クの国の山脈地帯である。
山々を切り裂いたその谷間にクの国の超弩級輸送艦「ゲア・ガリング」の姿が見える。
「強獣討伐、終了しました」
クの国の女性パイロット「トモヨ・アッシュ」が主君であるビショットに報告する。
「ご苦労……」
ビショットは小さな花を咲かせている小鉢をいじりながら、トモヨを労う。
「ゲア・ガリングは?」
「被害はありませんよ」
トモヨとビショットは遠目にゲア・ガリングの威容を目にとめながら、溜め息をつく。
「トッドは?」
「強獣退治で新鋭のオーラバトラーであるライネックの良いテストが出来たと喜んでいました」
「マハカーラな?」
「トッドは相当気に入っているようですなぁ」
トモヨはニヤニヤと笑みを浮かべながらビショットに報告する。
「シュンジ王よう……」
ビショットはお気に入りのリの国の国王の名前を呼んだ。
「俺達クの国が作ったタンギーを踏み台にするんじゃねえよ……!!」
ビショットは笑いながらタバコに火を付けた。
「どう思う? リのマハカーラは?」
「スピードが化け物でありますな……」
トモヨは率直な感想を言った。ビショットはその言葉に同意する。
「だが、俺は更に上をいったよ……」
「ガラバですな?」
「さすがに量産は出来んがな」
ビショットはタバコの煙をくゆらせながら微笑んだ。
「トッドにくれてやる」
「奴は喜びますなぁ、ハッハッ……」
トモヨは愉快そうに声を上げた。
「兄貴?」
トモヨが強獣の肉をがっつきながら聞き返す。
「そうだよ、嫌な奴だ」
トッドも骨付き肉を食べながら答える。
「会いたいか?」
ビショットは食後の一服をしながら笑みを浮かべて訊ねる。
「もう、会っているよ」
「んん……?」
トモヨが太い眉を潜める。
「俺の名前はトッド・ギネス」
トッドも食後の一服をしながら苦々しげに呟く。
「親父の姓ならば、トッド・ブレディになる」
「ブッ!!」
トモヨが口に入っていた食べ物を吹き出す。
「無礼であるよ!!」
その食べ物をもろに顔に浴びたビショットがトモヨを怒鳴る。
「申し訳ありません! 王!!」
さすがにトモヨは地面に跳び移って自分の君主に土下座をする。
「ふん……」
トモヨを睨みながら、ビショットは顔を洗いに小川へ脚をはこんだ。
「ナの聖戦士であるアレン・ブレティがおめえの兄貴か?」
「そうだよ……」
「ふん……」
「俺とお袋を捨てた、薄情な兄貴さ」
「……」
「クリスチャンのくせにな……」
黙って聞いていたトモヨもタバコを取り出した。
そのタバコに火を付けてやるトッド。
「全く……」
「んだよ……」
タバコをくわえながら、トモヨがトッドの顔をジロジロと見ながら呟く。
「おめえがもうちょっと顔と背が高ければ良い男なんだがなあ……」
「言ってろよ……」
「あと、マザコンがなあ……」
「悪いかよ……」
「いんや……」
トモヨは微笑みながら口を開く。
「気に入ってるよ、トッド」
「ん……」
トッドは手にしたタバコをもみ消す。
「トッド」
トモヨもタバコの火を消す。
「何だ?」
「親兄弟とは仲良くするもんだよ……」
「だといいけどなあ……」
トッドは寂しい笑いを浮かべる。
「お袋…… アレン……」
トモヨにはトッドは少し悲しい目をしたように。
「全く、あの生意気な女め」
ブツブツとビショットが呟く。
「俺を誰だと思っているのだ」
ビショットが小川で顔を洗っていると、彼の懐から二枚の封書がこぼれ落ちた。
「おっとっと……!!」
ビショットは慌ててその封書を拾い上げた。
「あぶね……」
ビショットはその封書の一枚を取りだし、中身を確かめた。
「フン……」
ナの国の女王である「シーラ・ラパーナ」そして、ラウの国の老王である「フォイゾン・ゴウ」からの連名の手紙である。
「……」
もう一枚の封書はアの国の君主「ドレイク・ルフト」からの手紙であった。ビショットはその二枚の封書を見比べた。
「まったくよお……」
ビショットは苦笑する。
「だったら、最初から戦争なんかするんじゃねえよ…… バカどもがよぉ……」
クの国の若き国王「ビショット・ハッタ」は優しく、穏やかに笑った。
「空の膿?」
トッドがその言葉に反応する。
「うむ」
ビショットがクの王城のバルコニーから夜の空を見上げて呟く。
「最近、よく夢に見る」
「予知でありますか?」
「さあ……」
ビショットは空を見上げながらトッドに返す。
「それとも千里眼?」
「いずれとも……」
「王は勘は?」
「相当敏感な方だとは思っている」
ビショットは溜め息をついたようだ。
「俺たちが地上へ出たときも、出撃前に王は悪い予感がするとドレイクに言ってたもんな……」
トッドは何年か前の出来事を思い出した。
「おセンチでありますなあ」
傍らのトモヨがそうビショットをからかう。
「言うなよ……」
ビショットはタバコをくわえながら、再び天を見上げる。
「それがこっから見えるのか?」
「うむ……」
ビショットの目は天から離れない。
「天の膿ねえ……」
トッドはその言葉を理解しきれずにクの王城「ダンデライオン」のバルコニーから立ち去っていった。