東京喰種:is   作:瀬本製作所 小説部

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今回は過度にしすぎました。




抱きつき

 

それは臨海学校出発する1時間前のこと。

 

「いや〜琲世くんが臨海学校に行くのか〜」

 

「ええ、行くんですけど...なんで楯無さんは授業に行かないのですか?」

 

朝食を済ました僕は自分の部屋に戻り2泊3日分の荷物をまとめ、最終確認をしていたのだが、そろそろ授業が始まる頃なのに刀奈さんはさりげなく部屋にいた。

 

「いや、私は授業よりも琲世くんの見送りをしたいからここにいるのよ」

 

「またいつもの会長権限ですか...」

 

僕は刀奈さんの話にやれやれとため息をついてしまった。

とは言え刀奈さんは生徒会長の名を恥じないほどの成績優秀のため、一つの授業に出席しなくても学業には問題ないらしい。

 

「私も臨海学校に行きたかったな〜」

 

「...あなたが行っても、何をするんですか?」

 

「琲世くんと同部屋にーーー」

 

「なら、学園に居てください」

 

「もう、琲世くんたら〜」

 

刀奈さんが僕と同じ部屋で寝泊まりと聞くと嫌なことしか起きない。

おそらく寝不足は必須。

 

「今から行くところは臨海学校とは言え、別に遊びに行くんじゃないですよ。あそこでISの校外実習をやるんですよ」

 

「校外実習ね。今年は専用機持ちが多いから結構長引きそうわね」

 

通常の学校ではおそらく海水浴をしたり、宿に宿泊すると思うが、うちでやる臨海学校は主にISの装備試験であり、特に装備が充実している専用機の場合はさらに時間がかかるのは目に見えている。

 

「でも旅館近くに貸切のビーチで遊ぶんでしょ。この前の休みの日にラウラちゃんと買いに行ったよね?水着を買うために」

 

「そ、そうですけど...」

 

僕は肩をすくめると、刀奈さんは「ほぉ...」とからかうぞと言わんばかりに顔がにやけていた。

 

「それで、ラウラちゃんとどんなことするか決まっている?」

 

「どんなことって...何して遊ぶんですかね...?」

 

「何も決めてないの?」

 

「ええ、まったく決めてないんですよ」

 

ビーチで何をすればいいのかわからない。

ただ海で泳ぐだけでは物足りなそうだし、夕方まで堪能できるか怪しい。

 

「と言うか、あんまり話している時間はありませんよ。今、ラウラさんが待っているので」

 

「あれれ?ラウラちゃんが待ってるの?」

 

「なんですか?誰かに噂話をしたくなるような顔つきは」

 

「いや〜結構良い仲になってきてない?」

 

「いやいや、僕はラウラさんとは友達の関係でいたいんですよ。でも彼女は...」

 

「琲世くんのことを恋人として認識してるんだ?」

 

「...そうですよ」

 

ラウラさんはある程度時間を置いたら僕に対する好意は減るのでは?と思ったのだけど、まったく好意が減っている感じはない(むしろ高まっている気が...)。

 

「ラウラちゃんと付き合うの嫌なら、なぜ振らないの?」

 

「振るって...僕は別にラウラさんのことは嫌いじゃないですし、あと彼女には申し訳ないと言うか...」

 

「付き合っちゃいなよ」

 

「いやです」

 

好きではない相手と付き合うなんて僕にとっては相手に申し訳ないし、無理矢理付き合っているように感じてしまう。

もし付き合うとしたら、僕が惚れるような人じゃないと。

 

僕は「そろそろ僕は行きます」とカバンを背負い、あとは部屋から出るだけだった。

部屋に出ようと一歩足を踏んだその時だった。

 

「っ!!」

 

その時、突然僕の背中に顔をつけながら抱きつかれた。

 

「...どうしたのですか?楯無さん?」

 

「...」

 

抱きつきてきたのは間違いなく刀奈さんだった(それ以外に人はいない)。

僕の返事に反応せず、無言のまま抱き続ける、彼女。

いつもだったら何かいたずらをするのではないかと警戒をするのだが、刀奈さんから醸し出している空気はいたずらをする雰囲気ではない。

 

(この状況は...なんだ?)

 

今漂っている空気は一体どんな状況なのか把握できない。

いつも刀奈さんにからかわれる僕は彼女の行動をある程度把握しているが、今回の行動は初めてのパターンだ。

刀奈さんは何かする気配を出すことなく数分ほど時間が経ち、僕は自分から声をかけることにした。

 

「...あの、刀奈さーーー」

 

「よしっ!」

 

僕が声をかけようとした瞬間、刀奈さんは何か覚悟を決めたような呟きをし、僕からパッとすぐに離れた。

 

「...何していたんですか?」

 

「おまじないみたいなものだよ」

 

「おまじないですか...?」

 

「そう。琲世くんが無事に帰ってこれるようにおまじないをしたの」

 

僕は「はぁ...?」と理解できていない声で呟いてしまった。

何度も言うが、刀奈さんがこんなことをするのは初めてだ。

今までにやってもらったことのない行動だ。

 

「無事って...これから僕は何か危ないことにでも会うのですか?これから行くのは臨海ーーー」

 

「でも、こういうのはいいんじゃないかな?だって未来って予測できないじゃない?」

 

からかうように笑っている刀奈さんだが、空気は偽りのない真面目さがあった。

 

「いくら人が未来を予測しようとしていても、結局運任せになってしまうのが未来。これから琲世くんが行く臨海学校で必ずしも安全に過ごせるとは限らないんじゃない?」

 

「...」

 

突然刀奈さんがどこか真面目さがある話を始め、僕は彼女の話を遮ることなく沈黙していた。

刀奈さんが話す内容は『気にしすぎる』と言えるが、妙に『確かにそう思える』と納得がいってしまう。

一言で心配性とは言い切れない。

 

「だから、琲世くんが良琲世くんにおまじないをしたの。無事に帰れるようにねと」

 

「...わ、わかりました」

 

「て、その返事の感じ、わかってないじゃない!」

 

全く理解してきれてない僕の返事を聞いた刀奈さんは空気で漂わせていた真面目さが消え、いつもの子供じみた性格に戻った。

 

「いや、そんなことを急に言われても...」

 

「まぁ、時間が経てばわかるかもね。ほら、ラウラちゃんが待ってるわよ」

 

「わ、わかりました...では、刀奈」

 

「あ、今、私の本名を言おうとしたでしょ!」

 

「す、すみません、楯無さん。い、行ってきます...」

 

「はい、いってらしゃい♪」

 

コロコロと状況を変えていく刀奈さんに少々戸惑った僕はそう言うと、刀奈さんがいた部屋から出て行った。

 

その時の僕はまったくわからなかった。

刀奈さんがどうして突然抱きつき、そしてあの話をしたのか。

あの行動が単なるからかいの一種だなんて、非常に考えにくい。

 

 

僕はそう思いながら、ラウラさんが待っている寮の玄関口に向かった。

 

 


 

それから寮の玄関口に辿り着いた、僕。

 

「遅いぞ、琲世」

 

「ああ、ごめんね。ラウラさん」

 

玄関にたどり着くと、ラウラさんがだいぶ待っていたぞと言わんばかりに仁王立ちして待っていた。

 

「まったくだ。食堂の時はちゃんと来たのに、出発前には遅れるとはどう言うことだ?」

 

「遅れていた?そうかな...?」

 

僕はラウラさんの言葉に疑問に感じ、時計を見ると彼女が決めた集合時間には間に合っており、5分前までには集合はできていた。

おそらくラウラさんの体感では時間が長く感じたのだろう。

「特に遅れてはないけど...?」と僕は言葉を返すと、ラウラさんは「それはそうだが....ほら」となぜか手を広げた。

 

「...なんですか?」

 

「ほら...あれだ。あれをやれ」

 

「あれ...?」

 

「あれだ!あれ!」

 

『あれあれ』と言われてもわからないが、何をしたいかはなんとなく想像がついてしまった。

僕は恐る恐る「もしかして...ハグ?」と小声で聞くと、ラウラさんは小さく頷いた。

 

「いや、それはやらないよ!?」

 

ラウラさんの行動に何人かの女子が『あれってもしや?』とこそこそと話し始めており、さらにやりづらい状況ができていた。

こんな状況で抱きつくわけがない(周りに人がいなかったとしてもやるつもりはない)。

なかなかハグをしない僕にラウラさんは痺れを切らし「いくぞ」と僕の袖を引っ張った。

 

「なんでお前はやらなんだ。私たちは...ぱ、Paarだろ...!」

 

「ぱ、Paarなのかな...?」

 

「なぜ疑問を持った様子で言うんだ!?」

 

いやいや、そもそも僕は認めてはいないからね!?

なお、Paarとはドイツ語でカップルの意味である。

 

「それにしてもなぜ遅れたんだ?もしかして同室の者となにかしたのか?」

 

「なにかって...いや、そもそも先に授業に行っていたから、誰もいなかったよ」

 

嘘です。本当のことを言ってしまえば、間違いなく問題に発展しかねないため、ここは敢えていなかったとする。

なおラウラさんは僕に偽りの発言に疑うことなく「先に授業?じゃあ、琲世と同室の奴は誰なんだ?」と聞いた。

 

「えっと...更識楯無さん」

 

「更識楯無?」

 

「僕たちより一つ上の2年生で生徒会長なんだ。織斑先生の指示でその人といるんだけど...どうしたの?」

 

するとラウラさんは「ん...」となぜか納得のいかない顔をしていた。

 

「いつもお前の部屋に来るたび、お前以外生活している者の気配が感じられなんだ」

 

「ああ、そうなんだね...」

 

これはラウラさんだけ当てはまることではないが、なぜか刀奈さんは一夏くんたちの前には現れない。

いつも僕に相談に乗ってくる(どちらかと言えば愚痴を吐きに来ている)セシリアさんや鈴さんにも同じく言われ、僕の部屋で刀奈さんを見たことある人は未だにいない模様。

 

「とりあえず僕は持っていく荷物の最後の確認をしていたよ。念には念をと」

 

「そうなんだな...それで琲世...バスの席のことだが...」とラウラさんはどこか恥ずかしそうに急に話題を変えた。

 

「バスの席?」

 

「お前と隣の席に座りたいがーーー」

 

「あ、それは無理だよ」

 

「は?」

 

恥ずかしさがあったラウラさんは僕の返事に表情が一変し、「拒否するな」と言わんばかりに圧力をかけてきていた。

 

「どうしてなんだ?バスの席は自由と言ったのではないか?」

 

「い、いや...これは織斑先生の指示で、一緒の席に座れないよ」

 

「織斑教官が...?」

 

千冬さんの名が出た瞬間、反感的な態度が一瞬にして冷めてしまった。

僕と一緒に座るのはもちろん一夏くんだ。

 

「そ、そうか...教官の指示なら仕方ないな...」

 

ラウラさんはシュンっと落ち込んだ。

 

 

このままラウラさんに何も言うことなくバスに乗り込んでしまえばいいだが、その時の僕は違った。

 

「座る席が別でも問題ないよ?」

 

「...?」

 

「離れていても気持ちは冷めることないし...あとは...あ」

 

僕はハッと気づきいて口を止め、「あ、言ってしまった」と微少ながら後悔をしてしまった。

 

「なら...さっきのやってくれ」

 

「え?」

 

ラウラさんはそう言うと段差のある縁石の上に立ち、『早く抱きつけ』と顔を少し赤くしながら手を広げた。

 

「な、なんで...?」

 

「ほら、今誰も見えないところだろ?」

 

「....」

 

ラウラさんの言う通り、今は誰もおらず、抱きつきのは今しかなかった。

 

「わ、わかったよ...」

 

僕は半分諦めた様子ですっと手を広げると、ラウラさんから抱きついてきた。

 

「「....」」

 

それにしても女子ってなぜこんないい香りを出せるのだろうか?

僕はある程度良い香りを出せるように地道に試しているのだけど、中々女子のように香りを出すのはできていない。

 

「なぁ、琲世」

 

「ん?」

 

「楽しみにしているか?」

 

「...何が?」

 

「私の....水着に...?」

 

「み、水着...?」

 

耳元から聞こえたラウラさんの言葉に間抜けな返事をしてしまった。

 

「ま、まぁ...楽しみに...してる...かな?」

 

流石に楽しみにしていないと言ってしまえば、僕の背中にナイフの刺し傷が生まれかねないため、そう言わざる負えなかった。

「そうか...」と言うとラウラさんはわずかにぎゅっとに僕の体に身を寄せた。

 

「なぁ、琲世」

 

「...なに?」

 

「...あ、頭を...撫でてくれないか...?」

 

「頭を...?」

 

「...そうだ」

 

僕は周りに誰かいないか確認をし、「いいよ」とそっとラウラさんの頭を撫でた。

撫でてわかることはラウラさんの白銀の髪は引っかかることなくサラサラとしていた。

ただ頭を撫でているとは言え、髪の毛一本一本が丁寧に手入れしているとわかってしまう。

 

「...琲世」

 

「...何?」

 

「このままキスを」

 

「それはダメ」

 

「....」

 

キスという言葉を聞いた瞬間、僕はキッパリと断った。

いい流れになったとは言え、流石にその行動に移すのは無理。

もし僕の理性が保ってなかったら、おそらく断ることはできなかっただろう。

しばらく沈黙した後、ラウラさんは僕からパッと離れ「ほら、いくぞ」と舌打ちした。

僕の顔を見ずに僕の袖を引っ張るラウラさんは表面上は不満そうな様子だったけど、どこか嬉しそうな雰囲気はあった。

 

 

それからバスに乗り込むときにセシリアさんと鈴さんは『また変なことをしたな』と僕を殺意のある目で見ていたことに気づいてしまった。

二人は僕とラウラさんが二人でいたことを実際に見ていないはずなのに、なぜかその場にいたかのように僕を『あとでしばくぞ』と見ていた。

これがいわゆる女の勘というものだろうか。

 

僕は「またやらかしてしまった」とため息をした。

 

 





次回は3月18日(木)12時以降となります。

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