悪平等のおもちゃ箱   作:聪明猴子

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弱者の強み

「ミソギ、こっちの携帯電話契約したからアドレス交換しよっ」

 

『良いよ~』『ええと、どこにあったかな…』

 

ごそごそと制服を探り、ポケットから携帯を机の上に置く。

そんな何でもないこともかなり異常だった。

携帯が塊で積まれていく。

一、二個ではなく十個以上。

色も機種もバラバラの携帯が文字通り積まれている。

ガラケーもスマホも何種類もある。

 

「えっ!?」

 

『そうそう、これだ』『ごめんねフェイトちゃん。手間取っちゃって』

 

鞄の中からも更に携帯電話を取り出しながら球磨川が謝る。

机の上に置かれたのは全て機種が違う携帯電話数十種類。

 

「何でこんなにあるの?」

 

『僕は携帯電話は全機種持つ男なのさ』

 

「ええっ!!」

 

『まっ』『今じゃ殆ど連絡先なんか入ってないんだけどね』

 

「ミソギとアドレス交換なんかしたら普通携帯解約するもんね。まぁ良っか。ミソギが変なのはいつものことだし。それよりどれと連絡先を交換すれば良いのかな?」

 

そんな仲のよさがわかる光景がなのはは大嫌いだ。

何故かはわからない。

理由なんかないのかもしれない。

生理的に球磨川を嫌っているのは本当だと思う。

それでも以前のようにただ嫌うことはできなかった。

そもそもなのははPT事件をよく知らない。

知っているのはフェイトの母がこの事件を起こしたこと。

その母が自首し、この事件が解決したこと。

彼女達が管理局の奉仕活動で減刑されたこと。

そして公式には球磨川禊がそれには関わっていないとされているということ。

それでも球磨川が何かをしたのだと思った。

否分かった。

フェイトの表情で。

端的に言えばフェイトは変わった。

それもなのはが見て分かる程に。

前に見たフェイトとははっきりとは言えないけれど何かが違う。

悲しげな少女は少なくとも笑顔を浮かべられるまでに回復していた。

それを球磨川が起こしたのだということは簡単に分かった。

だからフェイトに直接言った。

球磨川禊を理解できないのだと。

彼は何を思い、何をしたのか。

どうして球磨川を理解できるのかと。

なのはにはそれ以外思いつかなったし、それが正しいと思ったから。

自分が助け、友達になりたいと思った少女に彼は何をしたのかを知るのは本人達に聞くしかないと思ったから。

それでも進展はなかった。

球磨川の行動は自分の家族にも関わることだから話せないと。

ミソギは自分にも理解できないと。

申し訳なさそうに言った。

そしてその後ごく当たり前に笑顔さえ浮かべて球磨川の悪口を並べた。

楽しそうに、自慢の友達を紹介するかの様に。

フェイトの語った言葉が嘘ではないことは分かった。

球磨川の様な戯言ではないことも。

だからこそなのはの常識を突き崩す。

何で理解できないのに普通に話せるのか。

どうして一緒にご飯など食べられるのか。

全く共感できなかった。

もうこうなったら球磨川と直接話さなくてはならないとは思う。

でもそれができない。

百歩譲って自分に螺子を突き刺したことは許せる。

球磨川ならそれこそ異常だなどと嘯くだろうがそれでも良い。

だが球磨川の放つ過負荷がどうしようもなくなのはを躊躇わせる。

アリサを傷つけた球磨川を生理的に、本能的に嫌悪して怖れる。

それでもどうにか話したい、話さなくてはならないと思っていた。

自室では明日こそと思うのだが、学校のバスに乗り込み、学校が教室が近付く程に決意が鈍り球磨川に会うとその決意が霧散してしまうのだ。

そもそも球磨川が四六時中フェイトと居て、話し掛け辛いのもある。

しかも友達を盗られたみたいでそれも気分が良くない。

そもそも知り合い以上とは言っても友達とはまだ言えない関係だとは分かっているのだがそれでもイライラする。

せっかくレイジングハート以外で魔法に関して話せる友達が作れると思っていただけにそれも大きい。

だからなのはは教室で仲良く談笑する球磨川達を見て心にわだかまりを作ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

だからこそこの状況で彼らが通り掛かるとは思わなかった。

 

『うわぉ』『見てくれよフェイトちゃん』『なのはちゃんがフルボッコにされてるぜ』

 

「ちょっとミソギ!!真面目にやろうよ」

 

『えぇ~』『正直僕は食後一時間は運動しない主義なんだけど』

 

「前はこっちが嫌がってもお構い無しに場を掻き乱してたでしょ!!何でやる気出さないの!!」

 

『だって僕は根っからのマイナスだし』『どうせこんなのはなのはちゃんの強化フラグにしかならないんだしさ~』

 

「ボロボロになったクラスメイトの前で言う台詞じゃないよ!?」

 

『大丈夫、大丈夫』『どんな逆境でも諦めない』『どんなに困難でもやり遂げる』『どんな相手だろうが打ち負かす』『地形に』『状況に』 『努力に』『才能に』『血筋に』『気紛れに』『偶然に』 『友達に』『敵に』『過去に』『未来に』『運命に』『世界に』『助けられる』『それが主人公だ』『こんな雑魚キャラなんて一人でも勝てるのさ』

 

空気を歪めてフェイトの心配を笑い飛ばす。

ぞわりとマイナスが空気に滲む気さえする。

まるで世界が球磨川禊と言うマイナスに犯されているみたいだなんて馬鹿げた考えが浮かぶ。

 

「もうっ!またそうやって自分だけで完結して!!私はあのピンク色の襲撃者を抑えるからミソギはなのはを連れて逃げて」

 

『えぇ~』『そんなのアルフさんにやらせれば良くない?』

 

「アルフはもう既に一人抑えてるよ!!」

 

『なんてこったい』

 

「良いから!頼んだよ!」

 

そう言うが早いかフェイトは一人夜空に浮かび上がる。

そして球磨川が一言も発する前に視認できない範囲まで行ってしまう。

 

「……お前らはそいつを助けに来た…のか?いやそれよりお前…リンカーコアが………」

 

そう私を襲った女の子が疑問を投げ掛ける。

戦っていたときよりも憎々しげで少し腰も引けている。

この状況下で現れる少年に最大限警戒はしているのだろうが恐怖が瞳に浮かんでいる。

 

『ん、人に質問する時は自分の名前を先に語るべきなんだぜ』『まったく最近のロリっ娘は………』

 

「………ヴォルケンリッターがひとり、鉄槌の騎士ヴィータだ」

 

『僕の名前は球磨川禊。今は小学三年生。最近隣りの生徒が登校拒否になったこと以外は普通の魔法も使えない一般人だよ』『よろしくねヴィータちゃん』

 

「………」

 

ヴィータと名乗った少女は差し出された握手を見て目を細めるだけでそれを決してとろうとはしない。

更にきつく自分の槌型のデバイスを握るだけで、目の前の少年が魔法を使えないと分かっても警戒は緩めない。

口を開いてもぺらぺらと益体の無いことばかり並べるこの男に言い様の無い不安感を感じる。

多くの戦闘経験を積んだヴォルケンリッターをしても初めて見る類いの男。

弱者ではあるのだろうがそれだけではない闇や深淵といったものを内に抱えている少年。

その闇よりもなお暗いナニかがゆっくりと漏れ出してくる気さえする。

それが――

 

『そうそう』『さっきの君の質問に答えるとするなら僕らは夜ご飯食べに外出てただけだよ』

 

「なら――」

 

『うん』『僕は帰るよ。子供は寝る時間だしね』

 

一瞬にして掻き消えた。

今までの空気が嘘だったかのような状況にヴィータは困惑するのを隠せない。

先程まで確かにここに停滞し、場を支配していた圧倒的なマイナスがない。

その存在を抹消され、なかったことにされたかのようにすら感じる。

困惑したヴィータと、自らの身を守ろうと立ち上がるなのはを置いて球磨川が踵を返した瞬間、ヴィータの背後、有り得ない筈の死角から現れた巨大な螺子がヴィータを突き刺した。

間一髪心臓を貫かれはしなかったものの、長い螺子は肩を貫通して赤いバリアジャケットをより赤く染める。

 

『あれれ、どうしちゃったのかな?肩に螺子が突き刺さってるけど大丈夫?』

 

「ッ!てめぇ!!」

 

『何を言ってるんだい』『僕は君達に背中を向けていたんだぜ。君の肩に螺子を突き刺すなんてそんなことできる筈がないだろう。そもそもそんな巨大な武器を僕がどこに隠し持ってたって言うんだい?』

 

そう言いながらどこからか取り出した螺子を両手に、ヴィータに向かって歩き出す。

いつから持っていたのかさえ分からなくとも確実に今ヴィータを貫いている物と同じ規格の物だ。

それを手にへらりと笑みを浮かべる。

 

「球磨川君……何で…」

 

『僕は今帰宅中だ』『だから殺す』『君たちの相手をしている暇はない』『だから殺す』『なのはちゃんを守る気はない』『だから殺す』『僕は争いが嫌いだ』『だから殺す』『君にも事情があるのだと思ってる』『だから殺す』『フェイトちゃんが可愛かった』『だから殺す』『昼ごはんが美味しかった』『だから殺す』『昨日の夜はいい夢をみた』『だから殺す』『楽しみにしていた映画が今年公開だ』『だから殺す』『遊んでいたソーシャルゲームがサービス終了した』『だから殺す』『特に何も無い』『だから殺す』『なーんて宗像君の真似っ』

 

瞬間隠れていたマイナスが一気に球磨川から吹き出る感覚が襲う。

なくなっていた筈の強烈な過負荷。

それが今正しく二人を圧倒していた。

ヴィータは球磨川に武器であるデバイスを向けているが、それはドラマでよく見るような往生際の悪い犯人が最後の抵抗でナイフを誇示しているかのようにすら感じられた。

もう終わり切っている感じさえする。

 

「ぶっ潰す!!」

 

『僕は悪くない』

 

そう言って螺子を投げつける。

地面から螺子が飛び出し、ヴィータの進路を塞ぐ。

 

「ちっ」

 

『弱点を僕の前でそのままにしてもらえると思うなよ』

 

負傷した右肩を徹底的に攻める。

辺りには螺子が刺さり、折れて、転がっている。

 

「テートリヒ・シュラーク」

 

力任せに叩きつけたハンマーが交差させた球磨川の螺子を圧し砕きながら球磨川を打ちのめす。

ゴロゴロと路上を無様に転がり血を流す。

幾ら負傷したと言ってもヴィータは古代ベルカの騎士。

最弱と呼ばれた球磨川では基本スペックが桁違いだった。

 

『ひっどいなー』『小学三年生を鉄の鈍器で殴りつけるなんて』『あれ、でも痛くなくなってきたぞー』『治る兆しかなー』『それとも壊死する兆候かなー』『まっ』『どっちでも似たようなもんかあ!』

 

血を流し、腕が折れてもヘラヘラ笑って起き上がる。

その場には負傷しても立ち上がる不屈の勇者も楽天的な小学生もいなかった。

ただただマイナスとして球磨川がいるだけであった。

その様子にヴィータは勿論守ってもらってる筈のなのはでさえ恐怖を禁じ得ない。

その余りにも常人離れした嫌悪感に恐怖の方が強く心を苛む。

 

「うっ」

 

ヴィータも口元に手を当てて必死に吐き気を堪える。

 

『まっ』『こんなパフォーマンスいらないんだけどね』『大嘘憑き』『僕の負傷をなかったことにした』

 

そして何でもないことのように再び螺子を取り出し嗤う。

 

「ぐっ」

 

「駄目っ!」

 

苦し気に顔をしかめるヴィータを宥めるように緑色の法衣らしきものを着た女性がヴィータの腕を掴む。

 

「ここに来て増援!?」

 

『安心してくれちゃっていいぜ』『あいつらは僕がしっかりきっちり壊してあげるからさ』

 

「なっ――」

 

「駄目!あれは関わったら駄目!」

 

「シャマル!でもまだリンカーコアが!」

 

「あれに出会った時点で終わりよ。退きましょう」

 

「くそっ」

 

『駄目だぜヴィータちゃん』『そんな見た目ロリでも騎士なんだから正々堂々戦わなくてどうするのさ』『僕らも真剣なんだからさぁ。もっと真面目にやってくれないと困るぜ』

 

「あれをまともに取り合ったら精神を壊されるわ。風の足枷」

 

闖入者の魔法が球磨川を捕らえる。

 

『うわっ』

 

「球磨川君!?」

 

緑色の嵐が吹き荒れ、気付いた時にはもうどこにも彼女らの姿は見えない。

 

「勝ったの………」

 

『逃げられちゃったか』『あーあ』『また勝てなかった』

 

「……………………………」

 

『大丈夫かい?』

 

「球磨川君、どうして……どうして私を助けたの?」

 

『うーん』『正直本当にここへは通りがかっただけなんだよね』『うん強いて言えば騎士とか言って偉そうでムカついたからかな』

 

「…………じゃあ何で球磨川君はそんなことができるの?どうしてそんなに最低なことを平気でできるの?私には分からないよ。全く理解できないよ」

 

『……なのはちゃん』『君は僕らマイナスを理解したいなんて思っているのかい?』

 

「うん、理解したいし分かり合いたいよ。お礼だって言いたいよ………」

 

『本当に君は良い子だね。普通螺子を突き刺されてそんなこと言えるかい?君も自覚がないだけで相当異常だよ』『まっ』『今はそれは良いか』『それで話を戻すけれど結論から言うとそれは無理だ』

 

「なっ――」

 

『不幸な奴の気持ちは不幸な奴にしか分からない』『マイナスでもないプラスの君じゃ底辺の頂点である僕を理解なんてできる筈がない』

 

「何で、何で球磨川君はそんなに強くあれるの………弱さを、最低さを知って……受け入れられるの…私には………私には…………無理だよ…」

 

『受け入れることだよ』『なのはちゃん』『不条理を』『理不尽を』『嘘泣きを』『言い訳を』『いかがわしさを』『インチキを』『堕落を』『混雑を』『偽善を』『偽悪を』『不幸せを』『不都合を』『冤罪を』『流れ弾を』『見苦しさを』『みっともなさを』『風評を』『密告を』『嫉妬を』『格差を』『裏切りを』『虐待を』『巻き添えを』『二次被害を』『愛しい恋人のように受け入れることだ』『そうすればきっと』『僕みたいになれるよ』






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