悪平等のおもちゃ箱   作:聪明猴子

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心の底から

「闇に、沈め」

 

「ップロテクション」

 

血の色をした鋼の短剣が高速で放たれ、瞬時になのはに殺到する。

速く、鋭い。

視認すら困難な魔法をプロテクションで受けるも、容赦なく爆裂した魔力がなのはを痛め付ける。

無人のビルの窓ガラスを突き破り、大きなデスクにぶつかって漸く痛みが襲う。

闇が空を覆い、黒い光が辺りを染める。

桁違いの魔力が吹き荒れ、その余波でさえ常人なら死んでしまいそうでさえある。

仲間はなく、自分では及びもつかない力を持つ相手に逃げることは許されない。

正しく戦場であり、地獄であり、世界の終焉のようだった。

それでも彼はいつものように飄々といつものようにマイナスを撒き散らしながら現れる。

感情の読めないへらへら笑いで私の前に現れる。

その徹底ぶりに彼が人の前で本心を吐露することなどあるのかと疑問に思う程だ。

墨汁を煮詰めた様な闇より黒い瞳で私の前に現れる。

いつだってどこだって彼は場を乱しに現れる。

良いものも悪いものも一緒くたに混ぜて全て台無しにしてしまう。

彼は思想も主義もなく私達の心を掻き乱していく。

 

『こんばんわー』『なのはちゃん、君はもしかして血だらけをファッションだと思ってるのかい?こう会う度にボロボロ、血だらけだと反応に困るんだけど』

 

「…球磨川君か……毎度思うんだけど何で結界に紛れ込むのかなぁ」

 

愛機を杖に立ち上がる。

 

『単純に運が悪いのさ。マイナスだからね』

 

「そっか…じゃあすぐに逃げた方が良いと思うよ」

 

『ふぅん』『随分弱気だね。どうしたんだい?』

 

「……ちょっとね」

 

『助けてあげよっか?』

 

「………どういうつもり…?」

 

『前に言っただろ』『僕は争いが起こったとき善悪問わず一番弱い子の味方をするって』『なのはちゃん』『君は気付いてないかもしれないけれどもうどうしようもない程終わり切ってるんだぜ』『一人では倒せない』『フェイトちゃんもあれに吸収されて生きているかさえ分からない』『これでどうしようって言うのさ』『正しく絶望的だよ』

 

「……球磨川君がそれを何とかできるって言うの?」

 

『うん』『僕の過負荷(マイナス)大嘘憑き(オールフィクション)」でね』

 

「それは…」

 

『僕が消してあげようじゃないか』『あれの起こした被害も悲しみも全部なかったことにしようじゃないか』

 

「…そんなことができるの?」

 

『僕の欠点を使えばね』『それこそ死さえなかったことにできる、正真正銘すべてをなかったことにできる過負荷(マイナス)なんだぜ』『どんなに強くたって関係ないさ』『ぜぇんぶなかったことにしてあげるよ』

 

心が酷く掻き乱される。

球磨川君の前では冷静であろうと努めていたことを忘れてしまう。

 

「まっ、待って闇の書はバグのせいで暴走してるだけなの!!しかもあれにははやてちゃんがいるの!」

 

『それがどうかしたのかい?』

 

「それは球磨川の言う大嘘憑き(オールフィクション)でなかったことにしたらどうなるの!?」

 

『さぁ』『それは考えたことがなかったな』『まず僕はそのはやてちゃんとやらを知らないし』『まっ大丈夫じゃないかな』『しっかりきっちり闇の書だけをなかったことにしてあげるからさ』

 

「待って!闇の書だって壊れてるだけなんだよ!バグだけを直すことはできないの!?」

 

『どうだろうねぇ』『僕はそのバグも元の物も知らないしどうなるかなぁ』

 

「そんな…………」

 

『うん?』『さっきから何を言っているんだい?』『そんなこと僕らには関係ないだろう』

 

「なっ、それは――」

 

『だってそうだろ?それは僕らが作った物でもなければ持って来たものでもないんだぜ』『「世界を壊す」なんて危険な兵器を僕らの所に流出させたのも全部管理局の責任だよ』『それを助けようとして僕らを危機に陥らせるなんてどういうつもりなのさ』

 

「そんなこと――」

 

『じゃあ安心だ』『おめでとう、なのはちゃん』『君は地球を救う英雄だ』

 

そう嗤った球磨川の顔はいつものへらへら笑いとは違い、とても楽しそうだった。

 

 

 

 

 

「…………駄目!それは駄目だよ」

 

『何がだい?』

 

「あれは……闇の書ははやてちゃんにとって大切な家族なんだよ!!それにユーノ君が何とかする準備だって整えてるんだよ!それがあれば――」

 

『君は本当に優しいね』『でもさぁ』『お前』『今死んだらどうするんだ?』 『「お前が」じゃねーぜ』『お前みたいにどうでもいい奴がじゃなくて』『この町の人やフェイトちゃん、ユーノ君が死んだらどうするんだ?』『その時は墓参りにでも行って「闇の書を守ったよ」とでも言うのかい?』『友人、知人を殺してでも他人を助けたいのかい?』

 

「まだ死んだって――」

 

『あぁ決まった訳じゃあないよね』『でもそれはあり得ないことじゃないよね』『利口ななのはちゃんなら分かってるだろ?』『無様に君を含めて全滅する可能性だって低い訳じゃあない』『そこで質問だ』『君の「人助け」に友人が命を賭けている。君が死んだら悲しむ家族がいる。それがわかっていながら、人助けをやめられない』『じゃあ、いったい君にとって彼らはどんな存在なんだ?』

 

「……ッ」

 

『どうでもいい訳じゃあないだろうね』『多分君はどちらが大切だとかも考えてない』『ただ、それが正しいことだと思ったからしたんだ』『だろ?』

 

「……………………」

 

『なのはちゃん』『君は強くなるべきじゃなかった』『魔法なんて覚えるべきじゃなかった』『君は紛れもなくプラスだが、プラスであり続けられるのが悲惨だ』『君の心は確かに強いだろうね』『死を覚悟できるなんて強過ぎると言って良い』『でも』『それは明らかに異常だよ』『ここは紛争地域なんかじゃないんだぜ。比較的平和な日本で育った九歳が力があるからって命を賭けられる』『そんなのどう考えたって普通じゃない』『よく君は大人びているなんて的外れなことを言われてるけどそれは間違いだよ』『子供の時期に「子供」をやれなかった君は「大人」になんてなれない』『ただ大人のふりができてるだけだ』『歪んで、いや真っ直ぐ過ぎている』『歪みや妥協を決して許さず』『倫理や情を愛した』『歪められなかった真っ直ぐさだ』

 

そこで一度言葉を切り、こちらを指差し断言する。

 

『――本当に君はいい子だね』

 

まるでこちらを非難するかの様な台詞に怒りが湧く。

これはこの気持ちだけは彼に触れさせてはいけないと心の奥が警報を鳴らす。

 

「何で!?それの何が悪いの!?人助けの!真面目の!いい子のどこが悪いって言うの!?」

 

『仲間を捨てるのは勿論他人でさえ捨てられない君の理想』『誰も彼も見捨てられない異常なまでの倫理観』『かと思えば自分の命はあっさりとそれこそ物みたいに捨てられる冷徹さ』『限りなく滅私に近い自己犠牲』『それで君の大切な人が悲しむと分かっていたところで君はそれをやめられない』『ある種君は人類を愛しているのだろうね』『平等に』

 

そこで気付く。

否、気付いてしまう。

彼のマイナスが薄いことに。

いつもの弱々しさが薄い。

 

『公平に、差異無く、自分以外の全てを』『それこそ』『高町なのは』『は』『見知らぬ他人のために生まれてきたんだって程に助けたいんだろうね』『だけどさ』『それは人の生き方じゃあないんだぜ』『それは』『人に愛されたい化け物の道だ』

 

彼の目が語っていた。

折れておけと曲がっておけと。

ここで破綻しておけと。

マイナスを纏う彼の目がいつものただ黒いものではないことに驚く。

微かに光が見え、それが揺れていることに。

怒りが波のように引いていく。

そこから今まで気付かなかったのが不思議な程にストンと幾つかのことが胸に収まる。

彼の声が口調が心配している。

私の未来を嘆いている。

その先に訪れる理想の破綻を知っているかのように。

それはなのはが初めて感じた球磨川の人間性だった。

 

「………」

 

『なのはちゃん』『メサイアコンプレックスって知っているかな』『救世主妄想とも言うんだけどね』『「自分が人を助けることを運命づけられている」って信念を抱く心の状態を指すんだ』『これはね』『自尊心の低さを他者を助けることからくる自己有用感で補償する為に陥るんだ』『「人を助けられる自分は幸せだ」ってね』『本当に馬鹿だよねぇ』

 

その言葉にはいつものような侮蔑の色はない。

痛ましい程の悲しさしか感じられない。

 

『君はただひとりが怖いだけだ』『救えば』『役に立てば』『君はひとりじゃないって思えるから』『人を助けてるって感じていられるから』『自分に価値を見出だせるから』『無価値じゃないって信じられるから』『君は人を助けたいんじゃない』『助けずにはいられないだけだ』『人助けをしない自分に価値を見出だせないだけだ』

 

その言葉が思い出を掘り起こす。

父が怪我をして母や兄、姉が必死になって家庭を支えてる時。

ひとりぼっちでブランコに揺られていたら自分が溶けてなくなっていくような気がした日々。

家族の誰もが忙しいのに自分だけが蚊帳の外で無力感で誰にも必要とされていないのではないかと怯えていた。

だから誰かを救える人になりたかった。

父親や兄や、そして姉のように困難を打ち砕ける人。

格好良く、強く、正しい存在に。

誰かではなく、誰にでも手を差し伸べられる人。

それだけを望んでいた。

 

『人を救うのは義務なんかじゃない』『九歳の女の子がそんなことをやる必要なんかないんだ』『僕と友達になろうよ』『君がイライラするのならムカつく奴を殴って回ろう』『君が人を裏切るのなら僕も一緒に裏切ろう』『君が我が儘を言ったら僕はそれをできる限り叶えよう』『君が人を殺したいなら僕も一緒になって殺そう』『無価値でも外道でも屑でもいい子じゃなくっても良い』『僕らは友達だ』『だから魔法少女や正義の味方なんて辞めちゃっても良いんだぜ』

 

彼はそう言ってくれた。

確かにここで球磨川を頼れば簡単にこの事件は終わりを告げるだろう。

なのはには戦いに踏み込む動機はあれど義務はない。

彼の言う大嘘憑きはロストロギアも越える恐ろしいスキルだ。

私が頷けば彼は先程言ったようにすべてを消してくれるだろう。

問題も、被害も、悲しみも。

確かにここが妥協できるギリギリのラインなのかもしれない。

だけど――

 

「それは駄目だよ。私は確かに人を助けられずにはいられないのかもしれない。こんなのは、自己満足かもしれない。もしかしたら球磨川君の言うことは尤もで、これは賢い行いじゃないのかもしれない」

 

『じゃあ――』

 

「でも私は闇の書さんを助けたい。全部は助けられなくとも私の前で起こったことなら助けたい!我が儘でも偽善でも良い!助けたいって思ったんだ!!」

 

『……ふぅん』

 

「それに負傷してるから、相手が自分より強いから、味方がいないからなんて理由で球磨川君は諦めないでしょ。球磨川君にだけは負けられないよ」

 

『……………』『あーあ』『しまった』『油断した』『こんなとこでそんなこと言われるなんてね』『本当、僕は昔っから惚れっぽい男だ』『また勝てなかった』

 

「何を納得しているのかな?」

 

『ん?』

 

「だって球磨川君は私の友達で、私が我が儘を言ったら球磨川君はそれをできる限り叶えてくれるんでしょ?」

 

『は?えっ?』『………マジ?』

 

「うん、もう友達だからね」

 

『…なのはちゃん……性格悪くなってない…?』

 

「球磨川君のせいだね」

 

『はぁ』『僕のせいねぇ』『まだ僕のことは嫌いなんだろ?』

 

「うん。本当に嫌な奴だよ」

 

心の底からの言葉をぶつけて、それでも一言だけ付け加えておく。

 

「でもありがとう球磨川君」


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