琲世Side
それはアリーナでの事件が収束した、夜のこと。
「どうもラウラさん」
ラウラさんがいる病室に入った僕なのだが、部屋の空気は決して良いとは言えなかった。
「なぜ貴様がくるのだ?佐々木琲世」
ベットにいたラウラさんは僕を見るなり、早く部屋から出ていけと言わんばかりの嫌な目で迎えた。
「あ...えっと...」
病室にいたラウラさんの態度に完全に怖気づいてしまった、僕。
先ほどまでラウラさんは意識がなく、彼女の寝顔が可愛いと思っていたのだが、今はそれを忘れてしまうほど緊迫した空気へと変わっていった。
「と、とりあえずっ!ラウラさんのご飯を持ってきたよ!」
「は、はぁ....?」
かなり強引な返事で返してしまった僕はラウラさんがいるベットの横にあるテーブルに食事を置いた。
「...お前が食事を用意するとは、さては織斑教官に言ったな?」
「え?」
僕はラウラさんの言葉に全く心当たりのない声を出してしまった。
僕は千冬さんには何も伝えてはおらず、僕がやったのはラウラさんの病室に食事を持ってくる医務室の方にお願いしたことぐらい。
「そうだね...おそらくラウラさんは一人で食べるんじゃないかなと思って、千冬さんにお願いして持ってくることにしたんだ」
「.....」
とりあえず千冬さんからお願いされたと伝えた僕(実際は違う)だが、ラウラさんは何も言わずにじっと僕を見つめる。
「お前が持っていきた食事はかけうどんか」
「流石に重い食事を出すのはあれかなと思って...」
もしラウラさんに重い食事を出したなら、間違いなく僕の命が一瞬にして消える。
「まぁ、いい。今の私にはぴったりなものだ」
ラウラさんは反発することなく、うどんを口にした。
「...やっぱり出すのは遅かったかな?」
「ああ、そうだ。変に感じるほどだ。私がそれを思いついた時に医務室の者に尋ねようかと思ったのだが、ちょうどお前が来た」
「あれ?ちょうど僕が来たって...」
「つい先ほどのことだ」
「もしかして…ラウラさんが期待して待ってたんじゃーーー」
「次に余計な発言をしたら、私の横にあるナイフでお前の頭に突き刺すぞ」
「あ、はい...」
ラウラさんの発言に、僕はすぐに背筋が凍った。
やっぱりこの人は冗談が通じない。
さすが軍人だ...
そう思っていると、ラウラさんはあっという間に完食をした。
「食べるの早いね」
「軍人としては当たり前だからな。そう言えばお前は食べたのか?」
「うん、食べたよ。先生たちから事件のことを聞かれたけど、僕は早く終わって普通に食堂に行けたよ。今頃、一夏くんたちは急いで食べていると思うよ」
「どうやらお前は教師たちからあまり聞かれなかったようだな?」
「そうだね...僕のISが関係しているかもね」
「だろうな」とラウラさんはどこか侮った笑いをした。
確か一夏くんたちは食堂が閉まるぎりぎりの時間帯で食べていたと他の女子生徒から聞いた。
「...それで今日の事件について話すけど」
「やはり聞くのか」
「もちろんだよ。僕も今回の事件の関係者だからね」
僕がラウラさんの元に来たのは彼女を心配していただけではなく、今回の事件について話すことだ。
「今回の事件が起こったきっかけはVTシステムが作動したからだよね?」
「そうだな。その話は織斑教官から聞いた。お前はVTシステムのことはもちろん知っているな?」
「うん、知ってるよ」
「まぁ、そうだろうな。お前からその単語が出るぐらいなら、説明しなくても良いな」
VTシステムは簡単に言えばモンド・グロッソの優勝者のデータを再現するためのシステムであり、戦った相手は千冬さんに等しいほど厄介なものであった。
「それでラウラさんがVTシステムを発動している時の記憶ってあったかな?」
「いや、ない。私が飲み込まれた時から私がこのベットで目覚めるまでの間の記憶などまったくない」
「そうだよね...動きが完全に織斑先生の動きだったから、ラウラさんの意識なんて皆無に等しいね」
記憶は覚えていたらおかしい。もし意思があるならば、千冬さんの動きを真似することはできないはずだ。
「VTシステムを発動をしていた時、お前と織斑一夏はかなり苦戦をしたと思うが、どうだ?」
「うん…僕だけで戦える相手ではなかったよ…」
あれはまるで千冬さんと戦っているようで、久しぶりの感覚のあまりずっと守りの体勢で居続けてしまった。
「まぁでも、織斑先生の動きに似ていたからなんとかやられずに済んだよ」
「...つまり、織斑教官と手合わせをしたことがあるんだな」
「うん、そうだね。流石に僕が織斑先生に勝つのは無理があるけど、動きを知っているか知っていないかで結構戦局は変わっていたと思う」
もし他の人が戦っていたら、おそらく瞬殺されていたんじゃないかぐらい太刀打ちはできなかったと思う。
ちなみに僕が千冬さんと最後に手合わせしたのは、千冬さんがIS学園に戻る頃であり、ちょうど一夏くんがISを使用できると発覚した時だ。
「それでラウラさんのISはかなり損傷がひどいみたいだけど…」
「それは問題はない。パーツは破壊されたが、コアについては無傷だ。本国から送られた予備パーツを使えば、すぐには復帰は可能だ」
「ああ、それはよかった」
しばらくはラウラさんのISが使用できないのかないと思ったが、どうやら問題ないようだ。
もうこれでラウラさんから聞くことはなく、雑談せずに帰ろうかと思ったら...
「ーーー織斑教官から聞いたのだが」
「ん?」
「お前は誰よりも私を心配したらしいな」
「え?」
ラウラさんの言葉に一瞬だけ思考停止をしてしまった。
「そ、それ...て?」
「お前、動揺を隠せていないぞ」
「い、いや...別に隠してはないんじゃ...」
完全にバレていた。
僕は誰よりもラウラさんを心配していたのは事実であったことを。
「なぜそう隠そうとする?」
「....」
僕は沈黙してしまった。
まるで事実を叩きつけられ、何も言えなくなった罪人のように。
ラウラさんに本当のことを伝えてしまえば、間違いなく彼女の横にあるナイフが僕の体に突き刺さる。
「どうして黙るのだ?」
「っ!」
すると突然、ラウラさんが僕の顔に近づいたのだ。しかもあと5センチほどで顔がくっついてしまうほど顔を近づけたのだ。僕は突然の彼女の行動に裏返った声を出してしまい、すぐさま部屋の隅まで離れた。
「どうした?ただ顔を近づけただけだぞ?」
「い、いや...!急に顔を近づいたから驚いたんだよ!」
ラウラさんは自分がとった行動に疑問を持つことなく、逆に驚いた僕に疑問を抱いていた。
彼女は本当に僕と同じ15歳の人間だろうか?
「まぁ、お前がどうしてそんな行動を出したのか聞かんが、私がお前に聞きたいのは、なぜ私を心配していたんだ?」
「心配...?」
「お前はそこらの人間よりは協調性が高く、織斑一夏や
そろそろシャルルくんをカエル野郎と呼ぶのはやめて欲しいのだけど...
「だが、お前は周りから不穏な空気を生み出すという危険性を抱きながらも、私に近づいた。それはなぜだ?」
「…ええ、確かに僕は一夏くんやシャルルくんの元にいれば良いと思います。でも僕はラウラさんに近づいたのは、似たところがあったからと思います」
「似たところ?」
「ええ、これは織斑先生から聞きました。ラウラさんは僕と生い立ちが似ていると」
実際は生徒会室で刀奈さんから見せてもらった経歴書で知ったのだが、ここは千冬さんと変えたほうがラウラさんにとって納得がいく答えになると思う。
「...つまり、お前は私と同じく戦うために生まれてたのか?」
「ざっくり言えばそうですね」
僕がこの世界に生まれてからISの訓練を受け、そして最前線で戦った。ある意味ラウラさんを同じ立場にいると言ってもよいだろう。
「それで僕はあなたを見た時から肌に感じたんですよね。どこか似ているなって。だから僕はあなたに近づき、そして僕はあなたを誰よりも心配していたんです」
僕はそう言うとしばらく黙り込み、「...こ、これでいいでしょうか?」とどこか頼りない返事をしてしまった。
僕は顔が少し熱くなり、恥ずかしくなってしまったのだ。ドラマや映画でありそうな言葉を自分の口で言うのは、なんだか勇気がいる。
「...そうか、ありがとう」
「っ」
恥ずかしがっていた僕はラウラさんの返事にハッと驚いてしまった。
いつも聞くような冷たい返事ではなく、暖かさのある返事であったのだ。
「お前は散々わかっていると思うが、私はかなり冷たい人間だ。そこらの生徒とは違い、愛想など無縁に近い女だ」
ラウラさんはそう言うと少し間を空け、再び口を開いた。
「だがそんな中、お前は私に声をかけてくれた。初めて声をかけてきたのは同性からではなく、異性からな。初めてお前を見た時は織斑一夏のおまけみたいな人間であり、私とは水と油のような人間だと思ったのだが、今は見方が変化した。お前は私を似た人間だと」
「....」
「私はお前が来るまでふと気づいたのだが、お前と話していると少し落ち着くことに気がついた。ずっと孤独のままでいいと思っていた私がなぜかお前といると安心する」
「....」
「少なくともこの学園に来てからこうして話すなど、お前が初めてだ」
僕は彼女の言葉に驚き、言葉が出なかった。
彼女からこの言葉が出るなんて、想像はしなかった。
「だから、ありがとう。佐々木琲世」
「...うん、どういたしまして」
空っぽになってしまった頭から必死に捻り出した言葉。僕はそのぐらいに衝撃的なことであった。
「ところで、私のこういう感情は日本語でなんと言うんだ?」
「日本語で?」
「ああ、特定の相手にかなり惹かれることなんだんだが、適切な言葉が日本語であるだろ?ドイツ語だとすぐに浮かぶんだが...」
「...」
まさかこれは...
「それって...恋心じゃ」
「コイゴコロ?」
「…あ」
重大なミスに気づいてしまった。
まさに自分は言ってはならない単語を言ってしまったのだ。
「...お前にか?」
「え?いや...なんというか...」
「私が…!?」
普段のラウラさんから絶対見られない感情(おそらくこの学園だと僕が初めて?)。彼女の顔は少し赤く染まり、動揺していた。
そして、ずっとベットに座っていたラウラさんは怪我していたことを忘れてしまうほど勢いよく身を乗り出した。
「それはない!お前にそんな感情など一切ない!!」
「ち、違うんですよ…!別の言葉がーーー」
「そ、そ、そういえば!お前はそこらへんの人間と比べて再生能力が高かったよな?な!?」
(あっ)
ラウラさんの言葉に察しがついてしまった。次はどんな行動をするか頭に浮かんだ瞬間、ラウラさんは僕の予想通りに横にあったナイフを取り出した。
「もう二度と思い出させなくしてやるっ!!!覚悟をしろ!!」
「い、い、い、いや!やめてください!!ラウラさん!!ここで騒ぎを起こすのは…っ!!!」
僕は病室の入り口に誰かの気配を感じた。
病室の入り口をみると、予測通り誰かがこっそりとのぞいていた。
(か、刀奈さんっ!!!)
入り口はわずかに開いているが、誰かがのぞいているのはわかる。
よく見ると見慣れた赤い瞳。
同じルームメイトである刀奈さんだった。
(琲世くん、またヘンなことを起こしましたね〜♪)
刀奈さんはそう言っているかのように嫌味が入った目つきで笑いを堪えていた。つまり僕を助ける気は皆無であることだ。
その後、僕は凶器を持つラウラさんから必死に逃げることになった。ラウラさんは今日の騒動がなかったかと思わせるほど動きは早く、彼女が落ち着いたのは真夜中に近い時間帯であった。
もし一夏くんなら自分が言った言葉が原因だと考えないだろうが、僕はラウラさんがこの行動をとったのは自分であると自覚している。
しかし今日ラウラさんからわかったことと言えば、僕が失言した時に冷たく言葉を返したのではなく、顔を赤くして恥ずかしがったことだ。
あれって....もしかして...?
次回はもうひとり打ち明かす模様です(これは原作通り)。