拝啓、好きになってください。   作:いろはにほへと✍︎

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愛することによって失うものは何もない。
しかし、愛することを怖がっていたら、
何も得られない。

―バーバラ・デ・アンジェリス―





彼も彼女も疑わしい

 賢者の贈り物。

 誰もが一度は聞いたことがあるであろうそのお話を劇で演じることに決まっていた。

 主演は留美。

 ナレーションで物語が進む展開のこのお話にはそれほど覚えなくてはいけないことが多くなく、既に時間がほとんどない俺たちにとってそれは名案だった。当然、提案者は雪ノ下だ。反対意見を出す(出せる)者はなく、満場一致で決まった。

 海浜側どころか総武サイドまで動けなくしちゃうゆきのん怖すぎ……。

 練習を重ねること一週間。毎日召集される小学生たちは文句ひとつ言わず、留美を含めたコミュニティを築き始めていた。留美の笑顔もだんだん増えて、確かに成功に近づいていた。

 

 いよいよ本番は明日。最初はうまくいかないと思っていたことが終わりに近づくにつれ、どこか感慨深いものを感じ始めた。なるほどこれが社畜への順調な道か……。

 

 ふと時計を見れば、既に終わりの時間が近づいていた。今日、小学生たちは一度リハーサルをしてから、明日のために早めに帰らされた。だから、会議室に残っているのは高校生組だけだ。

 その高校生組の方も、どうやら終わりのようだ。玉縄が近づいてきてぱんぱんと手を叩いた。

 

 「はいじゃあ、今日はおしまい! みんな今日までありがとう。いよいよ本番は明日。手を抜かず、真剣に取り組もう!」

 

 「おう!」と大きな声が上がる。それは別に海浜側だけではない。総武サイドからもしっかり声は上がっている。晩翠なんて、何か知らないけど一番元気だ。頭おかしくなった説まである。と、一人晩翠を馬鹿にしているとちょうど手を下した晩翠と目が合った。

 

 「どうかした? 比企谷くん」

 

 眩しいほどの微笑みで見つめられ、思わず目を逸らしてしまった。

 

 「なんでもねえよ」

 

 吐き捨てるように言って、椅子に体を預ける。

 いよいよ明日か。実感がない。

 ふう、とため息をついてちらと飲み物を片手に談笑している一色にちらと視線を送る。彼女は身振り手振りをおおげさにしながら、周りの男子を手玉に取っている様子だった。

 飼育員か、お前は……。いったい何匹目なんですかね……。そういえば中学にも居たなあ。一色と違ってあざといわけではないが、めっちゃモテるやつ。あの明るい性格と分け隔てなく人に接する感じにやられて告っちまったんだろうなあ。はい、お察しの通り、折本です。

 ふと、晩翠と目が合った。いや正確に言えば、視線を感じて振り返った先に晩翠がいた。

 

 「どうかしたか?」

 

 ついさっき言われたような言葉を送ってみた。しかし、彼女に反応はない。ぼーっと俺を一点見つめて動かない。目に気力は感じられない。その上、全身に力が入っていないようだ。実はさっきのは空元気だったんじゃ……。考えるほどに、疑念に疑念が渦巻く。

 

 「お、おい、晩翠、大丈夫か?」

 

 しばらくして、壁に寄りかかり始めた彼女にゆっくり近づいた。彼女はそのまま膝から崩れ落ちていきそうだった。よく手入れされた短めの髪垂らしながら俯き始めた。

 

 「おいマジで大丈夫か?」

 

 下から顔色を覗き見る。するとようやく、彼女の反応があった。今にも崩れ落ちそうな姿勢で、彼女は一言だけ呟いた。

 

 「眠いんです」

 

 「は?」

 

 反応する間もなく、彼女はそのまま俺に寄りかかって倒れてきた。俺は必死に受け止める。

 不意に、晩翠越しに一色と目が合った。

 一色があざとくぴょこぴょこ近づいてくる。一色と直前まで話していただろう男子たちの視線も一緒にこちらに向いた。

 

 「ちょっと先輩方なにやってるんですか?」

 

 一色はにこにこ笑顔を俺に向ける。一色ほどの美少女になると、目が笑ってなくても笑顔はかわい……、うわ、こわ……。

 

 「なんか晩翠体調悪そうなんだよ」

 

 「え、そうなんですか?」

 

 一色が俺越しに、晩翠の表情を見る。

 

 「……寝てるんですか?」

 

 「いや、確定はできないが、まあ可能性的には高い」

 

 「なるほど、晩翠先輩の眠気を利用して抱きついたと……」

 

 これは軍法会議に欠ける必要がありますね、とか意味不明なことを呟きながら、一色は俺の顔を見る。言外に、どうするのかを問われているような気分になった。

 とりあえず、俺自ら抱き着いた説は否定しておこう……。これだけはね?

 

 「俺から抱き着いたわけじゃ……」

 

 「抱き着いているわけではなく、あくまで晩翠さんが体調不良で寄りかかってきたと、あなたはそう主張するのね? 変態谷くん」

 

 この人を蔑むことに愉悦を覚え、全ての人間を見下しているような声のやつは……。首だけで振り返ると、そこには絶壁ノ下と由比ヶ浜がいた。大方、もう帰るところだったのだろう。鞄さえ持っていなかったが、二人はすでに外套に身を包みんでいた。

 

 「ヒッキーさいてーっ」

 

 少し頬を赤らめた結衣ちゃん可愛い……。なんて考えている場合ではなかった。睡眠不足にしろ、体調不良にしろ、いつまでも寄り掛かった状態で立たせているわけにはいかない。とりあえず寝かせてあげたい。

 

 「マジで急に倒れこんできたんだって……。とりあえず移動させたいんだが……」

 

 「うーん、ここからゆずっちの家遠いよねー」

 

 「ああ、確かに。それなら雪ノ下の家の方が近いな」

 

 「そうね、それなら私の家でも大丈夫よ」

 

 「え、でも晩翠先輩のお母さんとかに送迎に来てもらった方が良いんじゃないんですか?」

 

 「あ、今日ってすいよーじゃん? すいよーはパパもママもいないんだって」

 

 「そうなんですか、でもどうします? 雪ノ下先輩の家に運ぶにしても、どうすれば……」

 

 「んなもん台車でいいだろ、晩翠だし。晩翠だし」

 

 「あなたはどこまで最低なのかしら」

 

 「ヒッキー相変わらずさいてーだね」

 

 「せんぱい……」

 

 「いや冗談だから……」

 

 一旦、俺のコートを枕にして床に寝かせたが、いつまでもこうしておくわけにもいかない。俺は精一杯の力を込めて晩翠を持ち上げた。周りの女子のごみでも見るような視線が集まった。

 

 「ヒッキー、それお姫様――」

 

 「みなまで言うな……」

 

 ひとまず俺は、晩翠をコミュニティセンターの入り口のベンチまで運んでいく。

 

 「先輩、まさか雪ノ下先輩の家まで運ぶんですか?」

 

 一色が横をならんで歩きながら尋ねてくる。俺は皮肉をこめてにやける。

 

 「まさか、途中から自転車で台車引いていく」

 

 ちらと雪ノ下を見ると、少し眉を顰めていた。

 

 「……まあ仕方ないわね」

 

 すると、雪ノ下はスマホを取り出してどこかに電話をかける。電話中、一切表情が変わらないのが、少し面白かった。

 

 「頼んだわ。都築さんに」

 

 「お、わりーな」

 

 「最初から狙っていたのでしょう。ちらちら私を見てたじゃない」

 

 「ま、晩翠のためってことで免責でよろしく」

 

 俺はまたにやける。

 すると、雪ノ下はまた眉を顰めた。

 

 「それ、ニヒルな笑みのつもりなのかしら?」

 

 死にたくなって、俺は視線を彷徨わせた。

 




どうも、一日に小論を何本も書いている僕です。
お久しぶりです。なぜか「後輩と、いくつか上の先輩と」っていう新作を書き始めてしまいました。眠たいんでこれくらいにしておきます!!!!!!おやすみなさい!!!!!

感想、評価等いつもありがとうございます!

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