「シュンジ王、大儀であった」
ラウの国の国王であるフォイゾンが目の前の青年国王に声をかける。
「では、これにてリの国とラウの国は不干渉条約を締結したということで……」
リの国の国王、聖戦士王シュンジ・イザワは目の前の老王に敬意をもって話しかける。
「いや、しかし全く」
フォイゾンは自分の顔を団扇で扇ぎながら笑い声をあげる。
「若い王というのは良い、フットワークが違う」
シュンジはどう答えていいか、曖昧な顔をした。
「クの国の国王であるビショット殿もあちこちに顔を出しては挨拶回りをしておる、彼も若い王、いろいろと大変なのだろう」
「へぇ…… それはそれは……」
シュンジは少し追従が入り交じった顔をして相槌をうつ。夏の陽射しがラウの王城「タータラ」を明るく照らす。
「しかし、若さのせいにされては……」
「いや、若さだよ。ドレイク殿もミの国のビネガンもな」
冷やしたジュースを飲みながら、少し苦い顔をするフォイゾン王。
(何かビネガン王との間にあったのだろうか?)
シュンジがそう思いを巡らせていると、フォイゾン王の傍らから声がした。
「だから、皆若い王はガロウ・ランのごとき態度なのですね」
シュンジはいつの間にか部屋に入ってきた少女に目をやる。
美しい、いや美しいというよりも神々しいとでも言うべきか、少女の淡い青色の髪が真夏の光を反射して輝いたような気がした。
「彼女は……」
「紹介しよう、シュンジ王。このラウの国の隣国、ナの王女であるシーラ・ラパーナ殿だ」
シーラ・ラパーナの名はシュンジも知っていた。確か東の超大国ナの国の王女。
次期国王、いや女王であると言われている。
「お初にお目にかかります。リの国の国王であるシュンジ・イザワであります」
「ナの国王女、シーラ・ラパーナです、どうかよしなに」
シーラ王女が険しい顔でシュンジに挨拶を返す。
「シュンジ王、貴方に訪ねたい事があります」
シーラ王女は姿勢を正してシュンジに質問、いや詰問する。
「何故、貴方は聖戦士でありながら自国の安否のみを考えるのですか」
有無を言わせぬ語気、どう返答していいかわからず、シュンジはフォイゾン王を見やる。
フォイゾン王は黙って見守る。何か考えがあるのだろうか。
「私、シュンジの名は……」
「知っております、リの国に降り立った神聖なる聖戦士、しかし、その実はコモンの覇者と変わりはないと。そして、オーラマシンを手に漁夫の利を狙っていると」
シュンジの顔が険しくなる。
「しかし、それならばあなたの国も同じではありませんか? あなたのお父上もオーラマシンをドレイク殿から買い取って開発をしていると」
シュンジのその言葉にも動じる事がなく、シーラは言葉を放つ。
「あれは単なる飾り物、戦に使える物ではありませぬ」
それについてはシュンジは配下のガロウ・ランの密偵から聞いていた。
「ラウの国もナの国もオーラマシンを作ってはいるが、到底実戦にはつかえないね」
「なにしろ、腕や脚の関節を作れずにいて、接着剤で固めちまっているって話だ」
密偵である彼女の話では、ラウやナのオーラバトラーは案山子同然であり、ゲドから移植したコンバーターで無理矢理動かしている有り様だと。
シュンジはその言葉を思い出しながら、シーラに答える。
「しかし、いずれは実戦で使えるオーラマシンを開発するでしょう」
シュンジは彼女に少し嫌味をこめて言った。
自分のしてきたことがこのような小娘に馬鹿にされたと思ったのだ。
「私はその自分の立場に抗弁されると反論せずにはいられない、その性根がガロウ・ランだと申しておるのです」
そう言ったきり、彼女は押し黙った。
カーン! カーン!
昼食の鐘がタータラの客室に響き渡る。
「おお、もうこんな時間か」
目を閉じて二人の話を聴いていたフォイゾン王が場を取り持つようにけだるい声をかける。
「では、私はこれで……」
シーラ王女が部屋から退出してゆく。ドアに手をかけたとき、彼女はシュンジに振り替えってこう声をかけた。
「シュンジ王、貴方は国を富ませる統治者であると思われます。どうかその初心を忘れずに……」
そう言ってシーラ王女は部屋から出ていった。
「すまんな、シュンジ王」
フォイゾンが少し労うような声をかける。
「いえ……」
シュンジは少し上の空でその言葉に答えた。
(シーラ王女は何か別の事を俺に言いたかったのではないか?)
シュンジは退出していく彼女の姿になぜかそういう物を感じた。
シュンジは理由がわからない苛立ちを感じながら、部屋を後にした。
「よう、シュンジ王」
トカマクがピクジーという名の歩行用オーラマシンから声をかける。
「昼飯はもうみんな済ましちまってるぜ」
トカマクはそう言い、ピクジーを動かしてみせる。
「少し位待っていてくれてもいいだろう、全く」
シュンジはそう不機嫌そうに呟く。フィナが果物を手にシュンジに近寄ってくる。
「シュンジさん、何か嫌な事でもあったんですか?」
「いや、別に……」
シュンジは不安そうに話しかけるフィナにそう言い、微笑んだ。
「シュンジさんは何故ラウの国とふかんしょうじょーやく、でしたっけ?」
フィナが話題を変えてシュンジに訊ねる。気を使ったんだろうか。
「ああ…… それは」
シュンジは昼の光に目を細めながら答える。
「もともと、ゴード王がラウと関係を持ちたかったらしいんだ」
シュンジはリの国の内政大臣であるオウエンから聞いた話をした。
「だから、その考えを踏襲した方が良いと思ってね」
「ふぅん……」
フィナが何だかよくわからないような顔をして呟く。
「政治とかって難しいんですね、シュンジさん」
「そうだな……」
シュンジは答えながらタータラの大庭園を見渡す。
真夏の光に照されながら庭園の四方を護るように突っ立っているのはラウの国のオーラバトラーであるドゥミーである。
「あっちにあるのはナの国のオーラバトラーだぜ」
トカマクがナの国の紋章が刻まれているオーラバトラーを指差す。
「確か…… サーラさんが言ってました、ラナウンとかいう名前だったと……」
フィナが密偵の女隊長から聞いたらしい機体名を言った。
「あれが例の案山子たちだな……」
シュンジは少しまた嫌みな言い方をした。どうも機嫌がまだ直っていないらしい。
「案山子っちゃあ言えば、ラウのドゥミーも同じようなもんらしいな」
トカマクが後ろにシュンジが乗れるように荷物を退かした。ピクジーの背中に飛び乗るシュンジ。
「トカマク」
「ん、なんだい?」
ピクジーを器用に動かしながらトカマクが聞き返す。
「本当にアの国に帰らなくて良いのかい?」
「何を今更」
トカマクはのんびりと後ろを振り返る。
「俺はアメリカ人が好きになれないっての」
「アメリカ人? ドレイクが?」
シュンジは笑いながらトカマクの肩を押す。
「アメリカ人さ、ドレイクは」
トカマクは話を続ける。
「見りゃ解る、黙っている奴を信用出来ない、自分が黙っていることも許せない」
「ふーん」
シュンジはいまいち解らないような答えを返した。
「俺の国のロシア…… いや、ソ連の時と言った方がいいか、アメリカから沈黙の国と呼ばれていたのは知っているな?」
「冷戦の話くらいは……」
「だからさ、アメリカ人は黙っている奴が怖いのさ、何をしでかすか解らない。ドレイクも同じさ。黙っているナの国が怖いのさ」
「ドレイクはナの国が怖い……」
シュンジはリンゴをかじりながら話を聞き入る。
「多分、怖い国だぜ、ナだかラウだかって国は。俺も自分の故郷の怖さはよく知っているからさ」
「沈黙を続けるナの国……」
「トッドの奴や俺を落としたマーベルって女に聞けば理解してくれると思うぜ」
トカマクはそう言ったきり、黙ってピクジーを運転していた。
「ではな、レン」
「はい、今までお世話になりました、シュンジ王」
レンはシュンジに敬礼をしながら言葉を続ける。
「ナの国の親戚か……」
「はい…… まことに勝手で申し訳ありません」
シュンジはレンの顔を見ながら言葉を続ける。
「やはりドレイクは嫌いか?」
「嫌いというよりも、やり方が受け入れません」
「そうか」
シュンジはレンに別れの挨拶をした。
「レンさん、お体に気を付けて」
フィナもレンに抱きついて別れを惜しむ。
「シュンジ王、リの国の聖戦士王、どうかリの国に永遠の繁栄を!!」
レンはコモンの騎士の常套句をシュンジにかけながら馬車へと向かって行った。
リの国への帰路、シュンジはナの国の編隊を見た。彼女たち、シーラ・ラパーナもナの国へ帰るのだろう。
オーラシップを中心としたその使節団のオーラバトラー「ラナウン」を見たシュンジはあることに気が付いた。
「関節が動いている……」
―ラウの国もナの国もオーラマシンを作ってはいるが、到底実戦にはつかえないね―
―なにしろ、腕や脚の関節を作れずにいて、接着剤で固めちまっているって話だ―
シュンジは「沈黙する国」の恐ろしさを垣間見たような気がした。