過去を根拠にするのが信用。
信用取引なんかが分かりやすいイメージ
未来を見据えるのが信頼。
信頼感なんかが分かりやすい。
信用の方が根拠が薄い。ということを踏まえて読んでくださるとより楽しめると思います。
『なのはちゃん』『あれを御覧よ』
「すごく、大きいね」
『うん』『僕が見た闇の書さんはナイスバディの銀髪おねーさんだったんだけど』『どうしてこうなった』
海の上には何かよくわからない気持ち悪い生物がグニュグニュと触手を伸ばして奇声を発している。
しかもデカイ。
巨大な身体を揺すりながら吠えている。
「あっ、なのは!!って何でミソギ!?」
「フェイトちゃん無事だったんだね…良かった………」
『やっほー』『フェイトちゃん元気?』『デートにはいい夜だね』
「何でミソギがここにいるのッ!?」
『何かねー巻き込まれたんだよねー』『つまり全部管理局って奴が悪いんだ』
「またぁ!?」
「それで今どんな状況?」
「あっ………あの闇の書の防衛プログラムとはやてやヴォルケンリッターを分離させたの。あれを私達で倒せばいいんだけど手伝ってくれる?」
「勿論!こちらこそお願いね」
「うん、はやても協力してくれるから。それで何でミソギがここに――」
再び追求しようとしたところでクロノやヴォルケンリッター、はやて、ユーノ等の魔導師が降りてくる。
「なのは無事だったのか。…それと球磨川禊……お前は今は味方でいいんだな?」
『そんな悲しいこと言うなよ』『クロノ君』『僕らの仲じゃないか』『いつだって僕は君の味方さ』
「てめぇ――」
『よっ』『ヴィータちゃん久しぶり』『なのはちゃんのリンカーコアを奪おうと無害な一般市民の僕を鈍器で殴ってボコボコにした時以来だね』
「っ――」
『おいおい』『加害者がそんな顔するなよ』『僕やなのはちゃん、フェイトちゃんに襲い掛かったのは君達なのに被害者みたいに見えるじゃないか』『誰かの為だなんて都合の良い言い訳ぶら下げて仲間面するなよ』
なのはやフェイト以外の人間は球磨川がここにいるのをどうしようもなく不快に思う。
一応球磨川に感謝しているアルフでもそうなのだ。
一度徹底的に詰られたユーノやクロノ、一方的に非難されているヴォルケンリッター達は球磨川のマイナスに心を痛めつけられる。
しかし今は闇の書の討伐を優先したのか無理矢理心を落ち着かせて作戦を語る。
「一応作戦だ。闇の書には4層の防御結界が存在する。これを僕らの魔法で貫き、コアを露出させる。その後ユーノとアルフ、シャマルの手でコアを衛星軌道上に転送させ、アースラのアルカンシェルで仕留める」
『ふぅん』『ねぇなのはちゃん』『僕は空も飛べないんだしいらなくない?』
「球磨川君は回復要員で」
『えぇー』
「球磨川君。私魔力が足りないし、怪我してるんだ」
『ふぅん』
「友達の我が儘聞いてくれるんだよね」
『……
「疲れた」
『…………
「お腹空いた」
『………………
「眠い」
『……………………
「ちょっ、なのは!?何してるの!?」
「球磨川君は私が我が儘を言ったらできる限り叶えてくれるって約束してくれたんだ」
「えっ!?待って!どういうこと!?しかも眠気とか疲れとか空腹って消して大丈夫なの!?」
「とりあえず球磨川君は結界を壊すもといなかったことにする係ね」
「ちょっと待って流さないで!」
『あぁ、後でなのはちゃんには眠気も疲れも空腹感も一気に戻すから大丈夫だよ』『それより今はとりあえず闇の書を終わらせようぜ』
「ぜ、絶対に説明してもらうからね」
フェイトに続いてなのは以外の全員が球磨川から逃げるように空に飛び立ち、配置に着く。
彼らが充分に離れ、声が聞こえない距離に行くまで待ってから球磨川がなのはに語りかける。
『もうあれは分離してるんだから僕の大嘘憑きであれだけをなかったことにすることもできるんだぜ』『それでも使わないのかい?』
「うん。まぁ正直球磨川君をそこまで信用できないから」
『そっか』
「……でも万が一失敗したら皆を守ってね」
『おや?信用してないんじゃなかったの?』
「うん。球磨川君を信頼してるんだよ」
『本当に君は嘘ばっかりだぜ』『一体誰に影響されたんだか……』
「さぁ?じゃあ、無駄話はここまでにしておこっか。行ってくる」
なのはがその場を後にすると球磨川も踵を返す。
『自分に大嘘憑きを使わせといてよく言うよ』『僕でも嘘だって分かるぜ』
その言葉だけが誰にも聞かれることなく、その場に溶けた。
『なのはちゃん本当に君は何やってんだよ』
物悲しい空気を捻曲げるように声が響く。
そしてそのマイナスに反応する前にその場に螺子が降り注ぐ。
そしてヴォルケンリッターを過たず、貫き、固定する。
「なっ!?」
「うるさいなぁ。私だって球磨川君になんて頼りたくなかったよ」
「ミソギこんばんわ。待ってたよ」
仲間が螺子を突き刺され意識を失って混乱するリインフォースとは違い、なのは達の口調は状況を理解していないのではないかと疑うくらい自然で穏やかだった。
ヴォルケンリッターは降ってきた螺子に刺されて昆虫採集の標本みたいに固定されている。
「お前は……」
「大丈夫。気絶してるだけだから」
「何でミソギはそうやって物事をややこしくするのかな?」
『あぁ』『僕は恥ずかしがりやでね。あんまり知らない人と話すことは得意じゃないんだよ』
「嘘ばっかり」
『ところで』『なのはちゃん』『あんなに言っといてこれとか格好悪くない?』
「うるさいよ。だから守ってねって言ったんじゃん」
『本当になのはちゃんも口が悪くなっちゃって』
「球磨川君が悪い」
『おいおい』『自分の口が悪いのを人のせいにするなよ。それは責任転嫁ってやつだろ』『だから』『僕は悪くない』
「絶対にミソギのせいだよ」
「しかも遅いし。はやてちゃんがここに来る前で良かったけどさぁ」
『間に合ったんだからそんなこと言いっこなしだよ』
「待て高町、テスタロッサ。これはどういうことだ」
「えーと――」
「リインフォースさんを助けられる人を呼んできました」
「どういうことだ?」
「かなり人格は信用できませんが助けられる人です」
「しかし――」
『うっさい』
螺子をぶち込み黙らせる。
『僕はなのはちゃんの我が儘に付き合ってるんだ』『なのはちゃんが救いたいって我が儘言うのなら君が例え死にたくっても絶対に死なせたりなんてさせてあーげない』
「…………まぁ間違ってはないけど…私がやりたいからやってるんだし……それはそうとその言い方は良くないと思うんだ」
『まあまあ』『そう間違ってないなら良いじゃないか』『そして僕はそっちの方が良いと思うぜ』『行為の理由に他人を使う奴なんて録な奴はいないしね』
「うん、許してあげる。じゃあ改めて、私はリインフォースさんを助けたい。手伝ってくれる?」
『やだ』
「ダメ」
『無理』
「却下」
『ごめんね』
「これは許さない」
『意味ないじゃん』
「約束したでしょ。友達だって。まだ球磨川君のことを理解できてるとは思えないけど、少なくとも理解したいとは思ってるんだ」
『恥ずかしい台詞言っちゃって』
そう言いながら薄く笑う球磨川の顔はいつもの貼り付けたような笑みとは全く違うものだった。
その日を境に球磨川禊は海鳴から姿を消した。
小学校にも来ず、住んでいたらしいアパートからも姿を消したようだ。
魔導師がサーチャーで探しても見付からず、彼が海鳴から離れたどこかに行ってしまったことを否応なく実感した。
もう月曜日に買ったジャンプを楽しげに読む姿も、球磨川が登校した瞬間に痛いほど静かになる教室も見られなくなっていた。
学校は球磨川が消えたことで少し活気を取り戻した。
球磨川をいじめようとして不登校になっていた生徒も少しずつだが顔を出すようになっていた。
アリサも元気を取り戻し、笑顔を見せることも格段に多くなった。
すずかも彼に怯えることはなくなった。
なのははフェイトと親友とも呼べる間柄を構築できたし、フェイトも徐々に魔法関係者以外にも親交ができた。
はやても聖小に転校して来て、本当に楽しい日々が多くなった。
彼がいなくなり、全てがプラスの方向に回り始めていた。
皆が皆幸せになっていった。
それこそマイナスの頂点たる彼がいた時とは比べ物にならないくらいに楽しく、幸せな日々だった。
それでも何となく物悲しい気持ちになった。
どんなに言い繕ったところで私達は彼に救われたのだろう。
どんなに卑怯で劣悪で最低なマイナス的手段であったとしてもそれだけは変わらなかった。
同じように救われた今の親友は殆ど彼について話さなかったし、人前で心配するような素振りも見せなかったので結局私も自分から彼を話題に出すことはしなかった。
彼の失踪とも言える別れを知った当初こそ何となく裏切られたような気持ちにもなったが、それこそ彼らしいと思ってしまう自分もいた。
口では「彼が死ぬわけない。心配するだけ無駄だ」などと言ってはいたが休日にはサーチャーをあちこちに飛ばして彼の行方を探すくらいには彼を気に掛けていた。
それくらい彼の残した影響は大き過ぎた。
私の心に深く根差している。
しかしそんな私の心とは無関係に周囲の状況は変わっていった。
かつて彼が使い、異常なマイナスを有していた机は他の量産品と見分けがつかなくなり、彼の残した物はその机に入れられていた週刊少年ジャンプだけになった。
これを私は時々読んでいる。
勿論彼のように授業をサボって読んでいるのではなく、休み時間や放課後に彼をふと思い出したくなった時に読んでいる。
前回までのあらすじも、次回の展開も全く知らないジャンプを読んでいると彼のことを身近に感じる。
彼は物語の主人公のように万人が認める強さも、人に受け入れられる格好よさも持ってはいない。
ジャンプの主人公とは真逆の、思い付きや自分本意で場を掻き乱す狂人キャラだろう。
でもだからこそ彼を感じる。
彼の理想は彼の愛するジャンプのヒーローなのだと思う。
格好よくて強くて正しくて美しくて可愛げがあって綺麗で才能あふれる頭と性格のいい上り調子でつるんでいるできた連中を理想像にしているんだろう。
彼は自分とはいっそ真逆とも言える作風のジャンプを愛しているんだろう。
本当に変なところで卑屈なのだ。
私達にとっては紛れもないヒーローなのに自己評価は本当に低い。
だから今日も何度目かわからないくらい読み返したジャンプを開く。
親友も読んでいるのだろうか。
挟まれていた栞が場所を移している。
親友達に挟まれて騒がしい屋上はほんのちょっぴり寂しかった。