俺は、スーパーザンクティンゼル人だぜ?   作:Par

63 / 78
キャラ崩壊と二次創作独自の設定や解釈があるのでご注意ください。

ヨダルラーハを登場させます。
登場キャラクターのフェイトエピソード等のネタバレを含みますので、その点もご注意ください。


Odd angler & Odd leader 後編

 ■

 

 一 休めない団長、命運尽きた悪党

 

 ■

 

 この場に現れたその男達は、如何にもな盗賊団であった。武器もよくあるハンドピストルにナイフなどばかり。それでも弾が当たり、刃が刺されば人の命を脅かすには十分である。事実脅しの発砲音だけでも彼らが狙った渓流にいた観光客の釣り人は震えあがっていた。

 実はこの盗賊達、この島を含めた周辺空域を最近荒らす盗賊団であった。

 彼らの手口というのは、大体決まっている。盗賊仕事のしやすい島を見つけてはそこへ行きジックリと下見をする。

 大抵彼らは観光地を狙った。それも山などの身と物を隠せる場所がある島だ。そう言った島の山に“ここがいいぞ”と言う盗んだ金品の隠し場所を決める。そこからが彼らの本格的な仕事の始まりだ。

 観光地の観光客が少なくなる時期を狙い今回のように襲撃をする。土地勘もなく油断した観光客は大抵直ぐに怯えて金を出すのだ。

 そうして金品を頂いた彼らは、まず予め決めた隠し場所に奪った物を隠す。洞窟、木のうろ、掘った穴、あらゆる場所を利用し直ぐには盗んだものを懐に入れない。そして彼らは、物を奪うと直ぐに島をたつのだ。

 そのようにして奪い隠した物は、ここ以外でも幾つかの島にある。まるで冬支度をするリスが色んな場所に食料を隠すかのように。そして彼らは数か月か半年は間をおいてから隠した金品を安全に回収、そうしてはじめて懐にしまうわけである。

 今回もいつもの同じ手口だった。案の定一発の脅しの銃声で怯える釣り人達を見て彼らは“今回も上手くいった”と仕事の成功を確信していた。

 

「金目のもんその場において大人しくしてな! 抵抗したらどうなるかわかってるよなぁっ!!」

 

 そう盗賊が言うと釣り人達は、慌てて財布等の金品を放り出して地面に伏せて震える。後は適当に縛っておけば十分逃げる事もできる。

 ──そしてこの後もいつも通りだ。金目の物を奪った後は、山の中に紛れ用意した隠し場所に隠す。そしてバラバラに行動し島を出ていく。また数か月して、盗賊騒ぎが収まった頃何食わぬ顔で金品を回収すればいい──。

 成功の確信は、そんな甘い考えが浮かぶ。それ程に何時も通りであった。

 ただしそれは、この時までの話である。

 

「よーし、よし。そのまま大人しく──」

「諦めろ、間に合わねえってっ!!」

「放しなさい! あそこにアタシの魚がまだいるのよっ!!」

「……大人し──」

「また釣ればいいだろうがっ!」

「そういう問題じゃないのよっ!!」

「おと──」

「そ、そうよ……! 川ごと固めればまだ……っ!!」

「大惨事だよ馬鹿野郎っ!? 水が塞き止められて川筋変わっちまうだろうがっ!!」

「大人しくしろよっ!? 状況わかってるそこのっ!?」

 

 普段ならばここから悠々と金品回収の時間。だと言うのにやたらめったらと騒ぐ集団がいた。

 言うまでも無く団長とその一行。だが盗賊達は、彼らが“あの噂の騎空団”と、ややこしい情報を“噂”の一言で省かれるヤバイ騎空団、星晶戦隊(以下略)とは思ってもいない。

 つまりは、この時点で盗賊達の命運は尽きてるようなものであった。

 

 ■

 

 二 ファータ・グランデ空域で悪事をする場合、騎空団に見つかって、その騎空団に星晶獣がいて、星晶獣と同等以上の戦闘力を持つ団長がいて、それ並みの仲間を相手にする場合を想定しよう! 

 

 ■

 

「落ち着きなさいって、また釣れるから! やれるってお前なら!」

「うぬぬぅ~~……くそぅ! くそぅ!」

 

 団長は必死にメドゥーサを抑えていた。彼女は、魚を逃した苛立ちとその原因を作った盗賊達への怒りで暴れようとしているのだ。川まで石化しせき止め、逃した魚を捕まえようとしているのだからかなりの怒りである。

 だが盗賊はそんな彼女が石化の魔眼を持つ大星晶獣とは考えていない。彼女達の近くにいるメドゥシアナ(省エネ)の方にも、とぐろを巻いて大人しくしているので岩に紛れて気が付いていないようだった。

 

「そこの半裸の変態と小娘と、あとなんだぁ……その他っ!! てめぇらぶっ殺されてぇのか!?」

「誰が変態だ馬鹿野郎!? 服乾かしてんだよ今!」

「うるせえ! いいから大人しくしろいっ!!」

「はわわ……!? だ、団長さん。盗賊の方達怒ってますけど……」

「怒りたいのこっちですよ……」

 

 現状、戦闘力皆無のコンスタンツィアだけは素直に怯えているが、団長達は普段通りだった。

 

「……どうされます、団長さん?」

「数多いし囲まれてるからね。俺達だけならともかく一般人もいる。今は大人しくしとこ。メドゥ子もいい加減……な?」

「くぅ~~……!!」

 

 ミリンは何時でも腰の刀を抜けるようにしていた。だが団長は、今すぐ盗賊を倒そうと思わなかった。盗賊が広く自分達を囲んでいる今、迂闊に動けば他の一般人に被害が出る可能性があった。そのように言うと流石にメドゥーサも落ち着いたのか、悔しそうなのは変らないがジッと大人しくなった。

 

「盗賊さん、わるかったよ。ツレがちょっと癇癪起こしたもんでね。もう大人しくしとく」

「ケッ! わかりゃいいんだよ」

 

 団長は両手を挙げ無抵抗をアピールする。盗賊達はしばらく団長達の事を睨んでいたが、多少団長達に対して警戒を解いたようだった。この場は金目の物を優先するらしく直ぐ他の釣り人達が投げ出した財布やらの回収に向かっている。

 

(さて、後は様子を見つつ隙を見つけるか)

 

 無抵抗を装い団長達は盗賊達の隙を伺った。

 団長は、盗賊達の人数と手慣れた襲撃の様子から初犯じゃないだろうと判断した。ある程度盗賊稼業で食ってるとも考え、目の前に現れた以上ここは全員捕まえる方が良いと決める。

 とは言えどのタイミングでしかけたものだろうか、とも考える。何か奴らの気を逸らすようなものがあれば──。

 するとその時であった。何か遠くから飛んでくるナニかを団長は見た。それは真っすぐに盗賊の一人を目指し飛んでいき、そして。

 

「んぎゃあっ!?」

 

 案の定盗賊に衝突、そのまま盗賊は倒れてしまった。他の盗賊も当然気が付き、衝突し倒れた仲間のとこに集まった。

 

「お、おい大丈夫か!? 何があった!」

「きゅ、急に何かが……頭に……ぶつ、かって。ほげぇ……」

「し、しっかりしろぉ──っ!?」

 

 倒れた盗賊はそのまま気絶した。

 

「何だってんだ一体!? 何が飛んでき……ああ?」

 

 気絶した盗賊のそばに落ちるものを見て他の盗賊は、素っ頓狂な声を上げた。そこにはピチピチと元気に跳ね回る一匹の魚型の魔物がいたのだ。

 

「魔物……魚の魔物だっ!?」

「いや、それでも可笑しいだろ!? どうして魚の魔物が飛んでくんだよ!?」

「知らねえよ! だけど確かあっちの方から──ぎゃぶぅ!?」

「うわぁ、またぁ!?」

 

 魚の飛んできた方向を確認しようと顔を向けた一人の盗賊は、次の瞬間再び飛んできた魚の魔物と衝突。そのまま同じようにのびてしまった。

 その突然の出来事に団長達も驚いた。離れた位置だったが魔物が盗賊に激突する所は、はっきりと見えていた。

 

(あっちの方角は、確か……いやそれよりも)

 

 ──好機だ。団長は、直ぐにそう思った。

 なぜ魔物が飛んできたか、団長には何となく予想がついた。だがそれは後で良いだろう、と考えを隅に置く。まず優先すべきは、何よりも盗賊達だった。

 

「何かわからんがチャンス……! メドゥ子!」

「言われなくってもぉ!! メドゥシアナッ!!」

「シャアアァァ──ッ!!」

 

 盗賊達が飛んできた魔物に驚いている隙にメドゥーサは、メドゥシアナを一瞬で元の大きさにまで戻した。

 急にこの場に十数メートルはあろう大蛇が現れたのだ。これに盗賊が驚愕したのは、言うまでもなかった。

 

「んっだああぁぁ────っ!? ば、ばばば、化け物ぉ────っ!?」

「こ、今度はなんなんだよ……!? 何だってんだよ!?」

「愚かな人間達! 人間の言葉には、こんなのがあるんですってね……“逃がした魚は大きい”……アイツのよりもおっきい魚だったのに!!」

「な、なに言って──」

「もう、問答無用よ! アンタ達全員石になっちゃえっ!!」

 

 メドゥーサの両眼が怪しく光る。そして次の瞬間彼女の瞳からは、紫の光線が放たれ何人かの盗賊に命中する。

 

「うわ……っ!? な、なんの光ぃっ!?」

「お、おい……お前その体!?」

「え? ……え、ええっ!?」

 

 光線が当たった盗賊は、直ぐに自分の身に起きた事に気が付いてはいなかった。だが仲間に指摘され自分の体を見て悲鳴を上げる。

 

「な、なんじゃこりゃああ────っ!?」

 

 光線を浴びた盗賊は、身体が石化して固まっていた。正確に言うならば、身に着けている衣服のみが固く石に変化していたのだ。固まった衣服に拘束され、身動きの取れない仲間を見て盗賊達は更に慌てだした。

 急な魔物の襲撃(?)に加え突然の石化。もはや盗賊達には、釣り人達から金銭を奪う考えは無く混乱と恐怖があった。石化を逃れた盗賊達は、慌てふためき逃げ出そうとする。

 

「逃がすなメドゥ子っ!」

「わかってるわよっ!! メドゥシアナ、逃げ道塞いでやりなさい!!」

「シャアァ──……ッ!!」

 

 メドゥーサの指示を受けメドゥシアナは、盗賊達が逃げようとした方向に移動すると逃げ道を塞ぐように体を横たわらせた。巨木の幹よりも太い身体は、容易く盗賊の行く手を遮った。

 

「全員捕えるっ!! 観光客の安全確保と盗賊退治同時進行っ!!」

「承知っ! ミリン、参ります!!」

「シャオラ、行くぜオラァッ!!」

「ディ、リィ、お前達も出番だ。他の釣り人達を守るぞ」

 

 ミリンも抜刀し、B・ビィは再びマチョビィへと変身。ゾーイはディ達を呼び出し釣り人達を守るように動く。

 混乱した盗賊達は、逃げ道をメドゥシアナに殆ど塞がれ別方向に右往左往と逃げ回る。だがすでにB・ビィ達が先回りし直ぐに盗賊を叩きのめされた。

 そして逃げる盗賊の一集団は、団長達のほうにも向かった。

 

「化け物蛇と化け物女、黒いトカゲみてぇな化け物っ!! 竜を連れてる化け物みてぇな女、やたらつえー侍女っ!! なんなんだこいつらっ!?」

「あっちだ!! あっちの半裸野郎は多分大丈夫だ!!」

 

 盗賊達は、オロオロするコンスタンツィアと剣をなくしてショックを受けてる団長を見てそちら側に逃げようと決めた。だが一見ただの少女のメドゥーサやゾーイが尋常じゃなく強いというのに何がどう大丈夫というのか。そこのところは、盗賊達も混乱して最早危険の予測ができなくなっていた。

 逃げる、ただそれだけが盗賊達の頭にあった。

 

「だ、団長さん……!? こ、こっち来ますよぉ!?」

「やっぱ抜けたか。まあ数多いからな……ミスラ、コンスタンツィアさんのそばにいてな」

「ミンッ!」

 

 向かってくる盗賊に対し、団長はすぐに盗賊を迎え撃つ構えをとった。だが、この時彼の手に武器はない。

 

(剣は水中……こんなこったら冷えるの我慢しても探しゃよかったなぁ)

 

 落とした武器を拾わなかった事を若干後悔しながらも、拳で戦う事には抵抗はなかった。盗賊の半ば捨て鉢の攻撃は、団長には簡単に見切れる。適当に避けて殴り倒そうと思った団長であったが──。

 

「──ほれ、そっち飛んでくぞっ!」

「うが……っ!?」

 

 突然声が聞こえたかと思えば、またも魚の魔物が飛来し盗賊の一人に激突。そのまま男は、気を失ってしまった。

 

「すまんすまん、ちょいと竿に力が入りすぎてしまったわい」

 

 何事であろうか、団長もギョッとした。そして声の聞こえた方向をみれば、釣竿を持ったヨダルラーハがいたのだった。

 

 ■

 

 三 剣よ、竿よ、釣り人よ

 

 ■

 

 別の場所で釣りに興じているはずであったヨダルラーハさんがこの様に現れた事に驚きがあったかと言えば、もちろん無いとは言えない。

 だが意外ではなかった。先程から飛んでくる魚の魔物は、明らかに誰かが釣り上げ飛ばしていたものだ。では誰が? と、なれば釣り上げた獲物を何度も正確に投げれる腕前を持つ釣り人、それは魔物が飛んできた方向から見て一人しかいない。

 

「魔物まで釣り上げたんすか、ヨダルラーハさん?」

「別に釣る気もなかったがのう。こっちが騒がしくなって魚が逃げちまったわい。変わりに気が立った魔物しか釣れんでな」

 

 銃声やら怒号。ヨダルラーハさんのいた場所は、結構離れていたはずだが魚の方は敏感だったようだ。

 

「釣っては投げてを繰り返したが、何匹かこっちに飛んでったようじゃのう」

「狙ったんじゃないんすか?」

「うん? 何のことかのう?」

 

 ヨダルラーハさんは、惚けた様子を崩さない。まあ別に追及する気もないが。

 

「て、てめぇ……爺っ! さっきの魔物もてめぇが!!」

 

 そして盗賊達は、何度も仲間に魔物をぶつけた人物の正体がわかりかなりお怒りの様子である。自業自得であるが。

 

「おお、すまんすまん。魔物を釣って焦って放り投げちまった! 他の誰かにも当たったなら悪いことしたのう」

「ふ、ふざけるなよ爺!? てめえのせいで……!!」

 

 怒りに我を忘れると言うけれど、人間一度カッと怒ると優先すべき事を間違えるものだ。本当ならとっとと逃げるべきだろうに、盗賊は武器を手にヨダルラーハさんに襲い掛かった。

 

「こいつっ!!」

「おっと、危ない危ない」

「なっ!?」

 

 だがナイフを軽々躱したヨダルラーハさん。盗賊は簡単に攻撃を躱され驚いている。

 

「なんじゃ、こんな老いぼれ相手に必死になりおって」

「この爺……っ! これならっ!!」

「よっ! ほっ! そらどうした、ワシはこっちじゃよ?」

「ま、また……くそっ!! 一斉にかかれ!!」

 

 突けど切れども当たらぬナイフ。業を煮やして盗賊達は、一斉にヨダルラーハさんに襲い掛かる。

 だがヨダルラーハさんと言うとまるで焦らず飄々としたまま。だが一瞬、その瞳が鋭い刃のように光るのを俺は見た。

 するとどうか、まるで枯葉か蝶々か──四方八方からの攻撃にも関わらず、ひらりひらりと盗賊共の攻撃をヨダルラーハさんは、難なく躱してみせた。むしろそれを見ているコンスタンツィアさんの方が冷や冷やもので、盗賊の攻撃がヨダルラーハさんに当たりそうになる度に何度も「ひゃぁっ!?」と悲鳴を上げている。

 

「やれやれ……お前さん等、釣りには向かんようじゃ。そんな乱暴じゃあ魚も逃げちまうわい」

「うるせえ……! 俺達は釣りなんてしに来てねえんだ!!」

「きっちっちっち……! 釣りってのは、何にでも通じるもんじゃて……」

「舐めやがってぇ!!」

 

 棍棒を持ったドラフの盗賊が体重を乗せた重たい一撃をふるおうとした。

 

「そこで止めなよ、みっともない。お爺さん相手に何人も」

「ぐっ!?」

 

 だが俺が横から手を伸ばし、ガシリと盗賊の手を掴む。盗賊のほうは、急に近くまで来ていた俺に驚いていたが、奴等はヨダルラーハさんにばかり気を取られ俺の接近にまるで気が付いていなかった。

 

「半裸の小僧、てめえ!?」

「だから好きで半裸じゃねえっての!!」

「うぶっ!?」

 

 カチンときたので拳を一発叩き込む。すると盗賊は、簡単に気絶した。

 

「ほう、ドラフの男を一撃か。お前さんやるのう」

「武器頼りの奴でしたからね。見掛け倒しですよ」

「ま、そうであろうな。武器を持たぬ者相手を脅して盗みを働く輩じゃ、身体なんぞろくに鍛えちゃおるまい」

 

 ヨダルラーハさんの眼がまた鋭くなる。

 

「だが奴さん等、まだ一度も人を殺めてはおらんな」

「わかりますか」

「うむ。だがこれ以上盗みを繰り返せば、何時かは手を血に染める日も来よう」

「なら今日で盗賊稼業は廃業してもらいますかね」

「それがいい。ほれ!」

「はい?」

 

 不意にヨダルラーハさんが俺に向かって何かを投げた。反射的に受け取ったそれは、剣より細く、握っただけで何かすぐわかった。

 

「……釣竿?」

「ワシの予備のもんじゃ、剣がないなら使ってみよ。中々良い竿じゃぞ?」

「竿……竿ねぇ」

 

 剣も竿も握って振って──ヨダルラーハさんの言葉が頭に浮かぶ。

 

「ならやってみるか。ヨダルラーハさん、何人かはそっち抜けると思うんでコンスタンツィアさんの方お願いします」

「うむ、ただの釣り人でいいならまかせよ」

 

 竿を振れば鋭く風を切る音がする。しなりも良く、何よりも“丈夫”だ。これならば魚を釣るならもってこいである。もっとも獲物は、魚は魚でも──。

 

「くそったれ、なんでこんな事に……っ!?」

「もう自棄だ!! 構わねえ、やっちまえ!!」

 

 下らぬ悪事に手を染めた“雑魚”である。

 

 ■

 

 四 ただの釣り好き好々爺

 

 ■

 

 団長がヨダルラーハから釣り竿を受け取るとそれを構えた。なんの変哲もない、本当にただの釣り竿だ。

 釣り竿なんぞで──と、盗賊の一人は思った。馬鹿にされているのだと、舐められているのだと、そう思った。

 既に盗賊達は、完全に自棄になっている。まわりはメドゥシアナのような化け物だらけであり、流石に逃げれない事を悟っていた。だがならばせめて自分達を舐めた奴らに痛い目を見させる。それだけを考えていた。

 

「そもそもお前らさえ居なけりゃなぁ!! こんな、こんな事にならなかったんだ……!!」

「そもそもって言うなら盗賊なんてしなきゃいいのに」

「う、うるせぇ!! 俺達に一番向いてる事がこれだったんだよ!!」

「邪魔されて失敗する事考えてない時点で向いてなかったと思いますが」

「ぐぅ……!! く、くそが……!!」

 

 団長の言葉を否定も出来ずに盗賊達は、ただ口汚く苛立ちの言葉を吐き捨てた。

 

「今更ぁ!! 今更向いてないなんて言われてもなぁ!! 俺達はもう盗賊なんだよぉ!!」

 

 盗賊の一人が銃を団長に向けようとする。それに対し団長は、竿を剣のように握り、そして一瞬、差を握る腕がぶれて見えない速さで竿を振った。

 

「くらえ……えっ!?」

 

 “ヒュンッ! ”と、風を切る音がした。すると次の瞬間、銃口を団長に向けたと思った盗賊の手から銃が消えてなくなっていた。

 

「ほうっ!」

 

 その時ヨダルラーハは、強く唸った。彼には今起きた事がハッキリと見えていた。だが盗賊は何が起きたかはわからない。前に伸ばした手から一瞬で銃が消えたようにしか見えなかった。

 

「な、なんで……」

「これお探し?」

「あっ!?」

 

 盗賊はギョッとした。からかう様に喋る団長の手には、自分が持っていたはずの銃が握られていたのだ。

 

「な、なんの魔法だ!?」

「魔法じゃねーやい」

 

 団長はまたも竿を振った。あの“ヒュン”と風を切る音がする。すると次の瞬間、別の盗賊が手に持っていたナイフが消える。

 

「また消えた!?」

「こっちさ」

「あっ!? て、てめえそれ!!」

 

 ナイフの行方を探ると今度もまた団長がそれを手に入れている。しかも今度は、釣り糸の先にぶら下がっていた。

 

「まさか、引っかけて!? この一瞬で……!?」

「油断してりゃ簡単だよ。さあ、まだまだ……!」

 

 団長がまたも竿を振る。それに気づいて盗賊達は用心して自分の武器を取られないように強く握った。だが団長の狙いは武器ではなかった。

 振られた竿の先には、まだ奪ったナイフが引っかかっていた。そしてそのまま振られたナイフは、狙いを定めた猛禽類のように盗賊へ襲い掛かった。

 まさに一瞬。“スゥッ”と静かに素早く振り下ろされたナイフは、盗賊の体は傷つけずなんとその身に纏う衣服を切り裂いた。

 

「わあっ!? お、俺の服っ!?」

「ベルトが切れ……あっだっ!?」

「パ、パンツの紐が……ひえっ!?」

 

 ベルトやボタン、衣類を固定するためのものが切られた盗賊達。ズボンがずれ落ちこける者、パンツまでずれ落ちそうで焦る者。何人もが僅かな時間で動きを封じられた。

 

「さあ、それじゃあいよいよ逃げれないでしょ」

「こ、こいつ……!? この半裸野郎ヤバいぞっ!?」

「だから好きで半裸じゃねえよ!? ちくしょう!!」

 

 団長は釣り針からナイフを外すと怒りの声を上げ、今度は盗賊達の脱げかけている服やズボンに目掛け竿を振った。

 針は生地に食い込みそのまま竿を引くと、スルリスポスポと服が脱がされた。

 

「ぎゃぁ──っ!? よ、よせ馬鹿やめろっ!?」

「やかましい! さんざ身包み剥いで来たってんなら、剥がされる覚悟もあるんでしょーがよ!!」

「ねえよそんな覚悟……!! わああっ!? か、買い換えたばっかのズボーンッ!?」

「貴様らも半裸になっちまえ、このやろ────っ!!」

 

 団長怒りの衣服剥からの逃れようと盗賊達は、必死に衣服を抑え逃げ惑う。それでも釣り針に捕まるとどうしようもなく、服を押えたところでそのまま引き摺られ川辺の石や岩に体をぶつけた。

 

「お、俺の一張羅が引き裂かれた……!!」

「くそ、かまってられるかよ! そっちの女なら……!!」

「ま、待ってくれ俺も!」

 

 この時三人の盗賊が、ズボンを抑えたり開き直って下着のままであったりしながらも狙いをコンスタンツィアに向けた。おびえた様子の彼女であれば、盗賊らしく更に怯えさせ人質にもなると思ったからだ。

 

「華奢な娘程度ならぁ!!」

「ひゃあぁっ!?」

「ミンッ!」

「ってっ!?」

 

 だが盗賊がコンスタンツィアに近づくよりも先に、飛び出し盗賊に突撃したのはミスラだった。

 

「ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンッ!!」

「いて、いててててっ!? や、やめ……!?」

 

 ミスラは盗賊の顔に体当たりをすると、そのまま体を大回転させながら何度も連続で体当たりをし続けた。

 ティーソーサー程度の大きさとはいえ、それなりに硬い歯車ボディで顔面を何度も素早く叩かれては、大人の男と言えど怯んでしまう。盗賊はなんとか手で振り払おうとするが、素早いミスラの動きに追いつけずジタバタするだけだった。

 

「何遊んでんだ馬鹿野郎!」

「くそ、俺達だけでも!」

「そうはいかんよ」

 

 残った二人の前にヨダルラーハが躍り出た。

 

「男が怯えた娘っ子相手に二人がかりか?」

「うるせえ! 爺、てめえだって許しちゃおけねえんだぞ!!」

 

 一人が奪われずに済んでいた予備のナイフを取り出しヨダルラーハに襲い掛かる。それを見てヨダルラーハは、「やれやれ……」とため息を吐いた。

 

「ワシみたいな爺なんぞにムキになって楽しいかお前さん」

「黙れ爺っ! さっきみたいにはいかねえぞ、俺は仲間ん中で一番ナイフ使いが上手いんだ!!」

「そう言うのを何と言うか知っとるか? “井の中の蛙”、お前さん達の中で一番が世界で一番と思うか?」

「……ブッさしてやる!!」

 

 ナイフを振り回す盗賊。だが残った一人の盗賊は、そんなミスラ達にかまう二人の助けには入らずコンスタンツィアに向かった。

 

「てめえらはそこで遊んでな……俺はコイツを!」

「あわわ……ひゃっ!? こ、来ないでくださーいっ!!」

「うおっ!? あ、あぶ……!」

 

 盗賊に迫られ彼女は悲鳴を上げて尻餅をついたが、そばにある自分達の荷物を手当たり次第に盗賊に向かい投げ出した。

 

「あわわ……!! ひゃああ!!」

「ちょ、やめっ!? あぶな……投げんのやめ!?」

「ひえぇ~~っ!」

「ぎゃっ!?」

 

 そして一際大きな荷物が盗賊の顔にぶつかった。あまり痛くはなかったが、妙な事に生臭い臭いを盗賊は感じた。

 それもそのはず臭いの正体は、釣った魚を入れていた篭だった。盗賊の足元には、篭と魚が落ちている。そしてそれは、ゾーイが使っていたものだった。

 

「くそが、こんなもんで抵抗し……てっ!? いっだあぁっ!?」

 

 生臭い臭いに苛立った盗賊だが、次の瞬間激しい痛みが顔中に走った。

 なんと盗賊の鼻先にゾーイが捕まえていたカニがいた。カニは盗賊の鼻をその鋭いハサミで挟みこんでいた。

 急な鋭い痛みに驚いた盗賊は、ミスラが戦っている盗賊の方へと悲鳴を上げながらヨロヨロと動く。慌てた彼は、自分がどこに向かっているかわかっていなかった。

 

「ミンミンミンミン……ッ!! ミィ──ンッ!!」

「でっ!? あ、とと……」

 

 そしてそのふら付く盗賊に気が付いたミスラは、渾身の力を籠め戦っていた盗賊に体当たりを食らわせると、ふら付く盗賊の方向にその体をのけ反らせた。

 すると互いの事に気が付いていない盗賊は、そのまま近づいてゆき──。

 

「おべっ!?」

「んぎゃっ!?」

 

 頭から激突。そろって倒れ気絶してしまった。そしてコンスタンツィアを救ったカニは、そそくさと川へと逃げ込んだ。

 

「ミンッ!」

「は、はえ~……」

 

 誇らしげなミスラ、そしてコンスタンツィアは、絶妙に都合の良い展開にキョトンしつつも安堵していた。

 そしてヨダルラーハ、彼はナイフを振り回す盗賊の攻撃をヒラリとかわし続けている。

 

「きっちっちっち……! あっちは助けはいらなそうじゃ。あとはお前さんだけのようじゃぞ?」

「ちぃ……っ!」

「ほれどうした、ナイフ使いが一番上手いんじゃろう?」

「クソ爺が、避けてばっかで偉そうに……! こいつっ!」

「殺気が強い、振りも荒い、狙いも甘い、動きも雑。やはり釣りには向かんな」

「なにが釣りだ、関係ねえだろう!!」

「きっちっちっち……。釣りは全てに通ずる。そんな乱暴なやりかたじゃ、こんな老いぼれ一人に傷一つ付けれんと言う事じゃよ」

「くそがぁ!!」

 

 どれだけナイフを振っても攻撃は当たらない。苛立つ盗賊だったが、ここで攻撃を躱したヨダルラーハが立ち止まる。

 

「おっと?」

 

 攻撃を躱し移動した先に巨大な岩があった。この渓流地帯でも特に大きな岩だ。後ろを塞がれヨダルラーハの動きが止まる。「今だ」と盗賊は思った。

 ──殺気が強くてなんだと言うのか。振りが荒いだと? 狙いが甘いだと? 動きが雑だと? ならば、言われた通りにしてやる。お前の体にこのナイフを突き立ててやる。それだけだ。それだけを考えてぶっ刺す! 

 盗賊は自然と腰を落とし片手で持っていたナイフを両手で握った。振り回すのではなく、直線、真っ直ぐ、ブレない一撃。一気に突き刺してやろうと考えた。

 

「くらえやぁ!!」

「むっ?」

 

 走るでもなく、地面をけって弾丸のように飛び出す。両手で握ったナイフの切っ先は、明らかにブレが抑えられていた。そして腕を伸ばし一気にヨダルラーハにその切っ先を差し込もうとする。

 だが次の瞬間──。

 

「今度こそ、刺さ……うっ!?」

 

 肉を突き刺す感触があるはずだった。だがその感触の変わりに感じたのは、硬い硬い岩にナイフの切っ先がぶつかった感触。

 それだけではない、盗賊は突然ナイフの先が重たくなったのを感じた。それもそのはず、盗賊が突き出したナイフの先、その切っ先になんとしたことかヨダルラーハがつま先一本で“そっと……”立っているのだから。

 

「言ったじゃろう、傷一つ付けれぬと」

 

 盗賊はその時ドッと汗をダラダラと流し、切っ先から自分を見下ろすヨダルラーハを見た。

 ハーヴィンの年寄りでしかないないと思った相手、それが急に山のような巨人に見えた。“井の中の蛙”どころではない、自分はこの“巨人”の手の中で遊ぶ子供でしかなかった事を悟った。

 

「だが最後は悪くなかったぞ。案外見込みがあるかもしれんのう」

「……な、なにもんだ……爺」

「きっちっちっち……見ての通り、ただの釣り好きの爺じゃよ」

 

 ヨダルラーハは、ニヤリと笑うと更に切っ先を蹴る。“トン”と上がると盗賊の頭に足をかけ、さらに蹴り上がる。頭を蹴られた盗賊は、「うわっ!?」と叫びながら岩に激突した。

 

「人間若ければ一度ぐらい道を誤る事もあろうて。だが肝心なのは、それを自身で正せるかじゃ。ナイフ使いに真に自信があるなら一から鍛えてやり直してみせい。あの最後の突き、ケチな盗賊にゃもったいないわい」

「……は、はは……そうか、よ……」

 

 ──次無事に娑婆へ出れたらそうしてみるか。

 盗賊はどこか吹っ切れた様子で気を失った。

 

「……奪うだけでは、本当に必要なものを得る事はできん。反省の中で奪う以外の道を歩め」

「ヨ、ヨダルラーハさぁん……」

「ミンミーン」

 

 どこか悲しげな表情で気を失った盗賊を見るヨダルラーハ。そのそばに少し腰の抜けた様子のコンスタンツィア達が近寄ってきた。

 

「おお、娘っ子達。無事のようじゃな」

「は、はいなんとか……それより……これは、もう」

「うむ、終いじゃろう」

 

 ヨダルラーハ達が視線を向けた先には、完全に無力化された盗賊達がいた。

 メドゥーサに衣服を石化され動けぬもの、メドゥシアナに咥えられて宙ぶらりんで泣き叫ぶもの、B・ビィに締め落とされているもの、ミリンとゾーイの攻撃で気を失ったもの。そして、団長によって身包みはがされ戦意を喪失したもの。

 

「皆さん凄い……それに団長さん、釣り竿なんかで……す、凄いですぅ」

「うむ、ありゃ確かに筋がええ。だがまだまだ伸びるぞ……きっちっちっち! 確かに聞いた通りじゃ」

「え、ヨダルラーハさん団長さんの事ご存じだったんですか?」

「なぁに、噂で聞いた程度じゃよ、噂で」

 

 意味ありげな事を語るヨダルラーハに対し首を傾げたコンスタンツィアであったが、ヨダルラーハは、笑ってごまかした。

 ともあれ盗賊団の命運は、今ここで尽きたのだった。

 

 ■

 

 五 団長の服、暁に散る

 

 ■

 

「もし次こんな下らない事してみなさい、アンタ達全員石にして川に沈めてやるからっ!」

「や、やめてくれぇ!?」

「悪かったよぉ──!!」

 

 メドゥ子が服を固められ動けない盗賊達を脅している。まだお怒りで青筋ピクピクな彼女の様子に、もう盗賊達は悲鳴を上げるしかない。

 当たり前だが今彼らは、彼女がただの少女など誰一人思っていない。メドゥ子には、今言った事を実行できる力があり、それを目の当たりにしたのだから。

 

「脅すのは程々になメドゥ子。もう十分ビビっちまってるよ」

「なによ、別に本当にそうしてもいいのよアタシは」

「それはやり過ぎ」

「フンだっ!」

 

 結局魚を逃がしたのを相当気にしてるらしい。川に沈めるとまではいかないが、こうやって怒りを示さない事には憂さも晴れないようだ。それに実際盗賊のせいで魚も逃がしてこんな事態になっている。悪事を働いていた以上俺も同情はできん。

 

「悪い事すっからこんな目に遭うんだよ、ばかちん」

「わ、わかった! 悪かった! 反省する! 反省するから、せめてズボンだけでも返してくれぇ!!」

 

 俺が奪って釣り針に引っかかったままのズボンを返して欲しいと懇願する盗賊。もう十分肝も冷えた事だろう、ここから更に悪足掻きをしようなんて考えるやつはいない。

 それよか気になるのは、ヨダルラーハさんの俺を見る視線だ。

 

(な~~んか今……ヨダルラーハさんの目が、ばあさんっぽくなったんだよなぁ。やっぱあっち側なのかなぁ……)

 

 何か予感と悪寒を同時に感じる。なんと言うかロックオンされた気分だ。

 ただでさえ今日は、釣りをして帰るだけのレジャーだったはずなのにこの有様だ。これ以上の面倒は御免である。

 

「……考えんのやめよ。よっしゃ、みんな撤収準備。全員ふんじばって衛兵さんに突き出すぞ」

「ちょっと、アタシの魚はどうなるのよ!?」

 

 いつの間にやら釣り竿を持っているメドゥ子。どうやら魚を諦めきれず釣るつもりらしい。

 

「……いいや、今からは無理じゃねえか?」

「わっかんないでしょ、やってみなくちゃ!」

「きっちっちっち! その負けん気は嫌いじゃないのう」

 

 竿を振り回すメドゥ子の傍にいつの間にやらヨダルラーハさんがいた。

 

「どうせ撤収にしても盗賊共縛ったり多少時間があろう? その間こっちはワシが面倒を見ておく、好きにさせてみたらどうじゃ?」

「……まあそれなら」

 

 メドゥ子一人だと釣れないかもなのと、諦めきれず更に粘ろうとするかもしれん。ヨダルラーハさんがいれば何とかなるだろう。

 

「ただこれだけの騒ぎがあった後じゃ、当然魚達も警戒しておる。釣れなくても我慢するんじゃぞ」

「子供じゃないんだからわかってるわよ」

 

 メドゥ子の言葉に(どうだか……)と思わずにはいられない。コイツの場合完全に“精神年齢=見た目”である。

 取り合えず釣りのリベンジは、ヨダルラーハさんに任せることにする。こちらは盗賊達の拘束作業に移る。しかし人数が多いので「メドゥシアナに咥えて貰って運べないかなぁ」等と考えていると──。

 

「あ、ああっ!? ああぁぁ~~っ!?」

 

 コンスタンツィアさんの悲鳴が聞こえた。

 

「何事ですか!?」

「あ、あの……団長さん……!」

 

 コンスタンツィアさんは、悲痛な顔を俺に向けた。「まさか盗賊の仲間がまだいたのか?」と思わず身構えたが、どうもそういう様子ではない。

 すると彼女はプルプルと震える指先を一方に向けた。

 

「こ、これ……」

「これ?」

 

 指さす先をみるとそこは、俺達が焚火を起こした場所だ。そう言えば急な盗賊の襲撃に驚いて消すのを忘れていた。火の始末はしっかりしないとである。

 ──なんて事を考えていたが、よくよく見ると何かおかしい。

 と言うか、俺の服を乾かしてたのに無い。

 と言うか、なんか燃えてる。

 と言うか、服は無いのになんか燃えてる。

 と言うか、もうほぼ燃えカスしかない。

 

「…………は?」

「そ、騒動の時……何かの拍子に火の中に……」

「ミィーン……」

「お、俺の服……」

 

 燃えている。

 

「だ、団長さん……気の毒な」

「ティアマト達が聞いたら大爆笑だなこりゃ」

「悲しいかなそうだろうなぁ」

 

 俺の服が、燃えている。

 

「俺のふくぅ────っ!?」

 

 山中に響く俺の悲鳴。この騒動最後にして最大の犠牲は、俺の服であった……。

 

 ■

 

 六 針無き釣り糸

 

 ■

 

 盗賊の捕縛後、街に戻った俺達であったが街でこちらに向けられたのは、奇異の視線であった。

 山から下りてくる盗賊達を捕えた集団。それだけならまだしも、その捕えた盗賊を咥えて現れる大蛇メドゥシアナと言う存在がまたでかい。そしてマッチョなトカゲモドキまで盗賊達を担いで運んでる上その先頭を行くブランケットを腰巻にした男がいるのだから何が何やらである。もはや俺達の方が不審者だ。

 そのあと駆け付けた衛兵が「どっちを捕まえればいいんだ」と途方に暮れていたのは、実に印象深く申し訳なかった。

 

「────ッ!! ──ッ!!」

「笑うんじゃねい!!」

 

 そしてエンゼラでは、今回の事を聞いたティアマトが声にならないまま腹を抱えて爆笑していた。

 

「フクガ、服ガ燃エ……ッ!! ソレデ腰巻ッテ……ッ!!」

「他に変え無かったんだよ……!」

 

 エンゼラで半裸で戻って来た俺を見て直ぐ「ああ、どうせ何かあったんだろうな……」と直ぐ察した察しの良い我が仲間達であるが、“団長の服焼失”と言う展開を聞くと何人かは思わず吹き出していた。

 そしてティアマトは、相当ツボに入ったのかまるでルドさんのように笑い続けている。俺が一度着替えてからもまだ笑っている。

 

「うふ、ふふ……! な、なんだか親近感覚えてしまうな……ははは!」

「覚えんでいい、覚えんでいい」

 

 妙な親近感を抱きだしたルドさん、これ以上こんなキャラ増えられても困るぞ俺は。

 

「もういい加減笑うのやめい」

「超見タカッタ……!」

「うるせい」

 

 俺は見世物ではないのだ。

 

「お前には、塩焼きやらん」

「ア、 ソレハ嫌ダッ!! スマンッ!」

 

 だがうちの団員は、大抵食い物に弱い。こんな時食い物を取り上げれば素直になる。

 そしてティアマトも思わず謝り欲しがる魚の塩焼き、勿論俺達が釣った魚で作ったものだ。

 ヨダルラーハさんの指導の下釣った魚の数は、かなりのもので今日の夕飯には十分な数だ。その分調理は大変である。とにかく魚は、捌いてあれこれ処理が必要だ。それに全部今食べ切るつもりもないので、何匹かは保存が出来るようにもしなければならない。

 後はとにかく大人数が各々食えるように……と考え、とりあえず捌いて塩を塗した魚を使い、甲板でバーベキュー形式で食う事にした。これなら各自自分で串を刺して焼いて勝手に食える。しかも火種は、コロッサスが生み出した火だ。それを使って炭に火を入れた。火の星晶獣による炭火焼き、もし売ったら結構需要ありそうだな。

 

「食堂でもいいけど、甲板で食うってのも良いもんだなぁ。炭火でも煙や臭いも籠らない。航行中じゃ風で無理だけど」

「しかしすまんのう。ワシまでご馳走になってしまって」

 

 そしてそんな魚を一緒に魚を食べるご老人、ヨダルラーハさん。

 この人には、自分達も世話になった。あんな騒動があって、直ぐにサヨウナラもあれなのでせっかくだからと艇に呼び食事に誘った。

 

「気にせんで下さい。ヨダルラーハさんが居たから釣れた魚ですよ」

「なぁに、釣ったのはお前さん達自身じゃよ。どうじゃ、覚えれば面白かったろう?」

「そうっすね」

 

 確かに釣りは楽しかった。この際盗賊の件は、思い出さんようにする。

 始めは釣れなくても良いかと考えていたが、やはり釣れたらその方が良い。そう思ったのは俺だけではないだろう。

 

「まあアタシの手にかかればね? 魚釣るのなんて簡単なのよ」

「ほー?」

「もうね、最後は手加減してやったぐらいよ。別に人間の事なんてどうでもいいけど、川の魚全部獲っちゃ悪いでしょ? 他の人間も来るって言うからねぇ~、まあ偉大で慈悲深い星晶獣のアタシは、ね? そこのところを気遣えるのよ」

「ふーん?」

「あー司っちゃうわねー、もうこれアタシ釣りの星晶獣司っちゃうわねー」

「へー?」

 

 満足げなメドゥ子が鼻高々にして、釣りの腕前自慢をしている。盗賊退治の後で行われたリベンジでは、彼女はかなりの成果を上げて見せた。

 ただ別に彼女の釣りの腕前が凄いわけでなく、殆どヨダルラーハさんの指導と釣れるポイント指示のおかげである。

 まあヨダルラーハさんの言葉を借りるならば、“釣ったのは、俺たち自身”。確かに釣ったのはメドゥ子自身によるものだ。

 もっとも話を聞いてるカルバさんは、釣りの内容には興味がないらしい。適当に相槌を打ちながら魚を食べていた。

 

「調子のいい奴」

「きっちっちっち……! まあよかろう。自慢したいほど楽しめたなら教えた甲斐もあると言うもんじゃよ」

「そう言ってくれると気も楽ですわ」

「それに他の団員の者達もいい。皆良い目をしとる」

 

 ヨダルラーハさんは、食事と団欒を楽しむ団員達を見て笑う。

 視線の先には、ユーリ君やミリンちゃん、他にも若くまだまだ伸びしろのある者達がいる。

 

「皆若く、強く、志がある。誰もが光る原石じゃ」

「ただの“釣り人”の言葉とは思えませんなぁ」

「なぁに、腰から下げた剣。あれの使い込み具合をみりゃ大体わかるもんじゃて。剣も竿も──」

「──“握って振って”、でしょう?」

「きっちっちっち! セリフとられちまったわい!」

 

 しかしただの釣り人は、腰から下げた剣なんか態々見やしないと思うけどもね。

 

「じゃがこの仲間達と“星の島”か。随分と大きく出たのう」

 

 ヨダルラーハさんには、食事の合間に俺達の旅の目標である“星の島到達”を話してある。基本的に“与太話”で終わる内容だが、ヨダルラーハさんに俺達を馬鹿にした様子はない。

 

「ま、約束なんで」

「約束?」

「妹分がいてどっちが先に星の島行けるか競走中っす」

「きっちっちっち! そうか、まだおったかっ! 空の果てを目指すもんが!」

 

 呵呵大笑するヨダルラーハさん。やはり嫌味な感じはない。

 

「良い話を聞けた。久々に楽しませてもらったわい」

「楽しいですか、今の話?」

「うむ、何より今日一日愉快じゃった」

「愉快ですか……」

 

 愉快と言うには、いささか面倒事が多かったと思うのだがそれは……。

 

「うむ、愉快愉快! こんな愉快な騎空団そうそう会えん」

「うーむ、反論が難しい」

「それに“大物”も見つけたからのう」

「大物? 何かデカいの釣ったんで?」

 

 今日しばらく一緒に行動したが、ヨダルラーハさんが大物を釣った記憶はない。魚を入れたズタ袋にも、特に特筆するほどの大物はいなかったはずである。

 

「ああ、大物も大物。しかもまだまだ大きくなる」

「まだまだ……?」

「その通り。まだまだ……まだまだ、のう」

 

 そう話すヨダルラーハさんの目。その鋭い瞳。それが俺を見据える。

 ああ、まずい。いけない、これはいけない。同じだ。ばあさんと同じ目。ばあさんが俺を鍛える時にしていた“あの目”だ。

 

「あの、何を考え──」

「のう若き団長さんや。一つこの爺の頼みを聞いちゃくれんか?」

「……き、聞くだけなら」

「まあそう身構えんでええ。実は故あってワシは、あちこち旅をしておる。星の島に行くついでに、お前さんの艇に乗せちゃくれんか」

「……その“故”ってのは、一先ず聞かんでおきます」

「スマンな」

 

 どうせ碌なことではあるまい。藪蛇藪蛇。

 

「もちろんタダでとは言わん。見返りは、そうじゃな……お前さんや、他の奴らにも“釣り”を教えてやろう」

「“釣り”、ですか」

「ああ、“釣り”じゃ」

 

 釣りを教えるから船に乗せてくれ。それは普通に考えれば割に合わない見返りだ。だが──。

 

「まあ……水のあるとこで食料を獲らないといけんこともある、か」

 

 何よりも技術と言うのは、時に物より重要だ。まあ、この人の場合そう単純でもないだろうが。

 

「釣り以外も手伝ってもらう事もあると思いますが」

「もちろんじゃ。爺に出来る事ならなんでも手を貸そう」

「……なら、まあ。よろしく、ってことで」

「うむ。感謝するぞい」

 

 旅に同行する仲間として握手をしておく。男性とは言えハーヴィン特有の小さい手であるが、その手は力強く俺の手を握り返した。

 

「……本当に随分と“竿”を振ってきたようで」

「うむ。長い事な」

 

 この手もそう、ばあさんと同じ手だ。力強くもしなやかな手。

 元気かなばあさん……いや、元気だろうな絶対。

 

「一つ、雑談を良いですか?」

「うむ、かまわんよ」

「……貴方に会った時、竿の振り方に既視感を覚えました」

「ふむ?」

「もちろん初対面ですが、竿の扱い……それに覚えがあった。ちょっと前に戦って捕まえた盗賊団で用心棒をしてた剣士です」

「……ほう」

 

 ヨダルラーハさんの表情は変わらない。

 

「……盗賊の用心棒とは、剣の振り方を誤ったな。そやつにもし……“師”がおったなら、余程弟子を育てるのが下手な者だったんじゃろうな」

「……仮に居たとしても師匠のとこ離れてからの事は、剣を振る本人の責任ですよ」

「そうか……そうかもしれん」

「まあ、それだけの話ですがね」

 

 まあその男も今は秩序の騎空団が面倒みてるだろう。無事更生する事を祈る。

 

「じゃあ明日改めて艇に来てください。宿とってるでしょうし、荷物の整理とかあるでしょう?」

「そうさせてもらうかのう。まあ、荷物なんぞちょっとの路銀に釣り竿ぐらいなもんじゃがのう! きっちっちっち!」

「あはは……まあこちらも部屋の方用意しときます」

「あら、団長。おじいちゃんやっと仲間になったの?」

 

 仲間になるにことでの準備について話していると、飲み物片手に満腹で上機嫌のマリーちゃんが現れた。

 

「まあそうだけど……“やっと”ってなにさ」

「だって連れてきた時点で新しい仲間って思ってたし」

「確定事項かよう」

「それにティアマト達もう歓迎の準備してたわよ?」

「オイ、続キハ食堂デ飲ムゾッ!」

「準備万端にゃっ!」

 

 何時の間にやら両手に酒瓶を持ったティアマトとラムレッダが甲板出入り口から顔を出していた。

 

「飲みてぇだけじゃねえか!?」

「でしょうね」

 

 あの飲兵衛共、既に魚と一緒に飲んでるはずだろうに。二人とも顔が真っ赤ではないか。両手に酒瓶なんぞもって、これ以上飲んだらまた二日酔いに……。

 

「いや……待てお前ら、その酒瓶見たことねえぞ何時買った!?」

「さっき追加で買って来たにゃ!」

「酒の勢いで酒増やすんじゃねえ!!」

「ひぃ!? ご、ごめんにゃさい……!」

「オイ爺サン、マダ飲メルカ?」

「おめぇはちった聞けよ話!?」

 

 もう酒が回った星晶獣(笑)は質が悪い。もう俺の声など微風程度にしか感じないだろう。

 

「無理に引き留めんな。ヨダルラーハさんも明日の準備がだな……」

「なぁに気にせんでええ。今も言ったがどうせ荷物なんぞ釣り竿ぐらいじゃ。それにこの島の酒は、辛口の清酒が有名……それを手に入れたなら“骨酒”を作るのもよいな」

「ナンダソレ?」

「魚の骨や鰭を焼いて酒に入れるもんじゃよ。出汁が出てスープみたいになって美味いぞ」

「絶対美味イヤツジャンッ!?」

「優勝するヤツにゃぁ!!」

「身を入れる場合もあって、島によってやり方は変わるがどれも美味い」

「熱燗ノ準備ヲシロォ!」

「早速作るにゃ作るにゃぁ~!」

「妾も混ぜろ! 魚に肴、どちらもまだまだあるぞ!」

『かかかっ! いいぞいいぞ、我の胃も温まってきたわ!』

 

 飲兵衛共達が集まりだす。主に星晶獣(笑)。こうなると暫くは飲み続けるだろう。もう俺の手には負えん。

 

「……肝臓傷めない程度にしろよなぁ」

「あ、団長諦めた」

 

 言わんでくれマリーちゃん、俺はもう今日は疲れた。眠い。後は大人と星晶獣(笑)で盛り上がってくれ。

 ──その後甲板の片付けだけ終えて俺はベッドに潜り込んだ。食堂からは、時たま部屋まで賑やかな声が聞こえた。

 そして次の日。ヨダルラーハさんは普通に宿に戻ったらしいが、案の定と言うべきかティアマトとラムレッダが食堂で酒瓶抱いて眠りこけていた。

 

「部屋で寝ろっ!!」

「ムニャムニャ……モウ飲メナイョ……」

「飲めてたまるか阿呆。寝ぼけてんなら顔洗って部屋に──」

「にゃぁ~……団長きゅん、おぶってぇ……」

「のしかかんな! あーもう、酒臭いっ!!」

「……ぅっぷ!?」

「おい……おい、馬鹿おい!! のしかかったままは止め──」

 

 ヨダルラーハさんを団に迎える朝。その日最初の仕事は、酔っ払い共の面倒と後始末であった。

 




間が空きまして、久しぶりに投稿が出来ました。
今後もこんなペースかもしれませんが、よろしくお願いいたします。
次からは、一度ぐらい日常話やって”悪夢”に悩む団長達とかに移る予定です。リペイントなんちゃら編へ。
今年も残り少なくなってきました出来れば。以前書いたような番外編幾つか書きたいですね。

何時か小ネタか何かで、「刻印戦隊コセンジャー」とか言って古戦場ボス出したいですね。

ええ、グラブルがヤンジャンの表紙? これは、金カムコラボだって夢じゃないでしょうねぇ!
と、思ったら鬼滅が先だった。

勝手に金カムコラボさせちゃえ!

――ある星晶獣が原因で空の世界にやってきた杉元達。そこで彼らは、ルリア達と出会う。

「俺ともう一人、小さな女の子を見なかったか? 青い瞳で弓を持ってる女の子だ」
「女の子? スギモトの仲間なのか?」
「ああ……一緒だったのに、こっちに来たら隣にいなかった」
「まだ島にいるかもしれません。私達も一緒に探します!」
「ありがとうルリアちゃん。……あ、あとついでに白石って奴もいたら教えてくれ」

離れ離れになった杉元とアシリパ。あとついでに白石。

「アナタがアシリパさんですね」
「お前は?」
「私はルリアっていいます」

出会う二人の少女。青い瞳と青い髪。

「イダだだだだっ!?」
「おい誰か魔物に襲われて噛まれてるぞっ!!」
「あ……あれ白石じゃん」
「白石はどこでも白石だな」
「いや、助けてよぉアシリパちゃんっ!! イダだだっ!?」

あと白石。

「おい杉元、この世界のマモノと言うのは食えるらしいぞ! チタタプにしよう!」
「オ、オイラは魔物じゃねぇ!? た、助けてぇ――っ!?」
「アシリパさん駄目ぇ!? それマモノ違う、ビィ君っ!!」

時にドタバタ大騒ぎ。

「どうだルリア。ヒンナか?」
「はい、ヒンナヒンナですっ!」

時に皆で美味しい食事。
そして……。

「無茶だって杉元ぉ!? ヒグマどころじゃねえ、正真正銘のバケモンだぜありゃぁ!?」
「無茶でもやる! 星晶獣だか知らねえけど、俺はここで死ぬつもりはねえ! 俺達の世界に帰るんだっ!!」
「杉元さんっ!? あぶない!」
「大丈夫だルリア……あいつはっ!」
「――俺はっ!」
「杉元はっ!」
「――俺は不死身の杉元だ!!」

不死身の男が、空で吠える。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。