俺は、スーパーザンクティンゼル人だぜ?   作:Par

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キャラ崩壊と二次創作独自の設定や解釈があるのでご注意ください。

ヨダルラーハを登場させます。
登場キャラクターのフェイトエピソード等のネタバレを含みますので、その点もご注意ください。



Odd angler & Odd leader 前編

 

 ■

 

 一 始まりの山中

 

 ■

 

「よっ!!」

 

 ──その老人は、慣れた様子でキャスティングを行った。まるで本当に虫が飛んでいるように毛針が空を進み、そして着水にいたる。そして数秒の後、毛針が水中へと沈む。

 

「ほいっと!!」

 

 まるでそのタイミングを分かっていたかのように、焦りも無く老人は竿を引いた。すると見事針は毛針を飲み込んだ魚にかかり、水中より一匹の川魚が釣り上げられた。

 

「やや、これはお見事!!」

 

 それを見ていた少女、ミリンが思わず歓声を上げた。

 

「なにこの程度大した事ないわい!」

 

 対して老人は笑うのみ。謙遜とは違う本当に当たり前の事と思っているようだった。

 

「流石だなぁ」

 

 そしてもう一人、老人の腕前を見ていた少年。老人の物と似た竿を手に持った団長も感心して感嘆の声をもらした。

 

「とてもそんな風にはできないなぁ」

「なぁにお前さんは筋がええ。もうちっとやればもっと釣れるようになるわい」

 

 その場には老人に何時もの団長とB・ビィ。ミスラにミリン、そしてゾーイ、メドゥーサ、コンスタンツィア達の姿があった。

 コンスタンツィア以外は皆釣り竿を持ち、目の前の川に向かい竿を振る。

 とある島の低い山の山中、そこの川での団欒。しかし果たしてこの老人は何者であるのか、そして何故団長達はこのような所で釣りに興じているのか。

 ここに至るまで何があったのであろうか。時間は数時間前に遡る──。

 

 ■

 

 二 きっかけがよろず屋さんなのは多々ある

 

 ■

 

 その日俺達は、物資補給のため立ち寄った島の騎空艇停泊施設にエンゼラを停め島に降りた。そう大きくもない島であるが物資の補給をするのには十分の街がある。

 滞在予定は一日。今日で物資を補給して後は体を休めて次の島へと向かう予定であった。

 補給に関しては予め別の島でシェロさんと打合せを行っていた。予め補給物資が揃っていれば、搬入もスムーズに行えるからだ。

 しかし流石よろず屋シェロカルテ。この日、こちらの予想よりも搬入準備が整った状態で荷物がまとめられていた。搬入作業も驚異の速さで終わってしまい、一気に時間ができてしまった。

 

「それではこちら、今回の納品書になります。ご確認お願いしますねぇ~」

「はい、どうもです」

 

 搬入が終わればシェロさんに今回の補給での支払いを、そして他にも幾つかの書類を俺が書いたり書いて貰ったりを、そのついでに少し雑談もしたりする。

 

「これから団長さんの方はどうされますか~?」

「そっすねぇ。この後大分時間空いたんでのんびりするか、街をブラつくか……」

「もし予定が無いのでしたら、釣りなどいかがかぁ~?」

「釣り? 釣りかぁ……」

「ええ、実は街近くの山に釣りが出来る渓流がありましてですねぇ~、もし興味があれば行ってみてはいかがですかぁ~?」

 

 彼女の提案は、俺にとっては予想外で考えてもなかった事だった。

 俺の生まれ育ったザンクティンゼルは、水源は勿論あるのだが気楽に釣りが出来るほどの川や湖は無い。そのため俺にとって釣りとはあまり縁のないものだった。だから彼女の提案を受けても「どうしようかな」程度にしか考えていなかった。

 

「シーズンではありませんが場所も近く魚はまだ釣れますし、その分観光客も少ないので物見遊山にも丁度いいと思いますよ~?」

「ふぅむ……興味がないわけでもないけど、なんせ経験が……それに竿もないしなぁ」

「それでしたらご心配なく~」

 

 そう言ってシェロさんは、荷物の中から一本の釣竿を取り出して見せた。

 

「釣竿?」

「実は近々商品の入れ替えで古い品の整理を行っておりましてですねぇ~。こちらの釣竿なんですが大分型落ちなのでセール品にするか廃棄しようか考えていたんですよぉ~」

「……お安いので?」

「なんなら五本セットで一本分の値段でもぉ~」

 

 などと言われ思わずに「買ったっ!」等と言ってしまうのが俺の駄目なとこだなぁ、と常々思うのである。これ体のいい在庫処分ではあるまいか。いや、深く考えまい。

 まあ釣りには興味があったのは嘘じゃない。何時ぞやのアウギュステでも結局釣りとかそれらしい事を出来ていない。休息ついでに良い機会だろうと思ったしだいなのだ。

 

 ■

 

 三 釣りキチ団長

 

 ■

 

「よっと……っ!!」

 

 ピッと軽い力で竿をしならせると、反動で勢い良く糸の先に結ばれた疑似餌が飛んでいく。すると“フワリ……”と、水の上へと疑似餌が落ちていった。

 

「わぁ、お上手ですね団長さん」

「そ、そっすかね?」

「はい、私にはとてもできません」

 

 狙った位置に近い所へ着水した疑似餌を見て満足げにしていると、コンスタンツィアさんが小さく拍手をしながらほめてくれた。裏表の無い性格からくる話し方にお世辞の雰囲気はなくちょっと照れてしまう。

 

「ま、あとは釣れるかどうかか……」

 

 じっと糸の先を見つめ魚がかかるのを待つ。ちらりと見た足元の籠には、一匹も魚の姿はない。

 シェロさんから釣竿を買ったあと、一度停泊中のエンゼラに戻り街に出ていなかったメンバーを誘ってみた。

 集まったのは基本俺といるB・ビィ、ミスラ。更に艇で暇していたゾーイ、メドゥ子、ミリンちゃん、コンスタンツィアさん。以上のメンバーでシェロさんの言う釣りのできる場所まで向かったのである。

 そして目的である山中の川。流れのある渓流で早速釣りを開始したわけであるのだが成果はサッパリであった。

 

「なんかすみません、つき合わせちゃって。見ててつまらないでしょ、俺が魚釣ってるだけ見てるなんて、しかも釣れてないし」

「そんなことありませんよ。ねえ、メドゥシアナさん?」

「シャァ~」

 

 コンスタンツィアさんは、傍でとぐろを巻くメドゥシアナに同意を求める。するとメドゥシアナは、欠伸なのか返事なのか分からない声で答えた。

 気遣いのできる大蛇メドゥシアナは、釣りの邪魔にならないよう省エネ状態でジッと日向ぼっこの最中である。山中の渓流とは言え日の当たる岩場での日光浴は、気持ちがいい様子だ。

 

「それに私こうやってのんびりするのは大好きですので」

「そっすか?」

「ええ……自分の知らない島でのんびりして、色々な事を忘れられて……ああ、けど何時か二人がきっと迎えに来るんだわ……うぅ。私には向いてないのに……一生クローゼットの中で過ごしたい……」

 

 アウトドアしながら後ろ向きにインドアな事を言ってる。詳しくはわからんがコンスタンツィアさんの悩みは、なんとも面倒そうなことである。

 

「む、かか……っ!? あっ!!」

 

 魚が糸を引くのを感じたのだが、竿を上げても針には何もかからずであった。虚しく戻る毛針を見てため息をはく。

 

「また逃げられたなぁ」

「相棒ちょっと引くの早いんじゃねえのか?」

「そう言うお前は遅いんじゃないか?」

 

 隣でフワフワ浮きながら糸を垂らすB・ビィも成果は無い。揃って魚を引っかけるタイミングを逃し続けていた。

 

「そっちはどうだミスラ?」

「ミーン……」

 

 数メートル先、歯車ボディに釣り糸を結び付け川の上をフヨフヨ漂うミスラを呼ぶが返事の通り結果は芳しくない。

 腕の無いミスラも釣りをしたいと言うので考えた結果の釣り方だが、実に奇妙な光景である。

 

「こればかりは、コツも知らんからな。ばあさんにも教わってないし」

「時間があれば教えてたかもしれねえな」

「時間あるからって釣り教えるかね」

「教えんじゃねえの? “覚えて損にならないよ”とか言って」

「……ありえるな」

 

 あのばあさんならあり得る。よくよく思い出せば修行用の道具や武器の中に太鼓やら明らかに調理器具やら家具やらもあった。あんなもん何に使うのかと思ったが、ばあさんの教える戦闘技術はどこかぶっ飛んでるからな。釣りを応用したものがあってもおかしくない。

 

「だーめだ、集中が切れたな。ちょっと休憩すっか」

「あ、でしたらお茶入れますね」

「あ、申し訳ないです」

「いえいえ、これぐらいしか出来ませんから」

 

 コンスタンツィアさんがバスケットから道具を取り出しお茶の準備をしてくれる。渓流では石や岩ばかりで平らな場所は少ないが、そんな所でもシートを引き薄くともクッションがあれば寛ぐ事は出来なくもない。水はいくらでもあるし、焚火をすればお湯は簡単に手に入る。簡単なキャンプのようで中々に楽しいものだ。

 

「なに休憩?」

「うむ。ちょっくらお茶の時間だ」

「食べ物はあるかい?」

「はい、ありますよ。艇からお弁当持ってきましたから」

「それは嬉しいなぁ」

 

 俺達が寛ぐ準備をするのを見て少し離れたところで釣り糸を垂らしていたメドゥ子達が戻ってきた。肩から下げる籠は軽そうだった。

 ともあれ釣りの成果については後にする。今は休息だと言う事で各々平らな場所に座りコンスタンツィアさんの準備してくれたお茶や食事に舌鼓を打った。

 依頼の時に外で野営して飯を食うことはあるが、こんな風にのんびりと外で食事をとるのは良いものである。

 そうして暫し休息をして疲れも空腹も落ち着いた頃、それぞれ釣りの成果について話す事にした。

 

「そっちもあんま釣れんかった?」

「いやぁ慣れぬ土地での釣りは中々どうして……」

「魚を獲るというのは大変なんだなぁ」

 

 たはは、と恥ずかしそうに笑うミリンちゃん。共に釣っていたゾーイも同様である。

 ミリンちゃんは故郷で釣りをした経験があると話を聞き今回の誘いにものってくれた。だが見せてくれた籠には小さな魚が数匹ピチピチと跳ねるだけであった。気候も感覚も違う土地では、きっと勝手が違うのだろう。あと何故か魚ではなく小さなカニも十数匹カサカサ動いている。

 

「……なぜにカニ?」

「岩の間に沢山いたんだ。面白いから獲ってみた」

 

 どうやらカニを獲ったのはゾーイだった。石や岩の隙間にいるのを見つけて捕まえたようだ。どこか満足気なのでこれはこれで彼女も楽しんでいるようで何よりだ。

 一方えらく悔しそうにしているのが一人。

 

「釣れる釣れない以前にさあ……」

「うん?」

「ぜん~~……っぜん、かからないんだけどっ!?」

 

 岩場でとぐろを巻くメドゥシアナ(省エネ)にもたれながらプリプリしているメドゥ子だった。

 

「シーズン過ぎてるらしいからな。まあ簡単にはかからんだろ」

「にしたって釣れなさすぎよ! 小魚数匹じゃメドゥシアナのオヤツにもならないわよ」

「シャァ~……」

 

 メドゥシアナが欠伸のような返事をする。別に気にしちゃいないと言う意味だったが、メドゥ子の方は納得いかんという風だ。

 

 

「まあそこはメドゥ子の腕の問題じゃないかね」

「アンタだって釣れてないでしょーが!」

「いやまったくその通りなんだな」

 

 メドゥ子は「シャーッ!」と憤慨していた。

 

「まあそう怒りなさんな。こっちはシーズンオフ承知で来てんだからな。シェロさんに勧められてきた物見遊山、俺は魚を釣る事より初めての釣りと言う事を楽しみたいね」

「けど一匹も釣れないんじゃつまんないわよ。他の奴らは釣れてるみたいなのに……」

 

 メドゥ子がチラリと見たのは、俺達以外の釣り人である。シェロさんの言ったように観光客は少ないが、人も少なくまだ魚が釣れるこのギリギリの時期を狙って来た釣り人がポツポツといる。グループで来てるのは、俺達ぐらいのものだった。

 そんな釣り人達は、流石慣れているのか竿を振れば大抵魚を釣り上げている。俺は感心するばかりだが、どうやらメドゥ子の方は羨ましいやらで悔しい思いをしているようだ。

 

「やっぱ生きた餌が良いのよ。なによコレ、針金に毛が生えただけじゃないの」

 

 メドゥ子はブツブツと文句を言いながら、釣り糸の先に結ばれた疑似餌を突いた。

 

「“毛針”ってな、虫を模してるんだと。水面に落ちるとそれを虫と勘違いして魚が食べるのさ」

「食べないじゃないの」

「そうだけどさ」

 

 素人の俺だって竿を振れば良いわけじゃないのは分かっている。結局釣りのノウハウが俺達に無いのだ。

 

「生餌だとそこ等辺の岩ひっくり返して虫探すしかないな」

「ムシ……こんなのか?」

「ぎゃあっ!?」

 

 ゾーイが足元の石の隙間から見つけたのか、ウニウニ動くゲジゲジのような多足生物をつまんでメドゥ子に見せる。だが急に目の前に持ってこられたせいでメドゥ子は悲鳴を上げてのけぞった。

 

「きゅ、急に近づけないでよっ!?」

「ああ、すまない。メドゥーサは虫がダメだったか?」

「べべ、別に苦手とは言ってないでしょ! 急に目の前にだされたら、誰だってビックリするでしょーがっ!?」

 

 ゾーイの見つけたような虫も魚は食うだろうが、しかし疑似餌でろくに釣れない奴が生餌に変えたところで釣れるのかと言う疑問もある。食いついた所で釣り上げる技術も素人だし。あと一々虫探すのも大変だ。

 

「親切な達人が釣り方教えてくれねぇかな」

「そんな都合のいいことあるか?」

「無くはないと思うぜオイラは」

 

 無くはないだろうが、果たして浮遊する歯車と浮遊する黒いトカゲモドキを引き連れた面々に釣りを指導してくれる人が居るかと言われると正直居ないと思うね俺は。

 

「そういえば団長さん、ミスラ殿は?」

「まだ釣ってる。釣れてはないが、あれはあれで楽しいらしい」

 

 俺の指差すほうを見るミリンちゃんの視線の先には、相変わらず体から糸を垂らしながら川の上をフヨフヨと動くミスラがいた。

 

「……奇妙な光景ですねえ」

「全空探しても今ここでしか見れんだろうね。おーい、ミスラ。そろそろ休んだらどうだ?」

「ミーンッ!」

 

 ミスラに呼びかけると元気な返事が返ってきた。そのままフヨフヨ動いて俺達の方へと戻るミスラであったが──。

 

「ミンミ……ミ゛ッ!?」

「ミ、ミスラァ──ッ!?」

 

 突然ミスラに括り付けてあった糸がピンと張ったかと思えば、そのまま小さなミスラの体を引っ張り激しく振り回しだした。糸の先には30センチ程の魚影が見えた。

 

「ミス……ッ!? ミン……ミミ、ミィィ────ッ!?」

「ござるぅ!? ミスラ殿が魚に振り回さてるぅ────っ!?」

「あわわわ……!? だ、団長さんミスラさんが大変なことにぃ……!!」

「う、うおぉー!! ミスラ、うおぉ~~っ!?」

 

 慌てて助けようとするが渓流の流れは強く歩きづらい。どうしてもここは水中の魚に分がある。

 

「ミシュゥ!? ミミ゛ィ゛──ッ!? ミ゛ン゛ミ゛ィ゛────ッ!?」

「踏ん張れミスラ、今行くぞぉ──ッ!」

 

 いくら星晶獣と言えども、ガロンゾの本体から分かれたティーソーサー程度のミスラでは、水中で泳ぐ大きな魚の力には抵抗できないでいる。頑張って抵抗はしているようだが、それでも魚に振り回されていた。

 俺も必死に追い付こうとするがこちらも魚に翻弄される。このままではミスラの三半規管の危機──そう思った時であった。

 

「ほぅれ!!」

 

 威勢の良い男の声が聞こえたかと思えば俺の頭上を越えて一本の釣り糸が宙を切るように跳んだ。その先にある釣り針が光を反射させ剣の切先が如く輝いた。

 釣り針はそのまま一直線にミスラへと向かうと、実に見事な動きでミスラの歯車ボディに引っ掛けた。

 

「ミンッ!?」

「きっちっちっち……っ!!」

 

 そしてそのまま男は笑い声をあげ竿を引き上げる。するとなんとミスラだけでなく、ミスラを引っ張っていた魚事引き上げた。今度はミスラが俺の頭上を叫びながら通り過ぎて行った。

 

「そぅら、釣り上げるぞぃ!!」

「ミィ────ンッ!?」

「ミスラァ────ッ!?」

 

 ミスラは魚ごと如何にも釣り人と言った風貌の男の手に収まった。男の足元では、オマケのように釣り上げられた魚がピチピチと跳ねている。

 

「よっと! きっちっち……ほれ大丈夫かお前さん? えらく振り回されておったようじゃが」

「ミ、ミミー……」

 

 取り合えずミスラは無事なようだった。男の手の上でグルグルと回っている。その様子にほっと胸をなでおろし、とにかくミスラを助けてくれた人物に礼を言わねばならぬと急ぎ戻る。

 

「すみません、ありがとうございますっ!」

「きっちっち……! なに、気にせんでええ。それよりそこは危ないぞ!」

「へ?」

「そこの川底は、急に深くなる場所がある。注意してすす──」

 

 男の声が突然途絶えたかと思えば、俺の視界は水中の中にあった。全身が冷たくブクブクと口から空気が漏れていく。

 どうやら水の深いとこに足を入れて転倒してしまったようだ。あはは、まいったねこりゃ。

 

「──って、暢気してるばあいじゃブロォッ!? あばぁ────っ!?」

「うわぁ────っ!? 今度は団長さんが流されたぁっ!?」

「あわわ……っ!? ど、どうしましょう、どんどん流されてますぅ!!」

「ちょ、ちょっと! この先小さいけど滝があるんじゃなかった!?」

「流れが速いなあ。B・ビィ頼む」

「あいよ」

 

 なれない水中で激しい水流に揉まれる中、遠くから猛スピードで泳いでくるマチョビィが見えた。

 アウギュステと言い俺は、なんか水があるとこではこんな目ばかりに遭ってる気がする。果たして俺は何時になったら平和な休日と言うのを送れるのだろう──逞しいマチョビィの腕で引き揚げられながら俺は涙した。

 

 ■

 

 四 フェイトエピソード 太公望

 

 ■

 

 かつて“変幻自在の妖剣士”とまで呼ばれた剣聖がいたと言う。

 その活躍たるや数多の逸話が生まれ、今尚その活躍に憧れる剣士は多い。

 だがその剣士の実態を知る者は少ない。活躍のみが語られ、或いはその弟子を名乗る者が現れる事はあれど、その本人を見た者はいない。

 果たしてその剣士とは、一体何者なのだろうか──。

 そして時は今、場所はとある島の渓流へと移る。

 一人のハーヴィンの老人が、渓流の岩場で釣り糸を垂らしていた。

 オフシーズンに入ろうという時期であり人は少ない。だからこそ自然の音がよく聞こえそれが心地よい。水が流れ、岩に水が当たれば太陽の光が反射してキラキラと飛沫が散った。穏やかな自然、その中に老人は一体化していた。

 老人は、ある目的があって旅を続けている。その道中この場所へと訪れた。根っからの釣り人である老人は、常に竿とルアーを携えどの島でどんな魚が釣れるか熟知していた。

 釣りは旅の中での楽しみだった。魚を釣り上げれなくとも、釣り糸を垂らすだけで心が澄んでいくのを感じる。彼はそんな時間が好きなのだ。

 そうして急ぐ様子はなくのんびりと渓流を眺めながら竿を引いては、またキャストを行う。釣りの成果も上々で気分もよかった。だがふと──「おや?」と彼は、その視線を岩場の下へ向ける。

 自分がいる場所より下の方でなにやら数人の男女が釣竿を振っている。皆初心者なのだろう、不慣れな様子で竿を振るよりも竿に振り回されている印象を受けた。だからこそ一見してレジャーで釣りを楽しみに来た観光客と言った感じであった。

 しかし老人は、その男女の中で一際無害そうな男を見た。

 年若く何処にでもいるような少年。その彼はピッと竿を振っては、直ぐ魚に逃げられたのか、それともまるで食いつかないからか、釣り糸を戻す度「あー……」と天を仰いだ。

 なんと言うことは無い普通の少年だ。だが老人はすぐに分かった。“筋が良い”、と。

 少年の方は、諦めたのか竿を置いて他の仲間と休息に入った。今のところ結果は“坊主”のようだがそれは初心者ゆえのこと。ならば自分が少しコツを教えれば直ぐにでもそれを自身の技として身に着けてみせるに違いない──そのような事を老人が考えていると、少年達が突如悲鳴を上げた。少年はそのまま川の中に入っていく。

 老人は少年が向かう先を見た。そこでは奇妙な歯車が「ミンミン」と悲鳴を上げて魚に振り回されている。

 生物なのかも不明だが、どうやら少年はあの歯車を助けようとしているようだった。だが川の流れに足を取られ中々進めないようだ。なによりあの場所は急に底が深くなるので素人が迂闊に入ると溺れてしまう。

 老人の動きは速かった。垂らしていた釣り糸を一度引くと直ぐにキャストしなおす。竿がしなり真っ直ぐとルアーが飛んで行くと針は見事に例の歯車の体に引っかかった。

 

「そぅら、釣り上げるぞぃ!!」

「ミィ────ンッ!?」

「ミスラァ────ッ!?」

 

 歯車に加えてそれを振り回していた魚の重量もあったが老人は難なく丸ごと釣り上げた。

 後は少年だ。老人は急ぎ川底の危険を伝えた。だが運悪く少年は足を滑らせ水中へと没した。

 ああこれはいかん──と、思ったが直ぐに少年の仲間らしき黒いトカゲが筋肉隆々な姿へと変わり救助へと向かうのが見える。

 あのトカゲがどう言う生物なのかまったく分からなかった。そもそも自分が助け手の中で(目はないが)目を回してる歯車と言い奇妙奇天烈な集団である。

 故に老人は、ある噂を思い出す──。

 

 “奇妙な集団に地味な少年”

 

 もしや、と思った。だがそうであるならばなんたる偶然であろうか。老人は正にその噂の“地味な少年”を探していた。

 

(ふむ、面白い……!)

 

 奇妙な出会いに老人は思わずニヤリと笑った。

 

 ■

 

 五 団活けいりゅう日誌

 

 ■

 

 川に流されあわや滝にまで落ちそうなった俺だが、なんとかマチョビィのおかげで生還する事ができた。

 そしてそんな事があってからも俺達はそのまま渓流にいた。

 まず俺の方が全身水浸しになったので、焚火で服を乾かしていた。さすがに全裸は不味いので下着を着て持ってきていたブランケットを腰に巻いている。服が乾くまでは見苦しい姿である。なんとも情けないがここが寒い島でなくて助かった。

 

「すみません……暫くお見苦しい姿ですが」

「い、いえいえ……お見苦しいという事は……」

 

 B・ビィなんか他の仲間達は、それなりの付き合いだから今更であるが、ミリンちゃんや特にコンスタンツィアさんにはちょっと申し訳ない。

 そして次に俺達は、釣りを続行していた。しかも今度は、先ほどと打って変わり籠には魚がドンドン入っていく。

 

「あ、かかりましたよ!!」

「オイラも来たぜ!」

「わ、わわ……凄いです! こんなに大きなのも!」

「ミンミィー!」

「わぁ……! 魚が沢山だなぁ!」

 

 ミリンちゃんやB・ビィが魚を釣り上げている。籠にたまる魚を見てコンスタンツィアさんとミスラがはしゃぎ、ゾーイも魚を釣り上げる度に顔を輝かせていた。

 

「教えるの上手いっすねヨダルラーハさん」

「きっちっちっち! な~に、ちょいとコツを教えただけじゃよ。言ったじゃろう、お前さんらの筋が良いんじゃ」

 

 不思議な笑い方で返事をする老ハーヴィンは、流浪の釣り人ヨダルラーハと名乗った。この人こそあの時見事な竿さばきでミスラを魚ごと釣り上げた人であるが、なんとも愉快で奇妙な老人であった──。

 

「何事かと思えばそのヘンテコのが魚に連れ去られて、かと思えばお前さん達は慌てて助けようとして、お前さんは溺れてそっちのトカゲはデカくなって……見てるこっちも驚いたわい」

「誠にご迷惑を……」

「きっちっちっち……! まあ気にせんでよい」

 

 などと言うやり取りをしてからヨダルラーハさんは、俺達に興味を持った様子で話を続けた。

 

「さっきから様子を見ておったが、お前さん達どうも釣りの方は慣れないようじゃのう?」

「え? ああ、まあ殆ど未経験者なもんで……」

「うむうむ、ならどうじゃろう。どうせ服も乾くまで時間がかかろう、ワシがちょいと釣りのイロハを教えてやろうかのう」

「へえ? いや、いいんですか?」

「いいも何もワシがそうしたいんじゃよ。お前さん達、特にお主は……筋が良い。ちょいと教えれば直ぐ釣れるじゃろうて!」

 

 ──と、言う流れがあった。

 そして確かにヨダルラーハさんの言うとおりだった。幾つか釣りのコツを聞いた俺達は、その通り竿を振ってみると今度は面白いように魚が釣れたのだ。

 その目覚ましい成果に驚き、そしてヨダルラーハさん自身の腕前や指導の上手さに感嘆したがヨダルラーハさんは、元々俺達自身の筋が良かったと言う。

 

「お前さん達“剣”を扱っておるな?」

「おや、わかりますか……」

「竿の扱いを見れば大体わかる……あっちの娘っ子も侍と言うし、お前さんらただの観光客じゃあるまい?」

「あは、はは……まあ、肝心の剣は沈んじまいましたが」

 

 先ほど水に流された際、水に揉まれ岩にぶつかる等するうちに鞘から剣が抜け落ちていた。剣なので早々流される事はないだろうが、生憎あそこは水深が深く潜って見つける必要がある。しかも流れの速い場所のため、もし岩の隙間にでもあったら探すのも一苦労だ。そこまでするならもういっそ買ったほうが早い。

 フェリちゃんに会った時と言い武器をよく落とすな俺は。

 

「そんで何者じゃ? 騎空団かなにかか?」

「あ~……はい、まあ一応俺が団長で騎空団してます」

「ほう? ……で、団の名は?」

「……【星晶戦隊マグナシックスとB・ビィくんマン&均衡少女ZOY】っす」

「きっちっちっち……!! そりゃまた愉快な名前じゃのう!!」

「あはは、ほんと。笑っちゃう、あは、あはは……」

 

 絶対いつか改名するぞ、絶対だ。

 

「しかし竿の扱いでわかります?」

あっち()に通じるもんは、こっち(釣り)にも通じるもんじゃて。だからこそコツさえつかめば直ぐに上手くなる」

「ってことは、ヨダルラーハさんも?」

「きっちっちっち! ワシは剣の方はよう知らんよ。ま、剣も竿も握って振ってと似たようなもんじゃよ」

「似て……るのかなぁ?」

「ま、竿の振りを見れば剣のほうも大体わかる……なんて、どこぞの誰かが昔言っておったのう! きっちっちっち……!!」

 

 そう言ってヨダルラーハさんは、自身も竿を振った。確かに一見してヨダルラーハさんは、ただの釣り好き好々爺だ。だが俺はこう言う人を知っている。ザンクティンゼルの婆さんだ。一見してただの老人、それが一番怖いんだ俺は。

 それに今のヨダルラーハさんの竿さばき。ミスラを助けた時と言いその見事な竿の扱いに俺は何か既視感を覚えていた。それが妙に引っかかる。

 

「釣りは、剣にも通ずる……ねぇ」

「なんか言ったか?」

「いえ別に」

「ふむ……それよりも、あの娘っ子」

 

 ヨダルラーハさんは、俺から少し離れた場所で竿を投げては戻して投げては戻しを繰り返すメドゥ子を見て呆れた様子であった。

 

「あっちは……上手い事いっとらんようじゃのう」

「のようで……おい、メドゥ子そんな忙しなく竿振んな。太鼓叩くんじゃねえんだぞ」

「むぅ~~……!!」

 

 声をかけると膨れっ面のまま俺を睨むメドゥ子。俺は何も悪くないのに何で睨まれなきゃならんのだ。

 

「全然釣れないじゃない!」

 

 ヨダルラーハさんのアドバイスを受けて皆が一様に釣れている今、メドゥ子はただ一人成果なしだった。

 ヨダルラーハさん仕方ないといった様子で、「よっこらせ」と老人らしくメドゥ子の所に歩いていく。

 

「やれやれ、お前さんそんな乱暴に竿を振ってりゃ釣れんのもしかたないぞ」

「だ、だって魚の居る所に投げればいいって言ったじゃない……」

 

 メドゥ子が指さす方向には、確かに数匹の魚影が見えた。あいつもそこを狙って竿を振っていたのだろう。

 

「そうは言ったが、あんな叩きつけるように投げりゃ魚も逃げる。毛針だって直ぐにニセモンとわかるぞ」

 

 ヨダルラーハさんは、そのままメドゥ子のいる場所から川の様子を見る。すると視線を川上へと向けた。

 

「ふむ、娘っ子。ここから川上方に投げてみ」

「あっちに?」

「こう言う場所の魚は、流れに逆らって泳いどるからのう。視線は自ずとあっち側、つまり上流側に向いとる。じゃから死角になる所から投げれば魚の方もそう警戒せん」

「ふーん……」

 

 ヨダルラーハさんの説明に半信半疑と言った様子ではあったが、メドゥ子は竿をかまえた。

 

「さっきみたいに叩くように振っちゃいかんぞ? 竿は軽く振るだけでしなって糸を飛ばしてくれる。力まんでええ」

「うぐ……わ、わかったわよ」

 

 成果が無い事に焦っていたのか力んでいた自覚はあったらしく、メドゥ子は先程よりも自然な調子で竿を振った。軽い力でしなった竿は、毛針と釣り糸を飛ばすと自然に羽虫が落ちたように上手く水に着水させた。

 

「あとは数秒待つ。魚にやる気……ようは食い気がありゃ直ぐに食いつく」

「食いつかなかったら?」

「そん時こそ一度戻して何度か投げなおせばよい。まああの位置なら直ぐにでも──」

 

 ヨダルラーハさんが言い終えるよりも先に、水面が跳ね毛針が水中に飲み込まれた。

 

「ほれ食った! 引けい娘っ子!」

「そ、そんな急に……え、えーいっ!」

 

 慌てながらもメドゥ子が竿を引いた。すると水中から一匹の魚が見事釣りあげられそのまま彼女の方へとやってきた。

 

「うむ見事っ!」

「わ、わわ……っ!」

 

 ヨダルラーハさんが直ぐ慣れた手つきで魚から針を取る。メドゥ子はそのまま魚を両手で掴むと、本日初めての成果に目を輝かせた。

 するとメドゥ子は、速足でおれの所にやって来た。何かと思えば彼女はニヤリと笑い俺に釣った魚を見せつけた。

 

「どうよ!!」

 

 ただの自慢だった。

 

「流石アタシね。見てみなさいこの魚! アンタの釣ったどの魚よりも大きいわよ!」

「へいへい、見りゃわかる。大したもんだ」

「ふふんっ!! まあアタシが本気になればこの程度朝飯前よ!」

 

 ヨダルラーハさんに手取り足取り教えてもらった事を忘れたかのような台詞である。

 

「いっぺん釣ればなんとなくコツもわかったじゃろう? 後は自分らでやってみよ。ワシは場所を移してみるわい」

「あ、色々とすみませんでした」

「よいよい、また後で来るからの。成果の方楽しみにしておるぞ」

 

 そう言うとヨダルラーハさんは、釣竿を持って岩場を軽い足取りで移動していった。岩から岩へ、蹴って飛ぶように移動する姿からは、まるで年齢を感じさせない。

 

「団長さん……あの御仁の身のこなしですが」

「……まあ、今はただの釣り人って事で」

 

 移動していったヨダルラーハさんを同じく見ていたミリンちゃんは、その身のこなしに強い興味を持っていた。

 彼女が感じ取ったものは、俺もすでに分かっている。だが俺は、態々“藪を突く”趣味はない。あの人が何者であれ、今の俺達には関係のないことだ。

 

「あのじーさんの事はいいから! もっと見なさいよ、コレ! ほら! コレッ!」

「わかった、わかったから……!」

 

 それよりもメドゥ子にとっちゃ初めて釣った大物を自慢する事のほうが重要らしい。魚を押し付けるように見せてくるので生臭い。

 

「あんま近づ、け……ゥヴェヴェッ!!」

 

 メドゥ子の手の中で暴れる大きな魚は、俺の間の前で体をうねらせた。そのせいで尾鰭で激しくビンタされた。生臭いし痛い、俺が何をしたというのか……。

 

「あっはははっ! 変な顔ねぇ!」

「うるせいやいっ!! それより籠入れとけよ。あんまはしゃぐと落とすぞ」

「そんな間抜けな事しないわよ。アタシを誰だと──」

 

 メドゥ子が魚掴んだまましゃべり続ける。その時だった。パァンッ!! と、乾いた発砲音が周辺に響き渡った。

 

「ひゃっ!?」

 

 突如響いた銃声。驚いたメドゥ子が思わず手を放してしまい、彼女の手から魚スルリと抜け出しパチャンと川へと落ちた。

 

「あ、ああ~~……っ! アタ、アタシの魚……!?」

 

 メドゥ子が恨めしそうにしながら逃げていく魚の影を目で追った。それより発砲音が響いてすぐ辺りから俺達を取り囲むようにして何人もの人間が現れた。

 

「動くんじゃねえ!!」

 

 その中の一人が一人硝煙が出ている銃口を上に向けたまま、俺達含めこの場にいる釣り人全員に向かい男は叫ぶ。

 

「命ばかりは奪わねえぇ!! 金目の物を置いてきなぁ!!」

 

 その乱暴で安っぽい台詞を聞いて俺は察する。結局最後まで穏やかな休息は早々得られないのだと。

 




後半に続く

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