「最初に俺はバイストン・ウェルの地下世界、ガロウ・ランの領域であるポップ・レッスに召喚された」
ショットはコーヒーに口をつけると、横目でフィナ・エスティナの姿を見た。
「私が召喚しました」
フィナがよく通る声で話し始める。
「デーモを見せる為に」
ショットは無言で頷く。
「悪魔である」
ショットは唇を拭きながら、その当時の事を思い出しながら話す。
「その群れがポップ・レッスを覆い尽くしていた」
ショットは淡々と語る。
「俺はその時、異世界に召喚されたなんて思わなくて、悪い夢を見ていると思っていたよ」
「呼んだ私はその当時、ガロウ・ランのごとき姿でしたから」
フィナが真剣な顔で話す。
「だから、俺はフィナ・エスティナには気づかなかったんだろう」
「ガロウ・ランにも襲われたから?」
「そうだ」
ショットは再びコーヒーを飲む。
「そのガロウ・ランとデーモに襲われて、俺はひたすら地の世界を逃げ回った」
「それで」
シュンジが話を促す。
「それだけだ」
ショットが無造作に言い放つ。
「気がついたら」
ショットは言いよどむ。
「いや、正気にもどったら、俺は地上へいた」
「理由は分かるか?」
「わからん」
風がトルール城の窓を叩く。
「デーモとは?」
エレ・ハンムが訊ねる。
「ノムから溢れでたもの」
「ノム?」
「バイストン・ウェルの最大下層」
シュンジはコーヒーを飲みながら、話を黙って聞いている。
「カ・オスよりも?」
ショットは頷きながらも、その言葉に眉をひそめた。
「最大下層と言う言い方すら正確ではない」
ショットはテーブルの皿に乗ってある豆を口にほおりこむ。
「どうにか、適切な言い方をすれば」
エレはケーキを食べながら、黙っている。
「第一は漆黒たるこの世の全ての生命の子宮」
ショットもケーキに手をつける。
「第二はブラックホールとホワイトホールが合わさった物だ」
ショットは科学的な言い方をする。
「ノムとは呪詛の生まれる場所」
フィナがエレからケーキを分けてもらいながら呟く。
「全ての生命は呪詛から命を授かる」
「なぜ?」
「その場所の居心地が悪いからこそ、生命は呪詛の叫び声を上げながら、その場所から這い出るのでしょう……」
シュンジにフィナは笑って答える。
「草木の土、動物の胎内、産み落とされた卵の中」
エレが呟く。
「いずれも暗黒の世界であります」
エレはコーヒーを飲む。
「生命が生まれる場所は苦痛の世界であると……?」
シュンジはエレに訊ねる。
「最初は過ごしやすい所でありましょう」
エレは口にケーキを運ぶ。
「しかし、躯が大きくなるにつれ、その世界に不満を感じはじめる」
シュンジは黙っている。
「苦痛に耐えきれなくなった生命はその場所と戦い、傷つき、呪詛の叫び声を上げながら勝利をおさめようとする」
エレは続ける。
「そして、傷ついた生命は再度、呪詛の叫び声を上げながら、新たな世界である現世へに生まれる」
「救いがないな……」
シュンジのその言葉にショットが苦笑する。
「それで?」
シュンジはショットに訊ねる。
「デーモとは結局?」
「解らなかった……」
「おい……」
シュンジは不満そうな声を上げる。
「ただ」
ショットはよほど腹が減っているらしい。
ちゃんとした食事がしたいと言い出した。
「俺がポップ・レッスから抜け出したと思われる場所は解った」
「ケムの国内の遺跡……」
「フィンダ・バイルだ」
シュンジは部下に食事を持ってくるように伝令管で伝えた。
「ポップ・レッスへの道」
フィナが食べたい料理の名前を言いながら答える。
「ガロウ・ランならば、他のフィンダ・バイルも知っているとは思うが」
皿の豆を食べながらショットは答える。
「料理がくるぞ?」
「まだまだ入るさ」
ショットは水を飲みながら話す。
「そして、そこにあのデーモの死体があった」
「ズワウ・ス……」
シュンジは名付けたばかりの機体の名前を言った。
「あれがデーモと何の繋がりを持つのかはまだ予測できん」
ショットは腹を擦りながら話す。
「フィナ」
シュンジがフィナに顔を向ける。
「フィナはデーモをどうしたかったんだ?」
カラン……
エレがケーキを食べ終えたようだ。
「わかりません……」
「ちゃんとした記憶がないのか」
「はい」
フィナは申し訳なさそうに頷く。
「普通に考えたら、デーモを退散させる為に喚んだのだと思いますが……」
フィナの羽が揺れる。
「私はコモンに出てから再び、ショットさんを喚びました」
「なぜショットにその力があると」
「オーラマシン」
「そうか」
シュンジは合点する。
「デーモを退治するためにショットにマシンを作らせようとした」
「ショットさんにはオーラロードを開く前から、小規模なロードを開き、思念を送りました」
フィナが小さいカップでコーヒーを飲む。
「禁じられたフェラリオの秘術を使い、デーモに対抗出来るような武器を作れるようにと思念を送りつづけたのです」
「俺はなぜ自分がオーラマシンを作る発想を得たのか解らなかったな……」
フィナにショットは苦笑しながら微笑む。
「それが種明かしであっか」
ショットは少し寂しげに笑う。
「それをジャコバ・アオンは怒った」
「オーラロードを無断で開く事自体、そもそも天であるワーラーカーレンの重罪です」
フィナの口が閉ざされる。
「俺を呼んだ理由は?」
シュンジがフィナの顔を見る。フィナは頭を振る。
「シュンジさんが来るとは思ってませんでした」
「本当はショットを呼んだつもりか……」
シュンジはエレにコーヒーを淹れてやる。
「しかし、ショットはすでにナックル・ビーに召喚されていた……」
フィナは頷く。
「シュンジさんは偶然だと思います」
「そうか……」
シュンジも皿の豆を食べ始めた。
「しかし」
シュンジはリの国産の豆の旨さに舌包みをうちながら言う。
「デーモとやらはコモンに現れていない」
「知るもんか……」
ショットが投げやりに呟く。
「ポップ・レッスに降りる訳にはいかないでしょう……」
エレも腹が空いているようだ。
「……」
その疑問に答えられる者はいない。
食事が届いたようだ。
「食べよう」
シュンジは皆にそう言った。
「シュンジ王」
食事が終わったあと、エレが話しかけていた。
「これを」
エレが封筒を渡す、その中身を見る。
「おいおい……」
シュンジは苦笑いをする。
「上手になりましたでしょう?」
「この絵な……」
シュンジの苦笑いは止まらない。
「春画……」
「エレさん、いつからそんにスケベにぃ?」
フィナもクスクス笑う。
「使ってもよろしくてよ?」
「何に使うんだよ……」
「ナニにですよ……」
三人は顔を見合わせて笑う。
「預かっておこう」
「シュンジさぁん?」
フィナが嫌らしい笑い方をする。
「シュンジ王」
エレが真顔に戻ってシュンジの顔を見る。
「ん……」
シュンジやフィナも真剣な顔になった。
「あまり、人を疑わないでください」
「……」
「ドレイク王の事でしょう」
シュンジは無言である。
「疑いすぎると、人は悪しき心を呼びます」
「エレ」
シュンジはエレの顔をじっと見つめる。
「俺には、リの国を守らなくてはいけないんだ」
「シュンジ王は疑心に取りつかれています」
「ドレイクの野心の事はわかっているだろう」
「人は良き方にも変わります」
シュンジはエレを睨み付ける。
「余計な口出しは止めてもらおう、エレ」
シュンジは怒ったようだ。そのまま足早に立ち去ってしまった。
「シュンジ……」
エレはそのシュンジの姿を悲しそうに見つめる。
「エレさん……」
フィナがエレの顔を前に羽をきらめかして回る。
「どうか、シュンジさんを見捨てないで下さい」
「フィナ……」
エレはフィナの瞳を見る。
「疲れているんです、シュンジさんは……」
「はい……」
エレは少し押し黙った。
「フィナ」
エレはしばしの間の後、フィナに声をかけた。
「シュンジ王の事、よろしくお願いします」
「エレさん……」
フィナは頭を下げたエレに複雑な顔をした。
「料理、旨かったぞ」
「山ほど食いやがって……」
シュンジはショットに苦笑する。
「では、シュンジ」
馬車に乗ったショットの一行が城門の前でシュンジに声をかける。
「いずれ、また会うだろう」
「ケムに?」
「あそこはいつも内部抗争で忙しい」
ショットは馬車から身を乗り出した。
「それに、遺跡の発掘に協力してもらった義理もある。手助けしたい」
「ショット、マリア将軍は……」
「頑張っている、リの国から来たトカマク達を有り難がっていたよ」
「そうか……」
シュンジは言葉を切り、思いきってショットに訊ねた。
「ジャバの事なんだが……」
言いかけたシュンジをショットは手で遮った。
「言いたいことは分かる」
「しかし」
「聞いてどうするのだ?」
シュンジは押し黙る。
「仮に彼女がお前の母親だったとしても」
ショットは言葉を続ける、
「彼女は死んだのだ」
「……」
「思い出すほど、心の痛みは増える」
「……そうだな」
シュンジはなにか吹っ切れたような顔をした。
「俺達にはまだ大仕事がある」
「そうだ、シュンジ」
そう言ったショットは何を思ったか、シュンジの頭に手をのせる。
「大きくなったな……」
「背が伸びたってことかよ……」
「ああ……」
「もう俺は30の歳だぜ?」
「ふふ……」
ショットは少し笑いながら、馬車の奥に引っ込んだ。
「シュンジ王、お元気で」
走り出した馬車の中から、エレがシュンジに手を振る。それに手を振って答えるシュンジ達。
「フィナ」
シュンジ達と一緒にショット一行を見送ったザン騎士団長はフィナに声をかけた。
「はい……」
「ショットどのは……」
もはや、老騎士と言って良い歳になったザンはフィナに訊ねる。
「何か、シュンジ王に言おうとしたんじゃないかな……」
「……」
フィナはその言葉に何も答えなかった。