悪平等のおもちゃ箱   作:聪明猴子

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GOD編
心の欠片


「ぇ?えええぇーーーっ!?」

 

「街の上空っ!?」

 

夜空に少女二人の叫び声が木霊する。

それもその筈、二人はパラシュートも持たずにいきなり空に放り出されたのだ。

紐なしバンジーの心構えなんて欠片もできていないし、何もしなければ間違いなく死亡する。

突然の浮遊感と、直後にかかる強烈なG。

状況を理解できず、目を白黒させて悲鳴をあげることしかできない。

 

「な、な、ななんでぇええぇえ!!と、取り敢えず浮遊制御っ!私とアインハルトさんの落下防止〜!!」

 

「は、はい。手伝います」

 

取り敢えず目先の問題を何とかしなくては文字通り未来がないと悟ったヴィヴィオは、魔法で落下の勢いを殺し何とか着陸する。

 

「た、助かった………」

 

何とか死を免れた二人は安堵と疲労からその場に座り込む。

 

「し、死ぬかと思いました…いったいどうなってるんですか……」

 

「……まず状況を整理しましょう…。私とヴィヴィオさんはついさっき学校が終わってから、リオさんやコロナさんといったん別れて練習場に向かいましたよね?」

 

「はい。そこまでは覚えています。問題はその後です」

 

「そして、上空が光ったら空にいました」

 

「はい。私もそう記憶しています」

 

「「……………………………………………」」

 

「………覚えてないというよりそのまま上空にワープしましたよね?」

 

「はい」

 

「アインハルトさんとジムへ向かっていたのは昼少し過ぎくらいでしたよね?」

 

「はい」

 

「夜ですよね?」

 

「はい。七時くらいでしょうか?町並みから考えてミッド中央区ではないですし、別世界でしょうか?」

 

何とかアインハルトさんとも打ち解けてきたかなぁと思っていた矢先にこれだ。

ミソギさんではないが何かそういった星の元に生まれているのだろうかと天を仰ぎたくなる。

 

「…次元移動ですか。大事な試合も控えてますし早く帰って練習もしないといけないのに………」

 

「…………………どうしましょうか…?」

 

「さ、散策しましょう!!最悪、人がいるみたいですしママ達に連絡がとれれば――」

 

ここはビルの屋上だろうか。

とにかく次の行動を考えなくてはいけないと辺りを見渡して、ヴィヴィオの言葉が止まる。

どこか見覚えのある風景に、通りに並ぶ文字。

 

「あれ?この風景に文字!そうっ!ここ海鳴市だ!」

 

「それって、ヴィヴィオさんのお母様方の故郷の……?」

 

「そうです!第97管理外世界、地球………えぇ??なんでこんなところに飛んできちゃったんだろう?」

 

文字も町並みも何度か連れて来てもらったことのある海鳴市のものだ。

まず間違いはないだろう。

 

「あ、でも大丈夫です。海鳴市なら知り合いもいますし、ミッド直通のゲートがありますからすぐに帰れますよ」

 

「そうですか。よかった……」

 

「じゃあ向かいましょう」

 

歩くこと数分。

なのはママの実家に向かう途中にいきなり声を掛けられる。

 

「おや?こんな時間にどうしました?こんな夜更けに子供の一人歩きは感心できませんよ?」

 

「えっ――」

 

そんな紳士的とも言える言葉に嫌悪感が湧き上がる。

マイナス特有の気持ち悪い空気を受けて、反射的にその場を離れ声の方向を確認する。

その場にいたのは、執事服のような装いにモノクルを身につけている長身細身男性。

高校生くらいだろうか。

胡散臭くはあっても、礼儀正しい態度の男性だ。

普通は嫌悪するような人物ではないと思う。

実際、アインハルトさんも私の行動が理解できず物言いたげだ。

だけど私は手でアインハルトを制しても、この男から目を離せなかった。

悪寒が背筋を這い回る。

彼はミソギさんのような誰もが忌避するようなマイナスを纏ってはいない。

それでも彼がマイナスだということはわかった。

 

「………ヴィヴィオさん??」

 

「あなたは、誰ですか?」

 

ミソギさん以外では初めて見るマイナスに警戒しながら、聞いてみる。

少しでも情報は欲しかったし、マイナスは悪ではないと知っていたから。

 

「おや?我々マイナスが幾ら嫌われることに慣れているとは言ってもあんまりな言い方ですね。ですが、良いでしょう。名乗りましょう。私の名前は蝶ヶ崎蛾々丸。箱庭学園の高校生です私は――」

 

その紹介を聞き終わる前に、即座に魔法で変身して離脱する。

混乱するアインハルトさんを抱え上げて、後ろも見ずに全力疾走。

話している彼を見て、何故彼がマイナスなのかすぐにわかった。

彼は弱点が多すぎるのだ。

どこまでも隙だらけで弱点まみれ。

転んだだけでも死んでしまいそうな程に貧弱だ。

そう、それなのに全く傷がない。

今まで一度も傷付いたことなんてないみたいに無傷で、怪我に耐性がない。

どうしようもなくアンバランスで気持ち悪い。

それ程までに気持ち悪い。

性格だって一見紳士的でミソギさんには似ても似つかないけれど深みがない。

生きて積み上げたものが全く感じられない。

まるで機械のように薄っぺらで作り物臭い。

 

「――ツッ」

 

魔法で強化した身体をがむしゃらに動かす。

ただ彼から少しでも距離を取りたくて脚を前へと動かす。

あれは駄目だ。

私では手に負えない。

私じゃ相手にすらならない。

何と言えば良いのかわからないが彼にはそれだけの過負荷があった。

ミソギさんに劣るとも勝らないマイナス。

彼のマイナスは何かが違う。

ミソギさんとは決定的に違う。

 

「ちょっと、しっかりしてください。ヴィヴィオさんっ!!」

 

宛どなく足を動かしていると、アインハルトさんが声をあげる。

気が付けばどことも知れない公園。

脚を止めると、まとわりつくような疲労を自覚する。

頬が熱い。

 

「と、とりあえず降ろしてください……」

 

「えっ?あ、ご、ごめんなさい!!」

 

言われて、今まで全力疾走する最中ずっとアインハルトさんを抱き上げていたことに気が付く。

先程とは違った意味で顔が熱くなり、大慌てでアインハルトさんを降ろす。

 

「………ごめんなさい」

 

「いえ……………」

 

しかし、気まずい沈黙は続かなかった。

 

「あれ?」

 

「どうしました、ヴィヴィオさん?」

 

「魔力反応……。数はふたつ。速度から空戦魔導師です」

 

「管理局ですか?」

 

「…いえ……おかしいです。気を付けてください。今海鳴に常在してる魔導師は居ない筈ですから……」

 

ミソギさんとはまるで違うマイナスを目の当たりにした衝撃でパニックになっていた頭を冷やし、思考を巡らせる。

いきなり襲われても対処できるようにアインハルトさんにも変身してもらい、警戒する。

脚にも魔力を込めて直ぐに動けるように心構えをしておいたし、逃げ道も確認しておいた。

だが、そんな警戒はほぼ無為に終わった。

感知した魔力反応と思しき人物達が視界に入った瞬間、ハンマーで頭をぶん殴られたかのような衝撃に襲われ、口を開けて呆然とすることしかできなかったのだ。

白いロングスカートに身を包み栗色の髪をツインテールにまとめた少女。

そしてその後ろにいる、黒いバリアジャケットを纏い同色の斧を持つ金髪赤眼の少女。

 

「時空管理局、嘱託魔導師高町なのはです。あの〜次元渡航者の方ですよね?魔導師の入国は制限されているのですが許可証はお持ちでしょうか?」

 

その後の言葉は耳には入っても理解できていなかった。

なぜなら、年の頃は十代に入るかどうかという少女達は、間違いなくなのはママとフェイトママだったのだから。

 

 

 

 

何が何だかわからない。

冷静に考えてもまるで答えが出ない。

何が起きているのだろうか。

いきなり海鳴に飛ばされたこと。

ミソギさんと同じマイナスの出現。

十年以上若いママ達。

どれもこれも繋がらないし訳がわからない。

何を言えば良いのだろうか。

不思議そうな顔でこちらを見るなのはママ達。

 

「えぇっと、わ、私は……」

 

『おや?』『女の子がこんな時間にいるもんじゃあないぜ』

 

どうしたらよいのかわからずしどろもどろに言葉を紡ぐ私を遮るようにかけられた言葉。

その格好つけた口調に反射的に振り返る。

 

『ん?』『邪魔しちゃたかな?』『いいよ』『どうぞ』『続けて?』『四人で十分に殴り合えばいいよ』『争うってことは譲れない何かがあるってことだからね』『僕はそれを観戦させてもらうからさ』

 

マイナス。

黒い学ランに身を包んだ少し童顔の高校生。

特徴的なヘラヘラ笑いと括弧つけた口調は私の混乱なんて関係なく彼を思い起こさせるだろう。

本当にそっくりだ。

容姿は勿論、その身に宿すマイナスまでも。

 

「く、くまがわさん?」

 

「「「違う」」」

 

アインハルトさんの言葉には即答できる。

これは、眼前にいるこの男性は私達の知る球磨川禊ではない。

いくら似ていても。

どんなに似通っていても。

 

『あれれ?』『僕は球磨川禊だぜ?』『箱庭学園マイナス十三組リーダー球磨川禊。こう見えて僕は生徒会長もやってた好青年なんだからそんなに警戒しないでよ』

 

ミソギさんは確かにプラスとは言えない。

いつだって好き勝手に場を掻き乱して、登場して場が好転することなんてほとんどなくて、相手の気持に配慮することなんか全然なくて、仲間みたいに振る舞っていてもいつ裏切ってもおかしくない感じは拭えない。

そんなミソギさんにしてもここまでひどくはなかった。

 

『う〜ん』『とんと覚えがないなぁ』『君らみたいなプラス、一度見たら忘れないと思うんだけど……』『まっ』『いいか』『なんでもいいし』『だれでもいいし』『どうでもいい』『いつだって僕のやることはひとつだ』

 

そうミソギさんそっくりの顔でミソギさん好みの言葉をミソギさんみたいに喋る。

 

『エリートを皆殺しにする』『そうすれば世界は平等で平和でしょ?』


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