悪平等のおもちゃ箱   作:聪明猴子

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大噓憑き

球磨川がバスに乗ると今までの話し声が嘘のようになくなるという、今やすっかり日常となった光景を当の本人は意に介さず話し掛ける。

 

『おはよう皆』『清々しい朝だね』

 

「おはよう球磨川君」

 

「おはようなの」

 

バスに乗る生徒の殆どが顔を背ける中、すずかとなのはだけが挨拶を返す。

そしてなのはの警戒したような顔を気にも止めず、話し掛ける。

 

『おーい』『なのはちゃーん』『昨日撮り忘れた魔法少女のコスプレ撮らせて』

 

「にぃぃやあぁぁぁあああああああああああ。何言ってんの??何言ってんのぉぉおおぉ」

 

なのはが神速で飛び上がり、掴み掛かる。

 

『あれれ』『どうしたんだよ。そんなに慌てて。僕だったからよかったけれど、いきなり叫びだすなんて頭のおかしい奴だと思われちゃうぜ』

 

「何言ってんの誰のせいだと思ってんのぉ」

 

なのはは涙目になっていた。

哀れ。

 

『昨日の夜はあんなに魔法少女してたじゃん』『リリカルマジカルしてたじゃん』『ノリノリだったじゃん』『まさにコスプレイヤーの鑑』『大丈夫』『恥ずかしがることはないさ』『趣味は人それぞれなんだから』

 

「にゃあああああぁぁ、違うのぉ違うの、あれはなのはの趣味じゃないんだよぉ。人助けの為に仕方なく」

 

『分かった分かった』『なのはちゃんは人助けの過程で恥ずかしい格好をしてるんだよね』『仕方なく』

 

「そうだよぉ。周りの人を勘違いさせるようなこと言わないで」

 

『オッケー』『じゃあ僕はバスの中では少年ジャンプを読む派だから』

 

そういって球磨川が座ると、隣接する席から人が立ち去るが、気にせず球磨川は前の座席に足を置きスタイリッシュにジャンプを読み始める。

少女が何とか誤解を解いて、安堵して席に座るが――

 

「なのはちゃんコスプレする人助けって何?」

 

「危ないことしてない?大丈夫?」

 

「あ」

 

「変な人に強制とかされてない?」「相談に乗るわよ」「明らかに怪しいよ」「魔法少女の格好を強制させるなんて変態よ」「仕方なくってどんな状況だったの?」

 

「あ、あ、あああああ。く、球磨川くんのばかぁぁあぁぁぁあああ」

 

少年は「さっき言ったばかりなのにまた叫んでいる」と溜め息を吐いた。

 

 

 

結局なのはちゃんは放課後まですずかちゃんとアリサちゃんに問い詰められていた。

時折こちらを恨む様に睨んでいたのが印象的でした。

 

 

 

学校からの帰り道を一人で歩く。

 

『あ』『ジュエルシードをなのはちゃんに渡すの忘れてた』『なんてこったい』『結局なのはちゃんも写真を撮らせてくれなかったしなぁ』

 

「そこの貴方、ジュエルシードを渡してください」

 

目的も無く町をうろついていると凛とした声を掛けられる。

そういえばめだかちゃんは元気かなーなんて思いながら振り向く。

そこには金髪ツインテの美少女が斧を構えて、オレンジ髪犬耳の女性といた。

 

『…何……だと…!?』

 

「ジュエルシードを渡してください」

 

少女は再び先程の台詞を繰り返すが、球磨川の耳には入ってなかった。

魔導師しか知らないジュエルシードを知っている。

どうでもいい。

斧を構えて敵対的な姿勢である。

どうでもいい。

そんなことよりも大切なのは一つ。

 

『スク水マント……だと…!?いや誤解して欲しくないんだけどその格好が似合ってないとかそういうのじゃないよ。ただ純粋な疑問なんだ。似合ってはいるんだよ。それを見た後じゃそれしかないってくらい似合ってはいるんだよ。でも天下の往来でそれはどうなのかなって。その格好は僕と二人っきりの時だけにし欲しいね』

 

「「えっ」」

 

「へっ、変態だー。ふぇっ、フェイトこいつ変態だよっ。逃げよう。こういうのは関わらないのが一番だ」

 

「でもジュエルシードが」

 

「そっそうだったね。おい変態。さっさとジュエルシードを置いてどっか行け。いっとくけどフェイトには指一本触れさせないからな」

 

『うん?』『なんだいジュエルシードって』『そんな物僕は知らないなぁ』『それにいきなり人の物を寄越せだなんて女性のすることじゃないぜ』

 

「………青い菱形の宝石です。私にはそれが必要なんです」

 

『うーん』『残念だけど数字が刻まれた魔法の宝石なんて知らないなぁ。見つけたら連絡するよ』

 

「知ってるじゃないですか」

 

「分かっていてしらばっくれているなら容赦しないよ」

 

そう言うと少女は降ろしていた斧を構え、犬耳の女性は拳を構える。真っ黒な柄に映える黄色い光刃は、明確な敵対の意思を感じさせた。

 

「フェイト私がやるよ。相手はリンカーコアも持ってないみたいだし」

 

『物騒だなぁ。やめてくれよ』『僕は小学校ではフェミニストの会の会長として皆に慕われているんだから。何しろ今までの人生で、女性を傷付けた事が無いのが僕の誇りだからね』

 

「いいから渡してください。私にはそれが必要なんです。渡せば危害は加えませんから」

 

『すごいなぁ』『僕の持ち物を脅し取ろうとしているのに、渡せば危害は加えないなんてなかなか言えることじゃあないよね』『そんな交換条件みたいに言えるなんてさ』『さぞかし立派に育てられたんだね』『親の顔を見てみたいよ』

 

「こいつフェイトのことを何も知らないで――」

 

『うーん』『僕もフェイトちゃんがあの人に虐待されてるってことくらいしか知らないからね』『隠してるけど背中。相当傷だらけだよねー』

 

「なっ、こいつプレシアを――」

 

「母さんを知っているの!?」

 

『いや全然』『へー虐待してたのは、フェイトちゃんのお母さんでプレシアさんって言うんだ』『覚えとこっと』

 

地球上で一番弱い生き物であり、弱さという弱さを一つ残らず知り尽くしていると豪語する球磨川禊にとって、相手の弱点や死角、突くべき隙を見抜くことなど朝飯前であった。

球磨川はフェイトが虐待の傷を隠して行動していることを見抜いて鎌を掛けたのだった。

 

「ひっ」

 

二人は遅蒔きながらようやく理解した。

この少年が普通じゃないと。

この男の危険性は、リンカーコアの有無や身体の強さ等ではないと。

真に異端なのは性質じゃなくて性格にこそあると。

いっそ人格とか心とかそういうものだ。

 

『じゃあ君達はプレシアさんとやらの為にジュエルシードを集めてたんだね』『どうしたんだい。そんなに驚くことじゃあないだろう』『君達はジュエルシードを自分達で使うようなタイプには見えないし』

 

「っ、渡さないなら仕方ありません。痛い目にあって貰います。殺しはしませんので安心してください」

 

ここでフェイトとアルフは、最悪の手に出てしまった。

自分達の内面に土足で踏み入るような言葉に耐えられず、実力行使に出たのだ。

真に恐るべきはその性格だとわかっていながら、ただ黙らせたい一心で襲い掛かったのだ。

フェイトは苦悶するように顔を歪めたまま、手にした斧を振り下ろす。

 

『うわっ』『すぐに戦おうとするなんて短絡的だよ』『僕達は分かり合えるって』『危なっ』『暴力は振るう方も振るわれる方も傷つくんだよ』『話せば分かるって』『握手をしよう』『そしたら僕達は今日から友達っ』

 

ひらりひらりとその斧を避けながら球磨川が言う。

 

「話すことなどありません」

 

そう言いながら放った魔法が球磨川を捉える。

そして後頭部から道路に倒れた。

ごんっと硬い何かがぶつかる音と共に。

 

「「えっ?」」

 

呆けた顔の二人の足元へと赤い液体が広がる。

ひどく生々しく、鉄臭い液体。

 

「えっ?何で?」

 

球磨川が知る由もないことだがフェイトの放ったフォトンランサーと呼ばれる雷の魔法は、そこまで威力のあるものではない。

魔法の中では初級のものだ。

また魔法は殺傷設定と非殺傷設定というものが存在し、魔法による攻撃で物理的破壊を伴うか決められるのだ。

フェイトは非殺傷設定で魔法を放った。

だから普通人は死なない。

死なない筈だ。

衝撃や痛みを感じさせることはあっても殺すことはできない筈だ。

しかし死んでいた。

運悪く。偶然に。余波で。

魔法を喰らい、衝撃で道路に倒れ込み、頭を打って、死んでいた。

たしかに非殺傷設定では直接人を殺すことはできないが、間接的には殺せる。

非殺傷設定の魔法では痛みを与えたり、意識を奪うことしかできないが、それだけで人を殺すには十分だ。

意識が無く受け身も取れずに頭から倒れ込めば死ぬ危険は十分ある。

ましてそれが雑魚と言ったら魚に悪く、空気より無抵抗とまで言われた球磨川禊であれば。

 

「…嘘…非殺傷設定は?…」

 

アルフは何も答えられない。

人を殺した。

誰が?

私が。

 

「うそ…嘘だよね」

 

アルフには答えられない。

二人には受け入れられない現実が重くのしかかる。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

 

『そう大嘘憑き』『これが僕の過負荷だ』

 

球磨川禊はそう答えた。

死んだ人間が返事をするという現実に呆然とするフェイトの隙を無数の螺子が襲う。

咄嗟に後ろに避けようとして地面に転がった少女の衣服を、何本もの螺子が貫く。

そしてコンクリートの道路を易々と貫いて、少女を地面に縫い付けるように固定した。

 

「フェイトっ」

 

『近付かない方がいいよ』『まあアルフさんがフェイトちゃんを見捨てられるんなら別だけどね』

 

仰向けに固定されたフェイトの頭上で、手の平大の螺子を弄びながら脅迫する。

 

「…あんた死んでたんじゃ……幻覚の魔法か…」

 

『違うよ。大体リンカーコアだっけ?そんなの持ってないし』『なにより魔法なんてプラス、僕に使えるわけないじゃないか』

 

茫然自失であったフェイトは、ようやく死んだ筈の球磨川が自分を拘束していることを理解すると、顔を青ざめさせる。

フェイトには球磨川がわからない。

初めて遭遇する種類の人間にフェイトは恐怖した。

怖い。怖い。怖い。

死んでいたのではなかったのか?

何故魔力を持たないで戦える?

二対一で自分の方が圧倒的優位ではなかったのか?

そんな疑問がぐるぐるとループする。

 

「信じられないね。リンカーコアだって偽装してるんじゃないか?第一魔法が使えないならさっきのあれは何さ。治癒、回復のレアスキルとでも言うのかい」

 

『レアスキル?いや全然違う。僕のは過負荷(マイナス)だ』『治癒能力のように前向きな能力が』『僕のようなひねくれ者から生まれるわけがないだろう』『現実を虚構(なかったこと)にする』『それが僕の「大嘘憑き(オールフィクション)」だ』『この世で最も取り返しのつかない過負荷なんだぜ』『それで僕が死んだという現実を「なかったことにした」だけさ』

 

「なかったことに……する…?そんなのあるわけない」

 

『そんなに簡単には信じられないかぁ』『そうだ』『ジュエルシードをなかったことにした』

 

ポケットから取り出したジュエルシードが手の平から消滅する。

 

「嘘、ジュエルシードの反応が消えた…?」

 

まるで煙のように影も形もなくなった。

魔力も残さず。

初めからそんな物は無かったかのように。

 

「……そんな」

 

『これで信じてくれたかな』『信じられないならそこにある君の斧でもなかったことにしてみようか?』

 

「やだっ。やめてっ。信じる、信じるから」

 

『それはよかった』

 

「暴力は嫌いなんじゃなかったのかい」

 

『うん嫌いだよ』『でも嫌いだからって逃げてばかりじゃ良くないと思うんだ』『あと言っておくとね』『僕が紳士だからって自分から襲っておいて反撃されないとでも思っていたのかい?』『甘ぇよ』『…が』『その甘さ』『嫌いじゃあないぜ』

 

「……話せば分かるってのも嘘かい?」

 

『僕は話す為の努力は惜しまない質なんだ』『それにね』『殺しはしないから安心してくれていいぜ』『さて』『それでは話して欲しいね』『何でジュエルシードが必要なのかを』

 

「…………」

 

「私達はプレシアに集めて来いって言われただけだ。だからプレシアが何に使うつもりなのかは知らないんだ」

 

「アルフッ」

 

「フェイト、今は仕方ないだろう」

 

『そっか』『じゃあもうひとつ』『僕に謝って欲しいね』『いわれなき暴力やあどけない迫害に僕が慣れてるって言ってもね』『死ぬのだけは嫌なんだよ』『いくら「大嘘憑き(オールフィクション)」があるとはいえ』『お喋り好きな人外に笑われちゃうから』『だから「ごめんなさい」って』『ひと言謝ってくれたら許してあげるよ』

 

「……ご…ごめんなさい…」

 

『えっ!?』

 

「ごめんなさい。私からも謝るよ。私はどうなってもいい。だからフェイトだけは、フェイトだけは許してくれないか」

 

『えっと……』『こんなに素直に謝られるとは思わなかったから驚いただけだよ』『おかしいなぁ』『ここはあと二段階くらい好意を踏みにじられる場面だと思ったんだけどなぁ』『また勝てなかったみたいだ』『こんなに普通な子と会うのは、僕のような過負荷には珍しい』『うん勿論許すよ』

 

服から螺子を抜きながら手を差し出す。

 

『立てるかい』『次からは無抵抗の相手に襲い掛かったりしちゃ駄目だよ』

 

「…それは約束できない…。けど努力する」

 

『うんうん』『まっ今はそれくらいでいいよ』『おっと名乗るのが遅れたね』『僕の名前は球磨川禊』『週刊少年ジャンプが大好きな、魔法も使えない普通な小学生だ』『嘘言(おそごと)使いとでも呼んでくれ』『じゃあね』『縁が合ったらまた会おう』

 

それだけ言うと、まるで親しい友達と別れる様に手を振って立ち去りかけて、振り返る。

 

『おっと忘れるところだった』『僕は本当に忘れっぽいや』『ほいっと』

 

ジュエルシードを投げ渡す。

 

「えっ、な何で?」

 

『いいのいいの』『僕に必要な物でも欲しい物でもないからね』『強いて言えば』『僕は昔っから、女の子とお菓子に関しては甘い奴なのさ』

 

それだけ言うともう用はないとばかりに、本当に去って行った。

 

 

 

 

 

「大丈夫だったかい」

 

球磨川と名乗ったあの男が見えなくなってようやく安心できたのかアルフが話し掛ける。

 

「うん。……アルフ…あのミソギって人は本当に魔導師じゃないのかなぁ」

 

「あぁ。奴にはリンカーコアがなかった。これは確実なことだ……と思う」

 

「私も魔力は感じなかった。じゃあ…この螺子はどこから出したのかな。あと……あのスキルの…」

 

フェイトの言うあのスキルが、先程の少年の言う過負荷だということはアルフにも当然察することができたが、到底信じられるものではなかった。

 

「うん。あたしもハッタリだとは思うんだけど…」

 

でもありえないと断じるには難しい迫力が彼にはあった。

夢だとでも思えれば良かったが、そこには今までのことが決して夢ではないことを示す大量の螺子が散らばっている。

見れば見る程わけがわからない。

ひとつひとつが手の平大のサイズを有しており、到底服の中に隠せる物ではない。

 

「……レアスキルかなぁ」

 

「螺子を創り出すレアスキル?」

 

「うーん………わからないねぇ。そもそもリンカーコアがなくてもレアスキルって持てるもんなのかねぇ」

 

「私にもわからない。けどもう敵対したくはない…かな」

 

「そうだよねぇ」

 

そう敵対しない方が良いことだけはわかる。

彼に負けるとは思わないが戦いたくないと思わされる。

それは頭ではなく心で感じたことだ。

 

「ジュエルシードも反応までなくなってたんだけど、いつのまにか戻ってたし」

 

これもわけのわからないことのひとつだ。

彼はジュエルシードをなかったことにしたと言っていたし取り返しがつかないスキルとも言っていた。

だがジェルシードはここにあるし、数字が刻印されているから別物とは思えない。

なかったことにするというスキルが嘘なのかとも思ったが、そもそもフェイトに渡さない方がブラフになっただろう。

本当にわからない。

支離滅裂で利益が破綻している。

 

「それは本物なのかい」

 

「私には本物にしか見えないけど……あっ」

 

「どうしたんだい」

 

「背中の傷が……」

 

「えっ」

 

「……なくなってる……」

 

「なく、なってる?」

 

プレシア・テスタロッサに付けられた傷が、虐待の証が跡も残さず魔力も残さずなくなっていた。

初めからなかったかのように。

なかったことにされたように。

 

「球磨川禊」

 

少女は知らず知らずのうちに、先程の少年の名を呼んだ




筆者『猫とか狐のケモ耳って萌えるよな』

友人A「えっお前獣姦もいけんの」

そう言った友人を許しはしない。

本文について、球磨川君がまた死にました。






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