悪平等のおもちゃ箱   作:聪明猴子

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我が儘

『なのはちゃん』『君は強くて凄くて気高くて格好いい』『だからこそ』『君は本当に弱い奴の気持ちがわからない』『頑張れない奴やできない奴の気持ちがわからないのさ』『 プラスに生きている人間は、それだけでプラスに生きていない人間を深く傷つけることを知るべきだよ』

 

ミソギさんはそれだけ言うと弱々しく縋り付いているアインハルトさんの腕を払いのけ去っていく。

一拍遅れなのはママがそれを追いかけるとその場にはどうすることもできない私達と啜り泣くアインハルトさんだけが残された。

彼がいなくなっても私達の心に広がったほの暗いマイナスだけは消える気がしなかった。

 

 

 

 

 

「なのはが帰って来てからミソギを連れて私室に直行したのはそれが理由か~」

 

「うん……」

 

「あぁ、本当にしくじった。確かにミソギが食いつきそうな話だったなぁ。ミソギを連れていくべきじゃなかったね」

 

フェイトママは話を聞くと大きく溜め息を吐いて頭痛を抑えるように頭を抱える。

ミソギさんが来てからフェイトママもなのはママもそういう態度を見せることが多くなった。

疲れたり、呆れたり、怒ったりする姿をママ達は今まで私の前ではあまり見せようとはしなかった。

勿論そんなことで失望することなんてないが少し考えてしまう。

やっぱりママ達はミソギさんに対して私達とは違う信頼を持っているのだろうと。

私達が信頼されていない訳ではないと思うのだがそれとは違う信頼をミソギさんに対して抱いているのだと。

 

「………………フェイトママは、フェイトママ達は何でミソギさんをそんなに特別扱いするの?私はミソギさんが……怖いよ…」

 

気持ち悪いと言いそうになるのを咄嗟に変える。

 

「…そっか……」

 

「何であの人はあんなことができるの?レアスキルとかじゃない。あんなものを抱えて生きていくなんて私にはできないよ………」

 

ミソギさんの纏っていたマイナスを思い出して身体が震える。

それほどまでに根源的で生物的に恐ろしいものを宿していた。

直視を躊躇うレベルの醜悪さだった。

 

「………ミソギが最低なのは知ってるよ。そのせいでミソギが敵を作りやすいのも、その振る舞いで私達がミソギを嫌っていたのも事実だしね。だけどね、それでも私達はミソギのそういうところに救われたんだ」

 

「救われた?」

 

「そう。私もなのはもね」

 

「でも今回のことは……」

 

「うん。正直今回のこれはミソギが手を出していい問題じゃないとは思うんだ。確かにそのアインハルトちゃんが人に迷惑を掛けたんだけどミソギが勝手に手を加えていい問題じゃない。外部の一個人が手を出すべき問題じゃない」

 

「……フェイトママにも止められないの?」

 

「多分ね。ミソギはそういうとこだけ頑固だから。いや私達だからこそ説得できないかな。本質的にミソギは弱いものの味方なんだよ。優しくて甘くて仲間思いな生まれながらの弱者。だからこの件に関しては私達じゃミソギを説得できない。凶行を止めることはできたかもしれないけど撤回はさせられない。アインハルトちゃんならできるかもしれないけど聞いた話では期待はできないし………」

 

フェイトママの言葉は寂し気に聞こえた。

それが何なのかはわからないけどそれだけは感じた。

そんな少しもの悲しい空気を断ち切るかのようになのはママが慌ただしげに自室から戻ってくる。

因みにミソギさんは戻って来ていない。

 

「――ごめんね。すぐにご飯用意するから」

 

「あっ、おかえり。遅かったね」

 

悲しげな空気を霧散させたフェイトママが笑顔を向ける。

 

「やっぱり駄目だった」

 

「まぁミソギだしね」

 

「あの……アインハルトさんのことは………………」

 

「んーどうしようかなー。球磨川君が暴力や法律で自分を曲げたりするとは思えないしなぁ」

 

「大嘘憑きを私達で無効化するのはもっと難しいだろうし」

 

『あはははっ』『なのはちゃんやフェイトちゃんが裸エプロンでもしたら「アインハルトちゃんの記憶をなかったことにしたのをなかったこと」にしてもいいよ』

 

ミソギさんがひょいっと顔を出しながら反応に困る冗談を飛ばす。

その様子は初めて会った時と同様にただのおどけた様子の大人にしか見えない。

あの人間離れした濃密なマイナスも狂いそうな程気持ち悪い空気もない。

それが本気で怖かった。

あんなものを人間の最低を彼が抱えながら生きていることが例えようもなく怖かった。

 

「は、裸エプロンっ!?」

 

「フェイトちゃん!それ球磨川君のいつもの戯言だよ!?」

 

なのはママがあんなことがあっても普通にいつも通りミソギさんに接することができるのは、フェイトママの言うところの恩とやらがあるからだろうか。

理解しているからなのだろうか?

そんなことを考えてしまう。

 

 

 

 

 

「ママはミソギさんが……怖くないの?」

 

ミソギさんが庭に出て、フェイトママがお風呂に入った時に話を切り出す。

最近感じたことだがなのはママとフェイトママはミソギさんの話題になると少し天然が入る。

有り体に言えばポンコツ化する。

これはミソギさんが来て三日とかからず覚えた。

そうしないと際限なく話が脱線していくのだ。

ミソギさんが加わると更に酷く、もう手がつけられない。

でもこんな姿もミソギさんが来てからだ。

つい一週間前まではママ達に呆れるなんて考えもしなかっただろう。

 

「んー私は結構慣れちゃったとこがあるしね。あんまり怖いっていうのはないかな?引いたり、呆れたり、怒ったりっていうのはあるけど。ヴィヴィオは球磨川君が怖いの?」

 

「………うん」

 

「それはおかしいことじゃないよ。多分正常な、球磨川君が言うところのプラスな人間なら誰もがそう思うんじゃないかな?」

 

「じゃあ何でなのはママはそれでも付き合えたの?」

 

「そうだね~球磨川君が同じ街に住んでたってのが一番大きいかな。事実一時期は球磨川君を見るのも苦痛だったからね。『嫌う』という形ですら関わりたくないって思ってたんだ。変わったのはやっぱり私の理想を螺子曲げてくれた時かな?」

 

そういって笑顔を浮かべるなのはママはとても楽しそうで美しかった。

私はそれが少し羨ましかった。

彼が私とは違う関係でなのはママと繋がっていることが。

彼が私も知らないなのはママとフェイトママを知っていることに。

 

「………そっか…」

 

「あんまり参考にはならなかった?」

 

「うん、正直アインハルトさんの件については………」

 

「う~ん、じゃあ球磨川君と付き合う上でのコツじゃないけど心構えを教えてあげよっか」

 

「心構え?」

 

「うん。ひとつめ、自分の気持ちを隠したり、偽ったりしない。そんなことは球磨川君には不可能だし、無意味どころか弱点になる。球磨川君を説得したいなら自分の気持ちや我が儘、理想をありのまま伝えなきゃいけない」

 

人差し指を立てながら真面目な顔で話し出す。

 

「………自分の気持ち…?」

 

「何でヴィヴィオはアインハルトちゃんの記憶を戻したいの?」

 

「それは………」

 

「ふたつめ、球磨川君を定義するな」

 

「定義?」

 

「そっ、『こういう奴だから』『化け物』こう言って定義してしまうと本当に球磨川君には太刀打ちできなくなってしまう。球磨川君の放つ、マイナスや恐怖、嫌悪なんかの雰囲気に流されて彼の人格から離れてしまう。………そんなことになったら彼を理解なんてできない。多分近付くことすらできないんじゃないかな」

 

過去に思いを馳せているのか後悔しているような顔だ。

本当にミソギさんのことを話すママ達は新鮮だ。

 

「……難しいね……………」

 

「それはそうだよ。私やフェイトちゃんだって球磨川君を人間だとは思えなかったし」

 

「ママも!?」

 

「うん。と言うか、今でも私達は球磨川君を理解できてなんかいないよ。知ったり、わかったりはしても理解はできてない。ただ理解したいだけ」

 

 

 

 

 

ミソギさんは家の庭に寝転んで古い漫画雑誌を読んでいた。

確か地球の週刊誌だ。

なのはママもフェイトママもあまり漫画を読んだりしないのに前から家に置いてあったので妙に記憶に残っている。

それでも私が声を掛けるとこちらに向き直る。

 

『ん?』『どうしたんだいヴィヴィオちゃん』

 

へらへらした笑顔だ。

この一週間で見慣れた筈の表情に昼間の惨状が重なって怖くなる。

今だって身体が震えていないのが自分でも不思議な程彼が恐ろしい。

あんなマイナスを振り撒いておいて普通に過ごせるのがおっかない。

闇より黒く、底のない瞳に射竦められると自分が螺子曲げられる気がして酷く気分が悪い。

それでも勇気を振り絞りミソギさんに目を合わせる。

 

「アインハルトさんの記憶を戻して下さい」

 

『それはできないね』『それともヴィヴィオちゃんが裸エプロンでもするのかい?』

 

「何で、何でアインハルトさんの記憶を消したんですか?」

 

『言っただろ』『それが彼女の為だからさ』

 

冷静にミソギさんの言葉を噛み締める。

マイナスに流されないように。

冷静に。

 

「それだけですか?」

 

『何がだい?』

 

こちらを見透かすようにミソギさんが覗き込む。

瞳は光を一切通さないかのように黒く、その瞳に昼間見たマイナスが混じっていることに気付く。

 

「確かにアインハルトさんは先祖の記憶に囚われています。それが彼女を苦しめているのだってわかります」

 

『そうだね』『それで被害を受けている人もいるよ』『事実僕は脇腹に螺子の破片螺子込まれたし』『僕じゃなかったら死んでなければおかしいってくらいにね』

 

そう言って楽しそうに脇腹を擦る。

嫌悪が恐怖が湧いてくるが、それを必死に自制する。

意識していないとミソギさんから目を逸らしてしまいそうだ。

深呼吸して心を落ち着ける。

 

「そうですね。ミソギさんが喧嘩を売ったのは教えてもらいましたけどそれに乗るのも確かに問題です。私が言うことじゃありませんけれど女子中学生が殺し合いをする、できてしまう。それ自体が異常です」

 

『じゃあ――』

 

「――でも乗り越えられるとは思わないんですか?」

 

『言ったろ』『自分の問題を、困難を乗り越えられるのは強い奴だって』『できない奴に求める残酷さを知れ』『自分のプラス加減を自覚しろ』『その意識の高さを弱者に強制するな』

 

「貴方こそ決め付けるな!アインハルトさんを弱いって、何で貴方にわかるんだ!勝手に弱者にカテゴライズするな!!」

 

精一杯の虚勢を張って吠える。

実際言い出したら堰を切ったように言葉が溢れ出る。

実際私は怒ったのだろう。

弱いって決め付けたミソギさんにも今まで気付かなかった自分にも。

 

『ふぅん』

 

「今できていないからって何で乗り越えられないってわかるんだ!!」

 

これはママ達にはできないことだ。

ママ達は私でもびっくりするくらい自分の強さを知らない。

人助けを使命感というより我が儘として捉えているママ達ではできない。

努力を当然として、友情に溢れ、勝利し続けてきたママ達では言ってもミソギさんを説得できない。

 

『………確かにね』『未来は安心院さんにだってわからない領域だ』『アインハルトちゃんが自分の異常(アブノーマル)を完全に制御できるようになることだってあり得るよ』『でもさぁ』『それだって可能性に過ぎないだろ?』

 

「そうですね。だからこれは我が儘です。アインハルトさんを救いたいのは本心です。だけどそれだけじゃない。私は、私のストライクアーツを趣味と遊びの範囲と言ったアインハルトさんを叩き潰したい。その為にはアインハルトさんが腑抜けていては駄目なんです。あのアインハルトさんじゃなければ駄目なんです。先祖の悲願の為に戦うアインハルトさんに私のストライクアーツで勝ちたいんです。だから――」

 

自分の気持ちを、我が儘を正直に語る。

アインハルトさんに負けて悲しかった。

アインハルトさんの態度は辛かった。

アインハルトさんの言葉にムカついた。

でもそんなことが些細に思える程悔しかった。

自分の努力を酷評されて悔しかった。

だからこれは我が儘だ。

あのアインハルトさんをぶちのめしたいから記憶を戻せなど恥ずかしくって人には言えない。

でもそれが高町ヴィヴィオのアインハルト・ストラトスの記憶を戻したい理由だった。

 

「アインハルトさんの記憶を戻して下さい」

 

ミソギさんは数秒目を細めて楽し気にこちらを見つめると大きく溜め息を吐く。

やれやれと若干オーバーなリアクションを取りながらミソギさんが話し出す。

 

『……ふぅ』『僕はこれでも良識ある大人なんだぜ。そんな我が儘に付き合ってなんかいられないなぁ』『そもそもヴィヴィオちゃんじゃアインハルトちゃんには――』

 

「弱くとも勝ちたいんです。相手の方が強くても諦めたくないんです」

 

『――気に入った』『いいぜ、ヴィヴィオちゃん』『僕は君の我が儘を全面的に支援しよう』

 

そう言うとミソギさんはへらへら笑いながら付け加える。

不思議と恐怖はなくなっていた。

 

『その顔、君の母親達にそっくりだ』

 

その言葉で何故ママ達がミソギさんを慕うのか少しだけわかった気がした。

 

 

 

 

 

「み、ミソギ!は、裸エプロン着たよっ!これでアインハルトちゃんの記憶は――」

 

ヴィヴィオが部屋に戻って数時間後のことだった。










フェイトそん……ポンコツ化させてごめんね…

『次回、アインハルトちゃんとマイナス』

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