拝啓、好きになってください。   作:いろはにほへと✍︎

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いいかい?恋に落ちると、夜も眠れなくなるときがある。なぜかって言うとね、結局現実の方が君が思い描いていた夢の何倍も素敵だってことさ。

―ドクター・スース―



だから、きっと彼女は。

 「これを君たちにやろう」

 

 ニカッとかっこよい笑みを浮かべながら、奉仕部顧問、平塚静は数枚のディスティニーランドのチケットを俺たちに見せつけた。俺たちが反応に困っていることを察して彼女は言葉を継ぎ足す。

 

 「君たちはクリスマスイベントのなんたるかをわかっていない。うまく行かないのならここでアイデアを貰ってくるといい」

 

 「ホントにいいんですかあ?!」

 

 職員室だというのに、構うこと無く間延びした声を出して、一色いろはは平塚先生から素早くチケットを取った。

 一色の手中にあるチケットの枚数を数える。ひー、ふー、みー……。五枚。晩翠を入れてちょうどの数だ。

 

 「私は年間パスポートを持っているし、一枚あまるわね……」

 

 雪ノ下も俺同様枚数を数えていたらしかった。彼女は額に手をやりながらはたと止まる。

 

 「じゃあ葉山くんたち誘おうよ!」

 

 「あっそれいいかもです!」

 

 晩翠がピンと人差し指を立てて、一色が賛同する。それからまたも職員室だというのに話は盛り上がり続け、周囲の先生方の視線に気づくこともなく彼女たちは話し続ける。こうなれば止める者、ましてや反対意見を述べる者などいない。それだけは俺のよく知っていることだった。しかし由比ヶ浜は視線をピタリとこちらに貼り付けて上目遣いに俺を見やる。

 

 「ヒッキーはいいの?」

 

 「……まあ、仕事だし」

 

 面映ゆさを捨てきろうと彼女から視線を外せば年相応には思えない、まるで慈悲深い笑みを浮かべている平塚先生と目が合ってしまった。

 彼女が思うところは、言外ながらも程遠く外れているとは思えず、慌てて視線を逸らした。

 

 「平塚先生。ありがとうございます!」

 

 晩翠は純粋な笑顔でそう言って、頭をぺこりと下げた。一色、由比ヶ浜も続いて頭を下げ、形式的ながらも俺も頭を垂れた。それから平塚先生は恥ずかしそうに数回頬をかいてから、一度咳払いして口を開いた。その顔はどこか虚しい。

 

 「なあに、結婚式で当てただけさ」

 

 「へえすごいですね」

 

 おいやめろ。結婚式なんて単語、完璧に地雷だろうが。感心してる場合じゃないぞ由比ヶ浜。

 俺の心情を知ってか知らずか、平塚先生はニヒルな笑みを浮かべて俺を一瞥した。

 それから反応した由比ヶ浜に視線を移して、平塚先生はきらきらと輝く笑顔を浮かべた。

 

 「ひとりで五回行けるねっ……て」

 

 × × ×

 

 時計の短針は午前零時を回り、元から少ないご近所さんの生活音もピタリと止まっていた。

 由比ヶ浜が地雷を踏んだ後は、俺だけが平塚先生の愚痴三時間コースに付き合わされた。せっかく大好きななりたけに連れていってもらったというのによく味を覚えていない。あまりの惨めさに今日は長引いてしまった、と解散直前の二十一時に謝罪を受け取った。

 そして自宅に着いたのは二十三時。あの人は飲酒に飲酒を重ねていたため運転など出来るはずもなく、そういう理由でタクシー代をもらった。けれどもタクシー乗り場に向かう途中で大魔……陽乃さんに出会ってしまい気づけばペースに乗せられて妹談義に花を咲かせてしまっていた。夜中の極寒の公園だったのに、あまりの熱にコートを脱いだくらいだった。彼女からはお詫びとして、マッ缶を貰ったが、珍しく楽しい話だったので奢ってもらったことに罪悪感が少しばかり残り、帰宅次第冷蔵庫に閉まった。往々にして彼女は人を惹き付ける。そういう点では彼女は人生の先輩であり、尊敬すべき相手なのかな、と深夜テンションに身を任せ、少しずつ印象が変わっていった。

 そして、シャワーを浴びて、緊急事態用のマッ缶をぐいっと呷り、ベッドに寝転べば、そんな時間だった。

 何がまずいって、明日――まあ厳密に言えば今日がディスティニーランドへ行く日。

 集合は八時半に入口前。遅刻厳禁。毎秒ごと腕立て伏せ一回。ちなみに腕立て伏せは三十回が限界。それ即ち三十秒以上の遅れは許されない。

 時間を逆算したら遅くても七時までには起きなければ行けない。案外余裕そうに思える? 何言ってんだ。行きたくなくてダラダラする時間が二時間は必要だ。つまり五時までには起きなければいけない。

 ただ安心できるのは明日は何も起こらない、と勝手な予想、悪く言えば希望的観測だがそんな予感がしていた。今のところ表面的にだろうがなんだろうが葉山グループには何も問題がない。そして俺たちにも今即刻解決しなければならない問題は無い。唯一の問題について言及すれば、一色いろはだが、彼女は俺の中では結構クレバーでリスクリターンの計算は完璧、そういう評価だ。

 だから、彼女はアクションを起こさない。

 そうやって思考の堂々巡りに入りかけたところで、はっと不意に、現実に戻った。目に刺すほど明るい電灯がぱちぱちと消えかかっていた。どうやら変え時らしい。

 ――まあ考えても仕方ない。寝るか。

 そういう楽な方法が、諸手を上げて賛同したいような容易な考えが自分への言い聞かせだなんて思うこともなく、今日の疲れも相まって、俺は早々に深い眠りに落ちていった。




物語はゆっくり進み、されど答えは遥か先。
けれどもその続きは着実に進み、ともすれば悲劇とも取れるお話はきっと未だ終わらず。

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