付けられたかのようにあれを見ることしかできない。
「あのね、こちら私のお兄ちゃんとお父さん。こっちはクラスメイトの球磨川君」
『こんにちは。なのはちゃん達と同じクラスの球磨川禊です。よろしくね』
「ああ、俺は高町恭他だ。よろしく」
士郎は息子が自己紹介するのをぼんやりと眺めることしかできなかった。
気付いてないのか、この圧倒的なまでの過負荷に。
最高位の最低さだ。
「あれお父さんどうしたの?」
「あ、ああ。高町士郎だ」
動転した気持ちそのままに何とか答えた。
それを聞いた球磨川は、すっと眼を細めてくすりと笑う。
気持ち悪い。
周囲の空気が、空間ごと螺子曲がっていくような感覚。
『こんにちは球磨川禊です。なのはちゃんとはお付き合いさせていただいてます。娘さんを僕にください』
「なっ!?」
「何で球磨川君は呼吸するように嘘をつくのぉ!!」
『恥ずかしがるこたぁないぜ。僕となのはちゃんの仲じゃあないか』
「あはは。面白い子だね。私はすずかの姉の月村忍だよ。よろしくね~」
『こんにちは、球磨川禊で~す。すずかちゃんの命の恩人です』
「そうなの?何があったの?」
全く信じていないとわかる言葉で聞く。
『すずかちゃんが不安に押し潰されそうな時に颯爽と現れて慰めたんですよ』『ま、詳しい事情は二人の秘密ですけどねぇ』
「え~気になる!」
和気あいあいとした雰囲気だが、士郎は全く馴染める気がしなかった。
「…………」
結局士郎は終始話に参加することはなかった。
その日の夜、ジュエルシードの暴走を確認したなのはが旅館付近の林を訪れていた。
そこでジュエルシードの競争相手で、なのはが友達になりたいと思っている、フェイトと呼ばれる少女に遭遇した。
「フェイトちゃん。私はお話を聞きたいだけなの」
「話すことなど…ない」
少女の言葉を示すかのように、魔法が夜闇を切り裂きなのはに迫る。
そしてにべもない反応に呼応するように、なのはも遅れて愛機を構える。
幾筋もの閃光が奔る。
深夜の林をピンクと金色の閃光が照らし、時に交錯し時にぶつかりながら鎬を削る。
空を翔け、地を砕く威力の魔法が飛び交う。
それを見て一人は主人の為、もう一人は協力してくれた友人の為に自らの力を奮う。
意志がある。
目的がある。
覚悟がある。
そしてそれを貫ける力がある。
そうして放たれた、魔法は並の魔導師を遥かに越える。
魔法と言う武力、暴力が飛び交う空間は、空気が質量を持っているのかと錯覚すら覚える程の圧迫感だ。
『なーのはちゃん』『夜中に抜け出して喧嘩なんて不良のやることだぜ』
しかしそこにプレッシャーをものともせず分け入る男がいた。
男と言っても少女達と同年代位で、少年と呼ばれるのが適切な様な人。
待っていたかのようなタイミングで介入してきた男はいつものようにヘラリと笑い言った。
『喧嘩はやめようぜ』
球磨川禊その人である。
今までの空気が雲散霧消し、代わりに球磨川の放つあらゆるものが螺子曲がる様な雰囲気が漂う。
彼は先程まで魔法が暴力が支配していた状況を唯の二、三言で鎮めた。
彼はこの場で唯一魔法が使えないのに。
平均よりも遥かに劣る身体能力で。
『さて』『ひさしぶりだねフェイトちゃん、アルフさん』『フェイトちゃん。ちょっと教えて欲しいんだけど。いったい何が起こったのかな』
「…あっと……えぅ…」
フェイトは焦る。
正体不明のスキルを持つ得体の知れない少年。
自分を負かした彼と戦闘になったら勝てる自信が無い。
仲間にしたいとは思えないが、敵対したくはない。
「球磨川君……フェイトちゃんと知り合いなの…?」
『うん。ちょっとしたね』『それより、フェイトちゃんは答えてくれないみたいだからなのはちゃんに聞くけれど、いったい何が起こったのかなぁ』
「えっと……フェイトちゃんがユーノ君のジュエルシードを持って行こうとしてて…それで…
『喧嘩になっちゃったってところか』『うん』『じゃあ僕はフェイトちゃんを手伝うよ』
「え?」
そう言ったのは誰だっただろうか、いやその場の全員が言ったのかもしれない。
それくらい衝撃的だった。
「えっえっ!?なっ何で!?」
『落ち着けよなのはちゃん。僕はフェイトちゃんの味方になるって言ったんだ』
「何言ってるのっ!!」
『?』
「私には球磨川君の言ってることがわからないよ。何でそんな……」
『なのはちゃん』『僕はね、決めてるんだ』『争いが起こったとき僕は善悪問わず一番弱い子の味方をするって』『だから僕はきみの味方だ』『頼ってくれていいぜフェイトちゃん』
「待って‼……私は弱くなんか…ない」
『いいや、君は弱いよ』『
そして付け足すように言う。
『まあ僕はとてもじゃないが、普通とは言えないけれどね』
「そんな」
『僕は自分の主義の為に人を傷付けられる人間だ』
螺子が何本も現れてユーノとなのはを分断する。
そして球磨川の手に大きな螺子が収まる。
『だからね』『ジュエルシードが欲しければ、僕を倒して行くと良い』
「球磨川君、私は……」
『遅ぇ』
なのはの身体をバリアジャケットごと貫いて二本の螺子が飛び出していた。
安物の三流スプラッター映画みたいに、ドバドバと血が吹き出す。
身体から力が抜けて立つことも出来ない。
『君は戦闘がよーいドンで始まるとでも思っていたのかい』『敵が騎士道精神を持って、わざわざカウントダウンでもしてくれると本気で思ってたのかよ』『甘ぇよ』『だから君は負けるんだ』『が』『その甘さ嫌いじゃあないぜ』
「な、なんで殺し……」
『何驚いてんだよ』『なのはちゃんはフェイトちゃんの敵で、ジュエルシードの競争相手』『出てきたところをいちいち倒すより、一度目で再起不能にした方が簡単だよ』
「なのは、しっかりして………」
ユーノがいち早く動揺から立ち直りなのはに駆け寄る。
その瞬間溢れ出ていた血も、それが作った血溜まりも、貫いていた二本の螺子さえも何の痕跡もなく消えた。
まるで初めからなかったかのように。
その中で意識が戻らず倒れ伏すなのははとても不気味だった。
「これは……」
『これはフェイトちゃんやアルフさんには言ったけど、知らない人もいるみたいだしもう一度説明しようか』『これが僕の
「嘘だっ‼そんなでたらめなスキルあるもんか‼そんなのはロストロギアでさえない。それこそ神の領域だ!」
それはありえないという感情よりも、嘘であって欲しいという願望がありありと感じられる言葉だった。
『ふぅん』『ロストロギアなんて常識はずれの物を研究している割にはありふれた意見だね』『それじゃあ僕が何をなかったことにすればユーノ君は信じてくれるのかなぁ』『君達が必死に集めてたジュエルシードかな?』『なのはちゃんの魔法に関する記憶とか?』『それともユーノ君が一番信頼するなのはちゃん自身とか?』
「なっ」
『大嘘憑き』
そう言って螺子を地面に突き刺す。
ジュエルシードが消える。
「何で、どうやって!?」
『それじゃあ次は記憶だ』
「えっ嘘、信じる、信じるよ」
『君が言い出したことだろ』『自分の言葉に責任を持てよ』 『All Fiction!!』
「嘘……」
『それじゃあ最後に』『なのはちゃん自身を虚構にしてご覧にいれましょう』
「やめて‼信じる、信じるから‼それだけは……僕が、僕が悪かったよ…」
『そうだね』『ユーノ君が悪い』『だからこれも僕は悪くない』 『あ』『それではみなさんご唱和ください』『It's All Fiction!!』
「やめろぉおおおぉ」
その言葉を最後にユーノの意識は途切れた。
『見てよフェイトちゃん』『ユーノ君たら確認もしないで寝ちゃってるよ』『相当疲れとかストレスが溜まってたんだね』
「「……………」」
『さあ最後の仕上げだ』『レイジングハートさんジュエルシードを出してください』『早く』
《………》
なのはの持つレイジングハートからジュエルシードが放出される。
それを満足気に眺めた後、フェイト達に向き直る。
「ひっ!」
『はいこれ』『欲しかったんでしょ』『他人を傷付けてでも』
やけに他人を傷付けてでものところを強調する。
「……本当に記憶を消したのかい?」
『いやいや』『そんなことするはずないじゃん』『記憶を弄るなんてことは、人間ならしちゃいけないことなんだぜ』
「……そうかい」
『ジュエルシードを手に入れたっていうのに二人ともテンション低いなぁ』『せっかく僕が味方してあげたっていうのに』
「ありがとよ」
全くありがたくなさそうな言葉だったがそんな悪意は、負完全だった球磨川禊にとって暖簾に腕押し、蛙の面に水。
『どういたしまして』
全然気にしていなかった。
『さてと、じゃあアルフさん。なのはちゃんとユーノ君を旅館に連れていってもらえますか』
「はっ?」
『だってこのままじゃ、風邪引いちゃうかもしれないじゃないですか』
「何で私がそんなことしなくちゃいけないんだい」
『だって常識的に考えて小三の男の子が同い年の女の子を運べる筈ないじゃん』
「アルフ……運んであげて…」
そうして深夜の会合は幕を閉じた。
信念とか正義とかそんなものを滅茶苦茶にされて。
善も悪もごっちゃに等しくねじ曲げられた。
獣耳の件で後書きに面白いことを書こうと思ったのですが思い浮かばなかったので創作秘話でも。
この話は、なのはって小三の九歳なんだよな~という発想から始まりました。
なのは九歳《小三》➡のび太より年下➡あれ雲仙君も九歳なんだよな➡雲仙リリなのでクロスとか面白そう➡管理局の二大白い悪魔とかめっちゃ面白そう➡書いてみよう➡書いてみた➡いかん、雲仙の『やり過ぎなきゃ正義じゃねぇ』のせいでフェイトそんがフルボッコや➡こんなん対立するやん➡じゃあ一番人気で俺も好きな球磨川先輩で➡書いてみた➡対立してるやん《イマココ》