聖戦士伝説 ~カ・オスの聖戦士~   作:早起き三文

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番外編 ショットはオーラマシンの夢を見るか?

   

「騎馬は脚が一つでも折れれば」

 

 暑い夏の陽気が降り注ぐ中、自らのその頭、綺麗に剃髪をされた頭部へその手を撫で付けている大柄な男、彼はその口の中へ団子のような物をくわえながら、隣に立つ金髪の男へ向けて苦い笑いを浮かべている。

 

「その命を絶ってやるのが菩薩行なのだが、な」

 

 火炎放射器の内、三基が修理不能なレベルにまで故障をし、お役御免と決定をされた「キカイ」を前に、ドレイク・ルフトは串団子を口へ挿し入れながら、傍らに立つ男へと向けて微笑んだ。

 

「それでも、マシンというものは」

 

「つまらない仕事だ……」

 

「使いようであります、ドレイク様」

 

 地べたへと鎮座しているキカイ。それの「てっぺん」へと立つ、テストを担当している女の愚痴の声を無視して大柄な男の隣でキカイの様子をじっと見続けている、金色の髪を持った細身の男。

 

「それがキカイです」

 

 その外見、顔立ちからは年齢の判断が難しい男が苦く笑いながら、その両目を薄く閉じた。

 

「役割が持たせられるのですよ」

 

「人、それに似ていると言いたいか、ショット?」

 

「そう、この私の」

 

 私の、わざわざそう言い放つ所にこのショット・ウェポン、目の前へとそびえるマシンの開発者である年齢不詳のこのインテリ風の男、彼の技術者としてのプライドが強く感じられると言えよう。

 

「造ったオーラマシンは、そのようなものです」

 

 シャ……

 

「お、吐いた」

 

 しかしに、この放水型へと改良をされたマシン、オーラマシン「ドロ」へ感心の目を向けているドレイクには、すでにこの男の不遜な部分には慣れていること、些細な物だ。

 

 ジュウ……

 

 そのマシンの四対の触手、鞭のようにも見えるそれの内の一つ、唯一マシン・トラブルから免れたその残り一本の触手を振りまわしながら放水をし、地面を濡らし続けるクラゲのような外見をしたキカイ。

 

「どう、どう……」

 

 巨大なお化けクラゲ、オーラマシンを見つめている二人の元へ、一人の若武者が騎馬、一般にそう呼ばれているユニコンを駆りながら近づいてくる。

 

「嫌な奴が来た……」

 

 マシンのテストを務めている女が、馬を棒立ちにさせながら自身の革兜を外している騎士と思わしき男、彼の姿をジロリと見やりながら、軽く舌を打ったように見えた。

 

「お館様」

 

 凛々しい面持ちのその騎士は機敏に馬から身を下ろし、早足で自らの主君の元へと革ブーツの底の鋲を鳴らしながら駆け、堂々たる体躯を誇るドレイクのその前へと跪く。

 

「バーンか」

 

「ハッ……」

 

 空になった団子の串を丁寧に腰の小袋へと放りながら、その青年騎士へ向けて軽くドレイクはその顎を引かせてみせた。

 

「苦労である」

 

「リの国への援護隊、準備が整いました」

 

「そうか……」

 

 簡潔に報告を終えた騎士バーンは、その顔の後ろへと流している髪を揺らしながら面を上げ、放水実験を終了してその触手、フレキシブル・アームから水を滴らせているクラゲ型オーラマシン「ドロ」のその姿へ物珍しそうな視線を投げつける。

 

「どうせ、このような遊びをするのであれば」

 

 その騎士の声、それを聴いたショットは腰へと下げていた木の板、いわゆるクリップ・ボードであるそれを手に取りつつ、眉間へ皺を作りそれを強く縮こませた。

 

「火を吹く鞭を取り外して偵察に使いたいものであります」

 

「遊びとは酷いな、バーン殿」

 

 手に持つ板へ括りつけられた紙、質の悪い羊皮紙へデータを記載しながらも、技術者ショット・ウェポンの口から苛立ったような声がバーンへと飛ぶ。

 

「切った張ったがオーラマシンの全てではない」

 

「全てでしょう、違いますか?」

 

「それがあなた、騎士バーンの言い分か?」

 

「騎士の模範としての答えですよ、ショット様」

 

 そう、うそぶいてみせながらニタリと笑みを浮かべて見せるバーンという名の騎士、ドレイク・ルフト配下随一の騎士とうたわれる彼バーン・バニングスへ向かって、テストを行っていた女から、これまた苛立ちの声が放たれた。

 

「水遊びをやるあたしは騎士ではないと言うか、バーン……」

 

 ジャアァ!!

 

「うおう!?」

 

 どうやら、未だにドロ、大きな機械クラゲの中には水が残っていたようだ。その放水アームからの水流がバーンの足元の土を叩き、彼の着る白いシャツへ茶色い飛沫を跳ばす。

 

「ガラリアの奴めに喧嘩を売る、猪武者と呼ばれたいかよ、バーン?」

 

「困った女です……」

 

 豪快に笑い声を上げている主君、ドレイクへ騎士バーンは仏頂面をしながら、自分の衣服へ飛び散った泥をややに神経質にその手で払い除けている。

 

「苛立っておるのだよ、あやつは」

 

「暑うございますからな、最近は」

 

「まあな……」

 

 笑い合う二人の主従を無視してドロのデータヘその目を落とし続けていたショットは、最後に鉛筆で何かを紙へ書き足した後、ドレイクの方へその面を上げた。

 

「バラウ、データのサンプルが足りません」

 

「あの巨大羽虫のマシンであるな、ショット?」

 

「どうせ、あの騎士ガラリアがフラストレーションを感じているのであれば」

 

 フゥ……

 

 そのショットの言葉、それにバーンが露骨にうんざりとした表情を顔へ浮かべ始め、わざとらしいため息をつく。

 

「あの女一人で、十人分の量があるというものです」

 

「気苦労か、食費か、戦力か、あてがう男娼か……」

 

「全部ですよ、ショット殿」

 

 ジャ…… アァ

 

 再度のガラリアからの放水、それには暑い猛暑の陽射しの中で突っ立っている三人の男達は苦笑を浮かべるしかない。

 

「耳聡い女め」

 

 しかし、苦笑いを浮かべながら呟くドレイクのその声には、彼ら男三人のすぐ間近の地面へ、本当に良く狙いを定めた放水を行えた彼女へ対する感心も含まれているように見える。

 

「ブラウーネ、あの新型は使わんでくれよ、騎士バーン」

 

「解ってますよ、地上人」

 

「今は手を組んでいるとは言え、リの国は所詮他国だ」

 

「ゲドは心身がすり減るのですが、ね」

 

 そのように、バーンは皮肉げに言うはしたものの、ゲドという名のオーラマシンは騎士バーン、彼らのような生粋の騎士達にとっては充分に美意識を満足させてくれる物、誇りを満たしてくれる物ではあるのだ。

 

 シュ……

 

「私も乗りたいぞ、ショット様」

 

 そのドロからの細い水流。機体内タンクの最後の水をショットの足元へ叩きつけ、彼を脅してみせれば乗れると思ったのかどうかは知らないが。

 

「無理だ、ガラリア」

 

「ホウ?」

 

 トゥン……

 

「フフン、無理か……」

 

 高く笑い声を上げながらドロ、オーラマシンから降りてくる彼女へ向けて、技術者ショットは軽く頭を振りながら、ハッキリにノーと答える。

 

「あなたのオーラ力(ちから)ではゲドは乗りこなせない」

 

「どこかの男を一人引きずりこみ、それでオーラとやらの足し算は出来ないか?」

 

「無理だな」

 

 にべもなく騎士ガラリアへそう答えたショットに対し、彼女、女の身でありながら騎士をやれる気骨を持つガラリア・ニャムヒーは自らの主がいる前にも関わらず、その舌を強く打った。

 

「ゆえにドロなどのような複座型に値打ちがあるんだ、ガラリア」

 

「羽虫のバラウとやらでは、人型のような敬意は得られないよ、ショット様」

 

「これが、まあ……」

 

 地上人、地球世界アメリカからの来訪者である彼ショット・ウェポン、彼とこのバイストン・ウェルというヨーロッパ中世そのままの世界を維持している異世界の人間との確実な価値観の差、と言える。

 

「バラウ、オーラウィングで騎士バーンを超えられるよ、あなたなら」

 

「セントーキ、地上のオーラマシンは皆このような格好と言ってはくれた、がな……」

 

 それでもまだ未練、人型マシンであるゲドへ執着している様子であるガラリア。彼女は主君ドレイクへと一礼をしてみせてから、近くの休憩用の小屋の中へブツブツと文句を言いながら入っていく。

 

「のう、ショット」

 

 トゥ……

 

 ドレイクもどうやら、政務へ戻るつもりなのであろう、彼の居城「ラース・ワウ」から乗ってきたと思わしき小型オーラマシンのタラップへその足を掛けながら、その城と同名の市街を中心としたこの一帯の土地を治める領主が空の明るさの具合、時刻を気にしつつも。

 

「主もバーン達、リの支援隊へ加わるつもりはないか?」

 

「フゥム……」

 

 何気ない口調でそうショットへ声をかけてきたドレイクは、彼ショットの思案げな顔を見つめながら、ニヤとその口を歪める。

 

「他国、リの援軍任務、考えていたな、ショット?」

 

「ふと気になる事がありまして、な」

 

 そのショット・ウェポンの言葉、先程から自分の主君とそれの食客となっている異邦人の話を黙って聞いていたバーンが何処かを指差しながら、その綺麗な色をした唇を開く。

 

「おそらく、ショット様の考えている事は」

 

 一つその薄い唇へ親指をおしあてながら、ショットの顔へ視線を向けたバーンに対し、オーラマシン開発主任である技術者は、昼の光を浴びて青く輝かせる長髪を持つ騎士へ向けて、軽く顎を引くように頷いてみせた。

 

「マシンの技術流出の事でありましょう、お館様」

 

「そうなのか、バーン?」

 

「東のギブンの家に」

 

 どうやら、バーンの人差し指が向いている方角にその名前を持つ領主が治めている土地があるのであろう。

 

「それから、ミ、ラウ、そして最後に遠く離れた異国、ナの国」

 

「それらが独自にマシンを開発しておるとでも言うのか、バーン?」

 

「どうも、私バーンとしましては」

 

 小型オーラマシン、馬なし馬車とちまたでは言われている「ピグシー」という名のマシンへ騎乗しているドレイクの顔を見上げながら、騎士バーンはその形の良い眉をしかめてみせる。

 

「館様とショット様、お二人がマシンへ付けた値札の気前が良すぎたかと思います」

 

「マネーと安売り、万能のそれを主は嫌っているようだな、バーンよ?」

 

「お人が悪い……」

 

 そうハッキリと、この世の原則を口にしてバーンをからかいながら、このアの国、バイストン・ウェルの中でも大国の部類に入る国の地方領主を務めるドレイク・ルフトは。

 

 ドゥル、ルゥ……

 

「マシンの販売ルートの件、主の意見はしかと儂の頭へ入れておく」

 

「差し出がましい意見、お許し下さい、お館様」

 

 乗り込んだマシン、その機械のエンジンをかけつつ、ドレイクはかしこまるバーンへその首を軽く振ってみせた。

 

「臣下の役目を果たしただけであるよ、お前はな」

 

「そう言って頂けると、助かります」

 

「ン……」

 

 再度、バーンヘその剃髪頭を頷かせてみせたドレイクは、そのままピグシーの操縦席へと置いてあった水筒へ口を付けながら、そのどこか車輪の変わりに三本の脚を生やしたオートバイのようなマシン、まさしく外見も用途もそれをイメージした、オーラ・バイク・マシンのエンジンを掛ける。

 

「政務へ戻らせてもらう、ショット達よ」

 

「ご足労に感謝いたします、領主ドレイク」

 

「リの国への視察の件、せいぜい三日中辺りには答えを出しておけよ、ショット?」

 

「はっ……」

 

 ドゥトゥ……

 

 ドレイクを乗せて走り去るオーラバイク「ピグシー」の姿へその視線を投げ付けながらショット・ウェポン、オーラマシンという機械技術を用いてバイストン・ウェルという世界で産業革命を成そうと企む男は軽くその両肩を、それをわざとらしく竦めてみせた。

 

「俺がお前達についていって、足手まといにはならんか、騎士バーン?」

 

「どうせ、メカニック共も我らに追従をするのです」

 

 バーン・バニングスも自身が乗ってきた騎馬、頭へと一本の角を生やしたユニコンという種の馬へ乗りながら、その馬の鞍へ括り付けてあった革兜、その中へ自らの総髪を詰めるかのように押し込めながら、それを頭部へ包むようにして覆う。

 

「一人増えた所で、大した差は無い」

 

「そうだな……」

 

 その軍用へとするために交配に神経を使われたユニコン、逞しい体躯を誇る馬に乗る騎士の言葉で、彼ショットの心の内は決まったようである。

 

「コモン、この世界の者にどの程度オーラマシンという物の理解が広がっているか、確かめる良い機会だ」

 

「ならば、それこそ三日中にご支度を」

 

「心得たよ、騎士バーン」

 

「ハッ……」

 

 その言葉を聞いたバーンは、騎乗から目礼を一つショットへしてみせた後、チラリとガラリアが休息を取っている小屋へ視線を向けてから、乗騎へと拍車をかけた。

 

「現場の仕事か……」

 

 騎馬ユニコンへ乗りながらゆっくりと去るバーンを見送るショットにとって、実戦が行われている場所、戦場に近い所で自分が作ったオーラマシンの観察を出来るということは悪い話では全く、ない。

 

「確かにドレイクの言う通り、他国へのオーラマシン技術、それの流出状態を確かめる格好の機会だ」

 

 隣の小国「リの国」を襲っている侵略者達との戦いの為に、かの国へ支援物資として送ったオーラマシン、人型をした「ゲド」に加え。

 

「ドロ、こいつらが実戦でどういう風な動きをしているのか、俺はテストと書類、口頭報告でしか確認していない……」

 

 元々、後方の技術士であるショットには直とその目で自分の製作物である戦闘マシン、それの実地での「活躍」は人づてにしか聴いていないとも言える。

 

 フゥ……

 

 暑い陽射しにより吹き出た顔の汗をハンカチで拭きながら、微かにため息をついてみせるショットにとって、それは大きな皮肉であり、欲求不満でもあったのだ。

 

「ガロウ・ラン、そうガロウ・ランね……」

 

 地上人、いわゆる地球から異世界召喚をされたショットにとっては、そのような名前を持つ蛮族、人の姿をした悪鬼に対して身に染みた、肌身で感じた恐怖感は無いのであるが。

 

「闇の世界、地の底から湧き出る蛮族達、か」

 

 それでもその者達に襲われているリの国や、このドレイク領を含めた周辺国のコモン、この世界の人間にとっては、まさしく。

 

「上は王様から下は平民、物乞いに至るまで」

 

 ガラリアが降りたドロへ他の兵が乗り込んでいる姿を目の端で捉えながら、ショットはしばしの間この異世界に対する思索を、顔や背に吹き出る汗の不快さにその顔をしかめさせつつも行う。

 

「ギリシャ時代のバルバロイなのだろうな」

 

 オーラマシン、それが兵器としての方向性を持ち始めたのは、技術者ショットのスポンサーであるドレイク・ルフトの意向による所も大きい。

 

「俺の作ったギリシャ・ファイア、どうなる事やら……」

 

 無論、それらの蛮族共に対抗をするために、である。本来の巨大ヒトデ「ドロ」はその触手から火を吹くように出来ているのだ。

 

「ショット様」

 

「おう」

 

 小屋で仮眠を取っているガラリアの代わりとしてドロへ乗り込んでいた兵達が、そのオーラマシン上部、メインパイロット用のプラットフォームからショットへ声を投げ掛ける。

 

「この放水ドロ、格納庫へ撤収してもよろしい?」

 

「動かせるか、お前達?」

 

「任せて下さいよ……」

 

 ズゥウ……

 

 その女兵士の声と共に巨大なヒトデ、ドロが地上からその巨体を浮かし始め、四方へと広がった触手「フレキシブル・アーム」が消え始めた夏の陽射しを背に微動をした。

 

「終わったら、機械の館の会議室へ来い」

 

「ガラリア様、叩き起こしますか?」

 

「水やら酒をぶっかけられても良いのなら、そうしてみろよ」

 

 ニカと笑いながらそう意地悪く言い放ったショット。マシン技師である彼へ向かって兵達が返す大きな笑い声を背にしながら、このバイストン・ウェルという世界に機械という品物を持ち込んだ男は、自身のリの国派遣に関する事柄を相談するため、やや遠くへ見える館。

 

「まさか、俺がリへ行くために必要な身回り物、全て準備する必要はないよなあ……」

 

 オーラマシンに関わる技師達が集う、通称「機械の館」へとその脚を急かさせた。


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