聖戦士伝説 ~カ・オスの聖戦士~   作:早起き三文

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37話 縁側の男達

小さな屋敷の縁側で二人の男が将棋を指している

 

「やりますなあ……」

 

かつてのドレイク・ルフト王の政敵である「ロムン・ギブン」はそう言い、悔しげに顔を歪めた。

 

「今回は私の勝ちでありますかな?」

 

「そうであろうな……」

 

元ミの国の国王であった「ビネガン・ハンム」が得意げにロムンに向かって呟く。

 

「さすがはロムンじゃのう……」

 

脇から感嘆の声を上げる男がいる。

 

太った中年の男である。

少したるんだ印象はあるが、穏やかな雰囲気をただよわせている。

 

「朕には将棋は指せん」

 

「教えましょうか?」

 

「頼む」

 

男はロムンに頭を下げた。

 

「王……」

 

ロムンはうろたえながら、男に声をかける。

 

「王が臣下に頭を下げてはいけませぬ」

 

「朕はすでに王ではない」

 

「ではありますが……」

 

太った男の名は「フラオン・エルフ」

かつてのアの国の王であり、ドレイクに下克上を起こされて王の座を奪われた男である。

 

「生活に不便は?」

 

「ない、ドレイクは朕によくしてくれる」

 

フラオンは少し皮肉げに笑った。

 

「忠臣であるよ……」

 

「申されたな……」

 

ロムンはもはや苦笑するしかない。

 

「ドレイクに恨みは」

 

「ない」

 

ビネガンの問いにフラオンはあっさりと答える。

 

「役に立たぬ王を有能な臣下がその座を奪うのは当然であるよ」

 

「王……」

 

ロムンは驚いた顔でフラオンを見やる。

 

「朕は食べる事と寝ることしか出来ぬ男であったからな……」

 

「ふふ……」

 

ビネガンが笑う。

 

「確かに地上にはそれを正当化する書物もありましたな」

 

ビネガンは奥の部屋の本棚を見て呟く。

 

「モウシとやらの放伐と禅譲であるな?」

 

「はい」

 

ロムンの言葉にビネガンが頷く。

 

「ナの国に降りたチャイナとか言う国から来た聖戦士がそう言う話に詳しいらしい」

 

「地上にもドレイクのごとき王が?」

 

「どこにでも野心のある王はおる」

 

「左様で……」

 

ビネガンが頷く。

 

「その地上の書物に出てきたドレイクのごとき王の名は?」

 

「ソーソーとか言う王であるよ」

 

「地上の書物であるな?」

 

フラオンが口をはさむ。

 

「知っておられるので?」

 

「時間だけはあったゆえ、本は読んでいた」

 

「ホウ……」

 

ロムンが唸る。

 

「アトと言う愚王がソーソーとかいう野心家の興した国に王の座を追われる話であったな」

 

フラオンは茶を飲みながら、軽く微笑む。

 

「朕にそっくりではないか」

 

「王……」

 

ロムンが苦笑した。

 

フラオンは笑っていたが、ふと部屋の中にあるものを見つけたようだ。

 

「あの絵は?」

 

フラオンが部屋の中に飾られていた絵画を見て訊ねる。

 

「ラース・ワウではないか?」

 

「娘であるエレが書いた絵であります」

 

ビネガンがフラオンに答える。

 

「見事なものであるな」

 

「娘はリの国王であるシュンジ王に地上の絵巻を見せられて、それの虜になってしまいましてな」

 

ビネガンが苦笑する。

 

「絵を描くためにあちこちほっつき回っておるのです」

 

「ドレイクの娘のようではないか」

 

ロムンが口を挟む。

 

「高尚な趣味であるな」

 

フラオンがそう誉める。

 

「なんの……」

 

ビネガンが苦々しく話す。

 

「男女の交歓の絵やオーラバトラーの絵なども節操なく描きましたな」

 

「春画であるか?」

 

「娘の様なおなごを地上ではフジシと呼ぶそうであります」

 

「フジシ?」

 

「趣味人の女と言う意味であります」

 

「朕らと同じではないか」

 

フラオンのその言葉に一同はドッと笑う。

 

「あなた」

 

奥からビネガンの妻であるパットフットが声をかけてきた。

 

「なんだ?」

 

「食材を買ってまいります」

 

「足りないか?」

 

「申し訳ありません、お客人が来られるとは思わなかったもので」

 

パットフットが申し訳なさそうに言う。

 

「夕食がおそくなるな」

 

「この食材では軽食位しか作れません」

 

「そうか……」

 

ロムンは残念そうな声を上げる。

 

「酒のツマミが欲しかったのだがな」

 

「朕にまかせたもれ」

 

「作れるのですか?」

 

パットフットが驚いた声を上げる。

 

「簡単なものであれば」

 

フラオンが微笑みながら言う。

 

「王の作られる料理は肩の力を抜いて食べられる良い物であるよ」

 

庭に控えていたフラオンの護衛の兵が自慢げに言う。

 

「では頼みます、フラオン様」

 

「うむ」

 

パットフットがそう言い、買い物に出かけた。

フラオンは軽い足取りで台所へ行く。しばらくすると、台所から芳ばしい香りが漂ってくる。

 

「善き王であるな」

 

ビネガンが呟く。

 

「左様……」

 

ロムンが将棋を差しながら、同意する。

 

「だから、ドレイクも殺さなかったのであろう」

 

「うむ」

 

「王はな……」

 

ロムンが駒を進めながら話しを続ける。

 

「市井の者として生きるのがもっともよかったのだよ」

 

「人には分不分があるとな」

 

「それよ……」

 

ビネガンの言葉にロムンが頷く。

 

「我らも同じであるよ」

 

ロムンはそう言い、駒を指した。

 

「あっ!」

 

ビネガンが驚きの声を上げる。

 

「打てるか?」

 

「無理だな……」

 

ビネガンが苦笑して投了する。

 

「どこで間違えたか教えて頂けませんか?」

 

「主が良手を指したあと、次の手が甘くなった」

 

「あれは演技であったか……」

 

「ふふ……」

 

かつて、「妖怪」とアの国中の貴族達に恐れられた老獪な政治家「ロムン・ギブン」はそう言い微笑んだ。

 

台所からは料理の匂いと共にフラオンの愉しげな鼻唄が聞こえてきた。


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