一夏Side
琲世がいなかった日が過ぎ、朝日が昇った次の日。
俺はいつも通りに目覚め,箒たちと食堂で朝飯を済ませ朝のホームルームが始まる10分前には教室に到着をした。
「結局、琲世は今日来るのか..?」
「さぁな、あいつのことを知らん。おそらく現れるじゃないか?」
教室に入って、俺たちが最初に取り上げた話題は琲世のことだった。琲世は昨日の夜にIS学園に帰ってきたと耳にしていたのだが、俺は起きてからずっと琲世の姿を見ていない。
それはもちろん絶対会うだろう場所である寮内や、朝食を食べる為に行く場所である食堂にも琲世の姿は見なかった。
「まさか佐々木さんは学園にいないんじゃ...」
「いや、流石にそれはないだろ、セシリア。学園内で『琲世が帰ってきた』と言う会話をどこでも耳にしたぞ?」
「私も同じくあちらこちらで耳にした。だがなぜあいつの姿は見えないんだ?」
どうやら琲世が学園にいるのは嘘ではないが、未だの琲世の姿を確認していない俺たちは疑念を抱き続けていた。
俺は「なんで琲世は俺たちの前に現れないんだ?」と口から出そうとしたその時、教室の入り口から「お、おはよ...」とどこか聴き慣れた弱々しい声が聞こえた。俺はまさかと思い、聞き覚えのある声がした教室の入り口に視線を向けると、学校に帰ってきてると疑ってしまうほど姿を見せなかった琲世の姿があった。
「あ!!琲世くんだ!!!」
「琲世くんが帰ってきた!!!」
俺たちが琲世の前に行こうとする前にクラスの女子が琲世を見ると一斉に向かった。その光景はまるでいつも女子に囲まれる自分を見ているようだった。琲世は「お、おはよう...」と苦しそうに言いながらたくさんの女子から潜り抜け、俺たちがいる机の元にたどり着いた。
「お、おはよ...一夏くん」
「お、おはよう、琲世」
たくさんの女子達からくぐり抜け、苦しそうに息を切らしていた琲世の姿に俺は思わず動揺した声で挨拶をしてしまった。
「やっぱり...女子がいっぱいだときついね」
「あ、ああ...そうだな...俺たちしかいないからな...」
この学園は本来男子がいるはずがない女子校だから、俺が学園内で一歩歩けばすぐに注目される。昨日は琲世が居なかったせいか、いつもより俺に近づく女子の数が多かった気がする。
「さ、佐々木さん、昨日はお体を崩されたと耳にしましたが...?」
「あはは…ちょ、ちょっと、体調を崩しちゃって…心配してくれてありがとう、オルコットさん」
琲世は喉に何か詰まっているような喋り方をすると顎を擦るように触った。
俺は琲世が言った言葉を信じていなかった。それはもちろん箒やセシリアも同じくそうであった。別に俺は琲世に対しては悪いことを考えていないが、琲世が抱えている真実に対しての欲求が強まっていた。暴走をした琲世がただの体調不良とは考えにくい。
その後、箒は『なんで朝から私たちの前に現れなかったんだ?』と琲世に聞くと、琲世は『3年生のアメリカ代表候補世の先輩に会ってて..』と疲れが混じった笑顔をした。
でも俺は琲世が遅れた理由よりも気になっていたことがあった。
「なぁ、琲世?」
「ん?」
「お前、昨日どこにーーー」
俺が琲世に昨日どこにいたのか聞こうとしたその時だった。
「何群がっているんだ。もうホームルームの時間だ、さっさと席につけ」
ちょうど琲世の後ろから俺が話していたことを阻むように千冬姉が現れ、先ほど教室内で散らばっていた生徒たちは急いで自分の席へと戻っていった。琲世に昨日のことを訊こうとしていた俺は千冬姉の姿を見ると無意識に口を閉ざしてしまった。
「お...おはようございます。織斑先生」
「おはよう、佐々木」
千冬姉は昨日教室にいなかった琲世に視線を向けると何も聞くことなく普通に挨拶をし教卓へと向かった。
結局俺は琲世に昨日のことを聞くことができず、無言で席に戻ってしまった。琲世に本当の話を聞けるチャンスがあったのだが俺はそれを逃してしまい、無念が胸の中に気持ち悪く残ってしまった。
だが全て悪いとは俺は言っていない。琲世が帰ってきたことで琲世のいない1日が終わり、いつもの日々が戻った。俺はそれだけでも十分にいいのだが、今日はただの日ではないと知るのは静かに始まった朝のホームルームで山田先生のある言葉であった。
「えっと...今日は転校生を迎えます!しかも二人です!」
「「ええ!!??」」
千冬姉が教室に入って静まっていた教室に再び活気のある声が戻った。
教室に入ってきた二人の姿を見た俺はハッと驚いてしまった。
その一人が俺と同じ男だったのだ。
琲世Side
転校生が教室から現れる前に、まず僕が遅れた理由について話そう。転校生については気になるのは僕も同じなのだが、遅れた経緯について話さないといけない。
僕が一夏くんたちと会うのが遅れた理由は、一人の先輩に出会ったからだ。
場所は朝のカフェテリアで、僕が朝食を頂いていた時には既に生徒の数は少なく、もちろん一夏くんたちの姿もなかった。ちなみに同じルームメイトの刀奈さんは僕が起きた時から会っておらず、朝のホームルームを迎えた今ですら会っていない。
僕は誰も会話することなく、一人で黙々と朝食を食べていたら…
『隣の席は空いているか?白黒髪のおまえ?』
口に食べ物を運んでいた僕は誰かからの呼びかけにフォークをピタリと止めた。
その声は明らかに僕に尋ねており、一体誰だろうかと僕は声がした方向に振り向くと、一人の女性が僕の体にかなり接近するように体を寄せていたのだ。
「っ!!」
僕はその女性との体の近さに驚いてしまい、危うく椅子から転がり落ちそうになり、ガタンと机に音を慌ただしく音を立ててしまった。
「なんだよ?ただ声を掛けただけなのに大袈裟だな?」
僕に声を掛けた人は僕が起こした慌ただしい行動に驚くことなく『ハハッ』と馬鹿にするように笑った。その人はIS学園の女子生徒なのだが入学したての一年生らしい初々しさはなく、学園に慣れ親しんでいることを表すようにその人の制服は着崩しており胸元には黒の下着がちらりと見え、長くのびた金髪を一つ結びをしており、明らかに同学年の一年生と思えない生徒であった。
「それで、隣は空いているか?」
「え、あ、空いてますよ?」
僕は急に声をかけられたことに動揺しつつ、声をかけてきた女子生徒に空いていた隣の席を譲った。
(...あれ?この人って確か...)
僕はその声をかけてきた女子生徒の顔をしっかりと見ると、不確かな気づきを抱いた。その人と直接会うのは初めてなのだが、どこかで見た記憶が頭の中にもやもやと浮かんだ。しばらく僕はそのもやもやを解き明かそうと考えていると、隣に座った声をかけてきた人は「どうしたんだ?」と声を掛けた瞬間、もやもやしていた気持ちが一瞬にしてすっきりと消え、僕は声をかけてきた人が一体誰なのかやっと気がついた。
「あの...?もしかして"ダリル・ケイシー"さんですか?」
「ん?オレの名前を知っているのか?」
ダリルさんは僕が彼女の名を口から出たことに両眉が少々動いた。
「ええ、もしかしたら専用機持ちの人と会うんじゃないかなって思いまして...」
「専用機持ちと会うってお前は織斑一夏と同じ男だが、専用機は持ってないだろ?」
「あはは…そうですよね….」
ダリルさんは緊張でぎこちなく話す僕に『少し緊張をほぐせよ』と上級生らしい振る舞いで僕の肩に手を置いた。僕は表では専用機を保有していない人間なのだが本当は専用機を持っている。それに学園内の専用機持ちを認知することはただ学園の有名人を知るのだけではなく、国家が力を入れるほどの戦力を知ることでもあり、もしかしたらどこかで戦うかもしれないからだ。
「それにしても、オレがお前に知られてるとは驚いたな」
「いえいえ、僕はただ他の人と違って物知りですので…おそらく一年生の中では僕しか知らないと思います」
おそらくは彼女を知る一年生は現時点では僕しかいないはず。少し遅れたが僕に話かけてきた彼女の名前はダリル・ケイシー。学年は僕より2つ上の3年生でありアメリカ代表候補生だ。保有するISについては彼女から変に怪しまれそうなので、ここでは説明はしないでおこう。僕はダリルさんにどこかで声を掛けようと考えていたのだが、まさか彼女から僕に声をかけるだなんて思いもしなかった。
「ダリルさんって、3年生ですね?」
「ああ、そうだが?」
ダリルさんはそう言うと僕は「年上の先輩に会えるだなんて..」と更に口を開こうとした時だった。
「なんだ?お前はまるでapple polisherなのか?」
「…えっ?ア、アップル….ポリシャー?」
ダリルさんの口から突然出たネイティブの英語に聞き取れなかった、僕。
僕は一応英語はある程度できるが、ダリルさんの言う英語は本場のネイティブイングリッシュで僕の耳にはうまく聞き取れず、しかもその単語の意味すらわからなかった。直訳すると”リンゴを磨く人”なのだが、本当の意味は一体なんだろうか?
僕は「そのアップルポリシャーてなんですか?」と聞くと、ダリルさんは日本語発音の英語に「なんだよ、その発音じゃ全然英語に聞こえんぞ」と苦笑を示した。
「じゃあダリルさんが言った英語の意味はなんですか?」
「全くしょうがねぇな…日本語で言うと…あれだ!"こびを売ってる"と言うやつだ」
「こ、こびを売るって…僕はそんなつもりはないですよっ!」
ダリルさんの言葉に僕は感情が湧き上がり、全力で否定をした。ダリルさんは「まぁまぁ、落ち着けって」と揶揄うように笑った。
「それにしてもダリルさんはすごいですよね?」
「ん?またapple polisherか?」
「いやいや、そう言うつもりで言ったんじゃないですけど…ダリルさんはアメリカの代表候補生ですよね?アメリカって世界一の軍事と経済を持っているのだから、結構競争率は高くないですか?」
「そりゃ、ヤバかっぜ。あそこじゃ候補生になりてぇヤツばっかで、倍率はとんでもなかったな。まぁ全員オレの敵じゃなかったけどな」
誇らしげに言うダリルさんなのだが、アメリカ代表候補生の選考はとても厳しかったのだと以前IS委員会の関係者から聞いている。話によれば代表候補生の試験内容はアメリカ軍の特殊部隊の選別に似ているとのことで、最終選別に辿りついたのは最初の選別者の内わずか数パーセントしか満たなかったらしい。そう考えると男だから専用機を受け取ることができた一夏くんは幸運に恵まれていると僕は思う。
「そういや、お前の名前ってハイセだよな?」
「ええ、そうですけど…?」
「それにしてもハイセは織斑一夏と違って落ち着いてるなぁ?もっと他の奴と話さないのか?」
「いやぁ気軽に声をかけてくれる人がいなくて...それに僕は話すのは得意じゃない者で..」
僕は一夏くんとは違い、人見知りが強く作用している。一夏くんは入学した当初は女子しかいないIS学園に馴染めず、一夏くんの幼なじみの箒さんや同じ男である僕以外とは話す姿はなかったのだが、今では普通に他の女子と話すことができている。
でも僕の場合はクラスのみんなのように自然と話す勇気が入らず、一夏くんや箒さんなどの知り合っている人の助けがないとうまく話すことができない。おそらく僕は一夏くんよりもかなり友達が少ないはず。
「ならオレがハイセに声をかけて正解だな」
「え?なにがですか?」
「なにがって?オレが織斑一夏よりも先にハイセに声をかけたことだ。なんだよ?"余り物には福がある"と言うことわざを思い出した顔をして?」
ダリルさんは僕とは対照的に口を開き、社交的に振舞う。
「余り物には福があるって...そんなつもりはないですよ...」
僕はダリルさんのノリについていけず口を少々歪ませると、ダリルさんはすぐ様『悪い、悪い。冗談だよ」と敬遠し始めようとしていた僕の肩を軽く叩き、気分を落ち着かせようとした。
「時には冗談を交えるのがいい友人の秘訣さ。これで怒っては友達は作れんぞ?」
「え、ええ...そうかもしれないですけど...」
まだ悪気のあるからかいに慣れていないせいか僕の胸の中には不信感が留まっていた。そんな思いを薄々と持っていた僕を段々と察知したのかダリルさんは『とりあえず悪いな。オレは空気を汚すためにハイセに声をかけたわけじゃない。時にはこう言う会話をするのがオレのスタイルだ。だから気分を害さないでくれ」と、先ほどの悪気のあるからかいを示さず、優しく落ち着いた声で話した。
「...すみません、ダリルさん。先ほどの不快な態度を見せてしまって」
僕はダリルさんの謝る姿に胸の中にあった不快感が消え、やっと落ち着きを取り戻した。
「いいんだよ。慣れてないと改めてよろしくな、ハイセ」
「はい、よろしくお願いします。ダリルさん」
「これでハイセに新たな友人ができたな。あと別にオレをさん付けしなくてもいいぞ?」
「それはさすがに上の人を呼び捨てするのは…」
今思えば僕は名前だけで言える人とはまだ会っていない。あと考えすぎかもしれないが同年代の友人ですらくん付けやさん付けで言ってしまい、まだ一人も名前だけで呼ぶ人はいない。
「なら"さん付け"はオッケだな」
「えっ?」
僕はダリルさんが返した言葉に驚いてしまった。
「また変に驚いた様子をしてどうしたんだよ、ハイセ?」
「い、いや...ダリルさんがそんなことを言う人だと見えなくて..」
「そう見えたのか?まったく見た目で判断すんなよ....オレは同調圧力をするのは趣味じゃねぇし、ハイセは自分らしい行動をすりゃいい。お前は男とはいえ、ISが使える人間だ。
ダリルさんはそう言うと『オレはそう見えるか?』と頭をかしげて小さく呟いた。ダリルさんの雰囲気はどうもガツガツとした感じがあったのだけど、見た目で判断した自分が悪かった。
「なら、ダリルさんはダリルさんと呼びます」
「ああ、それでいい。おまえはおまえらしくいなきゃな。それでハイセーー」
このままダリルさんと会話を続けたいと思っていた僕なのだが、ダリルさんからあることが話に上がった。
「今日は出席するだろ?」
「ええ、そうですけど?」
「時間大丈夫か?」
「...えっ?」
僕はダリルさんの言葉にすぐに食堂の時間を目を向けると、あと数分で食堂から出ないといけない時間だった。
いつもなら千冬先生の一声で食事が終わるのを基準にしていた僕だったため、うっかり時間を過ごしてしまった。
「じゃ、じゃあ、ダリルさんはもう食べたのですか?」
「オレはメシ喰ったからな。ほら、遅れるぞ」
ダリルさんはそう言うと『またな、ハイセ』と席からすぐに去っていった。
僕はダリルさんとの会話で残していた朝食をすぐに口に運び、急いで自分が所属する教室へと向かった。
ダリルさんに取り残されたのはちょっと不満を感じたのだけど、僕の胸の中は嬉しさが優っていた。
僕にまた”新しい友達"が出来たのだから。
年上の先輩なのに友達という表現をするのは少し違和感があるかもしれないが、
僕はその方がふさわしいのだと判断した。
今の僕は誰かに伝えたくて仕方がない子供のように心が落ち着いていられたなかったんだ。
これからもこの気持ちを忘れずにいきたい。
そう、いつまでも。