リの国の国境付近の広大な森にオーラシップ――オーラの力で飛行する巨大なオーラマシン――が浮かぶ。
そのオーラシッブの見張り台に一人の青年が望遠鏡を片手にたたずむ。
「ケムは俺たちリの国をドレイクにくれてやる気なのかな?」
シュンジはオーラシッブの見張り台で、強い風を頬に感じながらさきほどから独り言を繰り返している。
眼前には広く拡がる森。
その上空に広がるのはケムの国の部隊。
頭上を覆う雲は厚く、艦の人間によればまもなく雨が降るだろうと予報された。
ケムの国は今二つに分かれている。
一つは親ドレイク派、もう片方は反ドレイク派だ。
親ドレイク派はドレイクに取り入ってケムの国の実権を握ろうとす派閥、いわばドレイクのように下克上を成し遂げんとするコモンが集まって作られた派閥である。
最近ではこの派閥がケムの国の実権を握り、実務を取り仕切っているという。
建前上ではケムの国は一枚板であるが、内実はかなり荒れていると見てよい。
反ドレイク派もこの勢力の勢いにおされ、親ドレイク派の命令に従わざるをえない状況だ。
特に、ケムの国の軍部にその傾向が見られる。ケムの国の大将軍、地上人「マリア・レーサンダ」も親ドレイク派の意向に従わざるをえない状況である。
「ケムのドレイク派は俺たちリの国がドレイクと密約を結んでいる事を知らないみたいだな」
リの国の聖戦士王シュンジはそう呟く。その後にまた言葉を重ねる。
「いや、あえてドレイクは知らせていないんだろう」
シュンジに苦虫を噛み潰したように唸る。
「よくやるよ、ドレイクは。俺達を共倒れにさせようって腹か?」
シュンジはやはり以前にドレイク達の前でリの国製のオーラバトラーであるアルダムの性能を見せつけてしまった事態があったことが今回のような小競り合いを引き起こしているのだと思った。
「素晴らしいオーラバトラーだ、我々の最新鋭機にもひけをとらん」
ドレイク配下の技術者、オーラマシンの第一人者である「ショット・ウェポン」がそう笑顔で褒めた事を思い出す。
「しかし、あのときのショット殿の目は全く笑っていなかったな……」
シュンジは駆け引きとは難しい物だと思いながら、リの国のオーラシップ、空飛ぶ船である「リィリーン」のタラップを降りていった。
リィリーンの戦闘ブリッジに入ったシュンジは窓の外に見えるリの国製のオーラボム「スジャータ」の編隊を見やりながら、ザン団長に声をかける。
「ケムの国へ向かわせた使者は帰ってきたか?」
シュンジはリの国の騎団の展開図を見ながら訪ねる。
「ええ、帰ってはきましたが」
ザン団長はシュンジの手にする展開図を覗きこみながら答える。
「ケムの国は自分達の国の領土を巡回しているだけだとの一点張りです」
「だろうな…… 国境を曖昧にしていた事はリの国にも責任はあるが」
シュンジは自分のアルダムの整備報告書に目を通しながら口ごもる。
「そんなことを言っちゃあいけませんぜ、相手の腹積もりはわかっているでしょうに」
下士官がコーヒーを淹れてくれる、シュンジは礼をいいながらカップに口をつける。
「まあ、俺だって引いてはならない時の見極めは判っているつもりですよ」
「なら、いいんですがね」
ザンは「侵略に対して弱腰は厳禁ですぞ」と言いながらコーヒーを飲み干し、兵士長のラージャと通信をとる。スジャータに乗っているラージャから酷く性能の悪い鉱石ラジオを通して連絡をとっている。
「みんなには申し訳ないな……」
ろくに朝食も取れずに出撃したリィリーンのクルーを見ながらシュンジはクッキーを口に運ぶ。フィナが「軽食が出来ましたよ」とシップのクルーに告げるのを見ながら、再び展開図に目を通した。
強い雨がオーラシップの外壁を叩きつける音を聞きながら、シュンジはオーラマシンのハンガーの梯子を降りる。
そこにはリの国の量産型オーラバトラー「アルダム」が係留されている。
「アルダムはいつでも発進できます」
パイロットのエフアがシュンジの姿を見て話しかけてくる。シュンジは軽食をハンガーのクルー達に手渡した。
「ケムのオーラマシン部隊なんぞ、簡単に退けてみせますよ」
オーラバトラー隊の隊長であるナラシが握り飯を食べながら自信満々に言う。
手鏡を手にしながら戦化粧の様子をチェックしている彼の様子を見ながら、変な習慣だなとシュンジは思いながら口を開く。
「レンは?」
「奴ならば、ジームルグでそこら辺を飛び回っていますや」
老騎士であるボアンが答える。
「じゃあ、俺はレンの奴に跨がって戦うわけかい?」
シュンジのその言い方にエフアが変な笑い声をあげる。
「王のアルダムでは長期戦は慎んだ方が良いですからな」
ボアンはそう言い、アルダムのコクピットに潜り込む。シュンジはその言葉の意味を理解しながら、自分のアルダムの様子を見始めた。
ケムの飛竜隊がスジャータから吐き出される火球に焼かれる。ケムの国のドロからも反撃はくるが、スジャータは身軽に機体を動かしながら戦い続ける。
「レン! 奴らの横から一つづつ潰していく!」
「了解!」
ジームルグが急激に加速を始め、大きく旋回を始める。それにしがみつくアルダム。雨が機体を叩きつけ、アルダムの機体色である空色がくすみ黒く見える。
「レン、ウイングキャリバーには慣れたか」
「ええ、なんとか」
機体の振動を通して、レンの声が微かに聞こえる。
「全く、ケムの連中め! ドレイクに踊らされて!」
レンの罵る声が聞こえる。
「レン! 雑念は振り払え!」
レンは怒った声で了解と告げる。
(最近ではこいつの機嫌の良い時はない)
シュンジは苦笑しながらケムの部隊へ目を向ける。ケムの部隊は飛竜にドロ、それに旧式のオーラバトラー「ゲド」が数機といったところである。
「いずれも、リの国のオーラマシンの敵ではない」
アルダムのミサイルの弾数チェックを行いながら、シュンジはケムのオーラマシン技術の低さを見積もる。
「ドレイクが少し手を貸しているとも思ったんだがな」
アの国にはドラムロという機体がある。技術者ショット・ウェボンが数年がかりで作られた機体であり、その性能はゲドの比ではないという。
ダンバインという機体もある。シュンジは実際に見たことはないが、地上人のオーラ力にも適応できる機体であるという。その性能は想像を絶するという。
だか、いずれもケムの部隊には見当たらない。
時おり、ケムの部隊にダーナ・オシーの姿が見られる。アの国におけるドレイクの対抗勢力であるギブン家が独自に製作したオーラバトラーだ。
「ギブン家もやはり着々と力を付けているというわけか」
ギブン家がケムに売り込んだであろうその機体を見ながら、シュンジはコクピットから前方を見やる。強い雨で視界が遮られる。
その不明瞭な視界の中、ジームルグを駆りミサイルでドロを落としながら、シュンジはリィリーンに通信を入れる。
「このくらい痛めつければ大丈夫だろう! ザン団長、ケムの連中に撤退の勧告を!」
ゲドにミサイルを打ち込みながら、シュンジは通信機に怒鳴る。
「シュンジさん! あれを!」
フィナが叫ぶ、見るとケムの部隊から見知らぬオーラバトラーが突進してくる。
「何だ!?」
背中にある、まるで魚のヒレ見たいな部分が特徴的な機体だ。アルダムよりも一回り大きい。ただの機体でないことは一目で解る。
「半魚人かい!?」
エフアがそう叫びながら、そのオーラバトラーに向かって行く。
「エフア機! だめだ! 下がれ!」
シュンジが叫んだと同じにその敵オーラバトラーから火線が走る。エフアの機体のミサイルが効かなかったようだ。回避機動をとるエフア機に敵機の攻撃が集中する。
「エフア!」
大破したエフアのアルダムからシュットが飛び出す。脱出機能であるシュットが作動したという事はエフアは無事なのであろう。
シュンジはそのケムのオーラバトラーに接近した。ミサイルを放つ、ドウッ!! ドッ!
「効かんか!」
その機体を旋回しながらシュンジのミサイル、ジームルグの火器がいずれも効果をあげていないと判断、シュンジはジームルグを切り放し、その勢いで敵機に斬り込んだ。
「推参!」
シュンジはオーラソードをその機体に叩き込む、素早い動きでそれを受け止める敵機。女の声が聞こえる。
「マリア殿!」
「シュンジ王か!?」
ケムの女将軍、マリア・レーサンダが剣を振るう。
ギィン!!
そのパワーにアルダムは押される、機体の腕が悲鳴をあげた。
「ドレイクから貰ったか! そいつは!」
「ザーベントだよ!」
「貴女の大義は何だ!?」
「立場がある!!」
ガッ!!
ザーベントと名乗った機体がキックをアルダムに浴びせる。凄まじさの走る、アルダムのコクピットに警報がなる。
「シュンジさん! コンバーターが!!」
「解っている!!」
アルダムのオーラコンバーターはシュンジのオーラ力に耐えられない。コクピット内にオーラリキッドの焦げた匂いが漂う。
シュンジはラース・ワウに訪れたときにギブン家、反ドレイク派の女聖戦士と戦った時の事を思い出した。
ダーナ・オシーに乗った彼女との戦いはどちらが先にオーラコンバーターが焼き切れるかの戦いであった。
その時は彼女の側がラース・ワウに奇襲を仕掛けてきた状況だったので向こうが引き際をわきまえていた。
が、今の相手の機体はそんな不利などないようであった。
「う、うわ!!」
シュンジの機体の出力が落ちる。ザーベントが剣を振り回す。
ブォン!!
剣は大振りに振り回されまともにアルダムを捉えない。
「馴れ合いの剣だよ! シュンジ王!」
「……!!」
アルダムはオーラソードを軽く突きだす。
カンッ!!
ザーベントの装甲に軽く打ち付け、シュンジは剣を引く。
「真面目に戦う気はない!?」
「ないよ!!」
「シュンジさん!」
ザーベントの火線はあさっての方向を撃つ。シュンジは残弾ゼロのランチャーを投げつける。
「貴女の立場も大変だな!!」
「大変だよ!! 王と同じだ!!」
フィナが軽く笑う。
「シュンジ王!!」
レンがジームルグを接近させる。
「引く口実ができたな!!」
マリアはザーベントを軽くアルダムに打ち付けながら、その勢いで撤退していった。かなりのコンバーターの出力。
「勝てる相手ではないなあ! なあフィナ!?」
フィナは大笑いをしながら、リィリーンとコンタクトを取ろうとする。
「ドレイクめ! あんなものをケムに!!」
ザン団長から怒りの声があがる。
「しかし、話が解る!!」
シュンジは笑いながら通信をする。
ザン団長から「リとケムの兵の救助を」というのは声を聞きながら、シュンジは全軍用の通信を行う。
「ケムの救助隊には手を出すなよ!!」
「了解!!」
いち早くスジャータに乗っているはずのラージャから返答が聞こえた。
「ケムからどういう弁明が来るかな?」
救助オーラマシン隊を押し出しつつ、バラフのマシンから声が聞こえた。
「賠償金くらいは取りたいな!」
シュンジはコンバーターの焦げた匂いが立ち込めるコクピット内からそう明るい声を発した。フィナが豪胆にもコクピットを開け放ち、外気を取り入れる。
もうすでに雨は止んでいる。明るいオーラの光が国境の森を照らしていた。