拝啓、好きになってください。   作:いろはにほへと✍︎

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我々を恋愛から救うものは
理性よりも多忙である。

―芥川龍之介―



されど彼も彼女も、本物が欲しい。

 ぐいっと伸びをして、ソファに横たわる。

 晩翠の見送りをしてから気づけば数時間が経過していた。カチリと音を刻む時計の短針は午前零時を回り、生活音は何一つ聞こえない。

 静かだから、思索が巡る。

 

 ――クリスマスイベントを成功させなければならない理由は一色いろはと鶴見留美のためだ。

 

 そして、このイベントを手伝っている直接的な理由は生徒会選挙の時に俺が一色を会長に推したからだ。その選挙の時に雪ノ下と由比ヶ浜を会長にさせないためだ。ならば、二人を会長にさせたくなかったのはなぜだ。小町に行動の建前まで貰って動いた理由はなんだ。

 

 ――欲しいものがあったから。

 

 多分、昔からそれだけが欲しくてそれ以外はいらなくて、それ以外のものを憎んですらいた。だけど一向に手に入らないから、そんなものは存在しないとそう思っていた。

 なのに、見えた気がしてしまったから。

 触れた気がしてしまったから。

 だから俺は間違えた。

 

 まずは平塚先生の言外の激励。

 そして、核心的な晩翠柚奈の気遣い。

 

 お礼はきっとする――だから。

 

 だから、今回だけは自己責任にさせてくれ。

 

 × × ×

 

 さっきから血流がいやに早くて、人気のない廊下の寒々しささえ気にならなかった。

 まるで聳え立つような扉の前に立って、一度だけ深呼吸する。そして扉を二、三度叩いた。

 

 「……どうぞ」

 

 扉越しに微かな声が聞こえてきた。

 滅茶苦茶に重い扉を開けて中に入れば、ひどく驚いた表情で二人がこちらを見つめていた。

 

 「ヒッキー。どうしたの、ノックなんかして」

 

 由比ヶ浜結衣は普段と同じように携帯を握りしめたまま、きょとんとしていた。

 雪ノ下雪乃は読みさしの本に栞を挟むと、そっと机の上に置いた。それから、誰に向けるでもなく、独り言みたいに小さく呟いた。

 

 「無理して来なくてもいいと言ったじゃない」

 

 「ちょっと用があってな」

 

 お互いに黙り込んだせいで、まるで天使でも通ったかのように沈黙が起こる。

 

 「す、座ったら?」

 

 意を決して言ったような由比ヶ浜に頷きを返して、ゆっくり下座――依頼人の席に座った。

 彼女たちは不思議そうに俺を見つめる。

 そして俺は重々しく口を開く。

 

 「一つ依頼がしたい」

 

 ああよかった。何度も練習していた言葉は、思ったよりもあっさり出てきてくれた。

 

 話してくれるんだ、というような安心した表情で笑顔を見せてくれる由比ヶ浜。だが雪ノ下の表情はまるで対照的だった。

 言葉を飲み込んで口を結びそうになるのを必死にこらえて今の状況を説明した。

 

 一色いろはのこと。

 鶴見留美のこと。

 そして自分の責任。

 

 話せば話すほど、矛先は俺の意図しない方向へ行ってしまう。

 ついには由比ヶ浜と雪ノ下の二人の言い合いが始まりそうだった。

 そんなことを言いに来たんじゃない、と言いながらも実際口にしたい言葉さえ見つけることができなくて、二人を宥めることさえ難しかった。

 

 話せば分かる。口に出さないとわからない。そんなものは幻想だ。話したってわからないことは

往々にしてある。口に出さなくったってわかることだって、確かにある。 

 

 きっと忖度とか、斟酌とかじゃなくて。

 言葉や行動じゃなくて。

 

 結局、俺が言おうとしていたことなんて、どこまでいっても、どんなに考えても思考や論理でしかなくて、計算であって手段であって、策謀でしかない。

 

 ――言うだけ無駄なのに。

 

 けれど、俺は言葉が欲しいんじゃない。俺が欲しいものは確かにあった。

 それはきっと、分かり合いたいとか、仲良くしたいとか、話したいとか、一緒にいたいとかそういうことじゃない。俺はわかってもらいたいんじゃない。自分が理解されないことは知っているし理解して欲しいとも思わない。

 俺はわかりたいのだ。知っていたい。知って安心していたい。安らぎを得ていたい。

 わからないことはひどく怖いことだから。完全に理解したいだなんて、ひどく独善的で、独裁的で、傲慢な願いだ。そんな願望を抱いている自分が気持ち悪くて仕方がない。

 

 けれど、もしお互いがそう思えるのなら。

 

 「それでも、俺は……」

 

 いつの間にか出ていた声は、自分でも震えているのが分かるくらいだった。

 嗚咽が漏れそうになるのを必死にこらえる。そして飲み込みそうになった言葉を吐き出した。

 

 「俺は、本物が欲しい」

 

 すぐ近くにいる彼女たちが霞んで見えた。

 

 × × ×

 

 「本物が欲しい、だって」

 

 「……なんか、意外ですね」

 

 別に盗み聞きする理由なんてなかったのに、何気なく結衣ちゃんにイベントの現状を伝えに来たら聞き入ってしまった。今日の会議の中止を比企谷くんに伝えに来たいろはちゃんも、すっかり黙り込んでいた。

 

 「私は……そんなに驚かないかなあ」

 

 「なんでですか?」

 

 訝しむような目でいろはちゃんが見てくる。どれだけ冷めた奴だって思われてるの? 比企谷くん……。

 

 「なーいしょ!」

 

 パチリとウインクを決め込む。いろはちゃんが残念な奴を見るような目をしてから、私に何かを言い返そうとした時、突然目の前の扉が開いた。

 

 「ゆきのん!」

 

 結衣ちゃんの叫び声がまず確かに聞こえた。動けずに、走り抜けた雪ノ下さんを目で追っていると比企谷くんたちが部室から出てきた。いろはちゃんは今日が休みだということを必死に伝える。

 私は比企谷くんの赤い目を見てすぐに、彼のその真剣さが伝わった。先に出てきた結衣ちゃんは目に涙を湛えていた。

 いろはちゃんが雪ノ下さんの行った方向を伝えると比企谷くんたちは少しお礼を言ってから、すぐに走って追いかけた。

 

 「なんか、羨ましいです」

 

 「どうして?」

 

 まるで羨望とは思えない目で、むしろ美しいものに魅せられたようでさえあった。

 

 「あんなに深い関係、ですよ?」

 

 「まあいろはちゃん友達いなさそうだしね」

 

 「いますっ!」

 

 ぷんすか怒って言い返されてから、私は何気なく三人の行った先を見つめていた。

 

 「私は……」

 

 気づけば口から漏れ出ていて、私はぎゅっと唇を結ぶ。けれど、いろはちゃんは聞き逃さなかったみたいで、リピートして問われる。

 

 「私は?」

 

 「……内緒」

 

 自分の頬が熱くなるのが、分かった。いろはちゃんはこの時を待っていたと言わんばかりに、攻め立ててくる。

 必死に躱していると、いろはちゃんがぽつりと呟いた。

 

 「私は……本物になれるかな」

 

 「って、わかってんじゃん!」

 

 ぱーん! といろはちゃんの肩を叩く。けれど全然痛そうにはしなかった。これは筋トレをしなくては……。

 そんなことを考えているといろはちゃんは太陽みたいににこぱっと笑ってゆっくり口を開く。

 

 「私も、本物が欲しいです」

 

 笑って返すには、あまりに真剣さがあった。

 

 

 

 




結構、引用しているのは許してくださいっ!そろそろ中二恋とされど、この恋は終わらず仕上げようと思っています。アマガミ? そんな余裕はねえ!(笑)うそうそ……全部余裕なんてないから……センターあるから……。

感想・評価等いつもありがとうございます!まだっまだっ募集しています!悩んでいるそこのあなた!是非とも!

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