「よくも作ったものだな、ビショット」
ドレイクはエルフ城の郊外から、やや遠くに見える巨大戦艦であるオーラ・ドレットノート「ゲア・ガリング」の姿を見て感嘆する。
そのとなりにはもう一隻の巨大戦艦の姿がある。
「なんの……」
クの国の国王「ビショット・ハッタ」が片手を額にあてて、もう一隻の巨大戦艦の方を見る。
「ウィル・ウィプスにはオーラ・ノヴァ砲が?」
「戦争の保険であるよ」
ドレイクが少し険しい顔で言う。
「保険であるか?」
ビショットの言葉にドレイクは頷く。
「ラウのゴラオンにもノヴァ砲があると言う」
「ほう……」
「この戦争は痛み分けが目的である」
ドレイクの言葉にビショットが頷く。
「劣勢になったほうがノヴァ砲を放ち、戦線を持ち直す」
「互いにそれを繰り返して、双方が消耗した所で……」
「うむ、和議を申し出る」
ドレイクは力強く言った。
「そういう確約をナとラウの国にしている」
「恐ろしい駆け引きでありますな」
ビショットが少しからかうように言う。
「民草を駒のように扱う」
「申し訳ないと思っている……」
ドレイクの顔が苦渋に歪む。
「儂の野心の為にな……」
「ドレイク王……」
ビショットは目を細めながらドレイクの顔を見る。
「私は戦争は嫌いでありますからな……」
「そうであるな」
ドレイクがビショットの言葉に頷く。
「もしかすると、巨大戦艦を製造できる国の中で一番穏健なのかもしれん」
「私もオーラマシンを作りはしましたがね……」
「それを言うなら、ナやラウの方がよほど造っておる」
「まあ…… 確かに」
ビショットは苦笑いをする。
「シーラもフォイゾンも苛烈な性格であるからな……」
「全く……」
二人は顔を見合わせて笑う。
しばらくの間、二人は無言であった。
「シュンジ王な……」
しばらく経ってから、ドレイクは口を開いた。
「はい……」
「どう思う?」
「……」
ビショットはその問いに答えられない。
「ドレイク王」
「ん?」
「少し、タバコを吸ってもいいか?」
ビショットは少しイライラしながら言った。
「勝手にしろ」
ドレイクは苦笑しながら頷く。
ビショットは懐からタバコを取り出した。
「……」
ドレイクはウィル・ウィプスの偉容を見ながら考え込んでいる。
「ビショット」
タバコを旨そうに吸っているビショットは答えない。
「おい……」
「聞いてますよ……」
ビショットはまだイライラしているようだ。
「主は神経質だな……」
「私が気に入っている男の事でありますからな……」
「儂もよ……」
ドレイクは軽く笑った。
「やはりな、ビショット」
「ん……」
「いざとなったら、リの国を討たねばならんかもしれん」
「……」
ビショットはタバコをくわえたまま、黙っている。
「ドレイク王」
ビショットの口から煙が吹き出される。
「いまからでも、我ら大国の思惑をシュンジに伝えては?」
「……」
「私はシュンジを信じたい」
ビショットが真意な目で言った。
「もう遅い……」
「ドレイク……」
二人の王は暫し無言になった。
「ドレイク王の昔に亡くなった息子に似ているのではなかったのですか」
「わかっておるわ……」
ドレイクが腹立たしげに答える。またしても静寂が二人を包む。
「お館様」
バーン・バニングスがドレイクの元へと近づいてくる。
「そろそろご準備を」
「ん……」
ドレイクは頷きながら、ビショットを見やる。
「……」
ビショットはドレイクに黙礼する。
ドレイクは沈鬱な表情でウィル・ウィプスへと向かう。
「お館様……」
バーンがドレイクを気遣う。
「ああ、気にするな、バーン……」
「……」
バーンは黙ってドレイクに付き従って歩く。
「バーン」
「はっ……」
「もし、そなたに男子が産まれたらどのような子が欲しい?」
「そうでありますな……」
バーンは少し苦笑しながら、考える。
「リの聖戦士王どののような……」
「おう……」
ドレイクは嬉しそうに笑う。
「シュンジは好きか」
「何年間、あの王と一緒に戦ったと思っているのですか……」
「ふふ……」
ドレイクとバーンは顔を見合わせて笑った。
どこか寂しい笑いであった。
シーラは天空城「グラン・ガラン」の中心部にある制御室へと足を運んだ。
「シーラ様……」
ナの機械技師が礼をする。
「ウロボロスの調整はどうなっておる?」
シーラは制御室を見渡す。
かなりの広さを持つ大広間に数多くのコードが広がっている。
その上を数人の技師が働いている。
「解析はかなり進みました」
「地上から召喚された機械などのおかげであるな」
「アの国からのオーラマシン技術もかなり……」
「そうであろうな」
シーラは軽く笑う。
「グラン・ガランをかなりの速度で動かす事ができます」
技師が自信ありげに語る。
「それだけで充分である」
「はっ……」
シーラは再び部屋を見渡した。
「いつ見ても、怪奇な場所よ……」
シーラはそう言いながら部屋を出た。
部屋の扉の近くに人の形をかたどった精巧な人形らしき物がいくつもある。
「これも奇妙なものよ……」
シーラはナの国で影武者がわりに使われている「人形」と呼ばれる物に手をかけた。
人間と変わらない位に精巧なそれらはシーラにうつろな目を向けている。
「ナの国を助けている物ではあるがな……」
ナの国は何故か王位継承がスムーズにいかない事が多い。
上手く後継ぎを定められないまま、王が死去してしまう事が多いのだ。
「実に奇妙な物よ……」
内部にある回線を上手く繋げば、ある程度の生きた人間の振りが出来るその人形。
それをしばらく眺めていたあと、シーラはそのグラン・ガランの中心部から立ち去った。
しばらく通路を歩いていると、侍従のマフメットが控えていた。
「ラウのフォイゾン王から何か連絡は来たか?」
「はっ」
マフメットは書状をシーラに手渡す。
「……ん」
受け取ったシーラは満足げに頷いた。
「ゴラオンが完成したか」
「それとドレイク王から……」
マフメットはもう一通の封書を手渡す。
「……」
シーラはその封書の中の手紙を黙って読む。
「ドレイクもマメな男であるな」
手紙をマフメットに渡しながら微笑む。
「どうやら、ドレイク王は自責の念が強いみたいであります」
「そうかもしれんな……」
シーラは少し不満げに呟く。
「マフメット」
「はい」
「もしも我がドレイクのエルフ城攻めの時、フラオン王に兵を派遣しなかったら、ドレイクはどうなっていたと思う?」
「ふむ……」
マフメットは少し考えた後に言った。
「ドレイク王の野心が収まるのはもっと遅くなっていたでしょうか……」
「かもしれん」
シーラは強く頷いた。
「エルフ城攻めが長引いたからこそ、ドレイクの野心、そして気力がつきたのやもしれんな」
「ナの国の鎖国をやぶってまでも支援した甲斐があったと……?」
「結果論、ではあるが」
シーラは妖艶に微笑んだ。
「偶然聖戦士がナに降りて来たのも幸いしましたな」
「喜んだのはそなたであろう?」
シーラのイタズラっぽい笑みにマフメットは少し顔を赤らめる。
「しかしなぁ」
「女王?」
「地上人は何ゆえにバイストン・ウェルに降りてくるのであろうか?」
シーラの問いにマフメットは首を傾げる。
「フェラリオを使った召喚の術もあることにはありますが……」
「解らぬことよ」
シーラは迷いを振り払うように頭を振った。
「ところでマフメット」
「はっ」
「こたびの戦いの地は?」
「アポクリプスがよいと思われます」
「あの土地か……」
シーラの羽が微かに震える。
「荒涼とした大平野がありますゆえ」
「被害がすくないか……」
シーラの言葉にマフメットが頷く。
「ドレイクに密書を書く」
「はっ……」
二人はシーラの私室へ向かおうとした。
「ザン団長」
シュンジ王は騎士団長であるザン・ブラスに声をかける。
「まもなくである」
「はっ……」
「ドレイク王から連絡がきた」
「リの騎団をほぼ全て出すおつもりで……?」
「ああ……」
シュンジはリの旗艦「ヨルムーンガント」を見上ながら話す。
「まもなくであるよ……」
「……」
ザン騎士団長は無言でシュンジを見ていた。
「マリア殿」
ケムの旗艦である「アヴェマリア」でショット・ウェポンは艦長であるマリア将軍に声をかける。
「ケムはやはりドレイク派で?」
「ああ、意見がまとまった」
ケムの実質的な指導者であるマリアは真剣な顔で呟いた。
「ショット」
「はい」
「ヴィーヴィルの改良、感謝する」
「なんの……」
ショットは微笑みながら答える。
「あれはクの国のビアレスをベースにしていましたため、少し調整に手間取りましたが」
「まあ、我々は真剣に戦う必要はない」
マリアは「アヴェマリア」の窓から眼下に広がる森を見渡しながら言う。
「戦いは大国同士が勝手にやればいい」
「私はもともとアの国のものですぞ」
「そうであったな」
老いてなお美しい将軍マリアはそう言い微笑む。
「強いて言えば……」
マリアはそこで話を切る。
「リの国に気を付ける位である」
「……」
ショットはその言葉に何も反論出来なかった。