一夏Side
翌日の朝
昨日は所属不明機が突然アリーナに現れ、学園内は騒然としていたのだが、今は昨日の出来事が起きたことに知らなかったみたいに、もくもくと授業を受けていた。だが俺は昨日のあることに気になっていて授業に集中できなかった。ちょうど俺の隣の席に一人だけ座っておらず、皆はそれに気にする事なく黒板に目を向けていた。
俺が気になっていた原因は、俺の隣にある席に琲世が座っていなかったからだ。
(昨日の騒動が終わった後、一度も琲世に会うことがなかったな...)
朝に行われたホームルームの時に副担任である山田先生から『琲世くんは今日はお休みです』と言っていたのだが、俺は耳にした時、琲世はただ体調が優れなくて休んだのではなく、昨日の所属不明機の時に暴走したことが関係していると心の奥底で察した。それは俺だけではなく琲世が暴走した姿を見た箒とセシリアも同じく異変に気がついたような雰囲気を出していた。しかしホームルーム終了後、琲世が暴走をしたことを知っている俺と箒達は琲世のことをすぐに話題に上げず1時間目を迎えた。俺たちが琲世の話題を上げなかったのは理由があった。
『今日見たことをくれぐれも外部に漏らすな。特に"佐々木琲世のIS”に関することもだ』
それは琲世が暴走を止めた千冬姉が強い口調で言った言葉。あの時の千冬姉の目は本気で訴えかけるような目つきで現場を見てしまった俺たちに暴走をしてしまった琲世を口に漏らさないよう言ったため、琲世のことを口にしたくてもできない。
(琲世は俺と同じくISを使えるはずなのだが...俺とは違う...)
琲世は俺と同じくISが使える男なのが、持っている専用機は違う。名前はわからないが俺よりは性能が良く、おそらく琲世の身体能力もプラスされ、遥かに俺とは力の差が感じられた。しかしそれだけではなく琲世の背中から機械とは疑うほどの肉の赤さと、機械では表現できない自由自在に動く触手が現れた。その触手は滑らかに動くにも関わらず鋼を貫く強さを持ち合わせおり、本当にISの能力なのかと疑ってしまった。しかし所属不明機を倒した琲世に異変が起きた。突然琲世がもがき苦しみ、琲世の背中から生えた触手がいびつな動きをし、暴走をし始めたのだ。
(もし俺があの攻撃を受けたら...間違いなく終わってたな...)
琲世が暴走した時、俺たちの前にISに展開した教員達が現れ、暴走した琲世を容赦無く攻撃をした。あの時見た教員達の戦う姿は明らかに予測不可能に暴走する琲世を完全に把握していたように見えた。教員たちの経験だからこそ暴走する琲世を倒せからだと思う。そしてボロボロになった琲世を最後は千冬姉が拳銃で留めを刺した。
(あの時の琲世は...なんなんだ?)
俺は一限の授業の内容を頭に入ることなく一限が終わってしまった。二限に入る前にセシリアから琲世は検査のために学校には不在だと誰も聞かれないように小さな声で俺に伝えた。学園内の医療室は普通の高校の保健室とは違い、病院の並の設備を整えているのだが、琲世はそこにはいないらしい。大抵の病気の場合は学校で済ますことができるはずなのだが、琲世がそこにいないと言うことはただ事ではないとわかる。
琲世は一体どこにいるんだ?
琲世Side
東京
IS学園から離れたところにある日本の首都でもあり、世界で有数の都市でもある場所。東京にそびえ立つビルの中の一つにある国際機関の建物。そこはISを保有している国家や企業を監視をする国際機関である"国際IS委員会"の本部が置かれている。僕は前日に"ある人"から呼び出しの連絡をいただき、本部にある会議室で有馬さんと二人だけいる。今いる会議室は普通の会議室とは違い天井が高く、二人だけだと会話するだけでも響いてしまうほどの広い部屋であった。
「琲世、学校は慣れたか?」
「ええ、最初は不安がありましたが、時間が経つにつれて空気に慣れました」
僕は"ある人"と会議室にあるテーブルに乗り、居合わせをしている。その人の名は
しかし有馬さんは国際IS委員会から保安上秘密裏され、彼を知るものは世界ではほんの少しだけだ。
「今のところ学校で学んでいることは大体わかっているので、問題なく授業についていけてます」
僕は有馬さんの攻撃を瞬時に避け、持っているボールペンで有馬さんに容赦無く突き刺す。僕と有馬さんはそれぞれ一本のボールペンを持ち、どちらかがテーブルの上から落ちるのか戦っている。もちろん足での攻撃や、格闘に持ち込んでもいい。一見テーブルの上で戦うのは難しそうに聞こえないと思うが、実際上に立つとぐらぐらとテーブルが揺れ安定を失う。最初の頃はテーブルの上に立つのがやっとで攻撃をすることができなかったのだが、今では有馬さんに攻撃を仕掛けることができる。
「そうなんだ。同じ学年の代表候補生達とはどう?」
しかし有馬さんは僕の攻撃を軽々と避け、話を止めることなく僕に聞き続ける。普通の人ならば話をする余裕はないはずだが、有馬さんは普通に話しているように坦々と口を動かす。
「そうですね....実際に戦ったことはないですが、間違いなく強いと思います」
将来国を背負う代表のため、多くの志願者の中で勝ち抜けた実力を持っているはずだ。イギリス代表候補生であるセシリアさんは僕とは違い射撃重視の機体のため、どれだけ近づけるかが鍵となる。中国代表候補生の鈴さんは僕と同じ近距離の機体なのだが、与える一撃は強力なため、素早い判断が求められるはずだ。
「でも一夏くんはその代表候補生たちとはよく喧嘩みたいなことをするんですよ。そのほとんどが一夏くんが原因みたいらしくて、毎回代表候補生の人たちが僕に相談をーーー」
僕が話に夢中になってしまったその時だった。
「うぐぅ!?」
有馬さんは僕の足に蹴りを加え、体勢を崩した僕に追加で腹部に蹴りを与え、僕をテーブルの上から落とされた。床に倒れた僕は「いたたた...」と前に向くと...
「っ!」
有馬さんは無言で僕の目先にボールペンの先端を向けていた。いつの間にか有馬さんはテーブルの上から降り、僕は持っていたペンを失い完全になすすべもなかった。
「ま、参りました....」
「...琲世はISに展開した時もそうだけど、少し動きが遅い。そこを改善すればさらに良くなると思うよ。あと話に夢中にならないことも」
「あはは...そうですよね...」
僕は有馬さんの最後に言った言葉に少し苦々しく笑った。僕は理論上では代表操縦者と戦えるのだが、それはあくまでISを完全に扱えきれたらと言う話だ。暴走しては正確に攻撃は与えることができずただ物を破壊するだけで、例えるならISをしばらく展開していると感情的になってしまい、冷静に判断することができなくなると言えばいいだろう。
「あの...有馬さん」
「なんだ?」
「僕を呼んだのは、先日IS学園に現れた無人機のことでしょうか...?」
僕はそういうと少し口を硬くなり、有馬さんを見る。有馬さんは常に任務に出ているため、僕を呼び出すなんてそうそうない。僕を呼び出したのはもしかして失態を犯したためかもしれない。
「無人機を撃破した後に僕が暴走をしてしまい、IS学園の皆様に大変なご迷惑をーーー」
幸い怪我人がいなかったが暴走をしたことでアリーナの一部を破壊してしまい、そして多くの人を心配をかけてしまった。きっと有馬さんはそれで僕を呼び出したのだろうと思いながら僕はそう話しているとーーー
「これ借りた本、ありがとう」
有馬さんを見ると、有馬さんは右手に一冊の本があった。
「短いけどカフカの『雑種』が気に入った」
「あ..あれはカフカのどこか閉鎖的なユーモアを感じられるいい短編集ですよね..」
有馬さんが持っている本は以前僕が有馬さんに貸していた小説カフカ短編集だ。
「今回琲世が暴走したことは千冬は理解していると思うよ。だから深く考える必要はない」
有馬さんはそう言うと僕の手元に本を返した。
「限界を超えISにさらに力を使う必要あり、そうしたそれだけの話だろ。また限界を引き上げればいい...」
有馬さんは僕に怒りを見せることなく、淡々と僕に言葉を伝える。
「琲世。また"あの声"が聞こえた?」
「....はい、聞こえました」
有馬さんが言う"あの声"。それは僕がISを使用していた時に聞こえた声。
「『彼』が僕の耳元に囁くんです。『僕の力を使え』『早く使わせろ』と...あの声はまるで僕の体を返せと言っているみたいに聞こえるんです」
あれはもう一人の僕。僕が知らない過去を知る人物。
だけど僕は『彼』に体を渡したくはない。
「今の僕は過去を知らないですけど、これで結構幸せです」
僕はこの世界生まれて、嬉しいことがたくさん出会えた。
「最初に有馬さんと千冬さんが僕と出会い、IS学園に入学して初めて友達ができて、そして以前ずっといてくださった刀奈さんと再び会えました。僕は過去を知れなくても、十分幸せです」
「...家族や、かつての友人に会いたいと思わないのかい?」
「か、家族ならいまのでっ!」
僕は少し恥ずかしく噛みながた言ってしまった。僕は過去の記憶を失ったまま生きていたのだから、親の温もりは知らない。自分の父はどういった厳しさを持ち、自分の母はどういった優しさを持っていたのかわからない。だけど僕にはそれに等しい等しい人たちがいる。
「有馬さんは僕の『お父さん』で、千冬さんが僕の『お母さん』...なんて」
そう言った僕は口元を抑え、恥ずかしさを隠す。
「それは大変な家族だな...」
「そうですよね...もし千冬さんがいたら殴られていましたよ」
「それと一夏は琲世の叔父になってしまうよ」
「あ...そうなっちゃいますよね」
僕は有馬さんの言葉にハッと気がついた。有馬さんには"弟の似た存在の人"がいる。
「そういえば、一夏は元気か?」
「はい、一夏くんはもちろん元気ですよ。一夏くんは初めはISのことはわからず、皆さんに置いてかれていましたが、授業が進むたびに段々と理解していき、やっと皆さんについていけるほど成績が上がりました」
有馬さんは僕の話に「....そうか」と、どうか嬉しそうに微笑んだ。有馬さんは一夏くんと千冬さんとは昔から知り合っている。今は"ある事情"により一夏くんには会えない。
「琲世の話を耳にしたせいか、いつか一夏に会おうかな」
「えっ、本当に言ってるんですか!?」
「ああ、久々に『弟』に会いたくなった」
だけど、有馬さんにはおそらく超えられない大きな壁がある。
「でも千冬さんがオッケーしてくれないと思うんですけど..」
「....ああ、そうだな」
それは一夏くんのお姉さんである千冬さんだ。有馬さんが一夏くんと最後に会ったのは一夏君が小学校4年生の時で、それ以降は一度も出会ってない。理由はもちろん有馬さんがISに匹敵するほどの力を持っていると政府が知り、すぐに一夏君の元から去ったらしい。ちなみに千冬さんから聞いた話しだけど、一夏くんが唐変木なのは有馬さんが原因らしい。有馬さんは昔一夏くんと千冬さんとは何度も会っていたのだから、
「とりあえず有馬さん、机を拭きましょう。また千冬さん怒られてしまいますよ」
「そうだな。また言われてしまうな」
僕たちは靴の跡があった会議室のテーブルを綺麗な布巾で拭き、そして部屋から退出した。
僕はこの世界に存在する意味はあるんだ
過去を知らなくても、僕は僕で生きていく
たとえ、誰かに否定されても
僕は昼過ぎから国際IS委員会が置かれているビルから出て、そのままIS学園に続く電車に乗車した。初めは電車に乗る人は多く、外はまだ太陽が真上にあったんだけど、IS学園が見えてきた時には乗車客は僕だけで、外を見ると空の真上にあった太陽は沈んでしまい電車の外からは見える街灯の光がつき始めていた。
(結局、遅く帰ってしまったな..)
駅から降りてIS学園にある寮に向かう、僕。有馬さんの元に行く前は明るかった学園内は、今では辺りが真っ暗で誰もいない。今の時間帯で寮に戻ってしまえば処罰は間違いないのだが、僕は出発する前に千冬さんに『遅く帰って来ます』と伝えてたため、おそらくは罰則はこないだろう。
(...ん?)
IS学園にある寮の建物が見えてくると、僕は動かしていた足を止めてしまった。あともう少しで寮に到着ができ、すぐにベットに飛び込むことができるのに、僕は足を止めてしまった。
その理由は、僕の前に"ある人物"が立っていたのだ。
「おかえり、佐々木くん」
夜風が青いショートカットの髪をなびかせ、街灯の光に照らされた道に立つ女性。その人は僕と同じルームメイトで一つ年上の先輩である
「す、すみません...
僕はすぐに頭を下げて言うと、どこか怖そうに笑っていた刀奈さんからふふふっと笑い声が聞こえた。
「冗談わよ♪別に刀奈さんでもいいわ♪」
刀奈さんはさっきまで出していた暗いオーラが消え、子供のようなテンションになった。
「もぉ、琲世くんはかわいいからね♪」
「そ、そうでしょうか...?別に僕はかわいいわけなんて」
「かわいいわよ♪それにまるで数ヶ月ぶりに会うみたいに寂しかったのよ?」
「それ、本当に思っていたんですか?」
「嘘っと言って欲しいかしら?」
「いや...それは...」
「おやおやおや?琲世くんの顔に言って欲しく無さそうに書いてるわね〜?」
「刀奈さんっ!!」
僕はいつの間にか刀奈さんに絡まれ、ついに強い口調で刀奈さんの名前を言ってしまった。
「まぁ、ずっと琲世くんをいじるのはいいのだけど....久しぶりにお父さんに会えてどうだった?」
「お父さんって....恥ずかしいですよ...」
刀奈さんの言葉を耳にした僕は少し恥ずかしくなってしまい、口を硬くしてしまった。刀奈さんは今日僕が学校を休み、有馬さんに会うことを知っていた。いつもなら刀奈さんはさらにいじるはずなのだが、刀奈さんはいじる真似はせず優しく僕に話を聞いてきた。
「琲世くんの顔を見ると、とても嬉しかったみたいだね」
「ええ、その通りですよ。IS学園に入学して久しぶりに会ったんですから」
「それは久しぶりと言うかしら...?」
「あ...そうですよね。まだ1、2ヶ月ほどしか経っていませんよね...」
「まぁ、でもそのぐらい会いたい人だと言うことは代わりはないかしら?」
刀奈さんはそう言うと止まっていた僕の腕を掴み、僕たちは歩き始めた。僕たちしかいない寮まで続く夜道を僕は刀奈さんとしばらく歩きながら話していると、ある話題が上がった。
「有馬さんから琲世くんが暴走したことを聞かれたかしら?」
「そうですね...もちろん暴走ことは聞かれましたが、そんなに聞かれることなかったです」
「あら?そんなに聞かれなかったの?」
「はい、大体は学校生活に慣れているかとか聞かれましたよ....」
「そうだね。有馬さんは確か天然だからかもしれないけど...ん?」
「......」
「...どうしたの?」
僕は刀奈さんの口から出た"暴走"と言う単語を耳にし、段々と口を重くなってしまい、そして視線を前に向くことなく下に落としてしまった。僕はあの暴走でどれだけの人に迷惑をかけてしまったのだろうか。それにまた僕は暴走をしてしまい、もしかしたら誰かを傷つけしまうかもしれない。そう考えてしまうと僕はまたISを展開するのをためらってしまう。
僕がそう考えていると....
「琲世くん」
すると口を閉ざしていた僕に刀奈さんは暖かい声で僕の名前を言った。その声は暗くなった僕の胸に響き、僕は自分の名を耳にした瞬間、前を見ると刀奈さんがじっと僕の顔を見ていた。
「琲世くんには暗い顔は合わないよ」
刀奈さんは少し微笑み、そっと僕の頰に手を置いた。それは初めてではなく、前にも同じことを受けていた。いつも刀奈さんは僕が落ち込むと優しく頰に手を置き、優しい顔で僕を見つめる。僕のことをずっと知っているからこそできることだ。
「...すみません、刀奈さん」
「別の謝らなくてもいいのに、まったく琲世くんは」
刀奈さんはそう言うとどこか安心そうにため息をし、僕の頰に置いていた手を離した。
「さてと、早く部屋に帰りましょ」
「..はい、わかりました」
僕たちはそう言うと、止まっていた足を再び動かし寮に帰った。
僕は深く考えすぎてしまった。
恐れるあまりISを展開をするの罪悪感を持っていたが、もし無人機が現れた時に僕がISを展開していなければ一夏くんたちを助けることができなかった。
僕がまた暴走をしてしまったら、千冬さんと刀奈さんが止めてくれる。
僕が元に戻れなくなっても