聖戦士伝説 ~カ・オスの聖戦士~   作:早起き三文

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最終話1 シュンジィの風

「久しいな、ガラリア」

 

老ドレイクは昔にアの国に仕えていた女性の顔を見て、顔をほころばせる。

 

「お久しゅうございます、ドレイク王」

 

「儂はもう王ではないよ……」

 

「しかし、他にしっくりくる呼び名がありませぬ」

 

もう60の歳にも届こうとするガラリアはそう言い、快活に笑う。

 

「元気だな、そなたは……」

 

ドレイクは昔から変わらないその性格に苦笑する。

 

「バーンはどうしている?」

 

「もう、屋敷でテレビばかり見ております」

 

ガラリアは口を尖らせて愚痴を言う。

 

「ゼットとショットがあんな物を作るから……」

 

「コモンの市井の者たちは喜んでいるぞ?」

 

「だから困るのですよ……」

 

「はは……」

 

「バーンの奴の腹も出てきて……」

 

「今まで気を張って生きてきたからなあ、あやつは……」

 

ドレイクはそう笑いながら、ガラリアに今日の赴きの用事を訊ねる。

 

「今日は息子の墓参りか?」

 

「はい」

 

「もう何年経つか……」

 

「十年位でありましょうか」

 

「で、あるか……」

 

ドレイクは遠い目をして答える。

 

「あの年の疫病は酷いものであった……」

 

「ラウのショウ王やその妻の地上人も……」

 

「伝説の聖戦士も病には勝てぬか……」

 

「はい」

 

ガラリアは沈痛な顔で頷く。

 

「ラウの国のエレ女王がまたしても絵を送ってきた」

 

「政務の傍ら、よく体が持つものでありますなぁ……」

 

「前ショウ王の娘の絵であったよ」

 

「地上人達の娘の絵でありますか?」

 

「ラウのオーラマシン指南役のジェリルとか申す女と、昔からのショウの連れのフェラリオと共に描かれておったわ……」

 

「見てみたいものであります」

 

「今度、そなたの屋敷に持って行きたい」

 

「それはそれは……」

 

「バーンの奴にも活を入れてやらなくてはな……」

 

「助かります、ドレイク王」

 

「アの王はもうすでにニー・ルフトの奴だと申しておるのに……」

 

老ドレイクはそう言いながら、ガラリアと別れの挨拶を交わした。

 

シュラア……

 

そのとき、蒼い光が宙を舞った。

 

「シュンジィか……」

 

ドレイクはその光を見ながら呟く。

 

「吉日であるな……」

 

 

 

 

 

「吉日である」

 

ナのシーラ女王は空に舞う蒼い光を見上げながら、呟いた。

 

「では、行ってまいる」

 

シーラとレン将軍を乗せた馬車がナの王城であるウロボロス城から音高く出ていく。

 

「吉日ねえ……」

 

フェイ・チェンカが隣のマフメットへ囁く。

 

「よいではないか」

 

マフメットが微笑みながら頷く。

 

「国連会議はもう何回目の開催だっけなぁ……」

 

「10回か20回か……」

 

「歳をとったもんだな……」

 

「うむ」

 

頭に白い物が混じっているマフメットが頷く。

 

「皆もいなくなっちまったしな……」

 

「センチメンタルな男よ……」

 

マフメットが苦笑する。

 

「アレンたちは元気でやっているかな……」

 

フェイは地上へ戻った二人の聖戦士と、それについていったクの女性騎士の姿を思い出していた。

 

「あの三人なら地上でもやっていけるさ」

 

「アレンとトッドにとっては故郷だもんな」

 

フェイはアレン達が地上へ帰還したときの事を思い出して、笑った。

 

「トモヨとやらのクの騎士の代わりに、俺を連れていけとビショット王が駄々をこねていたな」

 

「あの王は王としての自覚が足りないのだよ」

 

「ああ……」

 

マフメットがフェイの顔を見る。

 

「お前は地上へ帰りたくなかったのか?」

 

「特に待っている奴もいないし………」

 

「ふぅん……」

 

「フィナもあの三人のオーラロードを開くので、その力を使い果たしたと言っていたからな」

 

「仕方あるまい……」

 

「それに……」

 

「ん?」

 

フェイはマフメットの顔をじっと見る。

 

「悪くない友人も出来たしな……」

 

「ふん……」

 

「レン君もいるし……」

 

「50過ぎの男が……!!」

 

マフメットは軽く笑いながら、蒼い光が舞っている周囲を見渡した。

 

「シュンジィの風か……」

 

マフメットは眩しそうにその蒼とも緑ともつかない光を見つめた。

 

 

シュンジィの風という現象がある。

かつてコモンに存在していた小国があった。

その国の王である聖戦士がある時を境に野心に取りつかれた。

死の間際に王はそれを後悔し、その時に流した涙がこの現象を起こしていると言われている。

この現象には人にリラクゼーション効果があるとコモンの学者は分析しているが、それについては定かではない。

 

 

 

「ザナド!!」

 

「わかっている!!」

 

ザナドが苛つきながらゲドのエンジンを回す。

 

「反乱軍の数は多いらしい」

 

ドロのタラップに乗り込んだアイリンが戦況をザナドに伝える。

 

「せめて、ドラムロがあれば!!」

 

「ハワの国力では仕方あるまい」

 

なんとかゲドのエンジンを回したザナドはゲドを屹立させる。

 

「昔のズワァースがあれば一瞬で方がつくのにな」

 

「シュンジ王の戒めを思い出せよ……」

 

「へいへい……」

 

ザナドはゲドをハワの国の反乱勢力の鎮圧へと出撃させる。

 

「今年は不作だったからな……」

 

「同情は禁物だ、ザナド」

 

「わかっているよ……」

 

口うるさい妻に辟易しながら、ザナドのゲドはシュンジィの舞う空へ飛翔していった。

 

「この風も戦争を無くしてはくれないか……」

 

アイリンは少し寂しそうに呟きながら、ドロの操縦に専念した。

 

 

「おい」

 

「ん……」

 

屋敷の門番をしている二人の兵士が雑談を交わしている。

 

「俺、嫁さんに逃げられたさ……」

 

「おや……」

 

「俺が不倫したとのどうだの……」

 

「本当か?」

 

「まあ…… 本当だ」

 

「おいおい……」

 

相方の兵士は呆れたようだ。

 

「仕方ねえだろ……」

 

「何がだよ?」

 

「あんな良い女だったんだから……」

 

「言い訳にならないぞ……」

 

「おい」

 

愚痴を持ちかけた男は怒ったようだ。

 

「嫁さんの方の肩をもつのか?」

 

「そりゃ、お前が悪いだろう?」

 

「何だと?」

 

男は妻に逃げられて相当苛立っているらしい。

相方の胸ぐらを掴みかかった。

 

「俺が全部悪いってか!?」

 

「ああ、そうだな!!」

 

「てめえ!!」

 

男は相方に殴りかかろうとした。

 

シャアァ……

 

シュンジィの風が吹いた。

殴ろうとした男は舌打ちして拳を下ろした。

 

「すまねえな……」

 

「すぐ頭に血がのぼるのがお前の悪い癖だ」

 

「ああ……」

 

二人は警備に戻る。

 

「そういえば……」

 

殴りかかろうとした男が相方に訊く。

 

「お前、ショット様の護衛もやってるんだってな?」

 

「ああ」

 

「大変だな」

 

「まあ……な」

 

「あの方は気難しいからなあ……」

 

「もう慣れたよ」

 

男は苦笑して答えた。

 

 

 

「ドラムロの数を増やすと?」

 

老将マリアがアの国の技師であるゼット・ライトの意見を聞く。

 

「各国のマシン制限台数に抵触しない限り、これしか方法がないかと……」

 

「ニー王の意見か?」

 

「はい」

 

マリアはショットの姿を見る。

 

「ゼット」

 

ショットは車椅子から身を乗り出して、ゼットに訊ねる。

 

「フレイボムは搭載するのか?」

 

「当分の所、見送ろうかと思う」

 

「ならば、やむを得ないかもしれんな……」

 

ショットは目を閉じながら頷く。

 

「国連会議でその意見を議題として出してみたいと思う」

 

「それがいいでしょうな……」

 

めっきり頭が白くなったショットはその意見に頷いた。

 

「ショット様」

 

ショットの世話係の兵が車椅子のレバーを押す。

 

「出発のお時間です」

 

「早いな……」

 

ショットはマリア達に黙礼をしながら、ケムの会議室を出る。

 

「トマカク達は?」

 

「国境のガロウ・ランの討伐に向かっております」

 

マリアの問いに側近が答える。

 

「最近は多いな……」

 

「また、戦争が始まるのかもな……」

 

ゼットが嫌そうな顔をして答えた。

 

「全く!! 休ませてもくれない……!!」

 

老将マリアは疲れたように呟いた。

 

「しかし」

 

マリアは飲み物を一気に飲むと、寂しげに呟く。

 

「大変なのは私だけではないからな……」

 

マリアは各国の王達の顔を思い浮かべながら、苦笑した。

 

 

 

 

「ナムワンで行くのか?」

 

ショットはシュンジィの風を目で追いながら、兵に訊ねる。

 

「ええ」

 

「まずはラウの国に寄ってからか……」

 

「はい」

 

兵に車椅子を押されながら、ショットは久しぶりに会うエレの顔を思い出そうとした。

 

 

 

バイストン・ウェルの天であるワーラー・カーレンで一人の女が水晶球でコモン界の様子を観察している。

 

「シュンジィの風か……」

 

コモン界に吹いているその蒼い光をジャコバ・アオンは忌々しげに見る。

 

「死してなお、聖戦士の務めとやらを果たすか? シュンジ・イザワ……」

 

かつて自分が世界の和を守るために利用した地上人の名を苦笑しながら呟いた。

 

「世界の根源であるノムより出でたデーモ共を倒す為に、禁を破った咎でガロウ・ランの世界に堕ちたフェラリオを利用し地上人を呼ぶ力を授け……」

 

ジャコバ・アオンは目を瞑りながら、昔の戦いの事を思い出す。

 

「その地上人にデーモに対抗できる予備兵力を造る為の叡智を与えたはよかったが」

 

ジャコバ・アオンの顔が苦々しげに歪む。

 

「デーモを我ら天の戦力のみで撃退することができたのち、その予備兵力が第二のデーモとなろうとはな」

 

ジャコバ・アオンは傍らにいる竜の頭を撫でながら、独白を続ける。

 

「ままならぬものよ……」

 

溜め息をつきながら、竜に餌をあたえる。

竜は旨そうにその餌を食べる。

 

「ジオであり、真のゴッドではない我にはそれが限度と言うことか」

 

ジャコバ・アオンは竜の名前を優しく呼びながら、自嘲する。

 

「しかしなあ……」

 

天のフェラリオの長は首を傾げる。

 

「シュンジ・イザワは何ゆえ、ショットの代わりにあのフェラリオめに召喚されたのだ?」

 

考え事をするジャコバ・アオンに一人の小さなフェラリオが羽を振るわせながら近寄ってくる。

 

「来たか」

 

フェラリオに声をかける。

 

「如何と?」

 

フェラリオはジャコバ・アオンの肩へ止まる。

 

「ノムの見回りをする」

 

「散策ぞ?」

 

「左様」

 

「嬉しきや」

 

フェラリオは嬉しそうな声を上げる。

ジャコバ・アオンは戦装束をして、傍らの竜へ飛び乗った。

 

 

 

コモン界へ降り立ったジャコバ・アオンは眼下に広がる森の中から赤子の泣き声を聞いた。

 

「捨て子であるか」

 

その捨て子を無視して飛竜を駆ろうとするジャコバ・アオン。

 

シャリュ……

 

シュンジィの風が舞った。

 

「ちっ……」

 

忌々しげに風を見やるジャコバ・アオンは術を唱え始める。

彼女の片手に一握りのパンが出現する。

そのパンを赤子へほおりなげる。

 

パファ……

 

パンは赤子の前で光の粒子となり、その子の口の中へ流れ込む。

 

「これでしばしの間は持つであろう」

 

ジャコバ・アオンのもう片方の手からコウノトリが赤子へ飛び立つ。

 

「人里の近くにでも捨て置け」

 

そう言ったきり、ジャコバ・アオンは赤子を見ることもなく、コモンの地上へと竜を駆った。

 

「ん……?」

 

ジャコバ・アオンはその捨て子の姿から何か頭に閃く物を感じた。

 

「もしや……」

 

ジャコバ・アオンは世界に自分の疑問を投げつける。

 

「正」

 

世界からいとも容易く答えが顕れる。

 

「ふん……」

 

ジャコバ・アオンは不機嫌に鼻を鳴らす。

 

「やはり、全ての引き金を引いたのはショット・ウェポンであったか」

 

フェラリオの長はつまらなそうに呟く。

 

「まあ……」

 

ジャコバ・アオンは竜に拍車をかける。

 

「すでにどうでもよい事である」

 

ジャコバ・アオンは肩のフェラリオ、ナックル・ビーに声をかける。

 

「ノムへ参る」

 

「面白きや」

 

「我から離れるな」

 

ジャコバ・アオンの乗竜は一旦高度を上げ、地面へと突入していく。

 

「ノムに飲み込まれたら、我とてそなたを助けられぬ」

 

「恐ろきや」

 

フェラリオがジャコバ・アオンの鎧の中へ潜り込む。

天のフェラリオの長、世界の和を守る使命を背負った真のジオ(神人)たるジャコバ・アオンは吸い込まれるように地の中へと姿を消した。


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