「ビネガン王、奥方様のお身体の具合はどうですか?」
「俺はもう王ではないよ、ニー・ギブン」
かつてのミの国の王、ビネガン・ハンムは穏やかに告げる。
「今はドレイクの捨扶持で暮らしている身だよ」
「ラウの国にいらしては?」
「義父上が許されまい」
「パットフット様を心配しておられます」
「そう言われてもな……」
ビネガンは苦笑しながら、骨董品の手入れを始めた。
「ここにあるのは全部?」
「歴代の聖戦士の遺物だよ……」
まるで和服の用な衣装を身に纏っているビネガンを見ながら、ショウは部屋の中をじろじろと見る。刀、マスケット銃、西洋の大剣、馬具……
「良い趣味だな……」
ショウは部屋の奥に日本侍の武者鎧の一式があるのを見て辟易しながら、ビネガンの元へ戻る。
「聖戦士殿」
ビネガンが箱を取り出す。
「これは……」
「昔、ナの国に下りた聖戦士が使っていたものだ」
ビネガンは箱から手前に古びた拳銃を置いた。
「えらく古い拳銃だな……」
ショウは錆び付いた拳銃を手に取り、呟く。
「もう弾はないぞ」
「わかっているよ……」
ビネガンの呟きにショウが返す。
「菊の紋章……」
ショウはストックに彫り出されているシンボルに気がついた。
「日本人のか……?」
「その地上人は自爆兵器に乗ってナの国へ降りたそうだ」
「日本人だ」
ショウは合点がいったようだ。
「それがナの国のマシンの始まりらしい」
「ショットよりも早い……?」
「かもしれない」
ビネガンは頷いた。
縁側ではニー・ギブンが父親であるロムン・ギブンと将棋を指していた。
「巧くなったな……」
「勝負感がね……」
将棋はニーが押しているようだ。唸るロムン。
「まるで、死んだお爺ちゃんだよ……」
どう見ても浴衣にしか見えない衣装を見に纏ったロムンを見て、ショウは呟く。
「何か言ったか? 聖戦士殿?」
「別に……」
かつてドレイクと熾烈な権力闘争を繰り広げた老獪なアの国の領主「ロムン・ギブン」は首をコキコキ鳴らしながら将棋の駒を指す。
「儂がミの国とつながっている事を知られるとはしらなんだ……」
「親父なあ……」
ロムン・ギブンの呟きにニーは唸った。
「絶対に隠し通せる自信があっただけに、足元をすくわれたよ」
「ドレイクがフラオン王へ見せたのは偽文章でしょう?」
「だから儂は動転した」
「嘘が真実であったとな……」
ショウは苦々しく呟く。
「まさかに、父はあなたがミの国のビネガン王と本当につながっているとは思わなかったでしょう」
ドレイクの娘であるリムル・ルフトがロムンにそう話す。
「ドレイクがその事を知ったのは? リムル殿?」
「つい最近だと思われます、ロムン様」
リムル・ルフトがそう言うと、ロムンは唸る。
「焦って気が動転した儂は家臣に疑惑の目を向けてな、それで信頼を失って裏切りを出して自滅した」
ロムンは自嘲ぎみにそう言う。
「今は、こうやって悠々自適の生活だかね……」
「ドレイクには結構甘い所があるみたいですねえ……」
ゼラーナ隊の女性パイロット「キーン・キッス」がそう呟く。
「フラオン王も離宮へ軟禁しただけにしましたしね」
「ふーん……」
ニーがつまらなそうに呟く。
「マーベル殿の子供の様子は?」
ロムンが駒を指しながらショウに訊ねる。
「もうすぐ、臨月ですよ」
「結婚式は?」
「フォイゾン王が取り仕切ってくれるようです」
「義父上がね……」
ビネガンが横から将棋を見ようとしていた。
「ラウの地上人とは?」
ロムンの一手を見ながら、ビネガンは聞く。
「フォイゾン王とデキてるって噂ですよ」
キーンが忌々しげに呟いた。
「義父上と?」
ビネガンが驚いた顔でキーンを見る。
「身体を売って聖戦士になる、嫌な女!!」
キーンは吐き捨てるように言う。
「それほど悪い女には見えないがねぇ……」
ショウは首を傾げる。
「打てるか?」
ロムンがニーに聞く。
「ありません……」
ニーはうなだれて投了した。それを見てキーンが嗤う。
「なぜ、負けたのだ……?」
「相手に主導権を渡すのを怖れたからだよ、ニー」
ロムンはまたしても自嘲する。
「アメリカ人」
ラウの聖戦士、ジェリル・クチビがマーベルに語りかける。
「調子はどうだ?」
緩やかな服に身をつつんだマーベルはジェリルに言葉を返す。
「よくてよ」
マーベルは膨らんだお腹をさすりながらジェリルに微笑む。
「ねえ、ジェリル」
マーベルはジェリルに飲み物を渡しながら話しかける。
「なんだ?」
「私は良い母親になれるかしら?」
「ガキを腹から地面に落とすだけなら誰でもできる」
ジェリルは真剣な目でマーベルをみやる。
「生まれつきの母親などいない。お前はこれから母親を始めるのだ」
「ジェリル……」
マーベルは目を潤ませながら、ジェリルの顔を見る。
「あなたの悪い噂を聞いてるわ」
「言わなくても分かる」
「フォイゾン王とは?」
「身体だけの関係だよ……」
ジェリルは唇を歪めながら艶やかに口を開く。
「何故、そのような事を?」
「優しいのさ、あの王はな……」
マーベルはその言葉に答えない。
「ジェリル」
「うん?」
「私、この子を溺愛する母親になってよ?」
「それが良い」
ジェリルは笑った。