悪平等のおもちゃ箱   作:聪明猴子

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主人公特権

「こっからは全力全壊です』

 

格好つけて言いながらへらりと口元を歪める。

 

「なっ」

 

その笑い方にアインハルトは一瞬身体が強ばる。

彼とは違うと頭ではわかっている、反射的なもの。

彼に似たマイナスに咄嗟に面食らっただけだ。

しかしヴィヴィオはその隙を見逃さず、強引に距離を詰める。

なんの気負いも、感情も感じさせずにただただ乱暴に距離を詰める。

何を考えているのかわからない。

先程の真っ直ぐでお手本のように綺麗な戦闘スタイルを捨てて、無謀で考え無しにすら見える戦い方。

それがアインハルトには予想外過ぎて、完全に虚を突かれる。

そして、半ば体当たりのように勢いを乗せた拳を叩き付けられる。

 

「っ!?」

 

放たれたブローが肝臓を抉るように叩き込まれ、アインハルトの肺から空気が溢れる。

息ができなくなるような錯覚と共にじんわりとした痛みが内蔵を襲う。

呼吸が辛い。

 

「アクセルッ』

 

ガードをくぐり抜け、的確に急所を狙って二撃、三撃と続く。

手首から、足先まで全てを戦闘に使って視覚外から攻撃が飛んでくる。

一番やり辛いことに自分の強みが完全に潰されている。

思うように動けない。

懐に入られて、パンチに威力をのせられない。

引いた腕はバリアジャケットの袖口を掴まれるし、ジャブは放つ前に体勢を崩されるし、後退しようとしても足を踏まれる。

一撃でもまともに入れることができれば防御の上からでも叩き潰せるのにそれができないように立ち回る。

つかみどころがなく、じっとりと染み込むように距離を詰めてくる。

気が付けば、体中にまとわりついている。

やり辛いことこの上ないし、振り払える気がしない。

先程までのお手本通りで綺麗な格闘スタイルとは明らかに違う。

神経と精神を磨り減らし、徹底的に相手の強みを潰し、自分の土俵に引き込む闘い方。

まるでスリルとリスクを楽しんでいるかのような戦闘スタイルに否応なく彼が浮かぶ。

弱さを教えてやると言ったマイナスたる男性。

弱さそのものと言っても過言ではない『彼』が。

 

 

 

 

 

「球磨川君はヴィヴィオに何したの?」

 

ヴィヴィオの戦闘スタイルが眼に見えて変わったのをなのはが問う。

 

『別に特別なことはしてないさ』『ただ話して、わかってもらっただけだよ』

 

「球磨川君がそう言うなら喋っただけっていうのは本当なんだろね。うん。それであれはどういうことなの?」

 

『そうだねぇ』『じゃあここは親愛なる善吉ちゃんに倣ってこう言っておこうかな』『凶王モード』『僕ら過負荷に触れ、理解しようとしたヴィヴィオちゃんが産み出したスタイル。弱点や弱味、人が触れて欲しくないものに躊躇なく踏み込み、暴き、曝させて理解するスタイルだ』『なのはちゃん達のプラスと僕のマイナスを混ぜ合わせた、ヴィヴィオちゃんだけの闘い方とも言えるかな』『さながら、人の弱味に漬け込んで問答無用で仲良くなる主人公かな』

 

「悪意のある名前だね」

 

『まっ、あんなのは只の気持ちの切り換えだけどね』『ただのカッコつけだよ』

 

そこまで言うと、なのはに移していた視線をヴィヴィオの試合に向けて独り言のように呟く。

 

『でもね』『お節介なヴィヴィオちゃんの前であんな隙を曝して放っておいてもらえるとは思わないことだね』『面倒くさいぜ』『ヴィヴィオちゃんは』

 

 

 

 

 

「はぁっ』

 

ヴィヴィオが肘を曲げて回転をかけながらフックを叩き込む。

アインハルトが苦手な距離に慣れる前に、何度も拳を振るう。

 

「楽しいですねっ。アインハルトさん』

 

「……………戦いが楽しいなんて――」

 

「友達と競えるのが、です』

 

「…友達………ですか…」

 

真摯に友達になろうとしてくれる姿に、知らず知らずの内に拳が止まる。

 

「ええっ、私はもうライバルくらいの仲にはなれたかな~って思ってたんですけどっ!?もしかして嫌でした!?』

 

「そんなことは………」

 

「良かった~』

 

大真面目に喜んでくれているのが分かる。

 

「これはリベンジです。その為にミソギさんに鍛えてもらったんですからね!』

 

「はぁ」

 

「アインハルトさん』「私は負けたくないから今ここにいます』「強くなりたいから。アインハルトさんを見返したいからここにいます』「アインハルトさん。あなたは何の為にここにいますか?』

 

「………わ、私…は…………………」

 

即答できない。

前のように覇王流の証明だとか、イングヴァルトの未練なんかは言えなかった。

でも――

 

「――私は、私はそれを探す為にここにいます。生きる理由を知りたいからここにいます」

 

覇王イングヴァルトではない、アインハルト・ストラトスの生きる理由。

私はそれを探していきたいと思う。

 

「そうですか。それは楽しそうで羨ましいですね。ご一緒しても?』

 

「勿論です」

 

思えば私は自分でも壁を作っていたのだろう。

自分は相手とは違うのだと、自分は覇王の理想を継いでいるのだと。

それはとても恥ずかしいことだったと今になればわかる。

彼が中二病と言うのも納得だ。

自分は卑屈になって見下していたのかもしれない。

私にはやることがあると。

私には力があると。

生きる理由があるのだと。

当たり前のことだったから。

物心ついた頃から共にあったのだから。

無意識に自分とその他を分けていた。

無意識に自分の弱さを強さだと見て見ぬふりをしていた。

そんなことを考えてしまう。

 

「じゃあ一息着いたところで改めて――』

 

スッと姿勢を正してこちらを見詰めるヴィヴィオさん。

 

「――私の名前は高町ヴィヴィオ。St.ヒルデ学院小等科に通う四年生です。アインハルトさん。友達になりませんか?』

 

「えっと、St.ヒルデ学院中等科一年生、アインハルト・ストラトスです。こちらこそ宜しくお願いします」

 

「じゃあ――』

 

「それでは――」

 

「「――決着をつけましょうか!!」』

 

言葉と同時に思いっきり地面を蹴ると拳を握る。

 

 

 

 

 

私では力も技術もアインハルトさんには及ばない。

アインハルトさんは私よりも長く鍛練を積んできただろうし、人相手の格闘経験も豊富だろう。

だけど負ける気は更々ない。

そんなことアインハルトさんが望むわけがない。

 

「ツッ』

 

強くなりたい。

私が格闘技を始めたのはそんな思いからだった。

私を助けてくれたなのはママ達を今度は助けられる側になりたい。

また失いたくない。

次は頼られるようになりたい。

そんな強さが欲しかった。

だけどそれで弱さを切り捨てたり、弱さを忘れてしまうのは嫌だ。

私はそれをミソギさんで感じた。

弱いなんて嘯く彼は絶対に認めないだろうけれど彼は強い。

弱さを抱えて生きていけるミソギさんはきっと誰よりも負け犬で誰よりも強いのだろう。

そんな強さを持つミソギさんに触れた。

一片とはいえ知ることができた。

そしてそれは私の人生を変えるには十分過ぎるものだった。

ミソギさんみたいにママ達を支えられるようになりたい。

それが今の目標だ。

弱さを知って、弱さを自覚して、弱さと向き合って、弱さを抱えて強くなる。

それはただ強くなるよりずっと難しいだろう。

それでも私はそう行きたい。

なのはママの横に立てる人は多いけど、なのはママの敵になれる人は多分ミソギさんしかいない。

彼は負けることを知っているから。

折れることを知っているから。

弱いことは勝てないことと同義ではないと世界に胸を張って生きているから。

私は守る者ものが無い最強よりも、何度だって立ち上がれる負け犬の方が好きだ。

そして私はアインハルトさんが自ら弱さを捨ててしまう前に――

 

――貴方を覇王になんてさせてあげないっ!』

 

真っ直ぐ行ってねじ伏せる。

それだけを考えて思いっきり走る。

 

「覇王――」

 

アインハルトさんの足元で、一際強く魔法陣が輝く。

 

「――断空拳!!」

 

拳が放たれる直前に、思いっきり重心を低くする。

そして断空拳の下を潜るように回避して、体当たり。

飛び付くように拳を前に突き出す。

 

「アクセルスマッシュ!!』

 

渾身のカウンターをアインハルトに叩き込む。

『勝った』と、思ったのも束の間。

後先考えずに思いっきり叩き込んだパンチは自分でも止められず、バランスを崩してアインハルトさん諸共倒れ込む。

受け身もとれずに転がって意識が急速に遠退く。

 

「か、勝てなかった………』

 

 

 

 

 

「で?どこまでが計算ずくなの?」

 

二人が同時に倒れ、起き上がらないのを近寄って確認しながらなのはが問う。

 

『計算?』『あはは何それ』『なのはちゃんも案外僕をわかってないなぁ』『計算なんて人生で一度もしたことないよ』『僕はただ好きなだけさ』『スリルとリスクで神経を削る』『分の悪い賭けって奴がね』

 

こうして高町ヴィヴィオとアインハルト・ストラトスの再戦は終わった。

勝者はいないが敗者もいない。

それでも楽しそうで、嬉しそうだった。


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