「へぇ、前の天下一武道会よりも凄ぇ人だな」
肩車している悟天が頭の上でゴソゴソと動いているのを感じながら孫悟空は懐かしい少年時代を思い出す。
「んだ。前も多かっただが昔の比じゃねえだ」
「そうなんですか? 天下一大武道大会もこんなんだったと思うんですけど」
「そう考えると最近はこっちの方が普通なのかもしれねぇな」
人混みで逸れない様に一家で一塊になりながら進んでいく。
「凄い人だね、お父さん。僕、こんなに人みたの始めてだよ」
人里離れたパオズ山で生まれ育っている悟天は見慣れない人混みの中にあっても興味津々で臆することなく、肩車してもらっている父の頭をペシペシと興奮気味に叩く。
「オラもだぞ。どこにこんなに人がいたんだろうな」
悟空は悟天のように興奮することはないが少し人混みに辟易しているようもである。
「あ、お父さん。あっちに人が一杯集まってるよ。なにかあるのかな」
「ん?」
肩車してもらって高い位置から周りを見れる悟天は人の流れが一点に集まっているのを見て悟空の髪の毛を引っ張って指差す。
そちらを見た悟空の耳が歓声のような声を聞きとる。
「ミスター・サタンが着いたらしいぞ!!」
どうしたのかと思っていると、悟空の横を興奮気味に叫んだ男が通り過ぎていく。
「ビーデルさんのお父さんは凄い人気みたいだな」
人の流れが逆流していく中で揺るがない悟空の傍に寄ったチチが呆れ半分、感心半分の感想を漏らす。
「おっ、ビーデルもいるみたいだぞ。悟飯、行かなくていいのか?」
「え? いや……」
マスコミから取材を受けているミスター・サタンの横に、ここ暫く舞空術を術を習う為に孫家に通って来ていたビーデルの姿を見て取った悟空が隣にいる悟飯を肘でつつく。
「からかうのは止めたげれ、悟空さ」
息子をからかおうとしている父親を止めてくれた母親に悟飯が感謝しようとしたところでチチがニヤリを笑う。
「嫁になる子なんだから親のオラ達が挨拶に行くのが筋だべ」
「お母さん!?」
「はは、冗談だべ」
悟飯の反応が面白くて悟空と悟天が笑っていると、後ろから見知った気配を感じ取って振り返る。
「げっ、悟空じゃないか」
いるはずのない人を見たクリリンが嫌そうな顔をしながら18号とマーロンと一緒にこちらに向かって来る。
「クリリンじゃないか。ここにいるってことはクリリンも天下武道会に出るんか?」
「ああ、そうだよ。ってことは悟空も出るわけね」
「悟飯もな」
マジかよ、とゲンナリとした顔をしたクリリンが否定してほしいと感情が籠った視線を向けて来るが、出るしかない悟飯は苦笑を返すのみ。
「誰も出ないと思ったのにな。折角の賞金がパァだ」
トホホと肩を落とすクリリンと正反対に18号とチチが和やかに会話し、何にも臆さない悟天がマーロンに話しかけている。
「クリリンさんも大会に出るんですよね」
歩き出しながら肩を落としたままのクリリンに悟飯が話しかけた。
「ああ、18号さんと一緒にな」
何時までも肩を落としたままも情けないのでクリリンが顔を上げると、女性陣は楽し気に世間話をしていた。その輪に入る気もなれず、悟空達に経緯を説明することにする。
「今の時代、大した相手もいないはずだから最低でも優勝賞金1000万ゼニーが楽に手に入ると思ったんだけどな。折角、有給使って来たのに」
「有給? ってなんだそれ、食いものか?」
聞き慣れない言葉に悟天とマーロンが迷子にならないように気を配りながら聞く悟空。
「有給休暇の略ですよ、お父さん。言いませんでしたっけ、クリリンさんは警察官になったんですよ」
「へぇ、そうなんか」
驚きに目を丸くした悟空に少し得意気なクリリンは鼻高々になっていた。
「自分一人だけならともかく18号さんと結婚してマーロンも生まれただろ。家族を食わしていく為には稼がないといけないし、鍛えた力を使った仕事をしたかったんだよ」
どうせなら娘が自慢が出来る仕事にしたかったから頑張った、と家族の為に働く父の顔で語るクリリン。
「サタンシティに始めて訪れた時に悪党を倒した時にクリリンさんがやって来た時は僕も驚きましたよ」
「本当に驚いたぞ、オラ」
驚きように満足しているクリリンに「水臭いぞ、クリリン」と悟空が言った。
「もっと早く教えてくれれば良いのに」
「悟空以外はみんな知ってるよ。お前はこっちから会いに行かないと顔も見せないじゃないか」
少しの不満を覚えた悟空が文句を言うも、クリリンの言うことは最もだった。
農園の世話と修行の為、この七年間の間に仲間を顔を合わせたのは数えるほどしかない。自分から会いに行ったことは殆どないので目を逸らす悟空。
「マーロンが生まれた時に会っただろ」
「三年も前じゃないか」
始めての妊娠・出産でナーバスになっていた18号の相談相手として経験者であるチチやブルマが良く会いに行っていたが、悟空は出産の際に
「お前は昔からこっちから動かないと連絡の一つも寄越さないことが」
「そういえば、クリリンって髪の毛あったんだな!」
「…………昔、剃ってるって言ったことがあるだろ」
「じゃあ、なんで伸ばし出したんだ?」
旗色悪しと見て必死に話題変換を図る父に苦笑する悟飯の姿を横目に捉えながら、これでこいつも少しは懲りただろうとその話題に乗ることにする。
「武道家は引退したから、もう剃る理由が無くなっただけだよ」
「なんだよ、それ」
「俺としては限界まで鍛えたからさ。警察官になる時に武道家を引退することにしたんだ」
三年前から伸ばし始めた髪の毛を撫でながら語るクリリンには未練の欠片も見えない。
「何言ってんだ、鍛える余地はまだまだあるだろ」
「いいんだよ、もう。お前達サイヤ人にはついていけないし、地球を守るのは任せたからな」
本気で惜しいと言ってくれる悟空に冗談めかして言うナメック星での苦難を共にした良き兄貴分に悟飯も少し寂しげだった。
「あ、ヤムチャさんだ」
手を繋いで歩いていた悟天が少し前を歩く知っている背中を見て言った。
「げっ」
名前を呼ばれて振り返ったヤムチャがクリリンと同じリアクションをする。
「久しぶりだな、ヤムチャ」
足を止めたヤムチャに片手を上げた悟空が声をかける。
ヤムチャはギギギと油の足りないロボットのように首を動かして悟空を一行を見て、苦笑しているクリリンに目を止める。
「…………もしかしてお前達も?」
「お察しの通りです」
「マジかぁ……」
主題を省いても伝わる意味にクリリンが肯定を返すと、これまた同じように露骨に肩を落とすヤムチャ。
「ヤムチャもクリリンも人の顔を見て失礼だぞ」
「まあまあ、お父さん」
全く同じ失礼なリアクションを二度連続で取られた悟空を宥める悟飯をヤムチャが指差し、『こいつもか』という意味を察してクリリンは重く頷く。
「まさか他の奴らも出ないだろうな」
「さあ、でもないとも言えないですよ」
何年も会ってない面子がこうして顔を合わせているのだからヤムチャも疑心暗鬼になっていた。安易に否定できないクリリンは天津飯やピッコロ、ベジータが現れても不思議ではないと考えていた。
「そう言えば二人とも亀仙流の胴着は持って来てるんか?」
相変わらずの亀仙流の胴着を着ている悟空が昔のように胴着を着て試合に出るのかと同じ門弟のヤムチャとクリリンに問いかける。
「もう年だからあんな派手な奴は着れないって。第一、そんなに動くのが必要なほど強い奴がいるとも思えなかったし」
「俺は武道家引退したから普通の格好だな」
楽勝ムードで胴着すら持って来ていないヤムチャと、武道家を引退したので胴着ではないクリリンに悟空は残念そうだった。
「どうせなら昔みたいにしたかったんだけどな」
「それを言うならここに武天老師様やウーロン、後はブルマを呼んだ方が良いんじゃないか? その方が昔の雰囲気が」
「呼んだ?」
「うわっ、ブルマ!?」
昔みたいにというなら昔馴染みの三人もヤムチャが話しに出すと、その内の一人であるブルマが横から顔を出してきて驚いて飛び上がる。
「脅かすなよ」
「そっちが勝手に驚いてるんじゃない」
「あ、トランクス君だ!」
「よっ、悟天」
驚かすつもりはなかったブルマが反論している隣にいたトランクスに駆け寄る悟天。
次男の背中を見送った悟空がブルマに顔を向ける。
「二人だけか? ベジータは来てないんか?」
「本気で戦えない大会に興味ないんですって」
「そっか、ベジータは出ないのか。よしよし」
「まあ、アイツらしいけどさ」
ベジータが出場する可能性は限りなく無くなったと分かってガッツポーズをしているヤムチャを不審な人を見るような目で見たブルマに、悟空が続けて「じゃあ、何で来たんだ?」と無遠慮に聞く。
「アンタ達が天下一武道会に出るって聞いて懐かしくなってね。トランクスも出たいって言って聞かないし」
ブルマまで集まって本当に昔に戻ったみたいな気分の悟空とは違って、ヤムチャが悟飯に「もしかしてピッコロは出ないだろうな」と話しかけていた。
「僕も誘ったんですけど出ないみたいですよ。天界から見てるって」
「前々大会でやらかしたからな。覚えている奴もいるかもしれないし、無難じゃないか」
悟空が優勝した回の天下一武道会の会場の末路を思い出したクリリンが深く頷く。
「僕みたいに変装すれば大丈夫だと思うんですけど」
「ピッコロのターバンとサングラス付けてるだけで変装っていうのか、それ」
「だろ。ダサいから止めろって言ってるのに聞かねぇんだよ」
「格好いいじゃないですか、これ。お父さん達には分からないんですか?」
ピッコロも出ないと分かって一人皮算用するヤムチャ。
「天津飯さんと餃子さんも誘おうと思ったんですけど、どこにいるのか分からなくて」
「アイツらなら山奥で道場開いてるぞ」
「え、そうなんですか?」
皮算用をし終えたヤムチャが悟飯の疑問に答える為に数年前に会った天津飯のことを思い出す。
「山村近くで修行している時にその評判を聞いた奴らが武術の教えを乞いたいって集まり出したらしくてな。断り切れずに成り行きで武術を教えるようになって天津堂ってという道場を開いて繁盛してるらしい」
「良く知ってますね、ヤムチャさん」
「一時期手伝ってたこともあるからな」
「相変わらず定職にもついてないのね」
「五月蠅いぞ、そこ!」
物知りにクリリンが感心しているが、一時期手伝っていたということから相変わらずブラブラしているのだと見抜いたブルマのチクリとくる一言に、ついムキになって言い返してしまうヤムチャ。
「ベジータは来ない。天津飯と餃子も出ない。出るのは俺とクリリンと、悟飯と悟空だけか」
「18号さんも出るみたいですよ」
「マジかよ、悟飯…………組み合わせ次第で賞金が出るところまでは行けるか」
18号まで出場するとは思わなかったので入賞できる確率は減るが、ここまで来れば一人増えるのも大して変わらない。
先を歩くチチや18号と話していたブルマが振り向いた。
「あ、テレビ放送もあるから超サイヤ人は禁止ね。ただでさえセルとの戦いでテレビに映ってて、どこかで見た顔だなって思われるかもしんないのよ。ベジータの時の二の舞はゴメンだわ。特に孫君」
「なんでオラなんだ? 大丈夫だって悟飯もやたら気にしてるから使わねぇって」
「なんでだ?」
「実は僕が金色の戦士じゃないかって友達に疑われてて」
「そういう理由か」
ブルマの申し出に悟空がやけに素直に受け入れたので何かあるのではとヤムチャは逆に勘ぐってしまうが悟飯が頭の後ろを掻きながらに説明に強く納得した。
その話を聞いたクリリンが顎に手を当てて何かを考える。
「どうせなら気功波の類や舞空術も使わない方がいいかも。警官やってる時にトリックだ何だって言われたこともあるからさ」
「え? 僕、友達に舞空術を教えちゃいましたけど」
「悟飯の友達ならセルゲームと繋げる奴はいないだろうから別にいいんじゃないか」
強力な戦士でありながら警官として一般人との関わり合いが多いクリリンは彼らの感性を理解しており、その提案を拒否する理由は悟空達にはない。
「面倒だね」
「まあまあ、18号さん。条件はみんな一緒だから」
「いいんじゃねぇか、超サイヤ人、気功波、舞空術なしで。その方が純粋に武術の腕を競えるだろうし、オラとしては言うことなしだぞ」
「僕としては目立たなくなるならそれに越したことはないです」
「じゃあ、決まりだな」
最後はヤムチャが締める。
気功波もなしならば技が多彩なクリリンにも勝てる可能性が高くなった。ヤムチャとしては願ったり叶ったりの展開である。
浮かれていたヤムチャは、今までの自身のくじ運の無さと一回戦敗退振りをしっかりと忘れていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パンチマシンによる予選を難なく突破して本選への出場を果たした悟空達。
子供の部決勝であるトランクスと悟天の試合を観戦した後、審判との懐かしい再会を終えてクジ引きを終えて判明した対戦表にヤムチャの顎がカクンと落ちた。
『 第一試合、悟空vsヤムチャ
第二試合、猛虎vsオコスキー
第三試合、クリリンvsブンター
第四試合、キーラvsヤムー
第五試合、マイティマスクvsスポポビッチ
第六試合、ジュエールvsグレートサイヤマン(悟飯)
第七試合、ノックvsビーデル
第八試合、18号vsサタン 』
一回戦で悟空との試合である。ヤムチャならずとも顎も落ちよう。
「神よ、俺が何をしたというんだ……」
「デンデがどうかしたんですか?」
悟飯に突っ込まれたヤムチャは灰となって空の彼方へと飛んで行った。
原作との差異
1.クリリンが復活のF同様に警察官になっている
2.ヤムチャが天下一武道会に出場
3.ベジータは出場しない
4.天津飯が超アニメ版同様に道場を開いている
5.界王神とキビトが出場していない
6.本選組み合わせが微妙に変化している
7.ヤムチャの安定の不運