未来からの手紙   作:スターゲイザー

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未来からの自分の手紙を読んだチチは自らの思いを悟空にぶつけた。その想いを受け取った悟空は自らの思い違いを悟る。

悟空がする選択は……。



第二話 悟空の選択

 

 

 

 翌朝、セルゲーム当日。

 集合場所であった天界にやってきた悟空は息子である悟飯を連れて皆から離れ、徐に重い口を開いて問いを投げかけた。

 

「悟飯、戦うのは好きか? もしもセルと闘ったとして殺せるか?」

 

 超サイヤ人になり、十二分に戦力の一角に数えられるようになった悟飯はピッコロの服を身に纏って立っている。

 これから殺し合いの場へと赴くにも関わらずかけられた唐突の問いに目を丸くした悟飯は真剣な目を向ける父に背筋を伸ばして考える。

 

「…………ぼ、ボクは本当は戦いたくない。例え、どんなに酷い奴でも殺したくもない。お父さんみたいに闘ったりするの好きじゃないんだ」

 

 悟飯は本来、闘う事は好まない平和主義者である。 今まで闘ってきたのは必要に駆られたからに過ぎない。

 サイヤ人との戦いから始まり、フリーザ軍やフリーザその人や、人造人間達に至るまで圧倒的格上に勝つ為には、幼いながらも潜在能力がずば抜けた悟飯も戦わなければならなかった。

 叶うならば幼少期からの夢である学者になる為に勉学に励んだり、自然の中で遊ぶ日々に戻りたいと思っている。

 

「そうか」

 

 地球の命運を賭けたセルゲームを前に言うことではない。場にそぐわないと分かっていても本音で応えた悟飯を叱るでもなく、寧ろ納得したといった風に重く頷いた悟空は手を伸ばした。

 怒られると思ってビクリと身を竦ませた悟飯の頭をクシャリと撫でると、、「怒っちゃいねぇって」と柔らかく言って薄く笑った。

 

「まだこんなにも小さいんだもんな」

 

 改めて見れば悟飯の身長はまだ悟空の肩にも届いていない。

 避け得ぬ戦いばかりだったとはいえ、年齢もようやく二桁になったところ。同じ年代の頃の悟空は祖父以外の人間に会ったことすらなかったというのに、幾ら強大な戦闘力を身につけたといっても地球の命運を任せるには小さすぎる体だった。

 

「お父さん?」

 

 悟飯の眼には父が苦い表情を浮かべているように見えた。

 悟飯が問いに真意に気付く前に現実を突きつけられたような悟空の顔が浮かべていた苦い表情は一瞬で消えた。

 

「なんでもねぇ。さっさとセルを倒して、母さんのいる家に帰ろう」

 

 元の笑みに戻っても、それでも悟飯の眼には悟空が何かしらの悲壮とも取れる決意を固めているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地を揺るがすような振動が連続する。

 振動の正体は地震や噴火などではなく、一人の人間から放たれた複数の気弾が着弾している衝撃によるものである。

 

「だだだだだだだだだだ…………ッ!!!!」

 

 傷ついている孫悟空より放たれる数えきれないほどの気弾。

 両手より放たれる、大きな山もたちどころに穴だらけにして余りある強力な威力はたった一人の敵に向けられていた。

 

「ぐっ……ッ!!」

 

 悟空より次々と放たれた気弾を受けざるをえない状況のセルは両手で防御をしながら只管に耐える。

 

「だだだだだだだだだだだだああああああ…………ッ!!!!」

 

 数少ない勝機にここが勝負所だと判断した悟空の気弾の放つ回転が速くなる。間断なく放たれる気弾を避けることも出来ず、受けてしまったセルに次々と着弾する気弾の雨。

 威力が増し、放たれる速度が増した気弾が次々と着弾して、その衝撃が空気を伝って地面すらも大きく揺るがす。

 

「お……お……!!」

 

 悟空の攻撃は熾烈を極める。下手に避けようとしたりして防御の手を緩めればそれだけで勝敗の天秤が傾く。

 だからこそ、セルは回避ではなく防御を固める行動に出る。

 

「ずぁ――ッ!!!!」

 

 セルが全身から気を放出する。

 無作為にではなく、指向性を持って放出された気はセルを守るように円形に展開され、一瞬にしてその大きさを増す。

 

「わっ!?」

 

 始めはセルの体を覆う程度だった球形のフィールドは、大きな紫電を撒き散らしながら十数メートル以上に拡大する。

 セルが自分で作ったリングを悟空との戦いで場外負けで終わらせるのは惜しいという理由だけでルールを変える為に破壊した為、離れた岩山に退避していたクリリン達の目前にまでフィールドが広がり、尚も放たれる気弾の雨がぶつかって爆発する。

 セルの体に届く前に気の障壁とでも呼ぶべきバリアーによって気弾は完全にシャットダウンされていた。

 バリアーに阻まれて気弾がセルにまで届いていないと見た悟空は無駄な攻撃を止める。

 

「はぁっ! はぁっ! ちぇ……」

 

 仕留めきれなかったことに軽く舌打ちをしながら、大きく上がってしまった息を少しでも整えようとする。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………この私にバリヤーを張らせた貴様の攻撃は評価に値するぞ、孫悟空。思いの他、ダメージは大きかった」

 

 そう言うセルもまた悟空同様に息を乱しているが、悟空と比べれば大したことはない。

 それに数十発の気弾で確かにダメージは与えたが彼我の体力の消耗の差は歴然である以上、既に勝敗は決したと断じられてもおかしくはない状況にある。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「相当に体力が低下してしまったようだな」

 

 息を整えようとしても未だ悟空の息は荒いまま、対してセルは少しの乱れはあっても、まだまだ戦えるだけの体力を残している。

 

(戦闘力の差は分かっちゃいたことだが……)

 

 精神と時の部屋を出た後に瞬間移動で完全体のセルに会いに行った時に実力の差は感じ取っていた。カリン様の確証を得ても悟空が揺るがなかったのは理由があった。

 

(悟飯はオラを越えたかもしれねぇ。でも、まだ子供の悟飯に全部を背負わせるわけにはいかねぇんだ)

 

 ピッコロ大魔王やベジータと闘った時、悟空だって地球を背負って戦ったつもりはなかった。

 倒さなければならない敵として、強い奴と戦いたいなど、必ずしも勝つ為だけに戦ったわけではない。絶対に負けない為に限界を極め続けて来た。言うなれば心の赴くままに戦ったのであって地球を救ったなんだは後付けの結果でしかない。

 

「仙豆とやらを食うがいい、孫悟空。更に素晴らしい試合になるはずだぞ」

 

 笑みを浮かべ、余裕そのものの提案をしてくるセルに悪意はないだろう。

 限界ギリギリの悟空と違って、ダメージを負って体力を消耗していても余裕を残しているセルは今の状況を楽しんでいる。

 

「はあっ、はあっ、はあっ」

 

 現状、セルの言う通りにするのが勝率を上げる最も良い方法ではあると悟空は静かに認め、仙豆を持っているクリリンを横目で見た。

 幼い頃から最も良く悟空を知るクリリンだからこそ、彼は黙したまま悟空を見ている。

 

「どうした? プライドが邪魔して仙豆が食えんのか?」

 

 一対一の尋常の勝負の中で仙豆を食べて回復するのは悟空の主義に反する。ただでさえ、セルゲームは天下一武道会のルールを採用されているものだから、その気持ちは大きい。

 これがベジータが地球に来た頃やナメック星でのフリーザとの戦いのように、悟空の選択次第で一歩間違えれば多くの物が容易く失われる状況ならば仙豆による回復も多人数での総力戦も辞さなかっただろう。

 悟飯の怒りのパワーに期待すればセルを倒せる可能性が十二分にあるだけに、選択肢がある所為で極限状態では引っ込む主義が首を擡げてしまう。

 それでもいざとなれば、悟空は自分の主義もサイヤ人としての誇りも自分の内側に押し込めることが出来る。

 

「今の私は相当に体力が減ってるんだ。貴様がフルパワーになれば、勝てる可能性がほんの僅か増すことになるんだぞ。私はもっともっと楽しみたいんだ……!」

 

 セルが悟空に合わせて戦っていることは、その余裕の様を見ていれば察しがつく。そう、セルは文字通りに楽しんでいる。自分の実力が上だと確信しているからこそ、ああやって余裕振っていられる。

 仮に悟空が仙豆を食べてフルパワーに戻っても、体力を消耗していてもまだフルパワーを見せていないセルには及ばない。

 良いところまで追い詰めることは出来るだろう。戦いに没頭して真のフルパワーを出す前に体力切れに追い込んで、悟空が敗れても悟飯やベジータ、トランクスとピッコロがいれば倒せるかもしれない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 しかし、その追い詰めた時こそが危険なのだ。下手に追い詰め過ぎて地球を破壊するなんて行動に出かねない。実際、ナメック星で戦ったフリーザは超サイヤ人に覚醒した悟空によって追い詰められ、星を破壊しかけた。

 

(フリーザの細胞を使ってるなら同じことをやっても不思議じゃねぇ)

 

 セルは悟空達サイヤ人やピッコロ、そして地球にやってきたフリーザ親子の細胞を組み合わせて生み出されたと前に聞いていた。

 好戦的で強い相手との戦闘を娯楽のように好む気質は間違いなくサイヤ人から、再生能力はナメック星人のピッコロから、上に立っている時の余裕な態度はフリーザそっくりだ。

 

(だから、変なことをされる前に圧倒的な力で倒す必要があった)

 

 それが出来るのは悟空に追いつき、尚も高い潜在能力を残している悟飯に期待するのが手っ取り早かった。

 セルならば余裕を見せつつ、悟飯を追い詰めるだろうから分の悪い賭けではないはずだった。

 実際に戦ってみて、悟空がフルパワーで闘っているのに対してセルはまだかなりの余裕を残している。悟飯が怒りで真のパワーを発揮することが出来れば十分に勝てると確信はできた。

 

(オラは馬鹿だった。チチに言われるまで悟飯の気持ちを考えずに勝手に期待して、話し合おうとすらしなかった)

 

 なんて傲慢で身勝手な考えだと悟空は自身を罵倒する。

 悟飯に期待を押し付けただけで悟空は自分に出来ることをやりきろうとはしていなかった。

 

「悟飯……」

 

 ピッコロの隣に立つ悟飯を見て、悟空は力が抜けていた拳を強く握る。

 ラディッツとの戦いで死んでからの一年や、ナメック星にいる間の殆ど、その後の一年間だってヤードラット星にいて地球にはいなかった。精神と時の部屋で一年近く二人きりだったとはいえ、父親らしいことをしてやれたことの方が少ないだろう。

 

「戦わないというのならば選手交代するか? だが、ベジータやトランクスでは力を上げたとはいえ、貴様よりは劣っているはず。セルゲームで闘う者がいなくなれば、この地球の人間どもは一人残らず死ぬことになる」

 

 もう一度精神と時の部屋に入ってベジータとトランクスは飛躍的にその力を伸ばしたが、セルどころか悟空にも及んでいない。

 既にセルの中ではサイヤ人以外の者は戦力外で、悟飯も年齢的な物を見れば超サイヤ人に至ろうともベジータやトランクスレベルにもなっていないと考えている。その油断をこそ、当初の悟空は期待していた。

 しかし、安易に悟飯に頼ることはしてはいけない。足掻いて足掻いて、その果てで託すならばともかくとして、まだ悟空には選べるだけの選択肢が用意されていた。

 

「クリリン」

 

 仙豆を持っているクリリンに呼びかける。

 

「…………」

 

 クリリンは始め、信じられないとばかりに目を見開いて強い意志が込められた視線を向けて来る悟空を見た。

 

「仙豆をくれ」

「…………いいんだな?」

「ああ」

 

 悟空が即答するとクリリンはその意志を受け取って仙豆を取り出す。

 

「本気か、カカロット!?」

 

 自分の他に残った唯一のサイヤ人である悟空の選択を、信じられないとばかりに問い質すベジータ。

 クリリンが投げた仙豆を受け取った悟空は歯を食い縛りながらセルを見る。

 

「セルを倒す。それがオラのやらなくちゃならねぇことだ」

 

 サイヤ人としての誇りではなく、地球を守る為でもなく、そんな勝ち方をするぐらいならば死を選んだ方がマシな選択を選ぶことが今の悟空に出来る最善の行動だった。

 

「お父さん……」

 

 仙豆を噛み砕いて呑み込んだ悟空が回復してセルと再び戦い出したその背中が、悟飯にはとても儚い物に思えた。

 

 

 




チチの選択は悟空に悟飯を戦士ではなく、息子がまだ子供であることを思い出させた。

親として悟空は仙豆を食べて戦い続けることを選んだ。しかし、本当にその選択は正しかったのだろうか?

次回『悟飯の選択』――――一時間後を待て。


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