拝啓、好きになってください。   作:いろはにほへと✍︎

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嫉妬と言うものは、なんという救いのない狂乱。それも肉体だけの狂乱。一点美しいところもない醜怪きわめたものか。世の中には、まだまだ私の知らない、いやな地獄があったのですね。

―太宰治『皮膚と心』―



彼は進み、彼女は停滞する。

 久しぶりな気がする。そう思うほどに前回の会議から間が開いていた。しかし特別心持ちが変わるわけでもなく、コミュニティセンターまで向かう道のりは鉛のように重たい靴で歩いた。

 この寒さだというのに、やはり晩翠は先にいて玄関で待っていた。ときどき、同じタイミングで学校を出ればいいと思うのだが、彼女は待っているのが好きだと言う。その強情さが俺にはよく分からないが、結衣ちゃんにも少し分けてほしい。

 格好よくポケットに片手を入れたまま、彼女はこちらに手を振る。よく見れば、遊園地に行った時のダッフルコートで、お気に入りのようだ。

 

 「よっ!」

 

 「おう、今日は由比ヶ浜たちの方が先か?」

 

 「そうだね、5分くらい前に来たよ」

 

 「なんでお前は外で待ってんの、また風邪ひくだろ」

 

 言いながら、俺はくいっと顎を館内に向ける。彼女は「そうだね」と言いながらそそくさと館内に入った。

 

 自販機の横を通って、会議室に向かう。

 

 中は既に活気と言うか、海浜側の覇気に溢れていた。いい加減嫌気がさしてきて笑ってしまう。

 

 「どうかした?」

 

 不思議そうに晩翠が俺の顔を覗き込んでくる。

 

 「いや、別に……相変わらずだなって」

 

 「ああ……確かにね……」

 

 声のトーンが徐々に落ちていった。彼女の視線の先はもちろん玉縄率いる海浜高校。お互い顔を見合わせて、また一つため息を吐く。

 しかし、いつまでもそうしているわけにもいかないので、指定席みたいになってしまった席に座る。俺たちの到着をもって、人数がそろった。

 

 「じゃあ、始めようか」

 

 玉縄が轆轤を回しながら、全体に一声かける。

 分かってるよ。次の言葉は、昨日のブレストの続きから始めようか、だな。

 

 × × ×

 

 実は俺たちには作戦があった。前日のうちに奉仕部に集まって話し合ったのだ。そうです、皆さん大嫌いな対立をけしかけました。

 作戦は完璧……、そんなわけがない。この世に完璧なものなど存在しないのだ。全てがどこかで欠ける。だから、ただ発破になればいい。

 先にこちら側から出した提案は悉く蹴られ、海浜側によって、話はどうしても全面協力に向かい始めていた。先にはきっと滞りしかない。

 それ故に俺は、提案をかける。いや、正確に言えば対立を仕掛けるのだ。

 

 「それって合同でやる必要あるか?」

 

 明らかにとげとげしい声。言い切ってみれば一瞬のうちに視線が俺に集まった。玉縄も手の動きを止めて、こっちに振り返る。

 

 「それは、合同でやることでグループシナジーを生んで、大きなイベントを」

 

 「シナジーなんてどこにもないし、このままだとたしたこともできないだろ。なのに、なんでまだ形にこだわるんだ」

 

 気付けば、俺は責めるように詰問していた。相手側からは俺を責めるようにひそひそと声が上がり、玉縄も動揺を見せながらも、取り繕おうとした。早口でまくし立ててくる。

 

 「企画意図とずれてるし。それにコンセンサスは取れてたし、グランドデザインの共有もできていたわけで……」

 

自分の正しさを、皆で決めたことの尊さを主張するような玉縄を、俺はじっと見つめる。そして口の端を歪めた。

 

「……違うな。自分はできると思って、思い上がってたんだよ。間違えても認められなかったんだ。自分の失敗を誤魔化したかったんだろ。そのために、策を弄した、言葉を弄した、言質を取って安心しようとした。まちがえた時、誰かのせいにできたら楽だからな」

 

 俺のその声には、どこか自嘲が混ざっていた。

 否定のない優しい空間は甘美だろう。上滑りした議論は議事録に残され、会議の体を残し続ける。そうすれば自分を騙していることができる。

 だが、それは偽物だ。

 晩翠にやっと気づかされた俺が言えることでもないけれど。

 

 しかし、ざわっと一度起こった声は波立って、反響していく。そして一人ずつ声を上げ始めた。

 

 「そういうことじゃなくてさー、コミュニケーション不足なだけだと思うんだよね」

 「一度クールダウンの期間を置くとかしてもう一度落ち着いて話し合いを重ねてさ……」

 

 批判はさせない。融和させる。そんな考えが彼らの態度だ。あくまでもそれは変わらない。

 しかし、それを破る声がある。

 

 「ごっこ遊びがしたければ、余所でやってもらえるかしら」

 

 決して大きな声ではなかったのに、そのたった一言で、その場がしんと静まり返った。

 

 「さっきから随分と中身のないことばかり言っているけれど、覚えたての言葉を使って議論の真似をするお仕事ごっこがそんなに楽しい?」

 

 口を開くのは雪ノ下雪乃ただ一人。

 

 「あいまいな言葉で話をした気になって、分かった気になって、何一つ行動を起こさない。損案お前に進むわけがないわ。何も生み出さない、何も得られない、何も与えない。……ただの偽物」

 

 ふと横を見ると、雪ノ下はきゅっと拳を握り、俯いている。だが、顔を上げると凛とした表情に強いまなざしで前を向いた。

 

 「これ以上、私たちの時間を奪わないでもらえるかしら」

 

 会議室からは音が消え、堂々巡りの議論に、空白域が生まれていた。しかしそこにすぐさま由比ヶ浜のフォローが入り、一色も賛同して、空気は最悪なままながらも海浜の妥協点を引出し一旦会議は終わった。

 ただ、一瞥した際の晩翠の真剣な表情が頭から離れなくなってしまった。

 

 × × × 

 

 会議が終わったときの空気は最悪だった。比企谷くんの反論から始まり、雪ノ下さんの物怖じしない言葉。分かっていたのに、分かっていたはずなのに、しみじみと三人の関係の深さを感じてしまった。

 べつに、以心伝心でも、相思相愛でもない。なのに、確かな信頼関係が、過ちからの進展が確かに三人にはある。

 実際、そんなことは前から知っていた。けれども目の当たりにしてみれば、疎外感はやっぱりあった。

 でも、その関係を壊したくない。壊せない。

 だから、必死にもがいて、追いつきたい。追いつけば、対等な地位に行けばきっと同じに見てもらうことができる。

 

 会議室を出て自販機で飲み物を買うまで、そんな短い時間に私は、ただ延々と考え続けた。

 




おはようございます。今は夜中の1時です。予約投稿しますね……。
最近の楽しみは後書きですね。後書きのために小説を書いていると言っても過言じゃな……過言ですね。最近、ワープロの速度の練習をしているので恐らく連日投稿します。
物語は着実に進んでいます。ゆずっちを最後まで見届けていただけると嬉しいです。最近はもう高校生も終わるのかと寂しい気持ちです。

 いつも感想、評価、お気に入り登録等ありがとうございます。モチベーションに繋がっています(笑)

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