争乱と転校
球磨川が私立聖祥大附属小学校に転校し、聖小の生きる怪談として最底辺に君臨してから早いもので約半年。
高町なのはは球磨川禊のせいで辞職した担任教師の数が七人、自主退学した生徒が六人を越えるという事態を除いて概ね常識的な生活を再開していた。
その事態を重く見た教師はいたが、球磨川とお話してから辞職した教師が五人目になってからはそれもなく、相変わらず球磨川はいつもへらへらと笑いながら教室でジャンプを読んでいる。
そしてそんな目を背けたくなるような過負荷や凶悪な性格、破綻した思考回路等も相まって聖少では 一種のアンタッチャブルな存在になっていた。
なのはとすずかという例外だった二人も事件を切っ掛けに球磨川に関わることを避けるようになった為教室で球磨川に話し掛ける人はいなくなっていた。
そしてそんな状態であっても毎日存在するだけで常人なら忌避する
球磨川やなのはが魔法に関わりジュエルシードを集めたのも今は昔。
実に三ヶ月もの前の話である。
そんな歪だがある意味バランスの取れた教室は今、久し振りの転校生が来るという話題で盛り上がっていた。
段々と少なくなっていく生徒の補充は学校側は勿論、球磨川の過負荷に晒され続けていた生徒達に取っても嬉しいものだったようだ。
まあそれは球磨川が登校していないのも大きいのだが。
「アリサちゃん、すずかちゃん。今日うちのクラスに転校生が来るらしいよ~」
「うん。私も聞いた」
「らしいわね」
そして一時は球磨川の口撃で崩壊しかけた三人の友情も一応の回復を見せていた。
「女の子らしいけどどんな子なのかな?」
「友達になれると良いよね」
「はぁー、よくやるわね。また球磨川みたいな奴が来るとか考えないのかしら」
「「………………」」
途端に二人の言葉が止まる。
視線を後方に向けるとそこには空席なのに彼の禍々しい気配が練り込まれているかのような妙な威圧感を放つ机と椅子。
他の生徒の物とも目立った違いなどないのに、同じ量産品とは思えない濃密なマイナスを感じさせる。
持ち主が居らずとも圧倒的な存在感を放つそれ。
自然となのはは苦々しい表情を浮かべ、すずかはどこか悲しそうに目を伏せる。
アリサに至っては自分が何の気なしに放った自分の言葉にありうるかもしれない可能性を感じて身体を震えさせる。
それ程までに球磨川の名前は三人の中では大きかった。
『皆おっはよー』『気持ちのいい朝だねー』
そんな硬直を断ち切るかの如く球磨川が騒々しく入室してくる。
そんな球磨川に誰もが先程までの喧騒を失い、席に着く。
『おいおい、無視なんて少年ジャンプだったら規制されかねないいじめの描写だぜ』『君ら小学三年生の今日は人生に一度しかないんだぞ。それをいじめなんて下らない問題でふいにするなんて勿体ないと思わないのかよ』
それに反応する者もできる者もいない。
それくらいクラスは球磨川に支配されていた。
恐れられ、嫌われて、軽蔑されて、見下されて、蔑まれて、忌避されて、嫌悪されて、避けられて。
それでも球磨川は支配していた。
そんなクラス全員の悪意を受けて尚その
そんな球磨川の支配は朝のチャイムが鳴るまで続いた。
その後には転校生への熱意も期待も希望も不安も心配も一欠片だろうと残ってはいなかった。
そんなものは球磨川に全て綺麗に台無しにされていた。
教室にふらふらと教師が入ってくる。
数週間前に赴任したこのクラス八人目の教師は最早赴任直後の姿は見る影もない。
元々あったがっしりした体格は残っておらず、ただ球磨川が同じ場に存在するという気持ち悪さに心を掻き乱された彼はかなりげっそりとしている。
「……今日は転校生を紹介する。………海外から来たフェイト・テスタロッサだ…皆仲良くしてくれ……」
そう言って紹介された相手は――
「フェイト・テスタロッサです。親の都合で転校して来ました」
日本人離れした美貌に白い肌。
透き通るような金髪をツインテールにした美少女。
フェイトを見て二人が絶句し、全員が驚愕する。
あの球磨川禊でさえ困惑した顔で首を傾げる。
「国語はまだ苦手だけど、会話はできるので話し掛けてくれると嬉しいです。仲良くして下さい」
「ーーという訳だ。皆仲良くしてくれ…………」
「ミソギ!!久し振り!会いたかったよ!」
フェイトに質問をしようと席を立ったなのは含めたクラスの男女十数名はその言葉に固まる。
美少女転校生がクラスの誰もが一番弱くて、劣っていて、気持ち悪いと思う男の知り合いで、自ら話しかけているという状況は全員の思考を停止させるに足るものだった。
『…………フェイトちゃん…』『どうしてここに?』
「うん、話しておきたいことがあるんだ。どこか二人っきりになれる所ないかな?」
『えっ!?』『ええと、昼休みなら屋上が開放されてるけど……』
「本当?じゃあ昼休みに」
その他愛もない光景にクラスメイトは吐き気を催す。
気持ち悪い。
理解できない。
転校生が球磨川と同じ
フェイトと名乗った少女は考えるなでもなく想像よりも所謂当たりの転校生だった。
それでもこの光景は気持ち悪い、理解不能の一言に尽きた。
彼はマイナスで彼女はどう見てもプラスだ。
何故彼と話せる。
気持ち悪くて哀れとも思えない程に弱い彼と。
プラスがマイナスに積極的に関わろうとする姿は言いようもないちぐはぐさと不快感を感じさせる。
ここでフェイト・テスタロッサの交友関係は歪む。
彼女の知らない所で徹底的に螺子曲がってしまった。
昼休み。
誰もがフェイトを球磨川と同じように遠巻きに見つめるようになっている。
「あ、あのフェイトちゃん?覚えてるかな?」
そこになのはが躊躇いがちに話しかける。
「あっ……えっと…」
フェイトは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後に慌てて目を白黒させる。
「なのは、高町なのはだよ」
「ごめんなさい。謝って許されることじゃないけど………ごめんなさい…」
「ええっと、それは別に大丈夫だよ。でもちょっとお話聞かせてくれない?私結局管理局のジュエルシード回収を手伝っただけだからあんまり詳しくなくて………良かったら今日の放課後にでも――」
「ごめんなさい。今日の放課後はちょっとミソギに用事があって。明日でも良いかな?」
「えっ、あ、うん………」
「ごめんなさい」
そう言うと寝ている球磨川の席に楽しそうに駆けて行く。
「ミソギ、お昼休みになったよ。屋上に案内して」
『やれやれ』『全くフェイトちゃんは我が儘で困るぜ』
「ごめんね。でも嬉しくって」
『あんまり敗者の心を抉るもんじゃあないぜ』
そんな言葉を交わしながら教室を出る二人。
仲のよい友達同士のような仲睦まじい光景。
それがクラスメイトには受け入れられない。
どうして球磨川なんかに。
それが全員の心の声だった。
『それで何で転校して来たの?』『君はあの管理局とか言うオモシロ組織に捕まったんだと思ったけど』
屋上に移動した球磨川はメロンパンの包装紙を破りながらそんな風な質問を投げる。
そんな球磨川に肩が触れあうくらいの距離に腰を落ち着けお弁当を取り出しながらフェイトも返す。
「うん、まああの後私達は管理局に自首したんだけど私の罪状は母さんが殆ど背負ってくれたんだ。私も管理局で奉仕活動をする必要はあるけど普通に過ごせるかな。母さんも管理局への技術提供であまり罪は重くならないみたいだし」
『ふ~ん』『やっぱり管理局は利用できるかどうかで罪を決める碌でもない組織だったか』『それで何で地球に来たの?』 『プレシアさんも来てるのかい?』
「来てないよ。私がミソギに会いたくて母さんに頼んだの」
『それは照れるね』『てっきり僕はフェイトちゃんに嫌われてると思ってたけど』
「うん。毎晩夢に見るくらい嫌いだよ」
『じゃあ――』
「でもそれの何倍も感謝してるんだ。私はきっとミソギに壊されてなかったら自分になれなかったから。今まで通り人形にしかなれなかったと思うから」
『……それは買い被りだよ。フェイトちゃんなら僕の助けなんてなくても立ち上がれたさ』
「それは違う、いや確かにミソギが言うならそうかもしれない。でも例え私が自分で立ち上がれたとしても今より状況は悪くなってたと思うんだ。アリシアを生き返らせて母さんの心を救うことができたのはミソギだけだと思うから」
『随分な過大評価だね』『僕がいなくても、もしかしたら転生した才能に溢れたエリート主人公が「やれやれ」とでも言いながら助けてくれたかもしれないぜ』
「別に良いでしょ?現に私を最低の方法でも助けようとしてくれたのはミソギだし、IFの話なんだから私がそう思ってても」
『それはそうだね』
「結局母さんはアリシアしか見ていなかったんじゃないかな。だから母さんを救えたのはミソギだけだと思うんだ。謝られ、感謝はされたけど私を娘とは思えないんじゃないかな」
そう寂しそうな顔をするフェイトに以前のような依存の色はない。
『ふうん』『それを消せる唯一の機会を捨てたのは君だぜ。僕は謝らないし、慰めることもしない。僕は悪くないんだからね』
球磨川は興味無さそうにフェイトの後悔を煽ろうとする。
「あはは、ミソギは本当に最低だね。でも別に後悔はしてないから良いんだよ。仕方ないと思うんだ。母さんはあの時点でどうしようもなく壊れてたんだから」
『何だったら君の中のアリシアちゃんの記憶もなくしてあげようか?』
「優しいね。最低だけど優しいよ。でもそれも良い。それも今の私を形作るひとつだしね」
『…本当に強くなったね』
「そうでもないよ………強がってるだけだよ…」
『弱さを否定するのと弱さを改善しようとするのは違うよ』『それは僕ら過負荷のあり方とは違う強者のあり方だ』
「そうだと良いんだけどね」
しばし沈黙する。
いつも球磨川が昼食を食べる屋上には彼を嫌い誰もここに立ち入ろうとしないのでここには二人しかいない。
ただ風がフェイトの髪を揺れ動かす音だけがこの場を満たす。
それを楽しむように目を瞑っていたフェイトは一度大きく息を吸い込んで吐き出す。
「うん、本当にありがとう。これからもよろしく」
『僕みたいな
「私が私になる為の第一歩だよ」
『この学校が終わるまでの間よろしく』
「ふふっ、ミソギはひねくれ者だね」
『まあ
そう言って球磨川は手元のパンをかじった。
「ミソギいつも菓子パンばっかり食べてるの?身体に悪いよ?」
『そうは言っても僕はどこぞのロボット候補生みたいに料理を作れないしね』
「なら私が作ってあげよっか?」
『……………あまり好意を振り撒き過ぎない方が良いぜ。好意は人に漬け込まれる。君がそれで漬け込むつもりなら別だけどね』
「?私はミソギにしかこんなことしないよ」
『……止めて…僕はロリコンじゃないから……そんな純粋な目で見ないで…』